ラグビー姫野和樹が味わう苦境「各々違う方向へ努力してもチームは機能しない」。リーグワン4強の共通点とは?
ラグビー・リーグワンのプレーオフに進出する4チームが出そろった。ただし、この4強のなかに、シーズン前には上位進出が予想されたトヨタヴェルブリッツは入っていない。ラグビーワールドカップ・フランス大会で活躍した各国代表選手を擁し、日本代表で主将を務めた姫野和樹がチームをまとめ上げようと腐心したヴェルブリッツはなぜ中位に甘んじているのだろうか?
(文=向風見也、写真=REX/アフロ)
「選手だけでは勝てない。全員がワンチームにならないと勝てない」
作った料理をSNSに載せている。昨秋、ラグビー日本代表で主将を務めた姫野和樹が画面越しに笑う。
「大根と鶏肉の煮物がおいしかった。作るたびに過去いち(最高)を更新しているような状態で。自分ではセンス、あるんじゃないかと思っています。で、余ったものを(同僚の)福田健太にあげています」
トヨタヴェルブリッツの船頭役として、4月4日、18日にオンライン会見に臨んだ。
身長187センチ、体重109キロの強靭な体躯で突進、ジャッカルを重ねる29歳は、12月中旬からの国内リーグワン1部で試練と向き合っていた。
南アフリカ代表としてラグビーワールドカップ・フランス大会を制したピーターステフ・デュトイ、その大会に姫野のいる日本代表で参加した福田、シオサイア・フィフィタ、何よりアーロン・スミス、ボーデン・バレットといったニュージーランド代表の司令塔団を擁しながら、ずっと中位に甘んじていたのだ。
4日の取材機会ではまず、圧力のかかる試合終盤にミス、反則が生じることを踏まえ、「意識レベルの低さが、現状としてある。レフリーの声を聞いて、これが反則かどうかを自分自身で判断しないといけない」。周りだけでなく、自分にも矢印を向ける。
「言葉で『ペナルティーをするなよ』と伝えるだけじゃ、重みが出ない。自ら実践する。僕は(直近の試合で)ノットロールアウェー(タックル後に倒れたままその場から離れず、相手のプレーを邪魔する反則)を取られました。だから今週(取材日の前後)はタックル後、わざと(相手役に)押さえつけてもらってそこからロールアウェーする(起き上がる)という動きを練習前にしました」
さらに、こんな思いを述べる。
「全員、やる気はあるし、勝ちたい気持ちは強い。ただ選手だけでは勝てない。全員がワンチームにならないと勝てない。(足踏みの要因は)いろいろあるんですけど……。チームという力を出すには、自分たちがどういうラグビーをしたいのかについて同じ絵を見て、一人一人がチーム内の役割を果たすのが重要です。(最近のヴェルブリッツは)そういったところ(同一のビジョン)が見られていないのかなと。頑張っていない選手、スタッフはいません。ただ、その歯車を合わせていかないとチームの力は発揮できない」
18日までには、「いまは、向かうべき方角を全員が見られている。そこに対してハードワークする(段階)」。一歩前進したと明かす。しかし20日の第14節で、充実の埼玉パナソニックワイルドナイツに敗北。上位4傑によるプレーオフ行きを逃がした。
「ワイルドナイツのラグビーという枠があり…」
このプロセスが再認識させるのは、団体競技で勝つために重要なファクターのなんたるかだ。本当に求められるものは、戦力、コーチング、それらを最大化できる土壌の合わせ技なのだ。今季のリーグワンで快調なクラブも、それを証明している。
一昨季まで国内2連覇のワイルドナイツは、各国代表経験者20人という豪華陣容が一貫した戦術に沿って一枚岩となっている。
福井翔大。フランス大会の日本代表となった24歳は証言する。
「お互いがお互いをリスペクトし合っているから、ノンメンバーのメンバーに対しても、この人が試合に出たらやれると思っている。それとうちには、『誰かが試合に出るならその人のスペシャルサインを作る』というものはないんです。ワイルドナイツのラグビーという枠があり、それに皆がアジャストしている。だから、もし何かわからないことが出てきたら(枠組みに沿って)答えが出てくる」
国際級の体作りを求めるブレイブルーパス
ワイルドナイツが第14節まで全勝して首位を確定させるなか、リーグ2番目の早さで同部にとって2季ぶりのプレーオフ行きを決めたのは東芝ブレイブルーパス東京だ。
