「漫画以上の展開」見せるリアル“南葛SC” 高橋陽一が思い描く、地元・葛飾への恩返しとは

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2021.02.17

昨年11月、劇的な展開で関東社会人サッカー大会を制し、今季より関東サッカーリーグ2部に挑む南葛SC。このクラブを率いる『キャプテン翼』の作者・高橋陽一が振り返る南葛のこれまでの軌跡と、思い描く今後の成長曲線とは? 2018年より南葛SCのGMを務めるREAL SPORTS編集長・岩本義弘に、その思いの丈を語ってくれた。

(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=松岡健三郎)

いかにして「南葛SC」の名を冠するチームが生まれたのか?

――高橋先生が「南葛SC」の名前を冠したチームでJリーグを目指そうと考えたのはいつですか?

高橋:2013年です。

――南葛SCが「南葛」を冠したチーム名に名称変更したタイミングということですね。

高橋:チームの前身である葛飾ヴィトアードから後援会会長として関わってもらいたいとオファーをいただいた時に、「じゃあ、南葛という名前にしてみませんか?」と僕から提案しました。それを快く受け入れてもらったという経緯です。

――その提案をされた背景は?

高橋:単純に南葛という名称にしたほうが、より多くの方がチーム名を認識して、応援してくれるのではないかとの思いですね。

――同時に、せっかく関わるのなら、ちゃんと上を目指したいという思いもあったのですか?

高橋:そうですね。「南葛」という名前で、葛飾からJリーグのチームが生まれたら、喜んでくれる方々も多いんじゃないかと考えました。

――そこからあっという間に7年以上経っているわけですが、当初は東京都社会人サッカーリーグの3部リーグからのスタートでした。

高橋:社会人サッカーをそれまであまり見たことがなかったので、どういう感じなのかなと最初はすべてが手探りでのスタートでした。それと同時に、「向笠(実/現・南葛SC Jr.ユース監督)先生を監督にしませんか?」とチームに僕のほうから打診させてもらいました。長年、修徳高校の監督として活躍された葛飾が誇る名将ですし、ご本人も高校の監督を引退されて間もない頃でしたが「葛飾のチームということであれば」と引き受けてくれました。新体制になって1年目の2014年は(東京都2部に)上がれなかったのですけれど、1年間通してチームを見ることによって、なんとなく「社会人サッカーってこういう感じなのか」「都リーグってこういう感じなのか」と肌で感じることができました。

――関わり始めた当初は、東京都3部から2部に上がるところで足踏みすることになると想像していましたか?

高橋:いや、そこは全然気にしていなかったですね。自分たちのチームの実力自体も最初はあまり把握できていなかったので。

――試合を見ていたら、「そこまで圧倒的ではないな」という感じはしていたのですね。

高橋:南葛という名前にすれば選手も集まってくるかなという淡い期待もあったのですが、現実はそこまで甘くはなくて……。当然、まだアマチュアでお金もない状態だったので、選手をお金で引っ張ることもできない状態でした。その時は全員アマチュア契約でやっていたので。

チームを引き上げたブラジル人選手の存在

――そういった中で、段階を踏んで強化も進み、翌年の2015年には東京都3部で優勝し、2部へ。迎えた2016年は2部で2位と悔しい結果となりました。

高橋:その時の悔しさから、やはり(東京都)2部から1部に上げるには、プロ契約選手を補強しないといけないという考えに至りました。その時にブラジル人選手であれば限られた予算でも連れて来られるという話を聞き、業務提携を結んだSC相模原からブラジル人選手を2人(デイビッソンとレオジーニョ)獲得しました。

――2016年の東京都2部リーグの終盤に三菱商事サッカー同好会との直接対決で敗れて、1部に上がる可能性がほぼなくなった時、高橋先生がすごく落ち込んでいる姿を当時一緒に試合を見ていたのでよく覚えています。でもあの時、気持ちが折れることなく、そこからすぐに選手獲得に動かれました。高橋先生の中でブラジル人選手に対する強い思いはあるのですか?

高橋:Jリーグの歴史を見てきた中で、やはり「良いブラジル人が入ったチームは強いな」と単純に思っていたのと、フィジカル的にも日本人とはかけ離れたものを持っている印象があるので、チームを強くするために必要ではないかと考えました。

――その後、ブラジル人2選手が入った初年度の2017年に東京都2部で優勝。1部昇格を果たします。初めてプロ選手が2人、しかも外国籍選手が入ったことで、チームの雰囲気に変化はありましたか?

高橋:ブラジル人選手が入ることによって、このチームが本気で上を目指しているという強い意思表示になったと思います。そういう部分では選手たちも「上を目指してやっていかなきゃいけないんだ」という気持ちが芽生えたのではないかなと思います。

――その時に加入したデイビッソンが現在もディフェンスの主軸を担っています。今振り返ると、そのレベルの選手が東京都2部にいたのは、ちょっと反則だったようにも感じます(笑)。そのあと東京都1部に上がった初年度、2018年は東京都1部リーグでは優勝したものの、関東社会人サッカー大会で負けて関東リーグ昇格を逃しました。

高橋:関東社会人は初めて挑む大会だったので、トーナメントを勝ち上がる戦いに関して経験不足だったことが大きかったと思います。リーグ戦を戦う都リーグは3部でも2部、1部でも同じような感じで戦えたのですけれど、トーナメントは当然一発勝負なので、そこが鬼門といいますか……。正直、準々決勝で負けた東邦チタニウムに対してもたぶん10回戦ったらうちのほうが勝率は高いのではないかと感じたので、関東社会人は一筋縄ではいかない大会だなと感じました。

――その2018シーズンのオフに株式会社を設立して、高橋先生が代表に就任されました。株式会社の代表になってから意識の違いは生まれましたか?

