読書家ランナー・田中希実の思考力とケニア合宿で見つけた原点。父・健智さんが期待する「想像もつかない結末」

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2024.02.08

女子陸上界のエース・田中希実は、スポーツ界きっての読書家だ。小さい頃からの読書習慣によって培われた論理的な思考力や表現力の豊かさは、走りのパフォーマンスにも生かされている。一方で、コーチでもある父・健智さんは「2023年の前半は、現実的になりすぎて大切なことを忘れかけていた」と言う。そんな田中にとって、成長のきっかけの一つとなっているのが、2022年から実施しているケニア合宿だ。高校生の時に出会った本でケニアの魅力を知り、世界のトップ選手たちを生み出してきた地で自分と向き合い、走りをアップデートしてきた。日本とは異なる環境で見つけた「大切な感覚」とは? 父・健智さんに話を聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=西村尚己/アフロスポーツ、本文写真提供=田中家)

読書で培った想像力と「考える力」

――希実さんは読書家で、連載を持って文章も書かれていますが、インタビュー時の理路整然とした話し方や、豊かな表現力も印象的です。小さい頃は早く本が読みたくて学校から家までの2.5キロをいつも走って帰っていたそうですが、そういう一面を、親としてどのように見守っていたのですか?

田中:本を読むことでいろいろなことを吸収できるので、それはすごく良いことだと思っていました。物語の主役を自分に置き換えたり、いろいろな事象の中で「自分だったらどうするだろう?」と想像しながら、一つ一つの言葉から物事を深く考える能力を培えたのかなと思います。ただ、彼女は本の世界に入りすぎるがゆえに、コミュニケーションが本の中に出てくるような限定したものになってしまうことがありますけれどね。

――希実さんが好きなジャンルはファンタジーだそうですが、小さい頃から自分の世界観をしっかりと持っていたんでしょうか?

田中:自分の世界に入り込む、という部分は小さい頃からありましたね。「本を読みたいから走って帰る」というように、自分で決めたことをやらないと気が済まないとか、何事に対しても「こうしたい」という明確な意志を持っていました。

――その芯の強さと読書の習慣から論理的思考も鍛えられたのでしょうか?

田中:そうだと思います。ただ、自分で物語の起承転結を作ってしまうので、走り方も練習からすべてがつながってないと「結」に行かないんですよ。だから難しい部分もあります。ファンタジーのように、「想像もつかない結末が待っている」という部分を以前は走りで表現できていたはずなのに、昨年は現実的になりすぎた部分があって、特に年の前半はトンネルに入って調子を落としてしまいました。見ている方をあっと言わせたいし、自分たちもあっと驚きたい。そういう「結」に向かっていろいろなことに取り組んでいるはずなのに、論理的すぎるがゆえに、大切なことを忘れかけていたんですよ。

 それで希実に、「でも、最後はそこの論理的な部分をひっくり返したいんでしょ?」と問いかけました。だから、走りでも論理的な部分プラス、そうではない部分も噛み合わせてほしいなと思っているんです。

――希実さんはこれまでに何度も、想像を超える走りで観客を魅了してきましたからね。

田中:その意味では、昨年の後半はその要素が蘇ってきた部分がありました。

父から娘へ送られた言葉「一子(思)相伝」

――トップアスリートの言葉は影響力も大きいと思いますが、健智さんが大切にしている言葉はありますか?

田中:希実が中学・高校ぐらいのタイミングで自分から贈った言葉があるんです。「一志(思)走伝」という言葉で、「一つの志を持って走ることで、人に伝わることがある」という意味で、それが物事の考え方や、走り方につながっていたのかなと思いますし、今も体現・表現しようとしてくれているのかなと。それはこれからも大切にしてもらいたいなと思っています。

――どんな思いで、その言葉を希実さんに送ったのですか?

田中:本来は「一子相伝」という、漢字が違う言葉で、「自分の子どもの一人に奥義を伝えること」という意味があるのですが、当てる漢字を変えて造語にしてみたんです。「一志(思)走伝」は、自分の志や強い思いを走りで見ている人に伝えて、走る姿で伝えていってほしい。それが希実らしい走り方につながるだろうから、という意味で、その言葉を送りました。そうやって取り組んできたことを、「言葉でも伝えないといけない」という思いが、彼女が発するいろんな言葉の中にちりばめられているのかなと思います。

2022年にスタートしたケニア合宿「大切な気持ちを取り戻せた」

――年明けにはケニアで3度目の合宿を行ったそうですね。ケニアは、1500mと5000m で世界記録保持者のフェイス・キピエゴン選手を輩出し、マラソンでは世界一結果を残してきた国でもあります。実際に現地でトレーニングをしようと思ったのは、どのようなきっかけだったのですか?

田中:国内で小さく留まるより、世界を見て、自分の立ち位置を知りたかったんだと思います。ケニアはすごく居心地の良い国でした。いろいろなインフラが整備されていなくて、生活面では不安な部分もありましたが、希実も私も含めて、精神的な部分で大きく解放されて、本当に忘れていたものを思い出すような感じがありました。希実にとっては、「純粋に速い人について行く」という、小さい時にただただ駆けっこしていたことを思い出すような、単純でシンプルな部分がすごく楽しかったんだろうなと思います。

――競争というよりは、速い人たちと一緒に走るのが楽しいという感覚なのでしょうか?

田中:そうですね。勝ち負けなしに、ただついて行くことが楽しかったり、負けても純粋に「くそーっ!」と思って、それをマイナスに捉えるのではなくて、「明日頑張ろう」って、ケニアにいた時は思えていたと思うんですよ。ケニアのコースは計算できないんです。先がどうなっているのかもわからないコースを無我夢中で一緒に走って、置いていかれても、ついていけたとしても楽しくて、「次の日も頑張ろう」と思う気持ちが大切なんだなと。その気持ちを取り戻せたのがケニア合宿だったと思います。ただ、日本に帰ってきたら「なんであの時走れなかったんだろう」とか、「タイムが悪い」という感覚になってしまうんですけれどね。

――定期的にケニア合宿を行っているのは、初心に立ち戻る意味もあるんですね。

田中:そうですね。まだまだいろんなことを学ぶ必要がありますが、その大切な部分は忘れたくないです。例えば欧米のチームと混ざっても、その国にとってランニングは文化であり、ビジネスでもある。一方で、アフリカでの生活って「ライブ」なんですよね。その部分がすごく強烈で、他の場所では学べないものを学ばせてもらうことができるし、忘れていたものを思い出させてもらえるんです。ただ、アフリカだけに偏ってもいけないと思うので、日本と欧米とアフリカ、ワールドワイド的なすべての要素が融合した取り組みをしていきたいと思っています。それが気兼ねなくやれるようになったのも、昨年プロに転向したこと(*)が大きいと思いますね。

(*)2023年4月に所属していた豊田自動織機を退社し、ニューバランスに所属しながらプロとして活動することを発表した。

――世界と戦う力をつけるための環境を模索しながら、枠にとらわれない挑戦が思う存分できている、という感じでしょうか。

田中:ええ。やはり企業に守られて、言われたことを聞いて動けばありがたいし楽ですが、プロに転向してからはそのコントロールが自分たちに委ねられたので、思い立ったら行動に移せるし、できなかったら「次はどうしようか」と、その都度発想を変えられるようになったのは良かった面です。

――実際、昨年はオーストラリア、アメリカ、フィンランド、タイ、ドイツなど、さまざまな国で大会に出場しました。そういった具体的な活動もイメージした上でのプロ宣言だったのですか?