リッチー・モウンガ、シャノン・フリゼルという、新しく入ったニュージーランド代表勢が注目されるが、主将経験者の小山高廣はこう話す。
「みんな自分の役割を明確に全うしているところが結果につながっている。いろいろなことが、いい方向に働いているのかなと」
発足5季目のトッド・ブラックアダー ヘッドコーチ体制が、既存の選手へ国際級の体作りを求めるなど土台作りに着手。信頼できるアシスタントコーチに権限を与え、常に質的優位を作り出すアタック、鋭く前に出るディフェンスを浸透させた。
オフ・ザ・ピッチでは、存在感の増す若手がリーダー陣に抜擢され活気づける。期待の新戦力もそれに倣い、勢いを加速させた。
「スーパースター2人がいなくなりましたけど…」
それ以上に属人的でないのが、東京サントリーサンゴリアス、横浜キヤノンイーグルスだ。
旧トップリーグで5度優勝の前者は、緊急補強した大物がケガに泣いているなかでも勝ち点を上積みした。
さらに昨季初めて4強以上という後者は、南アフリカ代表のファフ・デクラーク、ジェシー・クリエルといった主軸がほとんどの期間を故障で離脱していたにもかかわらず、複層的な攻め、勤勉さにこだわり、大台達成。元日本代表の田村優は言う。
「スーパースター2人がいなくなりましたけど、細かいことにこだわってやれば(勝つ)力がある。それをわかることができたのが、組織としての成長です」
結果を残すグループは、構成員がそのグループのビジョンを高次で共有しているのが伝わる。
「各々が違う方向へ努力をしても、チームは機能しない」
スター選手の来日で沸き立っていた今季のリーグワンにあっても、陣容と競技成績が比例するとは限らないのだろうか。
リーグ最大級のインパクトを示すブレイブルーパスのモウンガは、あくまで一般論だとしてこう述べた。
「どこまでいっても、ラグビーはチームスポーツです。一人のワールドクラスの選手が入ったとしても、その選手がチームにフィットして追い風をより強めることができる場合と、なんとなくプレーはできるけれど環境や文化になじめず……という場合とでは、ある程度の違いは出てくるのでは」
ヴェルブリッツにも、集団をよくする名人がいる。元ニュージーランド代表ヘッドコーチのスティーブ・ハンセンだ。ディレクター・オブ・ラグビー、もしくは総監督の肩書で定期的に帯同する。
入閣したのは2020年だ。昨季は3月5日の第10節へ向けた練習で、常勤のコーチ陣に代わって自ら音頭を取った。
リズムよく笛を吹き、選手に「何か不安な点はないか」と連携面のトラブルを予防。それまで長らく消化不良気味だったにもかかわらず、当日は前年度4強のサンゴリアスを破った。
結果的に12チーム中6位に終わったのを受け、今度のシーズンでは肩書を変えてさらに現場に携わりそうだった。開幕前には、それがためにヴェルブリッツの上位進出が予想される向きすらあった。
ふたを開けてみればどうなったか。件のワイルドナイツ戦の直前、姫野はこう説明した。
「やることを明確にすることを彼(ハンセン)は得意にしている。ただ今年に関しては、いろんなチャレンジをしながらシーズンを戦っていた。よりゲームを通して理解度を深め、練習回数を重ね、シーズン終盤になってようやく、自分たちのラグビーがよりシャープ、クリアになった形です」
2019年のワールドカップ日本大会で、姫野は日本代表として史上初の8強入りを経験。当時のナショナルチームでは、ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチら首脳陣が「一貫性」「スマート」をモットーに多国籍軍へ統一感をもたらした。
そのグルーヴを体験した姫野は、改めて強調する。
「各々が違う方向へ努力をしても、チームは機能しない。ビジョンを理解するのが大事だと思っています」
味方防御の穴を埋めたり、相手防御の壁にぶち当たったり、手料理を後輩に持って出かけたりしながら、自身の考える勝負の鉄則を自軍の常識にできるか。ひとまず、5月5日の最終節まで走り切る。
<了>
日本ラグビーが“世界のクラブ大会構想”リードできるか? 「クロスボーダーラグビー」開催の是非
9年ぶりエディー・ジョーンズ体制のラグビー日本代表。「若い選手達を発掘しないといけない」現状と未来図
大物外国人、ラグビーリーグワンに続々参戦 様々な意見飛び交う「サバティカル」の功罪
