ONE明暗両者の飽く無き挑戦。「これも一つの試合」世界王者・秋元皓貴が挑む初防衛。質を突き詰めた青木真也は「最もタフな相手」と対戦
11月19日にシンガポールで開催されるONE Championship「ONE 163: Akimoto vs. Petchtanong」(以下、ONE 163)。メインカードに組まれたのは「ONE Ⅹ」でバンタム級キックボクシングの世界タイトルマッチに勝利し、日本人初となる立ち技の世界王者となった秋元皓貴の初防衛戦。そしてもう一つ、同大会で秋山成勲戦に敗れ、5月には新進気鋭のケイド・ルオトロとのグラップリングマッチで判定負けと連敗が続く青木真也が、ロシアのザイード・イザガクマエフを相手にMMAで再起を図る。前回大会で明暗分かれたメインカードの2人に、今大会に向けたその胸中を聞いた。
(インタビュー・構成=篠幸彦、写真提供=ONE Championship)
秋元皓貴「やってきたことを出せば勝てるし、倒せる」
3月のONE Championship10周年記念大会「ONE Ⅹ」で、カピタン・ペッティンディーとバンタム級キックボクシング世界タイトルマッチを戦い、5R判定3−0とチャンピオン相手に圧倒した内容で勝利。ONEの立ち技で日本人初となる世界王者となった。
約8カ月が経ち、秋元自身初となる防衛戦が決まった。その初防衛戦を約2週間後に控え、秋元はすでに試合の準備が整っているという。
「今回は試合が早い段階で決まったので、しっかりと準備することができています。試合に対する不安というものはなくて、ここまでやってきたことを出すことができれば勝てるし、倒せると思っています」
挑戦者となるのは、タイ出身のペッタノン・ペットファーガス。WMCとWBCの元ムエタイ世界チャンピオンで、357勝56敗1分というキャリアを持つベテランだ。
ONEでの戦績はデビュー戦で前チャンピオンのカピタンに開始6秒でKOされるという衝撃的な敗戦を喫したが、昨年9月の2戦目で秋元とも対戦したジャン・チェンロンに判定勝ちを収め、秋元への挑戦権を得た。
そんなペッタノン戦に対し、秋元は「楽しみだ」と語る。
「ペッタノン選手は、最近は試合数も多くないですし、以前ほどバリバリとやっている感じではないですけど、過去の戦績や獲得してきたタイトルというのは、やはりものすごいものがある。僕とのタイトル戦では、彼の武器をまた研ぎ直して臨んでくると思います。ただ、僕はそれに対して準備をしてきたので大丈夫だと思いますね。今は対戦が楽しみです」
ベルトを守るというより、自分が挑戦するつもりで
ペッタノンはWMCとWBCの元世界チャンピオンのムエタイ出身のファイターだが、ムエタイスタイルに対しては所属するジムで十分に積んでいるという。
「これまでムエタイ選手との試合をそれほどやってきたわけではないんですけど、所属している『Evolve MMA』は世界でも有数のタイ人トレーナーが多いジムなんですよね。今回も同じ65キロやもっと上の70キロ、77キロくらいの階級でやってきたコーチたちとトレーニング、スパーリングをしてきました」
また、ペッタノンはサウスポースタイルでもあり、そこに対しても当然ながら対策は抜かりがない。
「試合が決まるまではオーソドックスとやる可能性が高いと思って、ずっとオーソドックスの練習をしていました。でもペッタノン選手に決まってからの2カ月くらいは、サウスポーのコーチとトレーニングしています。やっぱりコンビネーションもガラッと変わってしまうので、対サウスポーの動きに変えながらさらに精度を上げていくことを意識してきました」
前回のカピタン戦では相手の強烈なパンチを抑えるために、ローキックを軸に戦った。ペッタノン戦ではまた違った作戦を用意しているのだろうか。
「やることはそんなに変わらないと思います。ただ、タイプは全然違います。おそらく1、2ラウンドは相手が距離を取ってくると思うので、自分はその距離をつぶして攻撃を当てつつ、スタミナを削っていけると良いですね」
カピタンに勝ったことで、ベルトとともに確固たる自信を手にした秋元に初防衛というプレッシャーはない。
「初防衛ということを意識することはないですね。これも一つの試合というだけです。自分の中ではベルトを守るというより、自分が挑戦するという気持ちで今でも練習を続けています」
秋元は世界王者としての己の強さに確信を得ながら、なおもチャレンジャーのメンタリティで立ち向かい、ベルトを守り、さらなる強さの境地へと歩もうとしている。
青木真也「相手というより、自分自身との向き合い方の対決」
青木真也は2019年5月のライト級世界タイトルマッチでクリスチャン・リーに敗れて以来、4連勝を飾っていた。しかし、今年3月の「ONE Ⅹ」で秋山成勲に2R・TKO負けを喫すると、5月の「ONE 157」では若手のケイド・ルオトロにグラップリングマッチで判定負け。2017年以来の連敗となった。
