
大学生は下位チームを選ぶべき? ラグビー・リーグワン「アーリーエントリー」導入2年目の現実
大学生が卒業を待たずしてジャパンラグビーリーグワンの試合に出場できる「アーリーエントリー制度」。詳細な制度内容は異なるが、サッカーのJリーグで「特別指定選手」との名称で2003年から大学生に対する門戸を開き、多くの大学生選手の成長を促進してきた制度に近い。2022-23シーズンより導入して今季で2年目。大学4年生の選手たちは新たなこの制度を活用してどのようにチャンスをつかみ、各チームの関係者はこの制度をどのように見ているのか?
(文=向風見也、写真=西村尚己/アフロスポーツ)
アーリーエントリー導入2年目。「選手の質だけを見ていると…」
数字の裏側が興味深い。
ラグビーのリーグワンが、他の一部競技では一般化されている「アーリーエントリー」を導入して2季目に突入した。
ラグビーでのアーリーエントリー制度とは、大学4年生が卒業する前にリーグワンでプレーできる仕組み。12月から翌5月までおこなわれるシーズンにあって、途中の1月にある大学選手権決勝戦以降、所定の手続きを踏んだ最上級生は卒業を待たずに内定先のチームで公式戦へ出られる。
先のゴールデンウィークまであったディビジョン1(1部)の2023年度レギュラーシーズンにあって、12チーム中7チームが計13人の2024年度生を起用(ベンチ入りも出番のなかった選手は除く)。運用元年の前年度が5チーム、計10名の出場だったのに比べて微増した。
最近の学生選手の実力について言及する一人は、東芝ブレイブルーパス東京の森田佳寿アシスタントコーチだ。
帝京大学の2011年度の主将として、その後「9」まで伸ばすことになる大学選手権連覇のV3までを経験。ブレイブルーパスでも主将を務めるなど活躍したその人が、クラブの会見で最近の若手についてこう述べていた。
「いろいろな方と話をすると、世代の違いによって集中力の短さがどうのこうのと言われます。ただ、少なくともうちに入ってきてくれた選手がもともと持っている学ぶ意欲は、年々高くなっています。彼らを含めてリーグワン全体のアーリーエントリー選手という視点でいうと、(リーグワンの)ゲームのインテンシティ(強度)が年々上がっているにもかかわらず、何人かの選手がフィジカリティでも、ゲームの理解度の部分でも早くアダプト(適応)しています。大学ラグビーのレベルが高まっているのかは(普段関わっていないため)わからないですが、選手の質だけを見ていると(レベルアップは顕著)。それは日本全体としていいことだと思います」
特に、身体を鍛える設備と献身をいとわぬ文化が盤石の帝京大で一線級となれば、リーグワンのフィールドで戦えるのは自然か。
江良颯は、昨季の帝京大主将として大学選手権3連覇を達成。この冬、ディフェンディングチャンピオンながら今季6位というクボタスピアーズ船橋・東京ベイに入ると、第9節から6戦連続で出場した。最前列中央のフッカーとしてスクラム、突進、タックルで気を吐いた。
その江良が学生時代にスクラムで苦しまされたという明治大学の右プロップの為房慶次郎も、同期に恐れられた強靭さをリーグワンでも発揮。攻守両面でパワーを生かし、日本代表候補に近い枠組みといえる「15 人制男子トレーニングスコッド菅平合宿」に名を連ねた。5月8日に発表された。
留学生選手が入団先で早くから鍛え上げられる環境
発掘された才能も光った。
静岡ブルーレヴズのメンバーである2人、中国地区大学Aリーグの環太平洋大学にいたプロップのショーン・ヴェーテー、関西大学Aリーグで8チーム中7位の摂南大学から加わったヴェティ・トゥポウは球を持ってのぶちかまし、タックラーを引きずる走りで見るものを魅了する。
ヴェーテーとトゥポウの2選手は、2月に大分でおこなわれたブルーレヴズのキャンプでは、元日本代表スポットコーチのジョー・ドネヒューによる休みを許さないタックルセッションに挑戦した。
藤井雄一郎新監督は、そのドネヒューを招いた頃のジャパンでナショナルチームディレクターを務めていた。かつては宗像サニックスブルースを率い、限られた戦力に持久力を植えつけハイテンポな展開スタイルを提唱するなど、行く先々でアイデアマンぶりを発揮してきた。今回は、キャリアの浅いヴェーテー、トゥポウの力を戦法の簡略化、途中交代をベースとする起用法で最適化した。
「一つのことに長けていても一つのことはものすごく弱いという選手がたくさんいるので、彼らの強みだけを出せるように日々、考えています」
静岡ブルーレヴズは今シーズン3人のアーリーエントリー選手を起用。戦いのさなか、藤井監督はこうも語っていた。
「学校の都合などによって合流時期が遅かった選手は、自分たち(首脳陣)の目に留まる機会は少なかったです。ただ、早めに(クラブに)来た選手は少しでも(実戦に)出していきたいと思っています」
大学選手権に出ない学校の選手は、ラストシーズンの終了が早い。そのためアーリーエントリーのGOサインが出るよりも先に、リーグワンのチームの練習へ合流できる。特に身体能力に長けた留学生選手が入団先の強化環境で鍛え上げられるのなら、自ずと活躍しやすくなる。
ブルーレヴズの留学生はその好例だ。他には、東海学生ラグビーリーグAの朝日大学からリコーブラックラムズに入ったプロップ兼ナンバーエイトのサミュエラ ・ワカヴァカもその隊列に並ぶ。
大学生は下位チームを選ぶべき?
