
ワールドカップ得点王・宮澤ひなたが語る、マンチェスター・ユナイテッドを選んだ理由。怒涛の2カ月を振り返る
今夏、ニュージーランドとオーストラリアで開催されたFIFA女子ワールドカップでゴールデンブーツ(得点王)に輝いた宮澤ひなた。9月6日には、WEリーグのマイナビ仙台レディースから、イングランド1部(女子スーパーリーグ)のマンチェスター・ユナイテッドへの移籍が発表された。海外の複数クラブから関心が寄せられる中、世界最高峰の強豪クラブへの移籍を決断した経緯とは? 大会終了から1カ月が経ち、ワールドカップのなでしこジャパンの戦いを改めて振り返ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=マンチェスター・ユナイテッドWFC)
ユナイテッド移籍の経緯。「チャンピオンズリーグ出場が掴めるチームに」
――8月中旬にワールドカップの戦いを終えて、月末に渡英、9月13日には練習試合出場と、怒涛の2カ月間だったと思います。まず、マンチェスター・ユナイテッドへの移籍を決断した経緯を教えてもらえますか?
宮澤:以前から海外でプレーしたいという希望があって、ワールドカップ期間中も含めていくつかのチームから声をかけてもらっていました。その中で、自分としてはまず、チャンピオンズリーグに出られることが希望でした。やっぱり、サッカー選手として、目指したい舞台ですから。
――ユナイテッドは女子スーパーリーグでは昨季2位の強豪で、FIFA女子ワールドカップで決勝に進出したイングランド代表やスペイン代表の選手など、ワールドクラスが揃う中で出場機会を得る大変さもあると思いますが、そこも含めての選択だったんですか?
宮澤:はい。今までは移籍をしても日本国内だったので、どこかに安心できる材料がありましたけど、海外となると何もかも初めての挑戦だったので、何が正解なのかがわからずに悩みました。やっぱり日本人選手がいるチームの方がいいのかなとか、自分が主軸として試合に出て試合経験を積めそうなチームに行くべきなのかなど、いろんなことを考えて。ただ、サッカー選手としてはやっぱり(女子の)プレミアリーグに行きたいなと思っていましたし、一番の決め手は、チャンピオンズリーグ(CL)に出場できるチームだということです。CLはリーグ戦だけじゃなくて、試合経験を積める場所でもあると思うので。それと、自分をもう一回り成長させるためには、日本人選手がいない方が自分に厳しくいれるのかなと。その上で、いろいろな条件面も含めてマンチェスター・ユナイテッドへの移籍を決断しました。
――ちなみに、他のチームも含めたオファーはいつぐらいから届いていたんですか?
宮澤:ワールドカップの前からいくつかのチームにオファーをいただいていたんですけど、ワールドカップが終わった後に決断したいと伝えていました。その中で、マンチェスター・ユナイテッドがワールドカップ期間中にオファーをくれた感じです。
――ユナイテッドの本拠地オールド・トラッフォードは「夢の劇場」とも言われるサッカーファンの聖地ですが、もう行きましたか?
宮澤:はい、行きました。初めて見た感想は、もう「すごい……」としか出てこなかったですね。ワールドカップでも大きいスタジアムでプレーしていましたけど、これまでとは色が違って、真っ赤だったので。ここがホームになるんだな、っていう思いと、満員の中でプレーできたらどんなに楽しいんだろうなっていう思いでワクワクしました。
――女子もシーズンチケットが売り切れたそうですし、満員になる可能性はありますよね。渡英前の取材では「要求する力や、自己主張の表現がハードルになるかもしれない」と話していましたが、実際練習に参加してみてどうですか?
宮澤:チームメートがみんな優しく声をかけてくれるので、あまり入りづらさはないです。ただ、そういう自己表現だったり、要求や表現の仕方はまた日本と違いますし、サッカーのスタイルも違う中で、自分がどうフィットして、その中でどう表現するかっていうのは、今後重要になる部分だと感じています。練習の中では、まずはボールを持ったらシュートの意識を持つことは公式戦に向けて大事にしています。他の選手より合流が遅れた分、監督にプレーを見てもらえる時間が少ないし、そういう意味でも今は自分の特長を全力で表現しないといけないと思っています。
ポジションは流動的。「自由にできるからこそコミュニケーションが重要」
――9月13日、ユナイテッド対リバプールの試合(3-1で勝利)で途中出場しました。3点目のゴールにも絡みましたが、手応えはありましたか?
