
試合終了後、メンバー全員と交わした抱擁。BTテーブスHCがレッドウェーブに植え付けたファミリーの愛情
第25回Wリーグプレーオフ決勝でデンソーアイリスに競り勝ち、16年ぶり2回目の優勝を成し遂げた富士通レッドウェーブ。BTテーブスHC(ヘッドコーチ)がレッドウェーブにやってきたのが2013年。その後、一時退いていた時期もあるが、HCとして率いた9シーズン。熱き指揮官は、チームに何を植え付け、9年間共に歩んできた町田瑠唯を始め、個性豊かな選手の面々とどのように信頼関係を築いてきたのか?
(インタビュー・構成=守本和宏、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
町田瑠唯との抱擁に、BTテーブスがかけた言葉
その瞬間を、アリーナ全体が息を飲み、見守っているようだった。
16年ぶりにWリーグ優勝を勝ち取った富士通レッドウェーブ。
試合終了のブザーを聞き、優勝の歓喜を短く噛みしめたメンバーたちは、好ゲームを演じたファイナルの相手デンソーアイリスの選手と握手を交わし、一度ベンチに引き上げていく。一人ずつ順番に、全員がBTテーブスHC(ヘッドコーチ)と、喜びの抱擁を交わす。その列の一番最後に、町田瑠唯がいた。
チーム在籍13年。BTテーブスHCとは、チーム内最長の9シーズンを共に過ごしてきた。長年、夢見た優勝。町田は一拍おいて、ユニホームで涙をぬぐい、そしてBTテーブスHCと熱い抱擁を交わす。WNBA(アメリカ・女子バスケットボールリーグ)挑戦時は一時現地でも行動を共にした、その親子のような関係性を知る観客もまた、町田の心情を理解するように拍手と歓声を送った。
この時、BTテーブスHCが町田にどんな声をかけたのか。聞いたのだ。
「できたね」「お前、素晴らしいよ」
その短い言葉は、BTテーブスHCがレッドウェーブに与え続けてきたマインドを集約していたように思う。
「何してるんですか!」で有名となったトム・ホーバス元女子日本代表HC(現男子日本代表HC)と同様、厳しさと愛情を持って選手に接するBTテーブスHC。多くの選手から「父親みたい」と評価される彼の手腕を伝える記事は、あまり多くない。男子日本代表としても活躍しているテーブス海の父親であり、ここ数年の女子バスケ界でも際立った名将といえる、BTテーブスHCの選手へのアプローチをここに伝えたい。
優勝の要因になったディフェンスと逆質問
そのやりとりは逆質問から始まった。
レッドウェーブをHCとして率いて、9シーズン。そのうちファイナル進出は4回。届かなかった優勝に今シーズン届いた理由は何か、BTテーブスHCに聞いた。「今年は特にディフェンスが理想に近づいたと思うが、去年と今年の違いはどこか?」。彼は逆に聞き返してきた。「じゃあモリモトさん、ずっとチームのディフェンスを見てもらって、どこが良くなったかちょっと知りたいね」。
予想外の逆質問に、意見を述べた。「一番はインサイドのディフェンスが変わったと思う。レッドウェーブは守備から速攻のチームと、数年前からコンセプトは変わらない。でも個人的には、その守備は長年完成していなかったように思う。今年はインサイドの守備が良くなり、それに伴いフォワード・ガードの出足が良くなったと感じていますが、どうでしょう」
BTは少しうなずき、続けた。
「確かに今シーズンのディフェンスの細かいスタッツを見ると、ペイントエリアのディフェンスが良くなった。インサイドを1対1で守れるようになったのはキーポイント。それと全体的に昨シーズンと違うのは、インサイドのミスマッチがある時の守備。センターの(ジョシュア ンフォンノボン)テミトペがベンチにいる間、チーム全員が中を意識して守れるようになった。あと、ボールプレッシャーが昨シーズンよりしっかりしていたね」
「レッドウェーブはアグレッシブなディフェンスを持ち味としていますが、ボールマンがペイントエリアに入らないよう、“チーム全員で守る”がよく意識できた年だと思う」
優勝への過程と異例の“全員優勝インタビュー”
今シーズンのレッドウェーブの中でも、いくつかポイントになった試合がある。チーム随一のディフェンス力を持つ内尾聡菜が、「ディフェンスのやり方をつかめた試合」として挙げる1月のトヨタ自動車アンテロープス戦は、ボールプレッシャーが激しくお互い引かない、ディフェンス面で見応えあるゲームだった。