ラグビー日本代表“控え組”の本音。「柱メンバー」の献身は矜持の発露…「選手層が課題」との総括に何を思う
ラグビー日本代表「頑張らないといけない時に頑張れなかった」理由。W杯の敗因と求められる仕組み作り
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
JリーグMVP・武藤嘉紀が語った「逃げ出したくなる経験」とは? 苦悩した26歳での挫折と、32歳の今に繋がる矜持
2024.12.13Career -
昌平、神村学園、帝京長岡…波乱続出。高校サッカー有数の強豪校は、なぜ選手権に辿り着けなかったのか?
2024.12.13Opinion -
なぜNTTデータ関西がスポーツビジネスに参入するのか? 社会課題解決に向けて新規事業「GOATUS」立ち上げに込めた想い
2024.12.10Business -
青山敏弘がサンフレッチェ広島の未来に紡ぎ託したもの。逆転優勝かけ運命の最終戦へ「最終章を書き直せるぐらいのドラマを」
2024.12.06Career -
三笘薫も「質が素晴らしい」と語る“スター候補”が躍動。なぜブライトンには優秀な若手選手が集まるのか?
2024.12.05Opinion -
ラグビー欧州組が日本代表にもたらすものとは? 齋藤直人が示す「主導権を握る」ロールモデル
2024.12.04Opinion -
卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
2024.12.03Opinion -
非エリート街道から世界トップ100へ。18年のプロテニス選手生活に終止符、伊藤竜馬が刻んだ開拓者魂
2024.12.02Career -
なぜ“史上最強”積水化学は負けたのか。新谷仁美が話すクイーンズ駅伝の敗因と、支える側の意思
2024.11.29Opinion -
FC今治、J2昇格の背景にある「理想と現実の相克」。服部監督が語る、岡田メソッドの進化が生んだ安定と覚醒
2024.11.29Opinion -
スポーツ組織のトップに求められるリーダー像とは? 常勝チームの共通点と「限られた予算で勝つ」セオリー
2024.11.29Business -
漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
2024.11.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
昌平、神村学園、帝京長岡…波乱続出。高校サッカー有数の強豪校は、なぜ選手権に辿り着けなかったのか?
2024.12.13Opinion -
三笘薫も「質が素晴らしい」と語る“スター候補”が躍動。なぜブライトンには優秀な若手選手が集まるのか?
2024.12.05Opinion -
ラグビー欧州組が日本代表にもたらすものとは? 齋藤直人が示す「主導権を握る」ロールモデル
2024.12.04Opinion -
卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
2024.12.03Opinion -
なぜ“史上最強”積水化学は負けたのか。新谷仁美が話すクイーンズ駅伝の敗因と、支える側の意思
2024.11.29Opinion -
FC今治、J2昇格の背景にある「理想と現実の相克」。服部監督が語る、岡田メソッドの進化が生んだ安定と覚醒
2024.11.29Opinion -
漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
2024.11.28Opinion -
高校サッカー選手権、強豪校ひしめく“死の組”を制するのは? 難題に挑む青森山田、東福岡らプレミア勢
2024.11.27Opinion -
スポーツ育成大国に見るスタンダードとゴールデンエイジ。専門家の見解は?「勝敗を気にするのは大人だけ」
2024.11.27Opinion -
「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
2024.11.26Opinion -
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion