
なぜ南葛SCは風間八宏監督を招聘できたのか?岩本義弘GMが描くクラブの未来図
2023年11月7日。日本サッカー界を驚かせるビッグニュースが飛び込んできた。風間八宏氏、南葛SC監督およびテクニカルダイレクターに就任──。過去には元日本代表の稲本潤一や今野泰幸らの加入でも話題をさらい、東京都社会人サッカーリーグから関東サッカーリーグ1部へと駆け上がったクラブが、今度は日本屈指の名将を招聘(しょうへい)し「Jリーグ参入」に向けその“本気度”を世に知らしめた。
大人気サッカー漫画『キャプテン翼』とともに、地域リーグで革命を起こし続ける南葛は、新監督のもと、どのようなチームや組織づくりを目指すのか。代表取締役専務兼GM(ゼネラルマネージャー)を務める岩本義弘氏に話を聞いた。
(インタビュー=北健一郎、構成=青木ひかる、岩本義弘写真=野口岳彦、風間八宏氏写真=アフロ)
葛飾に新しい非日常を生み出したい
――地域リーグでありながら大きな存在感を放っている南葛SCですが、あらためて岩本さんのクラブ内での立場や役割を教えてください。
岩本:役職としては代表取締役兼GM(ゼネラルマネージャー)になるので、事業と強化、両方の責任者になります。この2つの役職の兼任はJクラブではまずないですし、このカテゴリーでもあまりないかたちです。
なぜ両方やっているかというと、スピード感を上げるため。そうしないと、強化も「今年は予算これくらいでやってください」の枠だけになってしまい、クラブにとって本当に必要なこと、リソースのかけどころの判断が遅れてしまいます。
また、そういったプラスアルファの出費が起きた時、資金を増やすためのアクションをとりやすいという点もありますね。
――スピード感というのは、やはり、より短期間でJリーグ参入を実現するという意味でも?
岩本:2019年に『キャプテン翼』の作者である高橋陽一先生が会社を設立して南葛SCのオーナーになり、本気でJリーグ参入を目指すクラブとして舵を切りましたが、ビジネスのことだけでいえば、関東リーグでも完結していても問題はないんです。
――Jリーグを目指すクラブは、カテゴリーを上げることを何よりも重視している印象があります。
岩本:もちろん、上のカテゴリーになればより有名な選手が葛飾を訪れることになるし、プロスポーツを見る文化がまだあまり根づいていない東東京、下町エリアで、高橋先生が描いてきたサッカーという競技によって、地元の人たちに新しい非日常を与えることができる。その考えに賛同して、一緒に取り組みをスタートしました。
ビジネス面に関しても、『キャプテン翼』という作品のブランド力があるなかで、日本のサッカークラブの中でもポテンシャルは一番といっても過言ではないと思っています。
20年後にJ1で鹿島アントラーズやFC東京に勝つという未来を信じているし、その先のアジアを代表するクラブになるというイメージを持ちながら、この仕事をしています。
そんなことを本気で言っている関東リーグのクラブはほとんどないですけど、目指す到達地点と現在地が遠ければ遠いほど応援したくなるものだと思いますし、最近はよりその可能性を確信しています。

監督、育成、そして海外展開へ
――そんななか、新監督に風間八宏さんを招聘(しょうへい)したのは率直に言って驚きました。オファーをした理由や就任までの経緯をぜひ聞かせてください。
岩本:南葛SCとしては、キャプテン翼の軸であり、高橋先生も大事にしている「ボールはともだち」をキーワードに、そのサッカーを体現できる人を常に探していました。そしてそこに一番に振り切っているのが風間さん。
スペイン人など海外の監督も含めて検討もしましたが、誰よりもうまくできるのは誰かと考えたら、風間さんしかいない。であれば、だめもとでもよいからオファーをしてみようと。
僕も風間さんとは20年くらいの付き合いの仲なので、早速アポイントをとって、風間さんのお母さまが営んでいる居酒屋「八宏の店まる八」で会うことに。しばらく話したあとに、「真剣に監督のオファーの話をしにきました」と切り出しました。
名古屋グランパスを辞めてから、監督業の依頼はたくさんきたけど、すぐに断っていたとも話していたので、さすがに難しいかなと思ったのですが……。
――結果的には監督だけでなく、テクニカルダイレクターとして育成も含めて南葛SCに携わるかたちになりましたね。
岩本:監督については、即答では断られず「『キャプテン翼』はずるいよなぁ」と。そこから、アカデミーとトップチームが繋がるようなクラブづくりをしたいという話や、海外からも指導のオファーが来ているという話を風間さんがしていたので、「監督とテクニカルダイレクター、そして海外展開もキャプテン翼アカデミーとして一緒にやりませんか?」と大きく3つまとめての提案をさせてもらいました。
最初はもちろんそこまでの話をするつもりはなかったですけど、風間さんのメソッドがすばらしいことは一緒に本も作ってきたので重々わかっているし、その時以上に言語化できている部分もあるはず。そのノウハウを『キャプテン翼』で輸出していくことは作品にとっても大きな意味があるし、世界のサッカーを漫画だけじゃなく、リアルでも変えていくことができるんじゃないかなと感じました。
――ただ、風間さんは日本でもトップクラスの監督ですし、当然かなりのコストがかかることになりますよね?