プレーオフも、シャンソンVマジックとのセミファイナルに成長の過程が見える。第2戦目で19-0のリードをひっくり返されて敗れた試合について、「2戦目はチームの目標とするディフェンスを実現するための意識にヒビが入っていた。でも、3戦目はうまくアジャストしてくれたね」と話すBTテーブス。3戦目はディフェンスを立て直し、守備から攻撃のリズムをつかみ、3点シュートの確率90%(10本中9本)を達成して勝ったように、守備の確立とともにチームの安定感も増した。それは、ファイナルでの対デンソー3連戦でも力となっている。
「チームとして最後の1カ月、1クォーターの出だしがどんどん良くなっていった。オフェンスがうまくいったら、みんな“ノッてくる”から、そこはよかったところ。アグレッシブにアタックする意識を最後まで持てていたのがよかった。接戦になってもクロージングできると思って、信じることができた」
念願の優勝を飾った瞬間、コート上の優勝インタビューでBTテーブスHCは、「マイファミリーがいないとダメです」と話し、選手全員を呼び寄せた。異例とも言える、全員での優勝会見。それは、デンソーとのファイナル第2戦でテミトペが一時負傷でコートに倒れた時、自ら肩を貸しに行ったBTテーブスらしい振る舞いとも言えるだろう。
「(優勝インタビューでは)自然にああいう気持ちが出てきた。プレータイムは少ないかもしれないけど、ベンチメンバーが毎日の練習で頑張ってくれた。本当に、全員のおかげで優勝できたと思っているからさ」
それは、11年前にレッドウェーブに来てから、チーム全体を戦う集団に変えてきた、BTテーブスHCらしい優勝シーンだったように思う。
レッドウェーブに来てから植え付けたメンタリティ
BTテーブスがレッドウェーブにやってきたのが、2013年。選手時代は日本・カナダなどでプレーし、ドイツでプレイングコーチとして指導をスタート。2011年からJBL2の兵庫ストークス(現B2・神戸ストークス)でHCを務めリーグ昇格を勝ち取ると、その手腕を買われてレッドウェーブのアソシエイトヘッドコーチに就任。1年後、HCに昇格した。
最初の2年間で、2年連続ファイナル進出を果たしたが、一度退任。サンロッカーズ渋谷、富山グラウジーズを経て、再び2018年にレッドウェーブへ復帰している。
個人的には、最初の2年間より復帰後のほうが、バックアップメンバーの起用法が良くなった印象だ。1度目と2度目で、自身の指導に成長はあったか聞くと、「成長してないかったらだめやろ(笑)」と関西弁で笑う。
「選手たちも期待があるからさ、自分が勉強しないといけない。選手の扱いとかいろいろなタイミングとか、自分の中でもコーチングは少しずつ良くなった。最終的にはアシスタントコーチも含めて、私たちコーチ陣のプランニングは良くなったと思う」
2回目のサイクルでは、本格的に優勝を狙うチーム作りを推進。中でも移籍による選手獲得は大きな要因となった。選定基準も、自身の中では明確だ。
「判断材料で言うと、一つは何よりもレッドウェーブのバスケットにフィットしそうな選手。もう一つは、やっぱり人間性・性格。うちにはけっこう細かいディフェンスのルールがあるし、まず1対1のディフェンスが良くならないとダメ。それができたら可能性がある」
そして何より、レッドウェーブの性格の良い選手たちの集まりを、勝てるチームに変えることが、BTテーブスの中でも大きなテーマとしてあった。そのメンタリティをどう植え付けたのか。本人はまず「環境づくり」を挙げつつ、そして選手たちへの信頼を口にした。
「一つは、やっぱり練習の環境を変えないといけない。それぞれポジションごとでチームの中にライバルがいないとダメですね。練習で負けたらダメ。その環境を作りたかった。でも、性格も大事だからバランスが大事」
「あとは、本当に選手のおかげで良いコミュニケーションが取れていた。チャンピオンを獲るのに、どんなメンタリティが大切かの話も出た。みんな年齢が離れているから、若者とベテランで、考え方が全然違う。シーズン一番最初のミーティングで、その話をした。そうしたら途中からは、アース(宮澤)が良いコミュニケーションを取ってくれた。練習後にダウンしながら「ちょっとミーティングいいですか」とかね。それで、うちのチームにもリーダーが急に増えた。アース(宮澤)だけじゃなく、ルイ(町田)は昔から背中で見せるタイプだけど、今はしゃべっているし、キキ(林咲希)は若者担当。みんなスタイルが違う。俺がすべてやったら、うまくいかない。そういう人がチームに増えて任せられるようになったし、それが1番強くなる方法ですね」
