吉田麻也の強みは“傾聴力” 音楽会社がサッカー選手とサインする理由とは?
音楽会社のユニバーサルミュージックはなぜサッカー選手のマネジメントを始めたのか? そしてその3選手が有する共通点とは? アーティストとアスリートのマネジメントの相違点も交えて社長兼CEOである藤倉尚さんに話を聞いた。
(インタビュー・構成=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、撮影=浦正弘)
体を鍛えることは心の自信につながる
最初に藤倉さんとスポーツの関係についてお聞きしたいと思います。社長に就任された5年前に経営者仲間から「トップが疲れた顔をしてはいけない」というアドバイスを受けてジム通いを始められたとお聞きしたのですが、そこからずっと続けられているのですか?
藤倉:そうですね。2010年頃でしょうか。副社長として邦楽の責任者でもあったのですが、朝の会議に始まり夜は会食、加えて出張などもあり、自分でもスケジュールを詰め込みすぎていたと思います。
会食の席でお酒を飲む機会も多く、次の日も朝から仕事をしてと繰り返しているうちに、ある時社員から「パフォーマンス落ちてないですか?」と言われて。気持ちの上では前向きなんですが、自分の顔を改めて見てみたら確かにすごく疲れた顔をしていて。これは良くないなと思い、ジム通いを始めました。アーティストにはテレビ映りを気にして「顔がむくんでるぞ」とか言っておいて、自分がこのような状態じゃいけないなと。
まとめなきゃいけない立場ですからね。小学生の息子さんとの朝ラン時に、良いアイデアが浮かぶっていうお話も……。
藤倉:もともと夜が遅かったこともあり、なかなか息子とコミュニケーションをとる時間がなかったんです。50歳の誕生日近くにホノルルマラソンがあることを知って、やってみたいなと。そこで「ちょっとパパ、マラソンやろうと思ってるんだけど一緒に走ってくれない?」と息子を誘いました。本当は子どもとの会話を増やしたいという思いのほうが強かったです。実際にやってみたら、子どものスピードに合わせて3kmとか、5kmとか、ペースはゆっくりめですけど(笑)学校のことなどを話してくれるようになって。
いいですね、それは。
藤倉:そうそう。でもマラソンをしていると、たまに良いアイデアが浮かんでくるんです。でも、早くメモらないと忘れちゃうので、走りながらiPhoneに入れることもありました(笑)。結局、ホノルルマラソンは仕事が忙しい時期と重なっていることもあり参加できていないんですが(笑)。
定期的に運動するようになってから何かが変わりましたか? 自分自身の生活であったり、スタイルであったり。
藤倉:アーティストに「体を鍛えるのはメンタル面にもプラスにもなっていいよ」っていうのを自分で心の底から言えるようになったというのは大きいですね。あとは実際自分が体を鍛えるというか体のメンテナンスするようになると、社員からも「ジム通い始めました」「サッカーやってます」などの会話が明らかに増え始めて。なんとなくみんなに伝播した感じはしますね。
「世界へ」という志を持っている人をサポートしたい
最初にユニバーサルミュージックが吉田選手と契約すると聞いた時に、すごく驚いた覚えがあります。音楽の会社がアスリートのマネジメントを行うというのは、当時はすごくインパクトがありました。マネジメントをすることになったきっかけ、想いについてお聞かせください。藤倉:ユニバーサルミュージックの強みって一体なんだろうなって考えた時に、日本の企業の人はまず国内で一番になるということを考えることが多いですが、私たちの会社はグローバルでトップになりたい、という人が集まってくることが多いんですよね。「世界へ」という志を持っている人をサポートしたいという想いが根本にありました。
その意味で、(吉田)麻也は例えば政治家をやっても、会社のCEOをやっても絶対成功するような「志」を持った人。彼と契約した頃、まだ海外で活動する日本のアーティストは少なかったのですが、アーティストの中にも、ロンドン在住の布袋(寅泰)さん、ロサンゼルスのMIYAVIなどやっぱりそういう志がある人たちがいて。日本とは違う国で挑戦を続ける人たちと会って、交流することがお互いに刺激になっていると思いますよね。
そうですよね。音楽って、もともと世界とすごく密接につながっていて、サッカーとはすごく親和性が高いというか。サッカーってたぶん、どのスポーツよりも世界とつながっていますよね。
藤倉:よく麻也も言うんですが、「ボール一個あれば、誰でもできる」。ナオト(・インティライミ)もMIYAVIも森山直太朗も、みんなサッカーやっているから同じことを言います。でも実は音楽もそうで。ドラムセットやギターを買うのは大変だけど、歌うことはタダだし誰でもスタートできる。音楽とサッカーって、実は共通点が多いですよね。
「宮市亮も必ず日本代表になれる」
とはいえ、最初にスポーツマネジメントをやられた時って、やっぱり手探りは手探りじゃないですか。アスリートとアーティストの違いもあったと思うんですけど、やり始めてから、明確な違いとか、逆にこういうところはけっこう似ているなとかって感じられたりしましたか?