はたから見れば2連敗からの再起をかけた一戦。青木自身はこの連敗をどのように受け止めているのだろうか。
「勝敗はつくものなので、仕方ないですよね。気にしてはいるけど、別にだからなんだっていうところはありますね」
確かにルオトロ戦後に自身が発信するnoteでも「良いプロレスができた」と前向きな言葉が並んでいた。
次の対戦相手はロシアのザイード・イザガクマエフだ。UFCのレジェンドであるハビブ・ヌルマゴメドフのトレーニングパートナーを務めてきたイザガクマエフは、青木いわく「今考えうるもっともタフな相手」である。そんな難敵にも青木は当然勝ちにいく。
しかし、試合を直前に控えた心境を聞くと、それよりもまず向き合わなければいけない現実があるという。
「年齢のせいにするのはあれなんだけど、試合に向けて日々トレーニングをしていて大きく伸びていくことや成長があるわけではないんですよ。むしろ目減りをどれだけ減らしていくかという作業なんですよね」
例えば30代前半の頃であれば週5日、ベストパフォーマスでできていた練習が、今は1日調子が悪い日が出てくる。そうなると合理性を求めれば、トレーニングのやり方も変わってくるが、そこには青木自身の中で葛藤があるという。
「合理性を求めると5日だったものを4日でつくったり、3日とプラス2日は軽い練習でつくったりするほうがずっと合理的なんです。ただ、お客さんに見せるとなったときに、果たしてそれでいいのか。僕自身の矜持というところで納得いかないんですよ。そこと日々せめぎ合っている感じですね」
イザガクマエフと対峙する前に、今年39歳を迎え、衰えを感じる自らの身体と向き合わなければいけない現実があった。その現実に対して、青木は自分の矜持を持ってあらがっている。
「だから対戦相手がどうだとか、よく聞かれるんですけど、そこじゃないんですよ。こんなこと言うと、他の格闘選手からすると試合する気あるのかと思われるかもしれないですけど、自分自身との向き合い方の対決なんですよね」
ヤフトピのPV主義という世界観は格闘技の世界にもあり続ける
青木といえば、試合ごとにテーマを設けて挑んでいる。己との戦いという中で、今回のイザガクマエフ戦ではどんなテーマで取り組んでいるのだろうか。
「テーマは『顧客満足度を上げる』ですね。今回の試合は万人受けするカードではないし、火柱が上がるというか、注目されるマッチアップでもない。対比させたり、口でちょっとあおったりという見せ方はあるんだけど、そういうのはみんな今のありきたりなコンテンツで飽きているんですよね」
無理に注目度を上げようとしたり、派手さを求めるよりも、今はコンテンツ自体の質が求められているという。
「僕が世相を読む中で『ちょっと良いものが見たい』という状況になっていると思うんですよ。堀口恭司さんが9月に日本で試合をしたときに、堀口さんが出るというだけで注目されたわけです。でも結局、そこでなんか『ちゃんと格闘技っぽい良いものが見たいな』という需要があると感じたんですよ」
一方で、注目度のあるマッチアップが必要ないというわけではない。
「みんなが悩んでいるPV数を稼ぐヤフトピ(Yahoo!ニュース トピックス)の世界観というのがあるじゃないですか。それ自体は否定しないし、なくならないと思います。それはどんなジャンルにおいてもそうで、格闘技でもあり続けると思っています。その一方で『ちょっとお金がかかってもいいから良いものが食べたい』という需要も必ずあるんですよ」
PV数なのか、質なのか。この手の話はどうしても二極化しがちだが、青木はどちらも正義だという。
「この業界もPV数か本物かとなりがちだけど、どっちも正義でどっちもなくならないというのが、今の僕の答えなんですよ。その中で思いっきり火柱上げようとか、多く見てもらおうとか。そういったことをスタイルを変えてまでやらないというのが大事だと思っていて。損して得を取るというか、今回は損をするターンなのかなと思いますね」
今回は青木真也の世界観の質を上げることで、既存のファンが満足度の高いものをつくり上げる。それがイザガクマエフ戦で青木が見せたいものである。
「この試合でお客さんを広げたいというのは思っていなくて、とにかく質が良いものをやりたいですね」
39歳の身体にあらがいながら格闘技の質を突き詰めた青木真也の一戦がいかなるものか、注目したい。
<了>
日本時間11月19日(土)19時から開催される「ONE 163」は、ABEMAでライブ配信される。
ABEMAライブ配信ページは【こちら】
ONE 163公式ページは【こちら】
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