大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?

Opinion
2024.10.22

新シーズン開始まで2カ月を切ったNTTジャパンラグビー リーグワン。12月21日に開幕する2024-25シーズンに向けて例年以上に多くの選手の移籍が取り沙汰され、話題を集めている。そんななか、「カテゴリーA」の海外出身選手の市場の高騰化や、若手選手を手塩にかけて育てたチームに対する対価がないことなど解決すべき問題も多い。現場から提案の声が上がる解決策とは?

(文=向風見也、写真=森田直樹/アフロスポーツ)

「移籍する人は移籍すると決まっていて、嘘は嘘」

フェイクニュースに踊らされてはいけない。そう思わせる出来事が日本のラグビー界であった。

今年5月までの国内リーグワンが終盤戦に差し掛かった時期、SNSでオフの移籍に関する情報が錯綜。まことしやかに図表化する発信者もいた。

ちょうど行われていたプレーオフ、つまり日本一決定戦には、噂が真実なら終戦後に「大量流出」にさいなまれていたとされるチームも出場していた。

興味深いのは、そのチームのベテランの一人がかように話したことだ。

「僕らも、内々では『あの選手どこ行くらしいよ』みたいな話を聞いてはいます。だから世に出ている話が半分、嘘だともわかる」

そう。複数の代理人やクラブ関係者の話を総合すると、それらの情報群が「水面下の打診があった程度の情報を耳にした人間が、裏を取らずにそのまま流した結果」であったと想像できる。件のベテランは続ける。

「むしろ、情報に対するファンの方々の反応が選手に影響を及ぼすかもしれないからと、ヘッドコーチは僕らに『気にするな』と言っていました。移籍する人は移籍すると決まっていて、嘘は嘘だと決まっている。そのうえで、いま目の前の試合に集中する――」

各々がよりよい環境を模索するのは当然のこと

シーズン終了後、大物の去就が賑わせたのも事実だ。

日本代表の齋藤直人は東京サントリーサンゴリアスからフランスのトゥールーズへ挑戦。同じくジャパンで長らく司令塔を務めた松田力也は、一昨季まで国内2連覇のパナソニックワイルドナイツからトヨタヴェルブリッツに移った。

 

クラブ単位では、1部昇格を果たした昨季から「3季以内で優勝」をミッションとする三重ホンダヒートが6月に21人の退団と14人の加入を発表。新しいメンバーには、東芝ブレイブルーパス東京にいた日本代表経験者の中尾隼太もいた。さらにヒートをやめた選手の中には、別のチームのアキレス腱となったポジションを埋めるような移籍をする者もいた。いまでは12月からの新シーズンへの補強は概ね済んでいそうだが、来季以降もこのトレンドは収まらないと見られる。

この業界には、企業に在籍する社員選手とラグビー専業のプロ選手が混在する。ここで後者、もしくは後者を目指す者が、自身のさらなる成長のためであることはもちろん、出場機会や高額なサラリーを求めてプレー環境を変えるのは自然なことだ。選手の契約を担う代理人が、クライアントとの契約の切れ目に大きなオファーを提案することだってある。

誰しも、一生、仕事でアスリートができるわけではないのだから、各々がよりよい環境を模索するのは当然のことだ。

「カテゴリーA」の海外勢の価値の高まり

もっとも市場の活性化は、各クラブの人件費を引き上げる側面もある。渦中、特に大幅に年俸が上がりやすいのが「カテゴリーA」の海外出身者だと指摘される。

リーグワンには、プレーヤーの出場枠を定める「カテゴリー」という区分けがある。そのうち「A」は、11人以上の同時出場が義務付けられる枠だ。

「A」は日本代表になる資格を持っている選手が該当する。これは国内出身者に限らない。

日本代表主将を経験したリーチマイケルのような日本国籍の保持者はもちろん、ディラン・ライリーをはじめとした所定の国内連続居住年数を満たして日本代表資格を得た者も「A」にあたる。

つまりチームの編成や首脳は、「A」の活用方法によっては体格のよい外国人選手をフィールドにずらりと並べられるのだ。

いまは多くのチームが、他国代表経験者からなる「C」に一流のワールドクラスを揃える。つまり、各チームのトップ層の実力は接近している。そうなると求められるのが、それに次ぐ層の充実だ。各チームが他チームで活躍する「A」の海外選手を好条件で誘いたがるのは当然といえる。現役日本代表選手が少なかったり、優秀な大卒選手のリクルートに苦しんでいたりするチームならばなおさらだ。その延長線上に、「A」の海外勢の価値の高まりがある。

リーグワンの東海林一専務理事は、「カテゴリーAの中に詳細な枠を定める必要はないか」と検討する。将来的に、これまで「A」に一本化してきた国内外の面子の区分を見直す見込みだ。

リーグワンの1部加盟のチームのスタッフによると、この「細分化」の最大の狙いは「カテゴリーAの外国人選手の高騰化を防ぎ、各チームの運営をより持続可能にすること」。あらゆる選手の人権を考慮した、最適解の構築が求められる。

育成チームがおざなりにならない仕組み作りを

新しい時代に沿ったレギュレーションの微修正案は、各チームからも出ている。

旧トップリーグで5度優勝したサンゴリアスの田中澄憲ゼネラルマネージャー(GM)は、監督を務めていた昨季途中に「レンタル移籍」の導入を勧めていた。

リーグ全体では、2軍同士のサテライトリーグのような形式は、興行的にも、現場の戦力確保の観点からも成立しづらそうだ。

そんななか、歴史的に有力な学生選手を採用してきたサンゴリアスの田中GMは、一人でも多くの実力者が何らかの形で実戦経験を積めたらよいと話す。

「例えば出場機会がない選手が違うディビジョンのチームへレンタル移籍ができるようになるなどのシステムができれば、もう少し落ち着いてくると感じます」

リーグワンのディフェンディングチャンピオンであるブレイブルーパスの薫田真広GMは、移籍金制度を採り入れるべきだとする。

不適切会計が報じられた親会社から独立して久しいブレイブルーパスでは、ここ数年、自軍で育てた「A」の実力者がライバルチームに移るケースが相次いでいた。

薫田GMは「移籍による活性化は、リーグ全体にとってはいいこと」としつつ、「我々は選手を育てる文化を継続させたい」と揺るがぬ決意を語る。そのうえで、いずれマネーゲームの成否のみで成績が左右されるようにならないかと憂慮する。

「簡単に言えば、(現状では極端な引き抜きによって)簡単にそのチームを潰すこともできてしまいます。何か、移籍を制限するのではない、選手を育てた側にアドバンテージのある一定のルールがあればと感じます。チームが選手を育てる文化を作らないと、そのチームは長続きしないし、リーグも発展しません」

「プロなら移籍するのは当たり前。ただし…」

リーグが新時代に合った枠組み作りを求められているほか、選手にも新時代に合った決断力が求められる。

そう暗示したのは沢木敬介。横浜キヤノンイーグルスの監督として、就任4季目で2季連続4強入りのプロコーチだ。2015年には日本代表のコーチングコーディネーターとしてワールドカップ・イングランド大会で3勝を挙げている。

話をしたのは5月下旬。都内の本拠地で、プレーオフの3位決定戦への練習をし終えたタイミングだ。選手の出入りが活性化する現状について聞かれると……。

「プロなら移籍するのは当たり前だと思う。多分、うちからも何人か出ていくだろうけど(その後10人が移籍)、それは出場機会とか、お金とか、理由はいろいろある。なかでも出場機会を求める選手って、(もともとの所属先で)成長しているからいろんなチームから必要とされる。新天地に行って、ちゃんと自分が望んでいるような起用法をしてくれるんだったら、それは正解じゃない?」

職業人として、プレーヤーが自分の仕事の価値を上げたい気持ちは十分に理解できるという。

ただし、ここから「個人的には……」と、角度を変えて説く。

「一時の金で動くのも大事だけど、(チーム選びでは)どこでやれば成長できるか、どういう仲間とやりたいか、どういうラグビーがやりたいかを考えてから判断したらいいんじゃないかと、俺は思う」

限られた競技生活をどんな形にするか。それを資産形成の視点で考えるのもよいが、ラグビーの愛好家として考えても充実感を得られるのではないか。

沢木が伝えるのは、そういう趣旨だ。

「(昨今の変化は)しょうがないよ。(実質的に)プロの世界だから。けどさ、絶対、環境を変えて後悔する選手も出てくる。それに、クラブが評価する時の基準も変わってくるんじゃない? 別にお金をバーッと払っていろんないい選手を採ったって、それで勝てるチームになるわけじゃないし……」

締めの言葉が、意味深長だった。

「……だから、自分で決めるのが一番いいよ」

<了>

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