
能登半島の子どもたちが“おらが街のスタジアム”で見せた笑顔。サッカーの絆がつないだバスツアー「30年後も記憶に残る試合に」
「被災地支援の子どもたちに笑顔を」――。被災地支援を続ける日本代表サポーター“ちょんまげ隊”が、能登半島地震を受けて能登町と珠洲市のサッカークラブの子どもたちを中心に実施した「金沢スタジアムのこけら落とし」観戦バスツアーは、サッカーファミリーの絆が結集した一大イベントとなった。ゴール裏での応援体験、スーパー銭湯、ファーストフード食べ放題……。2011年の3.11以来、被災地の子どもたちをワールドカップや各地のスタジアムに招待するなど、サッカーを通じて子どもたちに笑顔や希望を伝えてきた「ちょんまげ隊」隊長の角田寛和氏に、今回のバスツアーの様子を報告してもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=角田寛和/ちょんまげ隊隊長)
被災地の子どもたちに最高の思い出を。「ひとときの希望」が持つ尊さ
――2月18日に金沢ゴーゴーカレースタジアムのこけら落としとなったツエーゲン金沢とカターレ富山の親善試合で、能登半島の子どもたちを招待するバスツアーを企画されました。企画の経緯を改めて教えていただけますか?
角田:能登半島地震の発災後、炊き出しのために被災地に通う中で、本当に大変な状況を目の当たりにして、避難所で思い切りはしゃいだり遊んだりできない子どもたちを、1日だけでもその環境から出してあげたいと思ったんです。それで、今回は特に被害が大きく、現地で縁のあった珠洲市と能登町の2つのスポーツ少年団の子どもたちを招待しました。一生に一度立ち会えるかどうかわからないこけら落としのタイミングで、子どもたちに最高の思い出を作ってあげたいと思ったんです。
――被災地の子どもたちと接する中で、強く感じる部分もあったのでしょうか。
角田:はい。想像してみてほしいのですが、2年前まで、子どもたちはコロナ禍で卒業式や合唱祭、文化祭などいろんなことを我慢しましたよね。それで、やっとコロナが収まった去年2023年の5月に震度6強の地震が起こりました。その際に4回ボランティアに行ったので、特に被害を受けた地域の子どもたちがどれだけ大変だったかは理解しています。それに加えて、今回は津波もきてしまったじゃないですか。コロナ、地震、津波……いい大人でも心が折れますよね。
ただ「スタジアムに招待してよかったね」という話ではなく、子どもたちはまた被災地に戻っていくわけですから、僕らのやってることはもしかしたら偽善かもしれないし、たった1日だけの体験かもしれません。でも、そのひとときが大事だと思うんです。皆さんも、大変な仕事をこなした週末にスポーツを観戦したり、体を動かして元気になることがあるじゃないですか。月に一回でも週に一回でもいいと思うし、それが子どもたちに対して僕らにできることなのかなと。
――これまでにもワールドカップ招待などさまざまな支援の形を発信してこ
られましたが、被災地支援を200回以上重ねてこられた経験から、子どもたちがどんなことに喜ぶかもよくわかっているんですね。
角田:はい。避難所では、大人は金沢まで行けば日常があるので、お酒を飲みに行く人や、避難所の裏でタバコを吸って束の間の息抜きをする人もいます。でも、子どもたちはそれができなくて、本来学ぶべき体育館や教室が避難所になって、そこに閉じ込められています。炊き出しは普通なら食の提供だけですが、僕らは子どもたちが遊べるようなイベントを考えていくので、子どもたちがすごく喜んでくれるんです。子が喜ぶと親も嬉しいので、みんなが笑顔になります。炊き出しは単なる食の提供にあらず、喋り場やコミュニケーションの一つなんです。これも13年間の経験則から来ています。
ネット上で「被災地に折り鶴はいらない」という書き込みを見ることがあります。「お腹も膨れないし、自己満足の押し付けだろう」と。もちろん、一つの小さな避難所に折り鶴が何十個も来たら置く場所はないと思います。ただ、ボランティアが少ない今の能登半島の状況では、そういうエールが支えになることもあります。SNSで論じられる事が全て正しいわけではないです。もちろん僕もです。その都度相手のニーズに耳を傾け、自分に出来ることと照らし、考察、相談、判断、実行、反省の繰り返しです。

11人のスタッフで準備も抜かりなく。前日には挨拶周りも
――今回のバスツアーは、どのようなタイムスケジュールだったのですか?
