佐々木麟太郎の決断が日本球界にもたらす新たな風。高卒即アメリカ行きのメリットとデメリット

Career
2023.10.30

歴代最多高校通算140本塁打を誇る花巻東高校のスラッガー佐々木麟太郎の名が、今年のプロ野球ドラフト会議で指名されることはなかった。ドラフト指名を回避し、高校卒業後はアメリカの大学へ進学予定だという。賛否両論、多くの議論を生んだこの決断。考えられるメリットとデメリットを考察する。

(文=花田雪、写真=USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

「海外留学」を理由にドラフト指名を回避したケースは前例がない

10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議。今年は支配下72人、育成50人の計122人が指名を受けた。「大学生投手豊作の年」の前評判通り、上位指名の大半が大学生で占められた今年のドラフト。1巡目指名の内訳を見ると、大学生投手が投手8人を含む9人、高校生が2人、社会人が1人となった。

しかし、もし“あの男”が進路をプロ野球に絞っていれば、この内訳にも変化が生まれていたかもしれない。

花巻東の、佐々木麟太郎――。

史上最多、高校通算140本塁打を誇るスラッガー。1年生から注目を集めた稀代の大砲はドラフトで指名されるために必要なプロ志望届を提出せず、高校卒業後はアメリカの大学に留学予定だという。

“たられば”ではあるが、もし佐々木がプロ志望を表明していれば、1巡目指名――、少なくとも上位指名される確率は限りなく高かったはずだ。過去のドラフトでも「ドラ1候補」と呼ばれる選手がプロ入りを選択しなかったケースはあった。しかし、その場合の進路は国内の大学、社会人がほぼ100%であり、今回のように「海外留学」を理由にドラフト指名を回避したケースは前例がない。

「高校通算140本塁打」という肩書も日本ほど通用しない世界へ

高校生のドラフト候補がプロ入りを志望せず、大学や社会人に進む理由はよほどの例外がない限り、基本的には一つに絞られる。「次のステージでさらに力をつけ、社会人なら3年後、大学生なら4年後にさらに上の順位でプロ入りを目指す」だ。

ただ、佐々木の場合は少し違う。そもそも現時点で上位指名を確実視されているのだから、時間をかけて「さらに上位指名を狙う」理由は通らない。加えて、数年後のプロ野球(NPB)入りを目指すのであれば、過去と同様に、NPBスカウトにプレーを見てもらいやすい国内の大学や社会人に進んだほうが確率は上がるはずだ。

おそらく、佐々木が目指しているのは将来的なNPB入りではない。「MLBで活躍する」ことを最終目標に掲げているが故のアメリカ留学という決断なのだろう。

当然、この選択には国内でも賛否が渦巻いている。18歳の若者が下した決断を後押しする意見がある一方で、「アメリカでは通用しない」「国内でプレーを続けたほうが将来のためにも良い」「高校の先輩である菊池雄星や大谷翔平のようにNPBを経由してMLBに渡っても遅くはない」といった否定的な意見もあるのだ。

佐々木の決断が彼の将来にどんな影響を及ぼすのかは、現時点では未知数だ。そこで本稿では、「ドラ1位候補の高校生がアメリカ留学を選んだ」という今回のケースについて、考えられるデメリットとメリットを考察してみたい。

デメリットとして考えられるのが、前述のとおり「前例が極端に少ない」=リスクが読めない点にある。佐々木クラスの選手であれば、例えばプロ志望届を出さずに国内の大学を志望したとしても、東京六大学リーグや東都大学リーグといった名門大学に進学できたはずだ。多くのプロ野球選手を輩出するレベルの高いリーグでもまれ、4年後のドラフトにかかる――。この進路が「もっともリスクが少なく、確実な道」なのは、間違いないだろう。 アメリカの大学に進学した場合、どの大学を選ぶかにもよるが、当然ながら日本の野球とは別物。環境や言葉の壁もあり、「高校通算140本塁打」という肩書も日本ほどは通用しないはずだ。日本の高校生としては規格外のパワーを誇った佐々木だが、アメリカには彼よりもパワーがある選手もいるだろう。そんな厳しい環境に身を置くことは、当然“リスク”を生み出す。

投手と比較して野手のアメリカでの“成功率”は低い

「高卒即プロ入り」を回避したことで、先輩である菊池雄星、大谷翔平のような「NPB経由でのMLB入り」の道はかなり遠回りになる。

かつて、大谷翔平はドラフト指名を回避して高卒メジャー入りの道を模索したが、ドラフトで北海道日本ハムファイターズが強硬指名。入団交渉では球団側が「日本球界を経てからアメリカに渡ったほうが、成功の確率は高い」というプレゼンを行い、翻意に成功したケースもある。

その選択が結果として“正解”だったことからも、やはり一度NPBに入団し、一定の結果を残してからMLB入りを目指すほうが“より確実な道”なのは少なくとも2023年時点では正しいのだろう。