田中:最初は予期せぬ形でプロに転向することになったのですが、結果的には、去年1年振り返ったときにそこに導かれていたのかな、と感じます。その都度、やりたいことに飛び込んでいくことで、確かに休みがなくて忙しかったのですが、その分、学ぶべきことがたくさんありました。また、10月から12月にかけての年末は、例年は駅伝のための体作りや精神面のコントロールが必要だったんですが、そういったことに取り組む必要がなかったんです。その中でありがたいことにイベントのお話をたくさんいただいて、陸上のイベントでも、ただ走るのではなく、これまでとは違う形で走りと向き合うことができました。そこで自分を見つめ直す時間を持てたと思うんです。だから、結果的にはすべてのことが無駄ではなかったんだな、と思えました。

コーチとして向き合って学んだこと「どんな歳になっても成長を続けたい」

――父として、コーチとしても希実さんと日々向き合ってきた中で、逆にご自身が学んだとお感じになることはありますか?

田中:いろいろな局面でぶつかることが多いので、自分もまだまだだな、と思うことは多いですね。その中で、「生きている以上、ずっと学ぶことばかりなんだな」と感じます。「どんな歳になっても成長を続けたい」という思いを持たせてもらえていることはありがたいことだと思います。

――意見や考えがぶつかった時には、どちらが先に折れることが多いのでしょうか?

田中:お互いに頑固なので、どちらかが先に折れることはほぼないですね(苦笑)。周りの人を介して結論が出ることもあります。ただ、ぶつかった時にはちょっとした問題提起をして、本人に時間を与えて考えてもらうようにしています。

――希実さんも、インタビューなどでは折に触れて健智さんへの感謝の思いを伝えていますね。改めて、これまで臨んできたレースで、一番忘れられないレースはどのレースでしたか?

田中:さまざまな草レースも含めて、すべてのレースが自分にとっては一番というぐらい価値があるものでした。おそらく皆さんは東京五輪で8位に入賞した1500mと考えるかもしれませんが、例えば、世界陸上(日本人選手として26年ぶりとなる8位入賞)や、ブリュッセルで走った5000m(ダイヤモンドリーグで日本記録を更新)も忘れられません。ただ、そういうレースも含めて自分たちは通過点と捉えていますし、多分本人が引退するときまでベストレースは出ないんじゃないかなと。そういう意味で、勝って負けても、タイムが悪い時も良かったことも含めて、すべてに意味があるレースだったと思います。

――今年はパリ五輪、そして来年は世界陸上が東京で開催されます。希実選手への注目や期待もますます高まると思いますが、希実さんに伝えたいエールの言葉をお願いします。

田中:本人が求めていることに対して同じ方向を見ながら、寄り添うというよりも、チーム全員が横並びで一緒に進んでいくよ、という思いです。だから、本人が「1500mと5000mの2種目で決勝に残ること、できれば2種目とも入賞以上の結果を残したい」と言っていることに対して、一緒にブレずに向かっていきたいなと思っています。

【連載前編】女子陸上界のエース・田中希実を支えたランナー一家の絆。娘の才能を見守った父と歩んだ独自路線

【連載中編】田中希実がトラック種目の先に見据えるマラソン出場。父と積み上げた逆算の発想「まだマラソンをやるのは早い」

<了>

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[PROFILE]
田中希実(たなか・のぞみ)
1999年9月4日生まれ、兵庫県出身。女子1000m、女子1500m、女子3000m、女子5000mの日本記録保持者。西脇工業高校、同志社大学卒業後、豊田自動織機を経て、2023年4月よりプロアスリートに転向。東京2020オリンピックでは、女子1500mで日本人初の決勝進出を果たし8位入賞。2023年4月からプロに転向し、8月の世界選手権では5000mで日本記録を更新し、日本人として26年ぶりとなる8位入賞。9月のダイヤモンドリーグで5000mの日本記録をさらに更新した。

[PROFILE]
田中健智(たなか・かつとし)
1970年11月19日生まれ、兵庫県出身。三木東高で陸上を始め、卒業後は川崎重工に在籍。3000メートル障害で全日本実業団選手権入賞経験あり。25歳で引退後は兵庫県小野市に戻り、仕事と並行して、妻・千洋さんのマラソンをサポート。豊田自動織機TCのコーチをへて、現在はランニングクラブ「ATHTRACK株式会社」を経営しながら娘・希実のコーチを務める。

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