角田:チャーターした大型バスで、朝7時に珠洲市と能登町の子どもたちを迎えに行きました。その後、スタジアムに向かう間に菓子パンなど朝ごはんを車内で食べて、11時ごろに試合会場に着きました。スタジアムグルメやアトラクション、じゃんけん大会などを楽しんだ後は少しだけ応援の練習をして、14時から試合を観戦しました。試合後はスーパー銭湯に行って汗を流して、その後はファーストフードで晩ごはんを食べて避難先に戻ってきました。
――珠洲市からスタジアムまではかなり距離がありますし、移動時間も長かったのではないですか?
角田:片道140kmで、往復10時間ぐらいの道のりでした。僕らちょんまげ隊のスタッフは千葉から出発して、片道12時間かかりましたね。子どもたちが飲むジュースやスナックなどは、途中で買ったんです。被災地に「お金を落とす」という言われ方をよくしますけど、現地のボランティアさんからは「まだまだ物資が少ないので、県外で買ってきてもらえたらありがたい」と言われたので、車に積んで行ったんです。
――スタッフはどのような顔ぶれだったのですか?
角田:ちょんまげ隊は固定のメンバーがいるわけではないので、毎回「この指とまれ」方式でスタッフを集めているんですが、今回もFacebookで募って、11人集まりました。うち9人がワールドカップに行くぐらいのサッカーオタクで、ベガルタ仙台のサポーター、コバルトーレ女川の元コーチ、浦議チャンネルを運営するユーチューバー、ドイツにサッカー留学経験がある現地ボランティア。「今回は参加できないけど」と募金を送ってくれたのは鹿児島ユナイテッドの名物サポーターじゃんけんマン。共通項はサッカーです。
――20日間で活動資金を集めて、スタジアムのチケットやサポーターグッズも準備されたんですよね。昼食や、その後の流れもある程度リハーサルされたんですか。
角田:そうです。人数が多いので、夜に行く予定だったマクドナルドやスーパー銭湯にも、事前に挨拶に行きました。それと、今回、応援グッズをご提供いただいたツエーゲンサポーターの皆さんへのお礼も兼ねて、試合の前日には応援コールの練習会場にもお邪魔しました。サポーターの皆さんが協力してくださったおかげで、子どもたちも自由席のゴール裏で応援することができましたから。試合後は付き添いボランティアがファーストフード店、銭湯、バスに分かれて好きな注文を自由にしてもらい、会計だけボランティアがするという分業制でした。

声をからした試合と、83食のカツカレー。「スタジアムでしか味わえないこと」
――抜かりない準備で迎えた当日。子どもたちの表情はどうでしたか?
角田:急遽参加のグループもいたので、最初は静かでよそよそしかったです。スタジアムに到着する前に、元日本代表の石川直宏さんとGK西川周作選手から提供していただいたサイン入りユニフォームやグローブなどの豪華賞品を巡ってじゃんけん大会をしたりして、試合前からかなり盛り上がっていました。当日は快晴で、試合が始まると、子どもたちはサポーターさんがプレゼントしてくれたTシャツやユニフォームを着て、応援グッズを持ち、スタンドを(チームカラーの色に)赤く染めて、タオルマフラーを振り回しながら、「頑張れー!」って一生懸命応援していました。本当に楽しそうでしたね。
――試合は14時キックオフでしたが、試合前にはスタジアムグルメなども楽しんだのですか?
角田:当日はスタジアムが満員になって大混雑になると言われていたので、早めに行きたかったんですが、珠洲市からの距離を考えると、どうしてもお昼前になってしまう。スタジアムグルメも大行列で食べられない可能性があったので、どうしようと思っていたら、また奇跡が起きたんですよ。 ダメ元で、スタジアムのネーミングライツを持つゴーゴーカレーさんに、試合の1週間前に企画書を送って、83人分の食事をどうにか準備したい旨を伝えたらすぐに連絡がきて、「カレーを提供しますよ」と言ってくださって。83名分のカツカレーを無償提供していただいた上に、ハーフタイムにはわざわざ社長さんが会いに来てくれて。本当に感動しました。

――それも素敵なエピソードですね。メインイベントの試合観戦はどうでした?
角田:サポーターの皆さんが、一緒に応援できるようにゴール裏のど真ん中の最上段を譲ってくれたんです。初めて試合を見る子どもたちは、目の前にコアなサポーターがいるので真似して応援できるし、座って見る指定席ではなく、声を出して飛び跳ねてもいい場所でした。避難所では、大きな声で騒ぐことは難しいです。子どもたちを水族館とか美術館じゃなくて、スタジアムに連れていく一番の要素はそこなんです。サッカーには「飛び跳ねて良し、歌って良し、騒いで良し」がありますから、手拍子や歌などで生まれる一体感は他の場所ではなかなか味わえないですよね。
黙祷では泣いているお母さん方がいました。子どもたちはそういうのも、ちゃんと見てくれていると思います。
――ただ、試合はカターレ富山に1-4で負けてしまいましたね。
角田:そうなんですよ(苦笑)。でも、PKで1点入れた時はすごく盛り上がりましたし、喜びが爆発した瞬間に立ち会えました。1-4で負けていて、僕はあきらめモードなのに、ずっと子どもたちは立って声出して応援しているんですよ。涙が出ました。試合には負けても、10年後、20年後、30年後も、こけら落としの試合に行ったっていうのはこどもたちの記憶の片隅に残ると思うんです。ワールドカップもそうですけど、そういう一生の思い出に残る試合に招待できたことは良かったなと思います。サッカーファミリーの皆さんのおかげです。

試合後はスーパー銭湯とファーストフードを堪能。帰りのバスも大はしゃぎ
――全力で応援して汗をかいた後のスーパー銭湯は、最高だったのでは?
角田:そうですね。断水が続いている中、自衛隊が準備してくれたブルーシートのお風呂に入れるだけでもありがたい状況なのですが、この日はお湯の種類がいくつもあるスーパー銭湯でバブルバスやサウナも堪能できて、「気持ちよかった!」「楽しかった!」「3日ぶりのお風呂です」と、口々に感想をくれました。
――みんなで試合の話をしたりしながら入るのも楽しいですよね。
角田:そうなんですよ。そのあとはファーストフード店に行きました。マクドナルド組とケンタッキーフライドチキン組に分かれて、“食べ放題”でお腹を満たしてもらいました。これは宮城県の牡鹿半島や福島支援の経験も生きているんですが、普段なかなか食べられないものを「好きなだけ食べていい」っていうのがすごく良いみたいで。奥能登にファーストフードは一軒もないので、小学生が一人でポテトLを2つとナゲット20ピースを食べた子もいました。
――帰りのバスは、みんな疲れて爆睡だったんじゃないですか?
角田:それが、カラオケが始まったりして、みんなずっとはしゃいでいました。子どもたちはサッカーチームで今年1月の発災以降、練習はできていなくて、今年の3月にチームを卒団する子もいて。二次避難した人もいるので、みんなバラバラだったんです。だから、バスの中で「楽しかったこと自慢大会」をして、ある子が「みんなに会えたことが楽しかった」って言った時には、僕もホロリとしてしまいましたね。朝6時から夜11時まで働いてくれたバスの運転手さん二人からも、「楽しかったです」「最高でした」と言っていただけたのはビックリでした
――子どもたちにとって、大人になっても忘れられない記憶になりそうですね。ツンさんは支援活動について、常日頃からSNSや講演で発信されることも大切にしてこられましたが、今回の経験をどのように伝えていきたいですか?
角田:すでに、この活動を知った何人かのプロサッカー選手から、「僕に何かできることありますか?」と連絡をいただきました。善い行いも、伝えなければ自己満足の域を出なし、伝播しないと思います。子どもたちの姿をメディアや新聞が取り上げてくださることで、活動を通して被災地に光が当たることが大切だと思っています。支援の最大の敵は「無関心」と伝えています。地道な炊き出しや肉体ボランティアの中で、たまに大きなアドバルーンを上げることが「伝える支援」「知る支援」につながります。でも誤解しないで下さい。世界に目を向けるともっと大変なこともたくさんあります。それらすべてに関心を寄せたら身が持たないと思います。ただ、関心の糸を切らさないでほしいです。僕らも糸をつないで次は輪島市や七尾市、穴水町など、他の地域の子どもたちも招待できるように、ネットワークを張りたいと思っています。
【連載前編はこちら】南葛SC、浦和、ツエーゲン金沢…20日間で80万円、サッカーの輪で実現した能登半島支援。ちょんまげ隊長「関心の糸をつないでほしい」
<了>
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[PROFILE]
角田寛和(つのだ・ひろかず)
1962年生まれ、東京都出身。千葉県立小金高校、武蔵大学を卒業。松戸市で靴屋を経営するかたわら、4年に一度のワールドカップやオリンピックを現地で応援し、ちょんまげと甲冑がトレードマークになっている日本代表の有名サポーター。被災地支援や貧困支援、障がい者支援を行う。団体は作らず「この指止まれ方式」で活動を継続、2011年の東日本大震災を機にボランティア活動をはじめ、2016年の熊本地震や2018年西日本豪雨など、国内の各被災地の復興支援を200回以上、「伝える」ことで支援の輪を広げる講演を500回以上行ってきた。今年1月1日に起きた能登半島地震を受けて、1月6日から現地に入り、必要物資の調達や炊き出し、レクリエーションなどの支援を継続している。40歳過ぎから始めたボランティアをライフワークにし、そこからの学びをまとめた「ボランティアの教科書」を執筆。愛称は「ツンさん」。
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