リーグワン王者・BL東京に根付く、タレントを発掘し強化するサイクル。リーグ全勝・埼玉の人を育てる風土と仕組み
2023-24シーズンのジャパンラグビー・リーグワンが幕を閉じた。5月26日に国立競技場でおこなわれたプレーオフトーナメント決勝戦は、東芝ブレイブルーパス東京が埼玉パナソニックワイルドナイツに競り勝ち見事王者に輝いた。リーチ マイケルが主将を務めるブレイブルーパスと、現役ラストマッチとなった堀江翔太が牽引するワイルドナイツ。決勝戦に相応しい白熱した試合を見せてくれたこの2チームの強さの源を探っていくと、「タレントの発掘と育成に長けている」という共通項にたどり着く。
(文=向風見也、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
ワイルドナイツの人を育てる風土と仕組み
2024年5月26日。東京の国立競技場へ5万人超のファンを集めたのは、ジャパンラグビー・リーグワンの決勝だ。
一昨季まで国内2連覇の埼玉パナソニックワイルドナイツがレギュラーシーズン全勝で乗り込んだのに対し、東芝ブレイブルーパス東京が24―20のスコアで返り討ち。旧トップリーグ時代以来14季ぶりの優勝を決めた。
ブレイブルーパスの猛者が接点に絡めば、ワイルドナイツの黒子がそれを懸命に引きはがした。転ばせた。ワイルドナイツが一枚岩の防御ラインを敷けば、ブレイブルーパスがアイデアと勇気の合わせ技で壁をこじ開けた。
かようなバトルの背景には、人を育てる風土と仕組みがあった。
まずワイルドナイツは、既定の枠をはみ出た個を一枚岩の組織に溶け合わせるのが得意だ。
日本代表としてワールドカップに4度出場して今季限りで引退の堀江翔太は、もともと帝京大学卒業後にニュージーランドへ挑んだ開拓者。最前列のフッカーでありながら優れた技巧、戦術眼を評され早々とワイルドナイツの主力となり、加入3季目の2010年度、旧トップリーグで初めてシーズンMVPとなった。
2013年に再び海外クラブへ渡って課題だったスクラムやラインアウトの課題を修正し、ワイルドナイツに帰れば自分たちに合う防御システムの編成に携わった。
2015年に出会った佐藤義人トレーナーとの肉体改造の効能を、後輩に伝え広めもした。高卒で入団の福井翔大、日本代表の正司令塔となる松田力也はその門下生だ。
プロになれなかった才能を日本に迎え入れ、引き上げ、個別に強化
堀江が前身の三洋電機時代から根付くカルチャーに育まれ、カルチャーを育む側に回るなか、クラブは未来の一流を海の向こうからも探すようになる。
今度の決勝でも先発したベン・ガンター、ジャック・コーネルセン、ディラン・ライリーのオーストラリア出身トリオは、いずれも当初は練習生だった。
「その時代のオーストラリアでは好選手が多かったものの、スーパーラグビー(国際リーグ)に挑めるのは毎年一定数だけ」とは、あるクラブ首脳。プロになりたくてもなれなかった才能を日本に迎え入れ、引き上げ、個別に強化した。
計画を主導したのはロビー・ディーンズ ヘッドコーチ、さらには3人と同郷の吉浦ケインS&Cコーチである。
当初タックルが不得手だったコーネルセンには、サイズアップを命じて堅陣を支える名黒子に昇華。パワフルなガンターには、栄養摂取に気を付けさせて機動力アップを求め、リーグ屈指のボールハンターに育てた。
大きくて速いのが魅力のライリーは、試合終盤までトップスピードを出すことを主眼に置いて鍛えた。堀江、稲垣啓太ら日本代表勢の揃う戦力とかみ合った末、リーグワンの初代トライ王となった。
ライリーは感謝する。
「ワイルドナイツには若手、国際経験の豊富な選手が、日本人と外国人の両方がいるといういい文化がある。チーム内でグループを作り、ベテランのアドバイスを若手が生かしています」
新人にはチームスタイルの「研修」を座学で実施
国内の新人へも、ワイルドナイツはチームスタイルの「研修」を施す。
この取り組みを始めたのは2019年頃からで、その年に着任した金澤篤、ホラニ龍コリニアシ両アシスタントコーチが攻防のシステムを座学で伝えた。
従前の「見て学べ」からの脱却。2020年度(2021年)のトップリーグ最終年度では竹山晃暉が、昨季のリーグワンでは長田智希が新人賞に輝いた。長田は述べる。
「最初は(チームに)慣れるのに必死でしたが、その取り組みがあったことで早く慣れることができた部分はあったかもしれないです」
