なでしこジャパンの小柄なアタッカーがマンチェスター・シティで司令塔になるまで。長谷川唯が培った“考える力”
なでしこジャパンの攻守を司る長谷川唯は、昨シーズン、マンチェスター・シティのサポーター・選手・チームスタッフが選ぶプレーヤー・オブ・ザ・シーズンに選ばれ、イングランド1部・女子スーパーリーグのベストイレブンにも名を連ねた。加入2シーズン目の今季も開幕から好調を維持し、チームの好スタートを支えている。小学6年生の時には身長が1m35cm、体重は20kg台後半だったという長谷川が、持ち前の技術力を生かし、世界のトッププレーヤーたちと渡り合うために磨いてきたインテリジェンス=考える力に迫った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ZUMA Press/アフロ)
女子スーパーリーグが開幕。シティの好スタートを牽引
――10月1日に女子スーパーリーグが開幕して約1カ月が経ちましたが、マンチェスター・シティは2勝1分(編集部注:取材日は9月18日)と好スタートを切りました。長谷川選手もアンカーのポジションで3試合に先発してハードワークを見せていましたが、コンディションは良さそうですね。
長谷川:そうですね。プレシーズンはワールドカップで心身ともに戦ってきた疲れもあったんですが、開幕までに少し休みがありましたし、日本での国際親善試合(9月23日のアルゼンチン戦)も含めていい状態を作れたので、個人としてもチームとしても、本当にいいスタートが切れたと思います。
――開幕戦はウェストハムと対戦して、代表のチームメートでもある清水梨紗選手、林穂之香選手、植木理子選手に2-0で勝利しました。日本人が4人同時に海外リーグのピッチに立つのは初めてだったと思いますが、どうでしたか?
長谷川:今までは海外で日本人選手と対戦すること自体が珍しいことで、ウェストハムにいた2021年に岩渕(真奈)さんと試合をしたのが初めてだったのですが、あの時もすごく新鮮な感じがしたんです。今回はまた違った感じで、3人との対戦を本当に楽しめましたし、試合を見てくれた人には日本人選手の良さが伝わったんじゃないかなと思います。
――続く第2節のチェルシー戦では、2人の退場者を出しながらも全員がハードワークを見せて、リーグ4連覇中の王者に1-1のドローでした。イエローカードが多く出たことも含めて、女子サッカーでは珍しい展開でしたよね。
長谷川:そうですね。今年からプレミアリーグ(男子)のカードの基準が厳しくなって、それが女子にも適用されることはリーグから事前に説明があったんです。ただ、あの試合は注意もほとんどない状態で一気にイエローカードが出てしまったので、それをチームメートが審判に伝えに行ったら、そこでまたイエローカードが出てしまうという流れの悪い試合でした。もちろん勝ちたかったですが、最低限の結果は残せたと思いますし、自分自身あそこまで長い時間を9人で戦ったことがないので、この経験をプラスにしたいです。
今季のタスクは「サイドチェンジを増やすこと」
――昨シーズンは加入1年目でアンカーのポジションに抜擢され、マンチェスター・シティのサポーター、選手、チームスタッフが選ぶプレーヤー・オブ・ザ・シーズンと、リーグのベストイレブンにも選ばれました。今季はどんな目標がありますか?
長谷川:中盤のポジションなので、アシストの一つ前のパスを出すというような形で関われたらいいですが、今年は「サイドを変えたほうがいい場面で何回サイドチェンジができるか」を求められているので、そのタイミングを逃さないことを一番の目標にしています。
――ガレス・テイラー監督からは、「サイドチェンジの数を増やしてほしい」と明確に伝えられているんですか?
長谷川:そうですね。そのプレーは去年も評価してもらえていたのですが、シティでは今年は去年から積み上げてきたものがあって、一回の攻撃で終わらずにサイドから攻めて、難しければ逆サイドに展開していくことを何回も繰り返して空いたスペースを狙っていく狙いがあります。その一番大事な場所を任されている自覚があるので、チームが楽に前進できるようにプレーしたいですね。
――ボールを持てる相手だと攻撃に関わる場面もありますが、チェルシーのような相手だと、ボールに触る回数が少なくなりますよね。そういう試合で、ポジションの取り方で気をつけていることはありますか?
