フランスサッカー界から“逸材が生まれ続ける”背景。「移民融合」の功罪と「解放感」の重要性
いよいよFIFAワールドカップ・カタール大会開幕まで2カ月を切った。そんななか、優勝候補の一角に挙げられているのが大会連覇を狙うフランスだ。パリ・サンジェルマンでリオネル・メッシ&ネイマールと世界最強の3トップを組むキリアン・エンバペ、弱冠19歳にして名門レアル・マドリードの中盤を支えるエドゥアルド・カマヴィンガらを筆頭に、フランスからこれほどの逸材が途切れることなく出てくる秘密はどこにあるのだろうか。現場レベルでは実際にどんなことが観察されているのか。フランスの指導現場で長く活躍する樋渡群氏に話を聞いた。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
フランスから続々と逸材が生まれる秘密はどこにあるのか
ワールドカップの歴史のなかで優勝を勝ち取った国の数は限られており、連覇となるとイタリアとブラジルの2カ国しか経験していない。そんななか、今年11月に開幕するワールドカップ・カタール大会で連覇の可能性も十分に考えられるといわれているのがフランスだ。
1998年の自国開催のワールドカップで初優勝を飾った後、強豪国の一角として名乗りを挙げ、前回の2018年ロシア大会で再び戴冠。近年はコンスタントにビックトーナメントで好成績を残しており、直近の2021年開催のUEFA EUROこそ決勝トーナメント1回戦でスイスとPK戦にまでもつれる激闘の末に敗れたが、2016年のUEFA EUROで準優勝、2018年ロシアワールドカップで優勝を果たしている。
常に途切れることなく世界トップレベルの選手を輩出。レアル・マドリードのカリム・ベンゼマ、オーレリアン・チュアメニ、カマヴィンガ、バルセロナのウスマン・デンベレ、アトレティコ・マドリードのアントワーヌ・グリエーズマン、チェルシーのエンゴロ・カンテ、パリSGのエンバペ、ユベントスのポール・ポグバなど、世界トップクラスといわれている代表的な名前を挙げるだけでも数え上げたらきりがない。
ではなぜ、フランスからこれほどの逸材が途切れることなく出てくるのか? その秘密はどこにあるのだろうか?
サンパウロに次いでプロ選手を輩出している「イルドフランス」
フランスから逸材が続々と輩出される理由について、フランスで長く指導に携わる樋渡群はこのように語る。
「いま僕が暮らしている地域は、イルドフランスといって、パリを含めていろいろな県が重なっている地域なんですが、実はここは、ブラジルのサンパウロに次いでプロ選手を輩出している地域なんだそうです。なぜそんなにプロ選手が出てくるのかというと、そこにはさまざまな要因があるとは思うのですが、そのなかで最も大きな理由の一つとして挙げられているのが、『ものすごい数の移民・難民がここに集まってくる』という事実そのものなんです」
移民・難民がたくさん集まる。それは世界のどこかで不幸が起こっている裏返しでもある。さまざまな国や地域で戦争や紛争が起きて、そこから逃げてくる人たちがいる。また、移民・難民の受け入れに関しては各国さまざまな考え方や政策があるわけだが、今回はそこへの掘り下げは割愛させていただく。
フランスは昔から移民・難民をたくさん受け入れてきている国だ。さまざまな国のさまざまな資質を持った子どもたちがこの国でサッカーをして、活躍すればスカウトの目に留まって、プロクラブの育成アカデミーやフランスサッカー協会主導の育成アカデミーに呼ばれる。そこで修行を積んで、プロになっていくという流れがずっと続いている。
アンゴラの難民キャンプで生まれ、2歳になるかならないかのときに両親とともにフランスへ入国。7歳から町クラブでサッカーを始め、レンヌ→レアル・マドリードと上り詰めたカマヴィンガはまさにその象徴的な選手であろう。
移民融合の成功。だからこそ、苦しんでもいる現実
フランスはジネディーヌ・ジダン、マルセル・デサイー、リリアン・テュラムら移民ルーツの選手たちを擁して1998年にワールドカップを制した。現在もエンバペに代表されるように、特別な資質を持った若手選手が次々に現れて世界を驚かせているが、その背景には紛争や貧困が絶えない社会的な問題と、そのなかで手にした可能性とのせめぎ合いがあった。移民・難民、そしてそこにルーツを持つ子どもたちにとってサッカーは大きな喜びであり、才能を見初められた選手は大きなチャンスを得ることになる。
「そうした荒削りのダイヤモンドたちが、地域の強豪チームに入って試合を重ねていくわけです。アマチュアとはいえ、それぞれのクラブにそうしたうまかったり、強かったり、速かったりする選手が所属しています。その素材が、さらに試合でもまれて磨かれていく。そして、そのなかで特に優れた選手がプロクラブの育成アカデミーから声がかかるという流れですね。そう考えるとフランスという国の育成は分析がしにくいと思うんです。フランスサッカー協会がこういうことをやったから育成がよくなったという明確なものがあるわけではないのですから。
だからこそ、すごく苦しんでもいるんです。いまフランス代表はメンバーが固定されて、良い選手がそろった良いチームとされていますが、例えば『ベンゼマがいなくなってもクオリティーを保てるの?』『エンバペがいなくなっても点が取れる?』と言われると全く先行きが見えないんです」
我慢してプレーをするのが極端なまでに苦手な選手が…
現在フランスサッカー協会はU-17やU-20の国際大会の分析に力を入れている。今後の育成の方針を改善するため、いまは特にスペインのやり方、エッセンスをどのように取り込むべきかに尽力している。
「言葉は悪いですけど、フランスの育成というのは、フィジカルとテクニックさえあればあとはなんとでもなるだろうというざっくりした感じが強かったんです。『試合実践の中で動きながらテクニックを磨け』。あとはより速く、より強くプレーするためにはどうしたらいいか、というのが考えの主流だと思います。
その上で、いまはスペイン風な戦術のエッセンスを取り入れようとしています。全部を取り入れるのではなく、自分たちが理解できるだろうことを中心に取り入れています。ざっくり言うと『試合の状況を把握して、考えて、プレーを選ぶことが大切だから、できる限り選手にも小さいころから考えさせるための指導をしましょう』という感じです。
例えば、GKからディフェンスへのフェーズでは『いつ、どこで、何をするのか?』。では、『中盤から前線のフェーズでは?』『前線のフェーズでは?』という約束事を整理して伝えていこうという流れですね。ただ、スペインほど事細かくというのが気質的にできない。相手を動かすという発想がそもそも主流ではないんです。だから見よう見まねな配置になってしまい、相手がどう来ても同じ配置になってしまうことも現状は多いです」
戦術においては、攻撃する際には相手守備ラインをそれぞれどのように突破するのか、ということが重要になる。相手守備ラインが何人で、どこからどのようにプレスに来るのかに応じて微調整が求められる。ただ、フランスではそこまで細かく教えたりはしないのだという。「数的優位をつくりましょう」「自分たちから動きましょう」というニュアンスで留めておく。やらなければならないことを強要されて、我慢してプレーをするのが極端なまでに苦手な選手が少なくないからというのが理由だそうだ。
「それこそ、フランス代表監督の(ディディエ)デシャンにしても全くそういうことをやってきていないんです。選手それぞれが判断して動くというベースがあって、そこまで細かく『こういう時はここにポジショニングを取って……』とまでは言わない。もちろんポジションとか、ゲームプランは事前に準備はしていますが」
世界王者フランスでさえも悩みながら将来を模索している
フランスのサッカーは、激しさや躍動感が一つの軸だ。20年以上ドイツで育成指導をしている筆者は何度もフランスの育成チームと対戦したことがあるが、とにかくボールや競り合いへのアプローチが早くて強いという印象がある。足を止めずにダッシュのまま突っ込んでくるイメージだ。ドイツの選手もかなり激しいほうだとは思っているが、そんな彼らがフランスのチームとの対戦を嫌がるぐらいにガツンとくる。そうした彼らの持つ力を引き出すためには、解放感を持ってプレーすることこそが重要なのかもしれない。
その上で、時に非常にインテリジェンスの高いプレーヤーが出てくるところが興味深い。
「面白いのは、時折すごく賢かったり、戦術理解度が極めて高い選手、みんなのために尽くそうという献身性を持った選手が出てくるんです。移民・難民が多いと言いましたが、そうしたことを美徳とする国の出身者から出てきたりもする。無尽蔵の体力を持っていて、でもピッチ上の様子を全部見れていて、全員の配置がわかってしまう、まさに現在チェルシーで活躍しているカンテのような選手がときどきフランスには現れるんです」
そうした選手たちは吸収力がとても高く、ちょっと教えたらすぐに言わんとすることを理解するという。そしてレベルが上がり、プロレベルの指導を受けるチャンスがあると、そこからさらに洗練されていく。レアル・マドリードで存在感を増しているカマヴィンガもその系譜かもしれない。
「サッカー協会やプロクラブには、正しいポジショニングや動き方を伝えられて、正しい知識を持って成長に応じた正しいアプローチができる指導者がいます。そういった指導者が選手それぞれに適した形で刺激を与え続けられたら、選手はやっぱり成長していく。いまトップレベルでは情報の行き来がすごいですし、個人を伸ばすための専門コーチもいます。個々に合った形でプログラムを組むのは当たり前になってきています。そうした全体的な仕組みづくりに関してはフランスはうまいのではないでしょうか」
世界王者フランスも悩みながら将来を模索している。移民・難民が多いところを日本が真似したりはできない。ただ、選手それぞれの気質に合わせて、それぞれが解放感を持ってプレーしてもらえるような枠組みをつくったり、そうした空気感が出てくるようなプログラムを考えたりするところは大いに学ぶべきものがあるのではないだろうか。
<了>
【後編】W杯王者フランスでさえ抱える育成問題。「スマホ弊害」「教育格差」新時代のサッカー界の在り方
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[PROFILE]
樋渡群(ひわたし・ぐん)
1978年生まれ、広島県出身。崇徳高校を経て、東京都立大学を卒業後に渡仏。フランスではパリ・サンジェルマンU-12監督などを歴任。2006年に帰国後、JFAアカデミー福島のさまざまなカテゴリーで指導者を務めた後、ヴァヒド・ハリルホジッチ元日本代表監督の通訳を務めた。その後、フランス女子地域リーグ2部クラブチーム監督ボワッシーなどで監督を歴任。UEFA Aライセンスを所持。
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