
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
19―64の完敗。10月26日に行われたラグビーのリポビタンDチャレンジカップ・日本代表対ニュージーランド代表戦は、“王国”オールブラックスに実力差を見せつけられる形で決着した。序盤は健闘を見せて接戦を演じたものの、22分から5連続トライを奪われて前半を終了。後半も3トライを許した。11月には欧州遠征を行い、フランス、イングランドなどの強豪との対戦が控える日本代表が抱える今後の課題とは?
(文=向風見也、写真=ロイター/アフロ)
王国が見せつけた認知度の高さ、そして現時点での実力差
試合が終わらないうちから、メインスタンドのファンはグラウンドに背を向けていた。
ちょうどメインスタンド上段の席に、ラグビーのニュージーランド代表のスター選手が座っていたからだ。
アーロン・スミス、デイン・コールズといった日本のリーグワンでプレー経験のあるレジェンドたちは、周りを取り囲む一人一人へサインを書いていた。
視線の先では、現役の通称オールブラックスで司令塔を担ったダミアン・マッケンジーが7本目のコンバージョンを決めていた。これで、日本代表は19―64で敗戦。直接対決の戦績を0勝8敗とした。
2024年10月26日、神奈川・日産スタジアムには6万57人もの観客が集まった。同じ日本代表のゲームでも、9月に行われたパシフィック・ネーションズカップ(PNC)の国内戦の平均入場者数の約4.5倍だ。 グラウンド外ではオールブラックスの認知度の高さが、グラウンド内では両軍の現時点での力量差が露見した格好だ。
「ディフェンスはアティチュードがすべて」の真意
日本代表は、序盤こそよく攻めた。ボールを持たない選手がパスのつながる方向へうまく回り込み、数的優位を作った。オールブラックスが本格的に目覚める前だったこともあってか、タックラーを引き寄せながらのパスでラインブレイクを重ね、それをスコアにつなげた。
しかし、継続的に持ち味を発揮できた時間帯は、前半20分までにとどまった。
以後は防御が乱れた。大外、接点の周りと、隙間ができた順に攻略され、ハーフタイムまでに12―43とされた。
敗れたエディー・ジョーンズ ヘッドコーチは会見でこう切り出した。
「選手のエフォート(努力)は讃えます。ただ感情面にコントロールされないこと、試合をやり続けることが学びになります。興奮し過ぎないこと、残念に思い過ぎないことを、早く学ばなければなりません」
12―14と競り合っていた前半21分頃、逆転トライかに見えたシーンがビデオ判定で取り消された。直後のスクラムからあっさりと失点。これがその後の流れも決定づけたとボスは訴える。
実際に戦って敗れた選手が「(メンバー間の)幅」や「接点での圧力」などと具体的に問題点を挙げた防御のほつれに関しても、ジョーンズは、メンタリティに関する話を強調する。
「ディフェンスは、アティチュード(努力)がすべてです。アティチュードが下がったことでエフォートが下がり、ギャップ(隙間)を埋められなかったり、ダブルタックルができずにいたりして、アタックにコントロールされた」
簡単なものではないのが明らかだった80分間
ジョーンズはオールブラックス戦直前まで「新しく歴史を作る大きなチャンス。オールブラックスを追い詰める準備をしてきた」と宣言。計画通りに事が進めば歴史的勝利をつかめるとしてきた。
ただ実際にそうはならなかった。そもそも、陣営が白星獲得へ意気込んでいた段階から、この80分は簡単なものではないのが明らかだった。
イングランド代表、オーストラリア代表など各国を率いてきたジョーンズは、今年になって約9年ぶりに日本代表の指揮官に復職した。
折しもジャパンは、昨年のワールドカップ・フランス大会で2大会ぶりに予選敗退を味わったばかりだ。主力の高年齢化にも難儀していたとあり、ジョーンズは2027年のオーストラリア大会へ向けて大幅な若返りを断行せざるを得なかった。以後、オールブラックス戦前までのテストマッチ(代表戦)は3勝4敗と負け越していた。
