女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント

Opinion
2025.02.07

アスリートにとって、長期離脱を余儀なくされるACL(膝の前十字靭帯)損傷は選手生命を左右しかねない。特に、女性は骨格差や月経によるホルモンバランスの変化などで、男性の4倍以上のリスクがあると言われる。近年は女子サッカー界の試合数増加や強度の向上に比例するように各国代表選手のACLのケガの増加が問題になっており、対策が急がれている。そんな中、日本では全日本高校女子サッカー選手権で3連覇を果たした藤枝順心高校が新たな取り組みを開始。アプリによる月経周期の管理を取り入れ、コンディショニングに活かしているという。高校年代で全国屈指の高強度のトレーニング内容とともに、ケガ予防の取り組みについて、中村翔監督に語ってもらった。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=藤枝順心高校)

「人間の集中力がもつのは90分間」。“藤枝流”高強度トレーニング

――藤枝順心高校の練習時間は全員で行うアップや強度の高いボール回し、シャトルランとゲームを連続で行うなど、90分間の中で技術・フィジカル・集中力が求められます。練習メニューはどのように考えていますか?

中村:以前、ウォーミングアップは個々の選手がフリーで行っていたのですが、選手のフィジカル的な標準値が下がってきている印象を受けた年代があり、当時はケガの多さも気になっていたので、体の調子を見極めるために、全員で(言葉を発さずに)黙々とアップをする時間を作りました。それが2020年からです。現在WEリーグのサンフレッチェ広島レジーナの柳瀬楓菜がキャプテンの代で、当時は多々良和之前監督が率いていました。当時、選手たちから(当時はコーチだった)私に、「それぞれがフリーでアップをするより、みんなでまとまってやりたいんですが、どう思いますか?」というような相談を受けました。多々良先生も「個々が成長するために自主的に、積極的にチャレンジした方がいい」という考えだったので、アップ方法をどう変えた方がいいのか、トレーナーや選手たちと協議、話し合いを重ねて今の形に落ち着きました。

――数値を測って変化を観察し、選手たちの意見も取り入れながら変えていったのですね。練習時間が2時間を超えるチームもありますが、短時間で集中したトレーニングにした方が効果的なのでしょうか。

中村:練習は、だらだらと長くやるよりも短い時間で集中したほうが技術が身につきますし、「人間の集中力が持つ限界は90分」という研究もあります。サッカーは延長を除けば長くても90分間で試合を動かしていかなければいけないので、そういう根拠に基づいて集中したトレーニングを組んでいます。

――体力面もその中で効率的に鍛えることができるのですか?

中村:練習時間は変わりませんが、技術メインの日もあれば、フィジカルを集中的なトレーニングで追い込む日もあります。数年前は「トレーニングはボールを使ったメニューを中心にして、素走りはしないほうがいい」という風潮がありましたが、今は海外のトレーニング動画を見ても、「最大速度や最大心拍数を上げるためには素走りのトレーニングもある程度は必要」と言われています。ただ、うちの場合は、それだけだとフィジカルの基準値は上がらなかったんです。うまく試合に直結する効果的なメニューを考えたなかで、「一度ダッシュで心拍数を上げて、その状態でゲームに入っていく」というのが、最大心拍数もグッと上げた中でボールも使える、というところにいき着いたんです。

――近年は高さや強さなどフィジカル面に特徴のある選手も増えた印象ですが、フィジカル面の取り組みの変化もあるのでしょうか?

中村:そうですね。基礎的なフィジカルトレーニングは毎年見直しながらやってきていますし、食事の面にもかなり気を遣いながら進めているので、それが数字にも出てきているのは感じます。

アプリで月経周期を管理、コンディショニングのアドバイスも

――練習の強度を上げることはケガのリスクもありますが、長い目で見ると予防にもつながると思います。WEリーグでも海外でも女子選手の前十字靭帯損傷が問題になっている中、ケガ予防のために意識されていることはありますか?

中村:うちは、ウォーミングアップの中で膝の前十字靭帯のケガを予防するためのプログラムを取り入れています。膝の強度・耐久性を高める筋力トレーニングで、11+(※)なども参考にしながら、トレーナーに考えてもらっています。女性は男性と骨格の形が違うので、どこの筋肉を鍛えればケガの予防ができるかということを考えたり、月経によってホルモンバランスが変わると前十字靭帯のケガにつながりやすいと言われるので、そうした知識は積極的に共有しています。

(※)国際サッカー連盟スポーツ医学委員会が推奨する、育成年代のサッカー選手向けのケガ予防プログラム

――月経周期やホルモンバランスの変化と膝のケガの因果関係については、国内外で研究が進んでいますが、万国共通の予防策は発表されていません。チームで独自に取り組んでいることはありますか?