宮澤:練習試合でしたが、移籍後初めて試合に出られたことで、一歩目を踏み出せた手応えはあります。チーム自体もこれからという段階なので、本当に自分を試す場所だ、という思いでピッチに立ちました。環境も変わってちょっとずつ慣れてきた中で、これからもっとチームに影響を与え続けられるような選手になれたらなと強く思いました。
――マイナビ仙台レディースや代表でもチームメートとして戦ってきたリバプールの長野風花選手との2ショットもSNSで話題になりましたね。
宮澤:二人で会った時に、「なんか変な感じだよね」と話していました(笑)。
――縦に速いパスからのゴールが多かったですが、宮澤選手のスピードを生かすパスをもらえそうな感覚はありますか?
宮澤:日本人同士だったら、「ここで欲しい」っていう要求がしやすいですし、顔を上げるタイミングも長くやっていたら分かる選手が多いですけど、海外の選手はそれぞれに日本人とは違う間合いがあって、キック力もあります。だからこそ、遠くまで見えている分どうしてもテンポが早くなってしまったり、練習試合でも長いボールばかりになっていました。それはピッチ内でも修正したいねと話していたので、自分が入ったからにはリズムを変えたいなと思って。日本人ならではのリズムをうまく加えられたらと思ってポジションを取り続けていたんですが、ボールを持った時の合わせ方や、ボールを出すタイミングも選手によって違うので、コミュニケーションをとりながらそれを合わせていけば、もっと自分のタイミングでボールを要求できるようになりそうだと感じました。
――宮澤選手はボランチやトップ下でもプレー経験がありますが、試合のテンポを変えたい場面では中盤で起用される可能性もありそうですね。
宮澤:ポジションは流動的に動いて、いろんな選手がポジションを入れ替えるような感じなので、あまり固定はしないと言われていて。自由にできる分、周りの選手とのコミュニケーションが重要になってくると思いますし、自分の良さを出して変化を加えられるかどうかは自分次第だと思っています。
もっとも自分らしさが出せたのは「スペイン戦の2点目」
――ワールドカップで得点王になったことについて「実感がない」と言っていましたが、実際に海外に出ると、周りからの見られ方も変わって、実感が湧いたりしました?
宮澤:実際にトロフィーを見てないので、やっぱり実感がないんですよね(笑)。ユナイテッドに来て、周りの選手からも「おめでとう」という声をもらって嬉しかったですけど、それに浸っている余裕もないので、一瞬でしたね。
――初戦・ザンビア戦の2ゴール、スペイン戦の2ゴール、そしてノルウェー戦の3点目。どれも動き出しの速さやゴール前の冷静さが光る得点でしたが、特に自分らしさが表現できたのはどのゴールでしたか?
宮澤:スペイン戦の2点目ですね。あのゴールは奪った瞬間に(植木)理子にボールが入って、「今だ!」って、感覚的な一瞬のひらめきで自分の中のスイッチが切り替わったタイミングがあって。理子の2点目につながったパスもそうです。うまく言葉に表現しづらいんですけど、あの試合は「いける!」っていう感覚で、自分の中でギアを上げる瞬間がいくつかありました。
あと、ノルウェー戦のゴールも、自分も欲しかったタイミングで(藤野)あおばがうまく出してくれたので、自分らしさは表現できたゴールだったと思います。
――その感覚は、宮澤選手自身の経験値プラス、長く代表で一緒にプレーしてきた選手たちとの信頼感や、強豪国との親善試合で磨かれてきたものも大きかったんでしょうか。
宮澤:それはありますね。お互いタイミングを合わせにいくシーンもありましたけど、スタートダッシュのタイミングが自分の中で切り替わったのがスペイン戦でした。ボールを奪った瞬間、みんなが前へのスイッチを入れることができたのはチームとして狙い通りでした。その瞬間に自分の良さが出せたのもあると思いますし、生かしてもらえたシーンも多かったですね。
「個の強さ」がさらに必要になると感じたワールドカップ
――4-0で勝ったスペイン戦と、1-2で敗れたスウェーデン戦は、日本の現在地を示す試合だったと思います。大会が終わって1カ月が経ちましたが、改めて振り返って、収穫や課題などの感じ方に変化はありますか?