高橋:代表になる前から「南葛」という名前を背負ったチームでしたので、もともと思い入れは強く、代表就任前と後で大きな違いはないです。ですが当然、この7年間「スタジアム構想」についても考えながらやってきたので、そういう部分では、より多くの周りの皆さんの協力がないとJリーグまでは上がれないと感じてきました。そういう意味では、僕が先頭に立つことで、より本気度が周りの皆さんにも伝わるのではないかとの思いは大きかったです。

リアルな試合だからこそ生まれる「漫画以上の展開」

――そして、昨年11月に関東社会人で優勝を果たし、関東リーグ昇格を決めました。本当に大きな節目になる大会だったと思いますが、改めて振り返っていただけますか?

高橋:コロナ禍の中で都リーグのレギュレーションも変わってしまったり、なかなか大変なシーズンでした。それでも2年前とは違って(東京都1部リーグで)優勝して「ワーッ」と喜びを爆発させて終わるのではなくて、「やっと次につながった」「まだ道半ばだ」という緊張感を選手もスタッフも共有していたように感じます。そういう部分では準備の仕方が2年前とはまったく違っていました。しっかりと関東社会人のトーナメントを勝ち抜くためにやってきたという目標設定が明確にできていたチームだったのではないかなと思います。

――関東社会人優勝後、ご自身のTwitterで「漫画以上の展開」とのコメントもありました。

高橋:漫画でも起こり得ない、普通に考えてそれは起こらないだろうということも起きたりするので、実際のサッカーの試合というのは本当に先が読めないですね。

――作中の(大空)翼くんの発言にもすごみが増してきているように感じます。

高橋:実際リアルなところでサッカーチームをすぐそばで見ていると、試合前までの準備であったり、そこに至るまでの過程というのがすごく大事だなと痛感しました。そこに持っていくためにどれだけのことができるかが、結果につながるのだと改めて強く認識させられましたね。

――今シーズンから、いよいよ関東サッカーリーグ2部での舞台が始まります。意気込みをお聞かせください。

高橋:1年で(関東リーグ)1部にというのが正直なところです。「いきたいな」じゃなくて「いかなきゃいけないな」という思いが強いです。それだけの実力があるチームだと思っていますし、「ここを1年で突破しないとまた足踏みしちゃうぞ」という感覚があるので。今回は一発勝負のトーナメント形式ではないですし、リーグ戦の上位2つに入ればいいので、そこを勝ち切って上位2チームの中には少なくとも入りたい。もちろん優勝していくのが理想ですけれども。昇格がマストというか、チームとしては「絶対にやらなきゃいけない」という思いで今シーズンに挑みたいと思います。

高橋陽一が考える“愛する地元”葛飾への恩返し

――目指すべき先にあるJリーグにたどり着くまでの道のりについてはどのように捉えていますか?

高橋:南葛らしいサッカーというのが、やっと少しずつ皆さんにも伝わってきたのではないかなと思っています。例えばビジョンであったり、基本となる戦術だったり、いろいろなところがブレブレだと芯の強いクラブチームにはならないと思うので、ベースとなる理念は必要です。そのあたりがちょっとずつ芽生えてきたように感じています。これまではどうしても「どんな手を使ってでも勝てばいいんだ」というような部分はありましたけれど、そこからまた一段階上がっていくことが大切です。南葛はこういうビジョンであり、サッカーだという基盤があって、そのビジョンに共感した人たちであったり、そのサッカーに合った選手たちが集まるクラブにしていかないといけません。それがJリーグに近づくためにも大切なことだと思っていますし、その部分を実現しながら、あと3年、最短で“Jリーグへの道”をクリアしたいですね。

――Jリーグ入りを果たした暁には、『キャプテン翼』のストーリーで南葛SCというJクラブで翼くんがプレーしたり、監督として指揮を執るという構想はありますか? 

高橋:今のところはないですね(笑)。ただ、南葛SCの漫画を描く可能性はあると思います。特に2020シーズンは、全然漫画が描けるような1年だったので。

――確かに。「漫画以上の展開」とコメントするぐらいですもんね。

高橋:描けると思いますね。

――最後に、南葛SCの将来的な展望について。先ほどお話にも出てきたスタジアム構想についてもお聞かせください。

高橋:理想としては『キャプテン翼』ミュージアムも併設して、サッカー観戦だけではなくて、葛飾の皆さんが集まれる場所になればいいなと考えています。例えばショッピングモールだったり、保育園や幼稚園だったり、芸術や文化に触れられる施設だったり、いろいろな施設が入ったスタジアムで、その中の一つの楽しみ方としてサッカー観戦もあるというイメージです。そういう場所が東京の下町・葛飾にできたら素晴らしいことだと思うので、それを実現できるように尽力したいなと思っています。

――やはり根底には地元・葛飾を盛り上げたいという思いがあるということですね。

高橋:僕はずっと葛飾で生まれ育ったので、このスタジアム構想には恩返しのような意味合いもありますね。

<了>

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PROFILE
高橋陽一(たかはし・よういち)
1960年7月28日生まれ、東京都葛飾区出身。漫画家。関東サッカーリーグ2部所属・南葛SC代表。1980年に『週刊少年ジャンプ』誌内の読み切り『キャプテン翼』で漫画家デビュー。翌1981年に連載開始、1983年にはアニメ化され、以後、国内外で大ブームを巻き起こす。現在は『キャプテン翼マガジン』誌内にて『キャプテン翼 ライジングサン』を連載中。2013年より葛飾区を拠点とする南葛SCの後援会会長を務め、2019年より代表に就任。

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