
なでしこジャパンは新時代へ。司令塔・長谷川唯が語る現在地「ワールドカップを戦って、さらにいいチームになった」
女子サッカーで世界中の猛者が集う女子スーパーリーグ(イングランド1部)の強豪マンチェスター・シティで2シーズン目を迎えた長谷川唯。代表ではボランチやトップ下で攻撃の舵取り役を担うが、シティではアンカーを務め、守備力も高く評価されている。イングランドでの成長、なでしこジャパンの現在地とともに、10月末から始まるパリ五輪アジア2次予選に向けた展望を語ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=築田純/アフロスポーツ)
イングランドで評価される守備力。「自然と体が強くなった」
――ベスト8で幕を閉じた8月のワールドカップでは、ボールを持った時の持ち出しのスピードやデュエルの強さも見せていました。海外に活躍の場を移して3年目になりますが、自分の中で大きくレベルが上がったと感じるプレーはありますか?
長谷川:去年、女子スーパーリーグのベスト11に選んでいただいた中で、SNSなどでスタッツを出してくれて、自分をタグ付けしたり、メンションしてくれるファンの方が多かったので、数字で見る機会が多かったんです。その中で、ドリブルの回数や成功率が高かったんですよ。ドリブル成功率は前線の選手が多い印象ですが、私の場合は中盤で一つはがして、相手の前に入ってからパスを出すプレーもあるので、それは昨シーズン、成長した部分だと思います。
――もともと攻撃面で注目されることが多かったですが、マンチェスター・シティでは守備面でフォーカスされることも多いですね。
長谷川:そうですね。サイドやインサイドハーフをやっている時は相手の前でボールを奪ったり、味方に奪ってもらうためにコースを限定する守備をすることが多かったので、50-50のボールや、コンタクトして奪うシーンは少なかったと思います。ボランチや、中盤の後ろ目のポジションやるようになってからはそういうところを評価してもらえるようになりましたね。守備はもともと楽しくて好きでしたし、「自分のタイミングでぶつかれば勝てる」という感覚も昔から持っていたので、今はその特徴を出せる環境に恵まれているなと感じます。
――基本的には、コンタクトしなくていいようなポジショニングや奪い方を心掛けているんでしょうか。
長谷川:そうですね。イングランドのリーグでやっていて、守備は基本的に1人が1人を見るケースが多いです。その中で、自分はスペースを埋めつつ、中盤からサイドに引き出されないようにすることを意識しているので、前の選手をうまく動かしながら、相手の前でボールを予測して奪うことが多いですね。
ただコンタクトしなければいけない場面もあるので、その時は予測して相手よりも先に体を入れて、早いタイミングで当たるようにしています。
――デュエルが強くなったのは、イングランドでそのタイミングをつかんでいることも大きいのですね。
長谷川:そうですね。あとは、海外に行くと自然と体が大きくなるんだなと感じています。筋トレの量もそこまで増やしたわけではなく、食べているものも基本的には日本食なので、特に自分で何かを大きく変えた感覚はないんですけど、やっぱり自然とこちらのリーグに適応しているのかなと。
――筋肉量も増えていると思いますが、それ以上に体幹が強くなっている感じですよね。清水選手も1年目よりデュエルの強さが増したように感じます。
長谷川:そうですね。二人でもよく「本当に何が理由かわからないけど体が強くなったよね」と話しています(笑)。日本にいる時よりも大きな選手とぶつかる回数が多いので、体がそれに自然と対応している感覚はありますね。
攻撃でも守備でも「一番いい選手」に
――マンチェスター・シティではアンカーが主戦場ですが、代表ではワールドカップでボランチ、9月の国際親善試合のアルゼンチン戦はインサイドハーフでした。ポジションや組む相手によって、プレーもかなり変えているんですか?
長谷川:そうですね。前のポジションの時はいい位置で前向きにボールを受けることを意識していますが、ワールドカップでは(長野)風花とボランチを組んで、前のスペースを開けるためのパス交換を意識していました。風花はそういうプレーが上手なので、日本がボールを持てる時には基本的に風花が後ろで私が前、という役割分担が自然にできていました。
――森保ジャパンの中盤で「自分とタイプが似ているな」と思う選手や、よく見ている選手はいますか?
長谷川:世界で戦う上で対人の強さは絶対に必要だと思うので、そういうプレーには目がいきます。ただ、特別に「この選手を参考にしている」というのはないですね。「自分の体だからこの奪い方ができる」ということが多いですし、体の使い方を工夫しながら「これが一番いいな」というプレーを見つけ出してきた感覚が強いですから。 ただ、攻撃でも守備でも一番いい選手になりたいので、前のポジションでプレーしている時に参考にする選手とか、「アンカーのポジションで守備のプレーはこの選手がいいな」と思うことはあります。一人の選手というよりは、いろいろな選手のいいところを集めたような選手を目指しています。
アジア予選の“試練”
――10月末から始まるパリ五輪アジア2次予選では、インド、ウズベキスタン、ベトナムと対戦します。実力、実績ともに日本が上ですが、目指す結果や内容はありますか?