加えてジョーンズはかねて組織の成熟には「3年はかかる」と述べている。つまり、大きな伸びしろを残しているとはいえ、新体制でスタートしたばかりの世界ランキング14位の日本が、世界ランク3位のワールドカップ優勝経験国にぶつかったのである。
しかも今度のビッグマッチに向けた準備は、10月中旬からのキャンプのみにとどまった。一時はオーストラリア代表予備軍とのウォームアップマッチがあるのではと噂されたが、この貴重な「予習」の場は作られなかった。
ジョーンズは「自分の就任前にスケジュールは確定していた。そんな可能性があることは知らなかった」と否定。他方、日本ラグビーフットボール協会の関係者は「ウォームアップマッチは現場の判断により行わないことにした」と口を揃える。
とにかく若き日本代表は、高い強度に慣れぬうちにこのハードなダンションに挑んだ。例えるなら、一度も過去問題を解かずに難関校の受験会場へ出かけたようなものだった。
明確になった世界トップとの差。矢崎由高の反省と決意
再三、タックルを仕掛けながらも弾かれていた一人は、矢崎由高。早稲田大学2年のフルバックである。
「単純なフィジカルの差もありましたが、ジャパンとしてももっと組織的にディフェンスをしないといけない。その課題が見つかったかなと感じます」
発展途上のタイミングにおけるビッグマッチの価値は、この厳しいレッスンそのものにあった。
矢崎にとってのタフなハイライトは、後半26分頃にあった。
右タッチライン際で快足を飛ばし、自陣中盤から敵陣ゴール前へ進むも、対するマッケンジーに行く手を阻まれた。
その時のスコアは12―50。勝負は傾いていた。いわばオールブラックスの戦士は、これほど大きく差をつけていても必死にトライを防ごうとしていたわけだ。
「いままでの彼のプレーを事前に見ていたので、どうラインブレイクしてくるかも考え、対処できた。追いついたのはラッキーでした。試合は80分しかないから、頑張ろうと思っていました」
マッケンジーがこう述懐するなか、矢崎は苦みを知った。
「あそこでどうすればよかったかはのちほど映像を見て考えようとは思いますが、やっぱり世界の壁は高かった。あそこで(得点を)取り切れないのが自分の現状なんだなと痛感したので。もう、これから前を向いて、もう一度レベルアップするしかない。次に同じ状況がきたら取り切れるようにならないと、ジャパンで生きる道はない……。そういう感想です」
ノーサイドの笛が鳴ると、矢崎はその場にうなだれた。周りに握手を求められるも、ひざをついたまま立ち上がれなかった。
「スコアボードを見て、世界との差を感じて……。自分としてもチームに与えられた影響が少なかった。その悔しさがいろいろと巡ってきたというか……」
反省を活かすチャンスも。「ブレイクダウンは激しくいかないと…」
矢崎はこのまま所属先へ戻るが、それ以外のスコッドは欧州遠征に出かける。現地ではフランス代表、イングランド代表といった上位国とのバトルもある。オールブラックス戦での反省を活かすチャンスが残る。
なるべく早急に手直ししたい点の一つには、攻撃中の接点の質がある。わずかに援護が滞り、球を奪われた局面がいくつかあった。
その点について、スクラムハーフの藤原忍は「ちょっとサポートが遅れると、向こうは(その隙を)狙ってくる。どのチームへも、ブレイクダウン(接点)は激しくいかないと」と必須項目を再確認した。
対戦相手に依存しない集客力、いま以上に代表チームへ実戦経験と底力を与えるための環境整備、その前提条件としてのチーム側とガバナンス側のコミュニケーションといった検討課題はさておき、現場は現場で改善できることを改善するのみだ。
この日フッカーとしてスクラムを安定させた元主将の坂手淳史は、「選手同士で話していくことも大事。コーチ陣からのプランがある中、それを落とし込み、練習に反映させるかは選手次第」とその心中を発した。
<了>
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