ブレイブルーパスに根付く、タレントを見つけ、強くするサイクル
タレントを見つけ、強くするサイクルは、ブレイブルーパスにもある。
親会社の経営不振が大きく報じられたことで、新人獲得が困難になったのは2016年度以降。クラブも低迷期に突入する。
しかし、2017年に現役を退き採用担当となった望月雄太(現広報)は諦めなかった。
「上位チームのやるようなリクルートではなく、多くのチームを回り、もう一度、原点に立ち返って足で稼ごうと。多くのチームを回り、多くの人としゃべり、いろんなところに情報を取りに行きました。あとは、『東芝が必ず復活するのでぜひ……』という(大学関係者への)ロビー活動のようなことも、1年目は徹底的にやりました」
求める人物像は、選手同士の距離感が近いチームカラーに合い、かつ「タフ」な戦士。所属する組織のことが好きで、厳しい鍛錬に耐えうる資質があれば、その人は自然と伸びるという算段だ。望月の現役時代、スキルの高さで有望視された若手が短期間いただけで移籍してしまうことがあり、その経験も反映させる。
リクルート対象の大学生を年季の入ったクラブハウスや寮へ招き、「このへん、汚いけどごめんね」。謝りながらも、「その選手は、そういうのが大丈夫だと思って呼んでいる」。マッチングの肝は人間観察にある。
今回のプレーオフで活躍したフランカーの佐々木剛は、学生時代にブレイブルーパスの練習に混ざった時の印象が忘れられない。2011年度入部の森太志の名を挙げて言う。
「(当時のトップリーグでの)成績はよくはなかったのですが、皆が自分のチームへ自信を持っていた。練習を終えて皆で昼飯を食べていたら、太志さんは『もう、決まりでしょ? いいチームだから』って」
「東芝は家族感が強い。初めて練習を見に行った時…」
ブレイブルーパスにとって、佐々木の入った2020年度はターニングポイントとなった。
佐々木は大東文化大学の主将で、それぞれ京都産業大学、筑波大学、東海大学で主将だった伊藤鐘平、杉山優平、眞野泰地といった幹部候補生、早稲田大学きっての核弾頭である桑山淳生が加わった。
クラブが分社化した翌2021年度には、2020年度に大学日本一となる天理大学の小鍛治悠太と松永拓朗、明治大学の副将だった森勇登、帝京大学のニコラス・マクカランも門を叩いてきた。
この選手たちのうち、準決勝の直前に故障した伊藤以外はすべて決勝のメンバー入り。決勝トライまでのラストフェーズでは、森、松永、2018年度からの在籍で日本代表のジョネ・ナイカブラとつなぎ、最後は森がフィニッシュした。
さらに2022年度に仲間入りの木村星南、原田衛は、レギュラーシーズンのベストフィフティーンとなった。望月の集めた戦力が、最適化されていたのが伝わる。
そのバックグラウンドには、首脳陣の再編があった。創部史上初の外国人ヘッドコーチとしてトッド・ブラックアダーが招かれたのは2019年。現体制は段階的に招く専門コーチの指導、何より指揮官自身の積極的な若手起用、雰囲気作りで原石を磨いた。
流経大柏高校から大学を経ずに2021年にブレイブルーパスと契約した現日本代表のワーナー・ディアンズは、こう証言する。
「東芝は、僕が入る前から家族感が強い。初めて練習を見に行った時のチームミーティングはすごく印象に残っている。コーチに選手がいろんなことを言っていたのですが、厳しくはなく、楽な雰囲気。選手同士でもいろいろと話し合っている。ミーティングの前は音楽を流し、ダンスが好きな人は前に出てきて躍ってもいます」
優勝したブレイブルーパスでは、今季から花園近鉄ライナーズ前ヘッドコーチの水間良武が入閣していた。控え選手の育成が主業務の一つで、来季以降の戦力維持にも期待がかかる。主将のリーチ マイケルは補足する。
「いまの若手は試合に出たい、日本代表やインターナショナルレベルでプレーしたいという欲が強い。5年前の若手と比べても、練習量が多い。向上心を感じます」
かたやワイルドナイツでは、スパイクを脱ぐ堀江がピッチの上で「もう一回、チームを作り直さなあかんな」とポツリ。その言葉を耳にした坂手淳史主将は「そうですね」と頷いたという。心で捲土重来を誓う。
<了>
ラグビー姫野和樹が味わう苦境「各々違う方向へ努力してもチームは機能しない」。リーグワン4強の共通点とは?