藤倉:一概には言えないですけど、やっぱりサッカー選手はアーティストと比べて現役でいられる時間が限られていることは事実です。また、アーティストは自分の作品の権利を持っていることも多く、シンガーソングライターだったら、作詞や作曲それぞれに対する権利がある。現役を引退しても、その歌が売れていれば、もっと言えば『ボヘミアン・ラプソディ』のフレディ・マーキュリーのようなケースだと亡くなったあとでも印税が入るわけです。代表曲が作れたら、誰かが演奏しても彼らに戻ってきますから。
だから、志やビジョン、大きな夢を持って実行して勝ちとるところは同じですが、アスリートはやっぱり輝ける時間が限られているからこそ、どうやって最大限自分たちがサポートできるのか、しなきゃいけないか。進む方向性っていうのは変わってきます。私たちはユニフォームを着ない時間帯のサポートが仕事なので、まずは本業というかアスリートでいる時間は一切邪魔をしないこと。選手がユニフォームを着ている時間はサッカーに全力で取組むことを邪魔せず、それ以外の時間を我々がサポートする必要があると思っています。
なるほど。他にもサッカー選手をサポートするにあたって気を遣われていることや、こんなことしてあげたいみたいなことってありますか?藤倉:私たちはスポーツのプロじゃなくて音楽会社ということもありますが、やっぱりいろんな刺激を与えてあげたいなと。現在、弊社でマネジメントしている選手は麻也の他には、南野(拓実)と宮市(亮)の3名です。南野は日本代表選手ですが、宮市はケガのこともあり苦労しています。弊社のアーティストも苦労や挫折をしておりいろんな経験をしていたりする。彼ら3人とも勉強熱心ですし、言語もできます。いろんな刺激のある人を紹介してあげたいなと思っています。
あとは例えば弊社アーティストを想定したCMのキャスティングの依頼の案件など、内容にもよりますが、クライアントの企業に彼らを提案して採用していただくこともあります。幅広くサポートができるのは良いかなと。邦楽だけでも約150組のアーティストのいる音楽会社にいるからこその強みがあると思っています。
そうですよね。それだけのアーティストを抱えている中で、いろんなメーカーさんや企業さんとつながりがある。それって、アスリートからするとすごく貴重な環境というか。そこの普段は絶対得られないような価値観や出会いは、単純にスポーツ選手だけやっていると得られないですよね。
藤倉:そうなんです。だから、アーティストと交流していただく機会もありますが、全然違う脳を使っていても、一流同士って何か感じ合うじゃないですか。
得られるものがありますよね。藤倉:そう。麻也は普段からアーティストの曲をたくさん聞いてくれて、集中力を高める時にも音楽を活用してくれているようですし。
普通、サッカー選手は、布袋さんとつながれないですよね(笑)。でも先ほど、みんなすごく真面目で語学もやっていてと言っていましたが、その吉田選手、南野選手、宮市選手、この3人の共通点って何かありますか?
藤倉:「成功する」ことを描ける人。宮市も必ず日本代表になれると確信しています。これ実はアーティストも同じなんですが、ただ好きだから音楽をやっているではダメで、こうありたいという大きなビジョン、夢が必要。彼らできる人からすると夢ではなく目標になっちゃうんですけどね。アーティストでいえば「(LAの)ステイプルズ・センターでやりたい」「グラミーの舞台に立ちたい」みたいな、妄想力が一流の人たちにはあって。その意味で3選手も最初から世界を目指している。大きな夢を持って、それを実行するために一つひとつ目の前にあることをクリアしようとしている。サッカー以外のこと、例えば言語も、食事面も。そういう努力を厭わないことが3人に共通していると感じます。
3人ともすごく「考えられる」タイプですよね。当然最初が吉田選手スタートなので、よりそういうクレバーな選手をってことなのかもしれないですけど。選手の色はありますよね。
藤倉:そうですね。社内にも優秀な担当者がいますが、やっぱり麻也の存在が大きいですよ。彼が推薦してくれた選手は人間的にも魅力があり、その選手たちが弊社にいることはとても大きいと思います。
吉田麻也の“聞くチカラ”
先ほど藤倉さんが言っていたとおり、吉田選手は企業のトップを任せたら、それこそすごく成功しそうだと感じられるのですが、藤倉さんが吉田選手のどういうところにそれを感じたのかお聞かせください。
藤倉:彼の中で際立っているのは“傾聴力”。すごく真剣に人の話を聞けるんですよ。経験を重ねてくるとどうしても一方的に自分のことを喋ることが多いじゃないですか。麻也はいつも、教えてくださいというか、立場や年齢に関係なく一人ひとりの話が聞ける。それができる人っていうのは、人を巻き込んで、大きなことを成し得るんだろうなっていうのをいつも感じています。
ずっと見てきて思うのは、吉田選手は昔、もうちょっとお調子者キャラのポジションだったんですよ。
藤倉:そうなんですか?。
今とは全然キャラが違ってました。だからたぶん、どこかで自分のキャラを違うステージに上げたんですよね。それがユニバーサルミュージックと契約したあたりからだと思うんですよ。たぶん、意識とか責任感も変わったんじゃないかな。そう外から見て思っていて……。藤倉:直接本人からは聞いた訳ではないですが、いろんなポイントはあったと思います。オランダから(イギリスの)サウサンプトンに移ったタイミングや、サウサンプトンに家を買ったタイミングとか。家を買うっていうのはそこで根をはって頑張るっていう覚悟、しるしだとも言ってました。それからお子さんが生まれたことも新しいスイッチが入ったかもしれない。近くで見ていると、人間的な魅力が増していると感じます。
そうですよね。長谷部誠選手からキャプテンマークを引き継ぐとかって、普通じゃ相当重荷なはずです。長谷部選手はキャプテンの中のキャプテンみたいな人だった。そこを自然と引き継げるのは本当にすごいと感じます。
藤倉:フィジカル面でもめちゃめちゃ努力していますよね。やっぱり体を大きくしなきゃダメだと意識的に体を大きくして、食事などもいろんなことに気をつけています。もっともっと体の状態を良くして、動けるように、頭が回るように、と。
本当にプロ意識が高いんだなって思います。
藤倉:成功して、アーティストだけではなくて全く違う業界の人たちと会う機会も増えていると思いますが、そのたびに何かを吸収している気はします。
だから、さっき言った“傾聴力”が、吉田選手のストロングポイントというか、ここまで伸びてきた理由なんじゃないかなって。そして、それを見ている、南野選手であったり、宮市選手がいて。それはすごく良い関係ですね。
藤倉:ほんとに。そう思います。
<了>
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PROFILE
藤倉尚(ふじくら・なおし)
ユニバーサルミュージック合同会社、社長兼CEO。1967年生まれ、1991年メルシャン入社。翌年にポリドール(現ユニバーサルミュージック合同会社)に入社。ユニバーサルミュージック邦楽レーベル、ユニバーサルシグマ宣伝本部本部長、同プロダクトマネジメント本部本部長などを経て2008年執行役員就任。2012年に副社長兼執行役員となり、同社邦楽4レーベルなどを統括。2014年1月より現職。Billboard’s 2019 International Power Playersに選出された。
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