宮澤:スペイン戦は本当に日本の良さが出た試合だったと思います。狙いどころを持って組織的に守って、それがうまく結果にも結びつきました。ただ、スウェーデン戦のように拮抗したゲームで点が取れない、先制されてもひっくり返せない、大事な試合で勝ちきれないことに対して、本当に足りないものだらけだなと感じました。
だからこそ、個で打開できるようになるために、海外にチャレンジしに来ました。海外は個で勝負ができる選手が多くて、戦術的な守備で相手にはめられても、前線に大きくて強くて速い選手がいます。そういう、脅威になれる選手がいるからこそ周りが生きたり、違った打開策を見つけられるので。組織的に戦える日本の良さもありますけど、世界で戦っていく上では個人の強さをもっと全面に出していかないと勝てないなと大会中に感じました。そこは、時間が経ってみて振り返っても思うことは変わらないですね。
(植木)理子も海外に出たり(※編集部注)、それぞれに思うことがあって行動していると思いますし、もっと日本のサッカーを強くするために、今は一人一人ができることをやって、また次に代表が集まる時までにしっかり成長していけたらなと思います。
(※)9月12日にウエストハム・ユナイテッドへの移籍が発表された。
――大会中、宮澤選手が支えられた言葉や出来事はありましたか?
宮澤:今大会、本当に若くてワールドカップの経験が少ない選手が多い中であそこまで一つになれたのは、年上の、いろんな経験をしてきた選手がいたからこそだと思います。みんな、アンダーカテゴリーでの大会は経験しているかもしれないですけど、大きな大会での戦い方だったり、海外で経験してる選手が多い中で、世界で戦う難しさを大会期間中もずっと教えてくれて。それこそ(熊谷)紗希さんは4大会に出ていて、チームに対する思いをずっと伝えてくれていました。
その中でチームが一つになって、「一人じゃないんだな」「みんながいるんだな」と思わせてくれましたし、いろんな言葉が自分を支えてくれました。逆に、自分がチームのために何を還元できたかと言われたら正直、いまだにわからないところもあるのですが、それを表現できたのがゴールだったと思っています。だから、決めてみんなが喜んでくれる瞬間はすごく嬉しかったし、一瞬一瞬を全員で喜び合えるのが、今回のチームの良さだったと思うので。私はチームの中でも年齢が下の方だったので、上の選手の落ち着きや、どっしりと構えている姿が本当に頼もしかったですし、自分もそうなりたいと思いました。
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<了>
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[PROFILE]
宮澤ひなた(みやざわ・ひなた)
1999年11月28日生まれ。神奈川県出身。女子サッカーのイングランド1部(女子スーパーリーグ)・マンチェスター・ユナイテッドWFC所属。ポジションはMF/FW。3歳上の兄の影響で幼稚園の時にボールを蹴り始め、地元南足柄市の向田SCでプレー。中学入学時にOSAレイアFCに入団し、高校年代では星槎国際高等学校のサッカー部で頭角を表し、年代別代表でも活躍。2016年FIFA U-17女子ワールドカップ準優勝、2018年FIFA U-20女子ワールドカップで日本の優勝に貢献し、2018年になでしこジャパンのトレーニングキャンプに唯一の現役高校生として選出された。2019年FIFA女子ワールドカップ、2021年東京五輪ではメンバーに選ばれなかったが、2023年夏のFIFA女子ワールドカップでは全5試合に出場。5ゴールを挙げてゴールデンブーツ(得点王)を受賞し、日本のベスト8進出に貢献した。
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