
張本智和が世界を獲るための「最大の課題」。中国勢のミート打ちも乗り越える“新たな武器”が攻略のカギ
2025年2月19から23日にかけて中国・深圳にて開催された卓球のITTF-ATTU アジアカップ。昨年この大会で優勝を飾った日本のエース張本智和が連覇をかけて挑んだが、結果はベスト8で姿を消すことになった。中国のトップ選手との連戦となった決勝トーナメントの組み合わせの厳しさも影響した形だ。ただ、その中で明確な課題も見えてきた。予選リーグからその兆候は感じられた。その課題の具体的な内容と考えられる対策とは?
(文=本島修司、写真=新華社/アフロ)
張本智和のバックハンド、VS左利きの場合
4人中2人が勝ち抜けるアジアカップのグループリーグ。張本は、第1戦で中国の黄友政に1―3と敗れ、2戦目を韓国のオ・ジュンソンに3-0とストレート勝ち。3戦目もイランのニマ・アラミアンにストレート勝ち。2勝1敗で勝ち上がった。2戦目と3戦目は順当勝ちといえるところだが、問題となるのはやはり「VS中国」。
サウスポーで、なおかつ“試合巧者”として名高い黄友政との一戦は、得点自体は大接戦ながら、「弱いところ」を突かれるような形で落としていた。この試合で目立っていたのは、張本の「下げられてからのバックハンドの打ち合い」でタイミングをずらされる姿だ。
第1ゲーム。台上チキータで入りたい張本。しかし、そうはさせまいと、黄は角度をつけて張本のフォアサイドを切るように斜め下回転サーブを出してくる。張本は1-4と引き離されるが、自分がサーブを持つと優位に立ち、黄に打たせてからフォアドライブで一発抜きを披露。2-5とする。勢いはそのままに、自分にサーブが戻ってくるとさらに張本にエンジンがかかり3球目フォアドライブが決まる。5-5と追いつく。
このあたりから、レシーブでもチキータが徐々に入り始める。しかし、黄のフォア対張本のバックになると、左利きからくる角度のあるボールにどうしてもタイミングが合わずにミスが出る。
9-8と張本が逆転した場面でも、フォアからバックへ来るドライブ一発に合わせきれない。10―9としても、また同じ角度から、今度はフォアフリック強打。またボールがネットにかかってしまい、10-10。デュースに入ると、長いつば競り合いが続いた。ツッツキも挟んで策を練った黄がそのまま14-12で勝ち切った。
このゲームで目立ったのは、張本の強打をブロックしようとした際のネットミスだった。
目の覚めるようなフォアドライブ2本で…
第2ゲーム。1-4から開始。張本はフォアドライブで応戦する本来の自身の戦い方に戻して、強打を打ち込み、2-4に。4-6からは左右に振り回されながらも必死に両ハンドでブロック。しかし最後はフォアブロックがネットミス。4-7となる。またしても強打をブロックして、ネットミスが出た。
これはドライブ性ではなく、ミート性の強打であることを指している。ドライブがかかっていれば、上に飛ぶはず。それが、どうしても下に落ちる。豪快なロビング打ちで優位に立つ場面もあったが、このゲームも6―11で落としてしまう。
第3ゲーム。目の覚めるようなフォアドライブ2本で2-0と張本がリードで開始。やはり、張本がピンチの時はフォアドライブこそ最も安定感がある。これぞ真骨頂だ。こうなると、リズム自体が良くなる。さきほどまで入らなかったバックブロックも「手を伸ばすだけで入るようになった感じ」が出てくる。
中盤も6-1と大量リードから、バックブロックが決まり7-1。このゲームはやや戦意を喪失したかのような黄に一気にたたみかけ、最後も結局、フォアドライブで10-3とし、勝ち切る。
張本がミス。またネットミスだ
第4ゲーム。黄に戦意が戻る。1本目から、張本に両ハンドでブロックを何度も切り返しさせる戦術が復活。右に左にと飛んでくる、ややミート性の強打を、張本も必死にブロックするが、根負け。0―1から開始となる。
張本も持ち味を忘れていない。フォアドライブに固執したかのような一本では、体勢が崩れてでもフォアで連打。2-2とする。5-3からは、1ゲーム目で課題だったチキータも決まって6-3。黄も負けていない。チキータをさせて、それをバックミートで打ち抜く戦術も披露。このあたりは、非常に多彩な技術だ。張本も予測できなかった雰囲気でボールを見送る場面もあった。