中村:うちは「Lean sports(リーンスポーツ)」という、女子チームに特化したコンディション管理アプリを2024年の10月から利用しています。選手たちが、自分の体調や月経が開始された日などをLINEアプリで入力すれば、個々の周期に合わせたフィードバックが月に1回送られてきて、その時期に注意したほうがいいことやコンディショニングなどのアドバイス、それぞれのサイクルでどんなトレーニングが適しているかということがわかります。監督の私は、選手たちの体調を一覧で見ることができるので、練習や試合で体が重そうに見える選手は、そのデータを見れば、今はそういう時期なんだな、と要因がわかります。その上で、「(今は)これぐらいまでできれば大丈夫だよ」と声をかけたり、チーム全体でダッシュの本数を減らすなど、強度の調整もアプリの情報を参考にしています。

――女子ではチェルシーがアプリを使った月経周期やコンディション管理を数年前に始めていましたが、日本でもそうした取り組みが始まっているのですね。

中村:海外では、月経周期に合わせてグループ分けしてトレーニングのメニューを考えているチームもあるようですが、高校年代ではそこまで反映させるのは難しい部分もあります。それでも、選手の体調によって全体の強度を落とすなどの対策を取りながら、うまくケガの防止につなげられるように意識して活用しています。選手たちが自分でそういう状態を知ることでケガのリスクを下げることもできると思いますから。

スタッフも「探究心の塊」。横のつながりも貴重な情報源に

――月経や体調の問題など、男性指導者にとってはなかなか聞きづらい部分もあると思うので、有効ですよね。そういった情報は、どこから入ってくるのですか?

中村:情報を共有してくれたのは、京都の「KYOTO TANGO QUEENS」というクラブの代表の吉野有香さんです。吉野さんは、うちの妹(※)と(常盤木学園)高校時代の同級生なんですよ。そのつながりもあって連絡をもらい、「(アプリを作っている)企業の説明会があるので、お話を聞いてみませんか?」と。もともと、私自身がオンラインの勉強会などで勉強はしていたので、ホルモンバランスとコンディショニングの関連性についてもある程度の知識はあったのですが、それをどうやって指導に落とし込み、選手たちにアプローチしたらいいかがわからなかったので、直接話を聞いて決断しました。

(※)WEリーグのサンフレッチェ広島レジーナの中村楓

――日本では比較的新しい試みだと思いますが、導入する上でどのようなポイントが決め手になったのでしょうか。

中村:私自身、選手が月経に伴う痛みがある時や体調が悪い時にどういう薬を服用したらいいのか、「大会の時期と月経周期を重ならないようにするために低用量ピルを服用する」といった選択肢や知識もなかったので、説明会で教えていただき勉強になりました。試合用で使える(生理用の)ショーツなどのアイテムについても教えていただいたのですが、男性指導者からは案内しづらいですし、女性のトレーナーもいますが、専門的な知識を持っている方に教えてもらったほうが選手の意識が変わりやすいのではないかと思いました。それで、選手たちにも講習をしていただいた上でお願いしました。

――実際に使い始めてから、気づいたことや、選手たちの変化はいかがですか?

中村:大会前には、選手から女性の担当者の方に直接相談をして、具体的なフィードバックをもらえることもあります。「フィードバックをもらった内容を試したら調子が良くなった」と選手同士がしている会話も耳にしたので、効果は出ていると思います。

――オフザピッチでも、常に新しい情報や知識を取り入れようというアプローチが印象的です。

中村:藤枝順心のコーチングスタッフは、私も含めてみんな年齢も性別も違って、それぞれ違う強みを持った面々が集まっています。みんな探求心の塊で、サッカーの戦術的な部分やコンディション面にもアンテナを高く張って、目の前にある現状に満足せず、いいものは積極的に取り入れようとする緊張感とチームワークがあります。

【連載前編】前人未到の高校女子サッカー3連覇、藤枝順心高校・中村翔監督が明かす“常勝”の真髄

<了>

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[PROFILE]
中村翔(なかむら・かける)
1988年11月12日生まれ、岩手県出身。藤枝順心高等学校サッカー部監督。盛岡商業高校3年時に全国優勝。国士舘大学を卒業後、藤枝明誠高校で教員採用され、サッカー部のコーチを務める。2017年に姉妹校の藤枝順心高へ異動してサッカー部コーチを務め、2021年から監督に。2025年1月の全日本高校女子サッカー選手権では過去最多の86名に上る部員をまとめ、39得点無失点で史上初の3連覇を達成。夏のインターハイと冬の選手権で5季連続の日本一に輝いた。1月26日の静岡県高校新人戦では21連覇を達成。保健体育、情報科教諭。妹はWEリーグ・サンフレッチェ広島レジーナ所属のDF中村楓。

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