静岡学園・川口修監督がブレずに貫く指導哲学「結果だけを追い求めると魅力のあるチームにはならない」
12月28日、第102回を迎える全国高校サッカー選手権大会が幕を開ける。本年度も高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグを制した青森山田(青森県)、この夏にインターハイを制した明秀日立高校(茨城県)を筆頭に全国の強豪高校が名を連ねる。そこで本稿では、長年、高校年代の取材を続けてきた土屋雅史氏の著書『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』の抜粋を通して、高校サッカー界の最前線で戦い続ける名将へのインタビューを公開。今回は、2009年から井田勝通前監督のあとを継いで静岡学園高校(静岡県)の監督に就任し、2019年度の選手権で全国制覇を成し遂げた川口修監督の指導哲学をひも解く。
(インタビュー・構成=土屋雅史、写真=アフロ)
5万6千人の観衆にブルった。それでも青森山田に勝つ
――2019年度の選手権の日本一は、まず初めての単独優勝だったということと、決勝ではあの年の最強チームと言われていた青森山田相手に、2点差を逆転するという凄まじい勝ち方で獲ったタイトルでしたが、あの日本一は今の川口さんにとってどういう影響を及ぼしていますか?
川口:今の自分のスタイルでやれば「勝つ時は勝つな」と思っているので、それがその時でしたし、静学スタイルにプラスして「個性を発揮しなさいよ」というサッカーなので、それがかみ合った時には勝ちますし、かみ合わない時は勝てないんです。それが今の静学のスタイルなんですけど、それをずっと貫いてやってきている中で、あの代はそれがかみ合った代なんです。
やっぱり決勝は5万6千人の観衆がいて、選手も“ブルった”し、僕も正直“ブルった”んです。前半は何もできなくて、それでも2−1で終われたのは良かったんですけど、ハーフタイムには「もうやられてもいいから、とにかく自分たちのスタイルでやれ」と。「青森山田のフィジカルは強いよね。でも、もう慣れただろ。とにかくショートパスとドリブルを徹底しろ。つなぎ倒せ。それをやれば点は取れるから」と。それしか言っていないんですよね。
そうしたら後半はサッカーが引っ繰り返りました。選手の個性が出始めて、やっていくうちに選手も自信を取り戻して、同点ゴールもパスを十何本つないだ形で、点を取った加納(大)は上手かったですけど、ショートパス、サイドチェンジ、縦パス、トラップからシュートと、いろいろなものが詰まったゴールだったんですよね。
あの大会で一番自分が良かったなと思うのは、6試合で19点取ったんですけど、全部ゴールシーンを見直してみると、静学スタイルの集大成というか、たとえばドリブルで割って点を取る、サイドから崩して点を取る、パスワークで点を取る、フリーキックでも点を取る、すべてのものがあの大会のゴールに集約されていて、それが本当にかみ合った大会だったんです。それこそ静学らしからぬミドルシュートまで決まりましたし、凄く静学の良さが出た、凄く選手の個性が発揮された大会だったんです。
だから、「こうやってかみ合えば、こういう結果が出るんだな」ともつくづく思いました。あの日本一にはスタッフも勇気をもらいましたし、あのスタイルでフィジカルがあれだけ強い青森山田にも勝てましたし、それこそ小学生のサッカーをやっている子たちにも「静学のサッカーいいな」って思ってもらえたんじゃないかなって。
「世界で通用する選手を育てたい」「静学から世界へ」
川口:実際にそれは凄く大きなことで、やっぱり結果が出ると、ああいう舞台でできますし、気持ちもいいですし、評価もされるというふうに思いがちなんですけど、ただ、自分が気をつけているのは、やっぱり結果だけを追い求めると、個性的な選手は絶対に出てこないし、魅力のあるチームにはならないと。
もしあの舞台に立ちたいという想いだけでやるんだったら、僕だってロングスローをやりますし、もっと時間を掛けてセットプレーをやりますよ。もっと守備を強化します。でも、それをやって自分たちの魅力を消してしまったら意味がないわけで、自分たちの魅力はより攻撃的に、ボールを支配していくことで、そのために何をするかと言ったら、ボールを失った瞬間にすぐ奪い返してマイボールにすれば、また攻撃ができると。発想としてはただそれだけなんです。あとはどんどん個性を出していけばいいんだと。
指導者が勝ちたいと思った瞬間に、戦術が変わるんですよ。僕はもうそれは絶対にやりません。勝つだけのサッカーではなくて、選手たちがより自分の個性を出せるスタイルを追い求めてやっていくと。その中でもう攻撃も守備も一体なので、攻撃的なサッカーをするためには、守備の強度も必要だよと。それをやり続けることで魅力ある選手が育つんだと。
だから、自分の指導の哲学としては、チームが勝つというよりは、世界で戦える選手を育てることなんです。日本一になった時も言ったと思うんですけど、「世界で通用する選手を育てたい」と。「静学から世界へ」と。それは優勝してみたからこそ感じることで、確かに優勝することは素晴らしいことなんですけど、そこがゴールじゃないんです。選手たちが次のステージへ羽ばたいていって、さらに輝く選手になってもらいたいんです。 選手権で勝つことが主たる目的になっていては、まだまだ日本のサッカーは世界のサッカーに追いつかないと思うんですよね。今の自分はやっぱり日本代表になって世界で戦える選手を育てたいですし、ヨーロッパに出て行って、UEFAチャンピオンズリーグの決勝に出られる選手を育成すると、そういう発想でやっています。そこだけは絶対にブレないでやっているつもりです。
大事にしているのは「やっぱり静学は面白い」
――静学でサッカーをやっていた選手は、やっぱりサッカーを楽しいものだと捉えている絶対数が多いはずだと思うんですね。もちろんプロサッカー選手を育てることも大事な一方で、ずっとサッカーを好きでい続けて、サッカーに関わり続ける人材を輩出することも同じぐらい大事なのかなと僕は思うんですけど、そのあたりに関して川口さんはどうお考えですか?