7-6では1ゲーム目でやられたツッツキを入れる形を、逆にやり返して8-6。9-8からもツッツキ。戦術を使い果たしたように見えて、まだ残っていた一手。10-8。ここで張本は自分の頭を指一本で指した。頭脳プレーだと言わんばかりに。しかし、ラリーの打ち合いで10-9。そして、バックミートがフォアに来たボールを張本がミス。またネットミスだ。ミート性で思ったよりドライブ回転がなかった。
ジュースに入ると、張本は少し台から下げられ、バックミートブロックをさせられる展開に。これで少し“手が伸びて”しまった。体がついていかなかった。今度は伸びるドライブを打たれて、ラリーで防戦に。12-10でこの試合を落とした。
結果1―3で張本の敗北。この試合で常に目立っていたのは「バックブロックが合わないこと」と「ブロック全般が下に落ちること」だった。
「隙あらば振る」が冴えていた梁靖崑戦
2勝1敗で進出した、決勝トーナメント。第2ステージ1回戦で林高遠(中国)を3-1で圧倒した張本は、大一番、中国が誇る豪腕・梁靖崑との試合をむかえた。
梁は右利きの豪快なフォアドライブが持ち味の選手。ときおり試合内容にムラがあり、国際舞台でブレイクするまでに時間を要した珍しいタイプの中国のトップ選手だが、近年はむしろ、国際大会での「パワーで押し切る」凄味が際立っている。
第1ゲーム。バックを振り抜いて、1-0から開始。このスタイルが張本らしさだ。そのままバックを振り続ける張本。振ったバックがミスとなり、1-1となったが、「バックを待ってブロックする」より、自分から攻めて振っていくほうが張本らしさが出ているようにも感じられた。このあたりから自然とかけ声も弾んでくる。それでも、両ハンドの打ち合いになると、やはり梁のパワーは目を見張るものがある。切り返しの打ち合いで打ち負けて2-4。
2-6からは、張本が得意のチキータ。ここまではよかったが、返球されたボールを“待つ形”でのバックミートのタイミングが合わずミスが出た。張本自身のミスというより、中国勢が「張本のバックに、タイミングをずらすような緩急をつけていきている」ことを感じる。
4-8からは、張本のバックドライブが決まる。自分から振りにいけば入るのだ。5-8。やはり張本は「常に攻撃していてこそ」だ。7-8となったところで、中国側がタイムアウト。久しぶりに中国らしい「早い仕掛け」が見られる。この試合で張本を倒す本気度を感じる瞬間だった。
タイムアウト明け、張本はまたバックドライブ一発抜きを披露。バックは「大きく振れば」調子がいい。
だが、結局、このゲームは8-10で梁が取り切る。
いったいどこまで打ち合うんだ?と驚くほどの豪打VS豪打
第2ゲーム。チキータが決まり1-0から開始。チキータは小さなスイングではあるが、台上で「自分から振っていく技術」。ここでも張本は攻めてさえいれば噛み合う。
ここから、お互いの闘争本能がむき出しになる乱打戦が繰り広げられる。激しい打ち合いの中4-3とし、今度はバックミートの打ち合いとなる。梁のバックミートは強烈なドライブ性の回転も入ったもので、予選で対戦した黄の、フラットにラケットを当てて放ってくる「ザ・バックミート」とは似ているようで、違う破壊力がある。黄のバックミートは、油断すると下に落ちる。梁のバックミートは、受ける側のラケットを弾き飛ばすように、上に飛ぶ。ここでも張本が弾き飛ばされるような形になり4―4に追いつかれる。
終盤、張本がバックミートを振り切って、今度は梁のラケットを弾き飛ばすようにして9-5。台上ストップで10―8とするが、バック対バックで2本打ち負けて10-10のジュースに。最後はチキータを逆モーションでフォア側に打つアイデアプレーも飛び出した梁が10-12の逆転で勝利。
第3ゲーム。1-1から開始すると、張本はバックミートを待たずに前陣で強く弾く打ち方を披露。これがフォアにバックにと振り回す形で決まり2-1とする。こうなるとチキータとの連動も冴えわたり、強烈な“バナナ形状”のスイングが見られるようになる。これが決まって3-1。大きなラリーになると梁に分があったが、張本も必死に応戦する。
中盤では、張本が無理矢理回り込んだかのような位置から強烈なフォアドライブを放ったが、これを梁がカウンター。また火の出るような打撃戦の様相だ。もつれにもつれたこのゲームも、そのまま9-11で梁が取り切る。