長谷川:そういう時は、攻撃よりも守備のところで気を遣いますね。フォワードがどこにいるか確認した上でどこにクリアボールが来るかを予測して、ディフェンスラインの前で自分がカットできれば理想です。シティは4バックが基本ですが、状況によって3バックにしてボランチを2枚にすることもあるので、攻撃ではボールサイドに寄って展開するようにしています。
――周りは1対1で仕掛ける意識が強い選手も多いですが、少ないボールタッチで決定的な仕事をするために、どんなことを意識しているんですか?
長谷川:基本的には少ないタッチで相手の逆を取ることを意識しています。あとは、ポジション柄「止めてパスを出す」というプレーが多いので、それを何回もやるからこそ、「やめる」ことも効いてきます。例えば、右から左に展開する時に、左足で止めて右足で逆に展開するフリをしてから、相手をちょっと右にかわして縦パスを入れたり。そういうふうに、相手の人数や重心を見ながら、タッチ数を増やすプレーが効果的になることもありますね。
ベレーザ時代に築いたインテリジェンスの礎
――長谷川選手がベレーザの下部組織に入団した小学6年生の頃は身長1m35cm、体重は20kg台後半だったそうですが、自分より大きい相手と戦う中で、どんなことを考えていたんですか?
長谷川:その当時は無意識にやっていました。今はぶつかっても負けないようにする体づくりをしていますし、当たっても勝てることがあるのでコンタクトするシーンも多いですけど、その頃は体も小さいし筋肉もなかったので、「ぶつかったら負ける」という感覚でした。しかも、試合の相手は大学生や社会人だったので「負けても仕方がない状況の中でどうするか」ということをいつも考えながら自然とポジショニングをとっていました
――試合の中で、いろいろなことを考えながら感覚的に積み重ねていったんですね。
長谷川:はい。自分にパスが渡るまでに相手がどれだけ移動してくるか、そのためには最初にどのポジションを取るといいのか、相手とどのぐらい距離を空けてポジションを取れば奪われないかといったことを感覚的に身につけていったと思います。
――若い頃から足元の技術も高く評価されていましたが、スペースなどを考えてパスを出していたわけではなかったんですか?
長谷川:まだ細かいサッカーの原理原則をできていなかったので、当時は(同じように小柄だった)籾木結花選手(現リンシェーピング所属/スウェーデン)と一緒にプレーする中で、どちらかが降りてきてどちらかが裏に行く動きだったり、「相手がこの人についていくとこのスペースが空く」という、近いポジションの関係は把握していました。
――年代別代表では海外の選手ともよく対戦しましたが、「大きい選手に勝てる」という手応えをつかんだのはいつ頃だったんですか?
長谷川:背の高い選手やフィジカルの強い選手に対して「やれるな」と感じたのは、高校1年生くらいです。その前から技術的な面で上回っていると感じることが多かったので、筋トレを高校1年生くらいの頃から少しずつ始めて、ある程度体ができてきてからは、大学生との試合でぶつかっても負けないなという感覚を持てるようになりましたね。
――以前、試合中に見る場所について聞いた際に「どのスペースが空いているか、パス交換の後にもその都度見るようにしていて、それを繰り返すと全体的に空いてくるスペースがわかるようになる」と話していましたが、それはいつ頃からやっているんですか?
長谷川:そういうことを理解できるようになったのは、2018年から3シーズン、ベレーザで永田雅人さんに指導を受けたことがきっかけです。永田さんの下では「オフザボールで味方についているマークをいかに引き出せるか」を意図的にやっていました。だからこそ、ボールに触りたい気持ちがあっても、チームにとってプラスになるオフザボールの動きができるようになりましたし、シティではそういうプレーも評価してもらえているので。そういう意味では今、スタッフや評価してくれる人たちに恵まれています。
――ボールを持たなくても、ゲームをつくるイメージが持てるようになったんですね。
長谷川:はい。ポジションがインサイドハーフなら、もっとボールを触りたいという感覚はあるんですけどね。シティではインサイドの選手がボールを受けて前を向くことが一番チャンスにつながるので、そのポジションの選手はたくさんボールを受けたがるほうがいいと思っていますし、自分がアンカーで相手を引きつけることによって中のパスコースを開けるようにしています。
考えてプレーする楽しさを子どもたちに知ってほしい
――代表は海外組の割合が増えましたが、WEリーグの強度も上がって、国内組も1対1で勝てる場面が増えたと思います。その点では個人戦術も底上げされているんでしょうか?