岩本:そうですね。風間さんが今まで受けてきたオファーとは比べ物にならないほど低い金額にはなってしまいますけど、クラブとしては大きな投資です。無い袖を振るわけにはいかないので、3週間くらいの間にパートナー企業の方から追加で出資してくれる先を探したあと、改めて別の場所で高橋先生も一緒に同席してもらって。うちとして出せる金額をしっかりと示したうえで、了承の返事をいただくことができました。

今までとはまた違う“監督・風間八宏”を
――これまでの取り組みも含め、関東1部でもこんなチームは他にありません。風間監督の就任でJリーグ参入に近づいたのでは?
岩本:ここまでは順調に勝ち上がってきましたが、ここから昇格するのは簡単ではありません。ですので、風間さんには「Jリーグまで昇格させてくれ」とか「カテゴリーを上げてほしい」という話は一切していません。
ただ、何年かかってもいいから「ボールはともだち」のチームをつくってほしいと。そして、上がった時にはJFLでも圧倒するような、そういうチームになれたら最高ですという話をしています。
――ただ勝つだけ、ただカテゴリーを上げるだけではだめだぞということですね。
岩本:もちろん、サッカーは勝ち負けのスポーツなので、勝つ回数が多ければ多いほど応援してくださる人にとってもうれしいですよね。その究極として昇格というかけがえのない喜びも何度か経験してきましたし、一つでも多くの勝利で皆さんを笑顔にできればとは思っています。
でも、勝つためだけのサッカーは、別に今の自分たちがやらなくてもいいだろうと。これはよく高橋先生とも話していることですが、せっかく『キャプテン翼』の世界観を持っているんだから、「見ている人が面白いと思えるサッカーで勝つこと」を、僕たちは目指していきたい。
“勝つ”というのは、試合だけでなく事業規模、観客数、楽しさ……。いろいろな側面がありますよね。とにかく貴重な週末を使って見にきてくれるのに、90分見るのがキツいと言われてしまうような、つまらない試合はしたくない。
ただ、風間さんとしては、勝利に一番近づく手段として、ボールを自分たちで保持することを選んでいるという大前提があります。今日も練習参加にきた選手たちに「相手に合わせたリアクションサッカーは勝つための最短距離とはいえない」という話をしていたので、やっていることがうまくいけば、自然と結果に結びつくと思います。
――逆に風間さんから岩本さんに対して、「こうしてほしい」といった依頼はありましたか?