「エディーさんも変わっている部分はあると思いたい」堀江翔太とリーチ マイケルが語る、新生ラグビー日本代表に抱く期待
9年ぶりエディー・ジョーンズ体制のラグビー日本代表。「若い選手達を発掘しないといけない」現状と未来図
大学生は下位チームを選ぶべき? ラグビー・リーグワン「アーリーエントリー」導入2年目の現実
ラグビー日本代表“控え組”の本音。「柱メンバー」の献身は矜持の発露…「選手層が課題」との総括に何を思う
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「自信が無くなるくらいの経験を求めて」常に向上心を持ち続ける、町田浩樹の原動力とは
2024.09.10Career -
「このまま1、2年で引退するのかな」日本代表・町田浩樹が振り返る、プロになるまでの歩みと挫折
2024.09.09Career -
「ラグビーかサッカー、どっちが簡単か」「好きなものを、好きな時に」田村優が育成年代の子供達に伝えた、一流になるための条件
2024.09.06Career -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由
2024.09.04Business -
張本智和・早田ひなペアを波乱の初戦敗退に追い込んだ“異質ラバー”。ロス五輪に向けて、その種類と対策法とは?
2024.09.02Opinion -
「部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいる」甲子園を“目指さない”選手の受け皿GXAスカイホークスの挑戦
2024.08.29Opinion -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
なぜ“フラッグフットボール”が子供の習い事として人気なのか? マネジメントを学び、人として成長する競技の魅力
2024.08.26Opinion -
五輪のメダルは誰のため? 堀米雄斗が送り込んだ“新しい風”と、『ともに』が示す新しい価値
2024.08.23Opinion -
スポーツ界の課題と向き合い、世界一を目指すヴォレアス北海道。「試合会場でジャンクフードを食べるのは不健全」
2024.08.23Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「自信が無くなるくらいの経験を求めて」常に向上心を持ち続ける、町田浩樹の原動力とは
2024.09.10Career -
「このまま1、2年で引退するのかな」日本代表・町田浩樹が振り返る、プロになるまでの歩みと挫折
2024.09.09Career -
「ラグビーかサッカー、どっちが簡単か」「好きなものを、好きな時に」田村優が育成年代の子供達に伝えた、一流になるための条件
2024.09.06Career -
「いつも『死ぬんじゃないか』と思うくらい落としていた」限界迎えていたレスリング・樋口黎の体、手にした糸口
2024.08.07Career -
室屋成がドイツで勝ち取った地位。欧州の地で“若くはない外国籍選手”が生き抜く術とは?
2024.08.06Career -
早田ひなが満身創痍で手にした「世界最高の銅メダル」。大舞台で見せた一点突破の戦術選択
2024.08.05Career -
レスリング・文田健一郎が痛感した、五輪で金を獲る人生と銀の人生。「変わらなかった人生」に誓う雪辱
2024.08.05Career -
92年ぶりメダル獲得の“初老ジャパン”が巻き起こした愛称論争。平均年齢41.5歳の4人と愛馬が紡いだ物語
2024.08.02Career -
競泳から転向後、3度オリンピックに出場。貴田裕美が語るスポーツの魅力「引退後もこんなに楽しい世界がある」
2024.08.01Career -
松本光平が移籍先にソロモン諸島を選んだ理由「獲物は魚にタコ。野生の鶏とか豚を捕まえて食べていました」
2024.07.22Career -
新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔。初土俵から7場所「最速優勝」果たした愚直な青年の軌跡
2024.07.12Career -
リヴァプール元主将が語る30年ぶりのリーグ制覇。「僕がトロフィーを空高く掲げ、チームが勝利の雄叫びを上げた」
2024.07.12Career