長谷川:そうですね。個々のフィジカルは若い選手も含めて総合的に上がってきていて、昔だったら簡単にやられていた場面で勝てる場面も増えました。今後、さらにフィジカルのある選手が育って、頭を使ってサッカーをするようになったら、未来は明るいんじゃないかなと思います。でも、フィジカルが高くなれば、その分、頭を使うプレーが減ってきてしまうことも同時に起きてしまうと思うので、どちらも使えるようなプレーが必要だと思います。
――体の強い選手が「頭を使ってプレーする」ことを習慣づけるためには、普段どんなことを意識していたらいいんでしょうか?
長谷川:自分はフィジカルがなかったからこそ考え抜きましたし、逆にフィジカルがある選手は考えなくても勝てるので、難しい部分もあるだろうなと思います。それでも、サッカーを考えてプレーする楽しさを子どもたちに知ってほしいんですよ。
どんなプレーでも、結果的に成功したらそれが「正解」ですけど、そのプレーをなんとなくやって成功した、というのではなく、「こうしたらこうなりそうだから、こうやってみよう」というふうに、失敗してもその理由を振り返れるようにしたほうが、再現性のあるプレーができるようになると思います。
日本人の強みを生かして「掃除役」に
――長谷川選手は、中学生の時に逆境を乗り越える上でヒントになった指導者のアドバイスなどはありましたか?
長谷川:性格的に、いい意味でも悪い意味でもあまり人の言葉に影響を受けないタイプなので、人から言われてできるようになったことはあまりないです。ただ、育成年代では怒られておいたほうがいいと思います。私は(当時メニーナの監督だった)寺谷(真弓)さんからたくさん怒られましたが、逆境でも強くいられるようになったので、今になって感謝することのほうが多いですし、怒られて嫌いになった人は誰もいないですから。今の時代は教育のあり方も変わって、そこは難しいところだと思いますけど、自分はしっかり怒られて育てられたことはすごく良かったなと思います。
――どのチームでも自分の考えをはっきりと伝える芯の強さやメンタルも、その頃に培われたんですか?
長谷川:もともと、生意気だったので(笑)。本当にいろんな人に助けてもらいましたし、自分がベレーザで一番生意気で何でも言葉にしていた時にお世話になったアリ(有吉佐織)さんとか(阪口)夢穂さんには、すごく感謝しています。
――イングランドでは、チームメートにはどんなふうに自分の考えを伝えているんですか?
長谷川:シティはチームとしてのやり方が明確なので、中で何かを伝えて変えていくというよりも、チーム戦術の中で個人戦術を発揮してボールを奪うとか、チャンスにつながるようなプレーを目指しています。
あとは、周りの選手たちの主張が強すぎるので、伝えても跳ね返ってくることが多いですね(笑)。ベレーザではサッカー観が近い選手たちと同じ感覚でプレーしていたので、「これがこうだからこうして欲しい」と細かく伝えていましたが、外国人選手はそもそもフィジカルが強くて、「一人で奪える」という感覚を持っている選手も多いので、味方に合わせて“掃除役”のようなイメージでプレーしています。
――主導役を務める代表とは対照的な役割をこなしているんですね。
長谷川:日本人が外国人の中に一人入るのと、日本人が集まるチームは、本当にやり方が違います。日本人もフィジカルの平均値は高くなっていますが、海外勢と同じようにやっても勝てないですし、日本人だけで構成される代表は戦術を合わせないと世界と戦えない感覚が強いです。その意味でも、代表では感覚が近い選手や、もともと一緒にプレーしていた選手が多いのでやりやすいですね。
【連載後編】なでしこジャパンは新時代へ。司令塔・長谷川唯が語る現在地「ワールドカップを戦って、さらにいいチームになった」
<了>
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[PROFILE]
長谷川唯(はせがわ・ゆい)
1997年1月29日生まれ、宮城県出身。女子サッカーのイングランド1部(女子スーパーリーグ)・マンチェスター・シティWFC所属。ポジションはMF。中学1年生で日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織であるメニーナに加入。年代別代表では2014年FIFA U-17女子ワールドカップ優勝、2016年FIFA U-20女子ワールドカップ3位入賞。2017年になでしこジャパンに初招集され、2019年のFIFA女子ワールドカップと2021年東京五輪では司令塔としてチームを牽引した。2022-23シーズンはマンチェスター・シティのサポーター、選手、チームスタッフが選ぶプレーヤー・オブ・ザ・シーズンとリーグのベストイレブンに選出された。抜群のサッカーセンスとボールコントロール、インテリジェンスの高さを生かして日本人プレーヤーの価値を高め続けている。
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