岩本:いい選手取ってきてくれとか、そういうオーダーはないです。「ここにいる選手や、来た選手をうまくします」と。その言葉は心強かったです。まぁ、そもそもJリーグであっても、最初から風間さんの基準を満たしてる選手というのは一人もいないのですが……。
風間さんに甘えたり頼りすぎるわけではなく、監督の目から見えていない、勝つために足りない部分があれば、サポートしながら「こうしていいですか」ときちんとコミュニケーションをとっていく。
クラブの責任者である僕たちがそれをやっていけば、またこれまでとは違う“監督・風間八宏”を見せられるんじゃないかと思っています。
失敗も一つのストーリーに
――“23区初”のスタジアム建設についても、2023年2月に予定地が決まり、葛飾区は土地の現所有者とも協定を結び終えましたが、日本サッカーにとって大きなイノベーションだと思います。
岩本:新しいJ1基準を満たしたスタジアム建設に関しては、高橋先生自身も10数年前からずっと目指してきていたものだし、もう一つカテゴリーが上がると葛飾区内では試合ができなくなってしまうので(JFLは天然芝グラウンドでの試合開催が義務づけられており、葛飾区内には現状、天然芝施設が一つもないため)、まずは一つ話が進んですごくうれしいし、安心しています。
新国立競技場や味の素フィールド西が丘があるとはいえ、国の持ち物であるスタジアムで毎試合ホームゲームをするわけにはいかないですし、スポーツビジネスという観点から見ても、きちんと収益化できるスタジアムをつくっていかなければいけない。
今回、サッカースタジアムの建設が決まったのは、これまでの地道な努力に加えて、最後は運みたいな部分もあり、建設までのハードルの高さは、この国で競技の発展を目指すうえでの大きな課題だとあらためて感じました。
なので、単純に自分たちが使える場所をつくるというだけではなく、サッカー界全体にとっていい前例になれるようなスタジアムにしていきたいと思っています。
――南葛SCがサッカー界、スポーツ界で前例のないことにチャレンジし続けているのは、なぜなのでしょうか。
岩本:われわれがやっているクラブ経営は、ホームゲームの運営をはじめ、日本のクラブではやっていないけれど海外ではやっていることも、Jリーグのトップクラブはやっているけれど地域クラブではやっていないということも、「前例がないからやめましょう」ということは一切ありません。カテゴリーとか、サッカーの実力だけにとらわれずに面白いことをやっていきたいですよね。
最終的には、そのクラブがどこを目指してやっているか、でしかない。そういう意味では、「ワクワクを生み出す」ために、今やっていることが正解になると信じています。今後もそういうことをやり続けながら、ファン・サポーター、クラブパートナーの方たちと共に少しずつ。失敗も一つのストーリーとして歩んでいきたいです。
――岩本さんはスポーツ庁主催の「SPORTS INNOVATION STUDIOコンテスト」の審査員を務めています。12月22日が応募締切となっていますが、応募を検討している方々へメッセージをいただけますか?
岩本:“イノベーション”というと、仰々しく感じる人もいるかもしれません。ただ、これまでの受賞事例を見ても、事業規模や先進性だけが評価されるのではなく、スポーツの世界をよくしようという想いや、工夫が評価されているということも多いです。
また、自分たちの業界では当たり前のことでも、他からみれば画期的なことだったり、再現性があって他のビジネスで活用できたりというケースもあります。私自身、審査員という立場ですが、応募されたプロジェクトから刺激を受けますし、学ばせてもらっています。
ぜひ、ハードルを高くしすぎず、チャレンジしていただけたらうれしいです。
<了>
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■「SPORTS INNOVATION STUDIO コンテスト」
産業拡張につながるイノベーティブな取り組みや経済成長・社会変革を今まさに起こそうとする取り組みをたたえ、広く世の中に届ける、日本最大級のスポーツのコンテスト。最もイノベーティブな取り組みをたたえる「スポーツオープンイノベーション大賞」をはじめ「ビジネス・グロース賞」「ソーシャル・インパクト賞」「パイオニア賞」と4つの賞区分がある。国内に拠点を置く企業、競技団体・チーム・NPO・NGO地方自治体など、スポーツに関わる、あらゆる団体・個人が応募可能。
応募期間:2023年7月3日(月)~12月22日(金)23:59
▼詳細はこちら
https://sports-innovation-studio.com/contest/
岩本義弘(いわもと・よしひろ)
1972年7月24日生まれ。東京都出身。Jリーグを目指すサッカークラブ「南葛SC」の代表取締役専務兼GM(ゼネラルマネージャー)を務める。オールスポーツWebメディア『REAL SPORTS』編集長、株式会社TSUBASA代表取締役としては『キャプテン翼』のライツ業務全般を担当。またサッカー解説者やスポーツジャーナリストとしても活動している。前職は株式会社フロムワン代表取締役兼サッカーキング統括編集長。
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