長谷川:絶対に勝たなければいけない相手なので、その難しさはあります。でも、今の日本は前線にいろんな特徴を持った選手がいて、個で突破できる選手もいるので得点しやすくなりました。相手が引いて守備を固めても、いざとなったら高さのある後ろの選手たちが上がっていけますし、セットプレーのバリエーションも増えて、前では(植木)理子がヘディングで点を取れるので。自分たちの得意なコンビネーションで崩しつつ、そういうバリエーションも増えているので、引いてきた相手に苦戦することは以前より減っていると思います。今回は危なげなく見ていただけるような試合をしたいと思います。
――最終予選は、2枠を競う厳しい戦いになります。アジア予選の難しさはどんなところですか?
長谷川:中国や韓国、北朝鮮は特に、欧米の選手にはない粘り強さがあります。ヨーロッパの選手に比べてスピードがなくても、一発で飛び込んでこなかったり、ドリブルに対して最後までしっかりついてきたりする部分は日本人にも似た部分があってやりにくいです。日本は技術面を強みにしている選手が多い分、そういうアジアの戦い方は難しさがありますね。
――ワールドカップと大きく変わらないメンバーで戦えることは継続性という点では強みになると思いますが、どうですか?
長谷川:そうですね。ワールドカップを戦って、さらにいいチームになったなという感覚があって。試合に出られない選手もいましたが、本当にみんながチームのために行動できていたし、勝ち進むことによってさらに絆が深まったと思います。そういう信頼関係を積み重ねた上でこの予選に挑めることはポジティブなことだと思います。
――藤野あおば選手が試合中、うまくいかない時に長谷川選手から「大事な時に結果を出してくれればいい」と励ましてもらったと話していました。試合中は、若い選手たちに意識的に声をかけているんですか?
長谷川:そうですね。あおばに最初の頃は自分から声をかけたりもしていましたけど、今はだいぶ慣れてきて、ふざけてあおばからちょっかいを出してきたりもします(笑)。あんなに自信のありそうなプレーをしているのに、話を聞くと意外と自信がないように思えて。きっと、理想が高いんだと思います。ただ、質問もどんどんしてきますし、「このプレーどうですか?」って映像を持ってきてくれたりもするので話しやすいですね。
――よくコミュニケーションが取れているんですね。アルゼンチン戦と日程が重なったアジア競技大会では、WEリーグの有望選手を集めた期間限定の「日本女子代表」チームが優勝しました。代表候補の選手層の厚さを示した形になりましたが、この結果をどう見ていましたか?
長谷川:前回大会は自分も同じ大会に参加したことがあるので難しさはわかっていますが、その中で、大会の進め方や優勝までの勝ち上がり方を見て、本当に強いなと。これまで知らなかった選手もいて、こんなにいい選手がたくさんがいるんだなと知りましたし、今後、A代表に新しい選手が入ってくる可能性もあると思うので楽しみにしています。自分も負けずに、そういう選手たちから目指してもらえるような存在になれたらいいなと思っています。
「ぶちさんの思いを次の世代にもしっかり伝えていけるように」
――岩渕真奈選手が9月に引退を発表しました。長谷川選手は公私共に親しかったと思いますが、その思いを代表でどのように引き継いでいきたいですか?
長谷川:ぶちさんの中で、最後のシーズンはケガとの戦いもあったと思いますし、代表に対する思いなど、本当にたくさんのことを話してきたので、私自身もすごく寂しさがありました。ただ、私が知るぶちさんは本当に明るい人なので、引退会見ももっと明るい感じでやるのかな?と思っていたんですけどね。会見を見て、やっぱり寂しさや悔しさがあったんだろうなと感じました。
でも、性格的にも本当に明るくて、何をしても成功するんだろうなと思わせてくれる人なので。アルゼンチン戦では初解説を務めていましたが、やるからにはしっかり準備して、終わったあとは反省もしているところを見て、やっぱり選手としても人としても憧れる存在だなと改めて感じました。なでしこでのいろいろな経験や思いを自分もたくさん伝えてもらったので、それを次の世代にもしっかり伝えていけるようにしたいなと感じています。
【連載前編】なでしこジャパンの小柄なアタッカーがマンチェスター・シティで司令塔になるまで。長谷川唯が培った“考える力”
<了>
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[PROFILE]
長谷川唯(はせがわ・ゆい)
1997年1月29日生まれ。宮城県出身。女子サッカーのイングランド1部(女子スーパーリーグ)・マンチェスター・シティWFC所属。ポジションはMF。 中学1年生で日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織であるメニーナに加入。年代別代表では2014年FIFA U-17女子ワールドカップ優勝、2016年FIFA U-20女子ワールドカップ3位入賞。2017年になでしこジャパンに初招集され、2019年のFIFA女子ワールドカップと2021年東京五輪では司令塔としてチームを牽引した。2022-23シーズンはマンチェスター・シティのサポーター、選手、チームスタッフが選ぶプレーヤー・オブ・ザ・シーズンとリーグのベストイレブンに選出された。抜群のサッカーセンスとボールコントロール、インテリジェンスの高さを生かして日本人プレーヤーの価値を高め続けている。
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