第4ゲーム。サーブを出す位置をフォア側に変えるなど、工夫を重ねる張本。バックミートを押し込むように打って4-1とし、ここは主導権を握る。
その後は豪快に打ち合い、後陣からもバックを振ってくる梁の強烈な一打が決まる。5-2。7-2からはいったいどこまで打ち合うんだ?と驚くほどの豪打VS豪打。会場が湧いた。9-6からはバックミートのタイミングを張本が「しっかり合わせた」。10―6。
ここで一本、張本が滑ったかのようにバックミートを下に落とす場面が見られた。梁がバックミートを「黄のような純粋なミート性」に変えてきた。中国勢はこのボールを使ってくる。このあたりに、張本の次の課題が見えてくる。最後は打ち合いを制した張本が11-7で勝利。
ゲームカウントは1-3。
黄と同じ戦術を仕掛けてきた梁
迎えた第5ゲーム。素早い回り込みドライブを決めて1-0から開始。3球目攻撃をバックドライブで放つ張本。2本連続でしっかり振り切ると、これが決まり、3-3とする。
このゲームの中盤は、会場が再び湧く展開に。最程のVTRを見ているのかと思うようなシーンとなり、張本が思い切り回り込み、無理矢理に叩き込んだフォアドライブすらもカウンターしてしまう梁。4-5とリードを許す。
ここで張本はフォア側から小さいサーブ。これがモロにドナックルのサーブだった。こういう試合の終盤のサプライズサーブは、日本人選手が欲しかった技。梁は見事にこれに引っ掛かってしまい、大きく浮かすレシーブミス。技術力は決して負けていない。10-7と張本がリードする。
動き回る梁はここから、大きなスイングでのフォアドライブで応戦し10-8。サービスエースで10-9とすると、張本のチキータを待ってフォアドライブで打ち抜く。10-10と追いついてくる。
10-11からは、再びラリーの打ち合いに。お互いすべてをぶつけあう。張本が11-11に追いつく。しかし、この肝心な場面で、張本のバックハンドに痛恨のミス。これもまたネットミス。どうしてもこの大会、肝心なところでバックミートやブロックがネットにかかる。それでもこのゲームは、14-12で張本が勝利した。
第6ゲーム。上に弾む回転で、バックミートの打ち合いなら張本は負けない。2-0から開始。ストップの攻防になれば、これも張本の得意な展開。3-0とリードする。しかし壮絶なラリーの末に、梁がカーブドライブをバックに叩き込み3-3。追いつかれてしまう。
中盤。バックミート対バックミートの打ち合いで、ここでは梁がややドライブ性のボールで食い込ませてきて、張本がオーバーミス。4-6と突き放してくる。5-6からは、張本がバックミートをネットに落とし、5-7と突き放される。
同じバックミートでも、梁のバックミートは、先ほどまでの上に飛ぶドライブ性とは違い、ここでは“叩きつけるような”純粋なバックミート。だから下に落ちてしまう。黄と同じ戦術を仕掛けてきた。もしかすると、中国全体で、このボールが張本に効くと感じているのかもしれない。
結局、第6ゲームを7-11で張本を退け、大きな雄叫びをあげた梁がこの試合を制した。
ブロックに、さらなるバリエーションを
張本智和に見えてきた新しい課題。それはバックブロックの対応なのかもしれない。
中国のトップレベルの選手は、バックハンドだけでも、当然、チキータ、バックミート、バックドライブと、数種類の技術を使ってくる。
しかし、それ以上のものを見せてきたのが、今大会のアジアカップだった。
バックミート一つをとってもいくつかバリエーションがあり、通常のややドライブ性で上に弾むものの中に、回転を消したような、あえて純粋なバックミートを混ぜて、張本のネットミスを誘うシーンが目についた。
張本が自分から振りにいった際のバックハンドはいつも凄味がある。梁との壮絶な両ハンドの打ち合いラリーでも、一歩も引けを取っていない。
世界からのマークも厳しくなる中で、あとは、すべてに対応可能な完璧なバックブロックを身につけられれば。張本智和の調整力なら、それもやってのけてくれることだろう。
最強の中国勢に一歩も引かない戦いができている今、張本智和の世界制覇の瞬間は、あと少しで手の届く位置まできているのだから。
<了>
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