しかし、である。佐々木は現実に「高卒でのNPB入り」ではなくアメリカでのプレーを選択した。この決断がもたらすメリットは、一体なんなのか。

ここで筆者が注目したいのが、過去にNPBからMLB移籍を果たした「日本人野手」の渡米時の年齢だ。

24歳:大谷翔平      
27歳:西岡剛
28歳:イチロー、岩村明憲、鈴木誠也
29歳:新庄剛志、松井秀喜、松井稼頭央、筒香嘉智
30歳:城島健司、青木宣親、吉田正尚
31歳:井口資仁、福留孝介、中島裕之、川﨑宗則
32歳:中村紀洋、田中賢介、秋山翔吾
33歳:田口壮
※年齢はすべてMLB1年目の満年齢。中島裕之はMLB出場なし。

ほぼすべての選手が、20代後半~30代前半で海を渡っている。そのすべてが、NPBでトップレベルの成績を残した選手だ。しかし、その中でMLBで“満足のいく数字”を残せた選手が何人いるだろうか。2001年にイチロー、新庄剛志が「日本人野手初のメジャーリーガー」となってから20年以上が経過した現在も投手と比較して野手の“成功率”は低いと言わざるを得ない。

一般的に投手と比べて野手は、新しい環境にアジャストするのに時間がかかると言われている。投手が投げたボールを野手が打つという野球の特性上、投手に関しては「自分の持つ能力を100%発揮する」ことが最重要視され、それが結果にも直結しやすい。一方で野手はそもそも「投手が投げたボールに対応する」ことでプレーが始まる。

そう考えると、特に野手に関してはできる限り“アジャストする期間”を確保できる年齢でメジャー移籍を果たしたほうが結果を残しやすい、と考えられるのではないか。

上記選手の中で唯一、20代前半で渡米した大谷翔平が、まさにそれに該当する。2018年、24歳になるシーズンに海を渡った大谷は、1年目から22本塁打を放つなど一定の結果は残したが、大ブレイクを果たしたのは渡米4年目、27歳シーズンとなった2021年だ。この年、ア・リーグ3位の46本塁打を記録し、以降3年連続でシーズン30本塁打以上をマーク。今季は44本塁打でアジア人史上初となる本塁打王を獲得した。 ただし、大谷のケースは異例中の異例。NPBでのプレー年数はわずか5年間で日本ハムがポスティング移籍を容認している。ポスティングは所属球団の承認が必要な制度であり、選手に選択権はない。2023年現在、選手が自分の意志でMLB移籍を果たせる海外フリーエージェントの権利を取得するためには、最低でも9年間NPBでプレーする必要がある。

「NPBで本塁打王を獲る」ことが佐々木の最終目標なのか?

佐々木の場合、たとえ高卒でNPB入りした場合も、1年目から一軍でレギュラーを張れるか……と言われると疑問符がつく。もちろん、素質はある。ただ、スラッガータイプはそもそも「時間がかかる」と言われており、加えて佐々木の場合は走塁、守備面に課題がある。日本では今も「走れない、守れない選手は使いにくい」という傾向も強い。

もちろん、「NPBで本塁打王を獲る」ことが佐々木の最終目標なのであれば、それで問題ない。年数をかけてNPBで求められる野球に慣れていけばいい。しかし、メジャーでの成功を目標に掲げているであろう佐々木の立場を考えると、高卒NPB入りを決断するのは、逆に遠回りになってしまうかもしれないのだ。

アメリカの大学に留学した場合、佐々木がMLBのドラフト指名対象になるのは最短で2026年夏。年齢は21歳だ。もし、この年齢でドラフトにかかれば、大谷をはるかにしのぐ若さでMLB球団と契約できることになる。もちろん、日本で実績を残してから渡米した大谷とは違い、他のルーキーと同様にマイナーからのスタートにはなるはずだ。それでも、18歳からアメリカの大学でプレーし、21歳からMLB下部組織でプレーすることができれば、“アジャストする期間”は十分に確保できる。

もちろん、“アジャストする期間”があっても、佐々木がMLBドラフトにかかり、その後大成するかどうかは、誰にもわからない。ここまで書いたことは、あくまでも筆者の考える推論に過ぎない。佐々木自身は渡米後の進路やその後の将来像についてコメントは出していない。

しかし、日本中が注目する高校生スラッガーが、前例のあるプロ入りや大学進学ではなく、新しい道を選択したのは事実だ。

もっと言えば、この決断がどんな結果になったとしても、その“チャレンジ”は称賛されるべきであり、他者が文句をつけていい理由などどこにもない。

佐々木の選択が結果として成功すれば、国内の有望高校生にはプロ入り、大学進学、社会人入りといったこれまでの通例とは違う“第四の選択肢”が定着する可能性もある。

どんな時代も、新しい道を最初に切り拓く“パイオニア”には、大きなプレッシャーと逆風が襲い掛かるものだ。

ただ、佐々木麟太郎にはそんな雑音など気にせず、思う存分“我が道”を突き進んでほしい。

18歳の若者が選択した“新しい道”を、力いっぱい応援したい。

<了>

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