川口:僕はやっぱりブラジルが好きなので、ブラジルを基準にしているんですけど、ブラジル人のサッカー選手が何であんなにサッカーが好きなのかと言ったら、やっぱり点を取りたいからなんですよね。点を取って「うお~!」と言いたいのがブラジル人なんです。だから、ブラジルは点を取ることに凄くこだわるので、セットプレー1つとってもメチャメチャこだわるんです。でも、最後は「オレに蹴らしてくれ」とか言い出すんですけど(笑)、そのこだわりが半端じゃなくて、「点を取らなきゃサッカーじゃないでしょ」と。それがブラジルサッカーの原点だと思うんですよ。やっぱり点を取ることがサッカーの醍醐味であって、点を取って、みんなで「よっしゃ~!」と喜んで、それで勝てれば最高なんです。
ある意味で静学は井田(勝通)さん(静岡学園前監督)も僕もブラジルのスタイルですし、自分の思ったことをどんどんやらせると。ただ、現代サッカーでは思ったことだけをやっていると、上のステージに行った時に行き詰まってしまうから、グループの中で自分の個性を生かしていくわけですよね。それができないと生き残れないんです。
でも、基本はやっぱり「自分のストロングを出せ」「オマエのいいところをどんどんやれ」なんです。去年の高橋(隆太)も一昨年の古川(陽介)も「オマエのストロングは何だ?」と聞いたら、どちらも「ドリブルです」と。「じゃあドリブルで全部抜け」と。「ただ、チャンスが来たら味方も使え。シュートも打て。それをやらないと生き残れないぞ」と。それだけなんですよ。
個性を育てることによって、選手はグッと伸びていくんです。もちろんウィークポイントは改善しないといけないし、それも凄く大事なことです。それに気づいて、それに自分で取り組んでいくと。旗手(怜央)もそうでしたよ。高校の時に守備なんてほとんどやっていなかったですけど、大学やプロに行って本人は「ああ、守備ってこうやるんだ」と思ったらしいですよ。僕は守備の要求はそこまでしないですし、「取られた後の切り替えはやれ。1対1の勝負は負けるな」としか言っていないので。でも、まずはそれを覚えておけば、次のステージに行って、それぞれのチームの戦術があるわけで、それをやればいいんです。
旗手はそれを大学とプロで覚えたと言っていますけど、結局UEFAチャンピオンズリーグに出ているんです。自分の個性を伸ばしまくって、気づいたウィークポイントは少しずつ改善していくと。結局僕らは選手にサッカーを好きにさせないといけないですし、好きになるためには試合でストロングをどんどん出していかないと、やっぱり面白くないですからね。
監督がボードを持ってきて、「ここの選手はこう動いて、ここは動きすぎるな」みたいに言って、監督のイメージの中でサッカーをやらせれば、勝ち方を知っている監督であれば、ある程度結果は出せるんです。でも、サイドバックの選手がゴール前に飛び込んできて、点を取ったら「何だ、コイツ」ってなるわけですよね。そこに出てきたサイドバックに対して、「オマエ凄いね。凄い個性じゃん」って褒めてあげると、「ああ、行っていいんだ」と思うわけですよね。自分で点を取りたい気持ちがあるんだったら、ゴール前に行ってもいいじゃないですか。そうなってくると、選手は積極的にやり始めるんです。
だから、決まった枠の中でサッカーをやるのか、選手の持っている個性や発想や感覚をもっと大事にさせてあげるのか、というのは指導者次第ですけど、自分は特に高校年代は個性を出せば出すほど伸びると思っているので。卒業する時に「ああ、静学のサッカーは面白かったな」と。それで後輩たちが活躍したら「応援に行くか」と思って試合に来てくれて、後輩たちのサッカーを見て「やっぱり静学のサッカー面白いな」となってくれればいいですよね。
この間、福岡でプレミアの試合をやった時にウチのOBが見に来てくれて、「やっぱり静学のサッカー面白いですね」って言ってくれたんですよ。それはやっぱり嬉しかったですし、だからこそ、とにかく選手たちにサッカーを好きにさせることは大事だと思いますね。
(本記事は東洋館出版社刊の書籍『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』より一部転載)
<了>
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[PROFILE]
川口修(かわぐち・おさむ)
1973年、静岡県沼津市出まれ。静岡学園在籍時はヒザの手術を繰り返すなど活躍できず、卒業後にブラジル留学を決意。1年半揉まれたあとに帰国し、ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)に練習生で参加したがまたもケガに泣かされ契約には至らなかった。95年4月から藤枝明誠高校でコーチになり、96年12月に母校の静岡学園のコーチに。09年から井田勝通前監督のあとを継いで監督に就任。19年度の第98回全国高校サッカー選手権大会で全国制覇を成し遂げた。
[PROFILE]
土屋雅史(つちや・まさし)
1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学在学中は稲穂キッカーズに所属し、大学同好会日本一も経験している。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。著書に『蹴球ヒストリア 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』(ソル・メディア)がある。
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