BTテーブス本人も、「自信を持ってプレーしよう」など、過去・現在含めてたくさんの言葉を伝えたはずだ。しかし、最終的には様々な積み重ねやコミュニケーションが、チームを戦う集団に変えたとBTテーブスは話す。
厳しくとも“父親みたい”と慕われる、コミュニケーションの取り方
コンプライアンスに縛られた現代社会で、ケースによって厳しい監督が好まれることもある。その人心掌握術は、部下を持つ全部の社会人にとっても、参考になる。厳しくても信頼されるために必要なことを、本人に聞いた。
「まずはリスペクトされないとダメ。俺は、自分のバスケットを信じている。目指すバスケットが正しい。やらせていることが正しい。そのリスペクトの中で、人との信頼関係を大事にする。それがなかったら、教えることが多分無駄になる。それがベース」
選手が自分のことを好きか嫌いかは関係ない。「仕事に関してリスペクトされたら、それで十分」とするBTテーブスは、コミュニケーションの大切さにも触れた。
「厳しいコーチと言われるなら、もう一つは褒めること。褒めるべきところがあったら褒める。そのバランスは大切。ずっと厳しかったら、やっぱり選手たちはしんどい。そのバランスは大事だね」
選手たちからよく聞かれるのは、「父親みたい」という言葉だ。「それは俺がおっさんになったからだ(笑)」と笑いつつ、持論を展開する。
「もともと俺は“空気潰す人”だから(笑)。ダメはダメ。いいところはいい。いいところがあったら納得する。ダメなところは説明する。白黒はっきりしていてグレーがないから、わかりやすい。そういうのが、役割としてお父さんっぽいんじゃない。自分だけが毎回正しいじゃなくて、自分が失敗したらそれも認めないといけない。人の意見も、聞くときは聞いてあげないとダメ」
「たまにアース(宮澤)とかルイ(町田)が、出した指示と違うことをやったりする。それがうまくいけば別にいい。でも、失敗しても喧嘩になることはない。チームのために何を考えていたのか、ちゃんと聞いて、それが納得できればいいから」
自分のこだわりだけじゃなく、相手の判断もちゃんと理解して、認めてあげること。それが、リスペクトを生む要素だと彼は話す。
「本当に選手のこと、バスケットだけじゃなくて彼女たちの人生や普段の生活のことを考えてあげないとダメだね。一緒にいる時間が長いからさ。ルイ(町田)と俺は、ずっと一緒に仕事をしている。やっぱり本人の気持ちを考えないと、ベストは出せないと思うね」
“終わりなく”改善できるコーチでいたい
優勝した瞬間から、「ホッとしたけど、正直、すぐ来年のことを考えた」と話す名将は、「優勝」よりも難しい「連覇」という課題に、来シーズンは取り組む。
「必要なのは、つまらない回答だけど『努力』。今シーズンより努力しないといけない。1回勝ったらさ、みんな意識しないかもしれないけど、なんか“調子に乗る”。だから、今シーズンとはまた別の努力をしないといけない。周りのチームも強くなるから、ベンチメンバーも含めて、全員レベルアップする必要がある」
16年ぶりの優勝を引き寄せた最大の功労者は今後、どんなヘッドコーチを目指すか聞いた。
「ずっと勉強したい。満足せずに。選手たちのモチベーションが下がらないように、必ず新しいことは教える。それを続けたい。年齢も関係なく、何回優勝したとかじゃなく。ずっと“終わりなく”改善できるコーチでいたい」
その中で選手が成長してくれたら?
「最高ですね」と短くBTテーブスは最後に答えた。
BTテーブスが、レッドウェーブに長年与え続けてきた、厳しさと愛情。それは選手たち自身を強くし、16年ぶりのリーグ優勝という形で結実した。
確かな信頼関係があれば、投げかける厳しい言葉は、すべてとは言えなくても、必ず何かしら相手に伝わる。恐れることなく他者と積極的に関わり、そして個別に彼女/彼の気持ちに耳を傾け、理解する。それが難しいのは間違いない。ただ、それはきっと親子・上司部下・友人関係でも、誰にでもできることで、そこからしか物語は始まらないのだろう。
その結果、あなたにとって大切なファミリーが素晴らしい結果を残すことができたら。堅く肩を抱き寄せ、思い切り喜びを共有すればいい。
「できたね」と言いながら。
<了>
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