今回、アーリーエントリーを用いた7チームのうち、ブラックラムズを含めた3チームはディビジョン2上位との入替戦に出場。昨季のアーリーエントリー出場者のうち半分は最下位だった花園近鉄ライナーズの選手だったことを鑑みても、アーリーエントリーは起爆剤を求める中位以下のチームで活用される傾向にある。
一方、学生時代から代表入りが期待される強豪大学の選手は、上位チームに進む傾向が強い。当該のクラブは、既存の戦力を軸にプレーオフ進出を懸けたヒリヒリする勝ち点争いを演じているため新人登用には慎重だ。
早期のブレイクが期待される逸材がチャンスをもらいづらいのはそのため。東海大学から4位の横浜キヤノンイーグルスに来たスタンドオフの武藤ゆらぎ、前早稲田大学主将で5位のコベルコ神戸スティーラーズの門をたたいたユーティリティーバックスの伊藤大祐が初陣を飾ったのは、プレーオフに進む4チームが決まった後のことだった。
江良、為房を起用したスピアーズも、昨季王者ながら序盤に黒星がかさんでいた経緯がある。江良がイーグルスとの第10節で前明大主将のインサイドセンターである廣瀬雄也とそろってベンチ入りしたのは、田邉淳アシスタントコーチがフラン・ルディケヘッドコーチに進言したことと無関係ではない。
もっとも、これは「大学生は下位チームを選ぶべき」と説くための分析ではない。
あくまで、各自が声のかかったチームのうち、現状と目標値のギャップを埋めるのにベストな場所を選ぶのが是。それが生存競争の激しい強豪クラブであれば、その選択は尊重されるべきだ。
某クラブの採用担当者の話によると、最近の大学生は早めに試合に出られるかどうかに重きを置いて進路を選びがちだ。
そのため近年は、優れたタレントをたくさん加入させたチームがその翌年度のリクルートで苦戦することもしばしば。日本一になったことのあるチームのスカウトの一人は、実戦経験が何よりもの宝であるのを認めたうえで言った。
「目標が日本代表なのだとしたら、必ずどこかのタイミングで競争にさらされるんですけどね……」
トップのリーグ戦でキャリアを積める唯一の装置
日本代表入りを目指す江良がスピアーズを選んだ理由の一つは、同僚にマルコム・マークスがいたことだ。
現在ケガで離脱中の現役南アフリカ代表は、江良と同じポジションの世界最強クラスの名手である。江良が進路に迷っていた時期のスピアーズはまだ無冠だったため「優勝したチームを選んだ」という論旨も異なる。本人は言った。
「僕は世界で活躍するのが目標。1~2年で(名手から)いろいろと吸収し、少しでも早くチームに貢献して日本代表にもなりたい。それで、クボタを選ばせていただきました」
ぶつかり合いの多い競技特性上、大学を経ずに高卒でプロ入りしてすぐに出世する人は極めて限られる。流通経済大柏高校から東芝ブレイブルーパス東京に入った現日本代表のワーナー・ディアンズでさえ、加入時におこなわれていた旧トップリーグのシーズンは公式戦に出ていない。
力のある高校生の多くが大学進学を選ぶのは不自然ではないうえ、実現には大幅な規定変更が必要な大学、リーグワンとの二重登録制度は、すぐには本格化されまい。
日本ラグビーフットボール協会は今年5月、有望な大学生を現代表スタッフが鍛えて回る「ジャパン・タレント・スコッド・プログラム」を発足。若年層の成長に関して、リーグワンでの実戦経験だけに頼るのではなく、特別プログラムを用いて磨く方針を採ることにした。
現状ではアーリーエントリーは、大学に4年間在籍するラグビー選手が国内トップのリーグ戦でキャリアを積める唯一の装置。来季以降、どのように活用されるかが注目される。
<了>
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