
新生なでしこジャパン、アメリカ戦で歴史的勝利の裏側。長野風花が見た“新スタイル”への挑戦
なでしこジャパンが、4カ国対抗戦「SheBelieves Cup(シービリーブスカップ)」で、オーストラリア、コロンビア、アメリカを下し、初タイトルを獲得した。アメリカには13年ぶりとなる歴史的勝利を飾り、ニルス・ニールセン新監督の新体制で最高の船出を果たした。内容面では、前線からのハイプレスと流動的なコンビネーションで、「ボールを保持し、攻守に主導権を握る」ニールセン新監督の目指すサッカーを体現。大会後、8位だった日本のFIFAランキングは、ワールドカップで準優勝した2015年以来となる5位にアップした。新体制となった今大会で、背番号10を背負ったのは、長野風花だ。今大会はインサードハーフやアンカーのポジションで全3試合に出場して攻守の核を担い、池田太前監督が率いたパリ五輪に続き、その重責を果たした。長野は、今大会の優勝の要因をどのように見るのか。初のチャレンジとなった前から追う守備や、背番号への思いについても話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
短期間でコンセプトを体現できた要因は?
――シービリーブスカップではオーストラリアに4-0、コロンビアに4-1、パリ五輪王者のアメリカに2−1で13年ぶりに勝利という素晴らしい結果で初優勝しました。改めて、率直な思いを聞かせてください。
長野:なでしこジャパンが新体制になり、新しい監督の下でスタッフも変わり、選手選考も変化する中でスタートした最初の大会でしたが、3試合に勝って大会を終えられたことはすごく良かったですし、最高のスタートが切れたんじゃないかと思います。
――表彰式の時に、長野選手がチームメートと楽しそうに踊るシーンが画面で抜かれていましたね。
長野:そのことで、試合後はいろんな人から連絡がきました(笑)。そんなふうに撮られているなんて1ミリも思っていなくて、カメラの存在にも気づかず(浜野)まいかとか(守屋)都弥さんとふざけていたら……。本当に恥ずかしかったです(苦笑)。
――ピッチで戦う姿とは対照的な陽気さと、雰囲気の良さが伝わってきました。パリ五輪では、強豪国と互角に戦いながらも、ボール保持率の低さという課題を突きつけられました。今大会は全試合でボール保持率とチャンスの数で相手を上回りました。さまざまな要素があると思いますが、その中でも何が特に大きかったと思いますか?
長野:いろいろな要素がうまく噛み合っていた感じはありますが、選手の距離感がよく、守備では前からしっかりプレッシャーをかけて制限しながら相手に蹴らせたところで後ろの選手が拾う形や、セカンドボールへの反応、そこからまた中盤を経由して攻撃につなげる形が多くありました。攻守がうまくつながったことが大きかったんじゃないかと思います。
――大会に向けた練習は3回ほどしかなく、準備期間が限られていた中でこれほどスムーズに連携が機能した理由はなんだったのですか?
長野:今までの代表での積み上げがあった中でのコンビネーションだったと思いますが、その中でも、今大会は全員が自信を持ってのびのびとチャレンジしながら、やりたいことを精一杯表現できたことが一番の理由だと思います。
――コロンビア戦ではカウンターを受けるシーンや、アメリカ戦では相手の時間帯もありました。そういう場面ではどのように修正をかけていたのですか?
長野:一人一人の選手がしっかりコミュニケーションを取って修正できていました。中盤は焦らずにプレーすることを徹底できていましたし、組織的に守りながら自分たちのボールを大切にして、前線はコンビネーションを生かしてフィニッシュまで持ち込むシーンがかなりありました。そこはすごくいい変化だったと思います。
2トップでの守備にチャレンジ「適応できた」
――長野選手は、オーストラリア戦とアメリカ戦で先発、コロンビア戦は後半から出場し、攻守の起点となりましたが、個人のパフォーマンスの手応えはいかがでしたか?
長野:以前の代表チームでは、ダブルボランチで守備的な位置でプレーすることが多かったので、今回は一つ高い位置でプレーすることが増えたのは大きな変化でした。守備では、前線で(田中)美南さんの隣で2トップのような形でプレッシャーをかけることもあり、攻撃でも高い位置でチャンスを作る場面がありました。普段とは違うポジションでプレーしたことは新しいチャレンジでしたし、すごく新鮮で楽しかったです。
――2トップで追う守備が、しっかり機能して攻撃への切り替えもスムーズでした。
長野:初めてでも問題なくやれたのは、美南さんや後ろの選手たちがしっかり声をかけてくれたことが大きかったです。私自身、いつもは前の選手に指示をする側ですが、最前線からボールを追う側になってみて、前の選手が後ろの選手にしてほしい指示が分かりました。
――リバプールでは守備的MFとしてプレーしていますが、今回前のポジションでプレーすることになったのはどのような経緯だったのですか?
長野:特に説明はなかったのですが、全体ミーティングの時に、話の流れで「守備の時は長野が前に出ていく」と、ニールセン監督が美南さんのマグネットの隣に私のマグネットを置いているのを見て、「私か!」と最初は驚きました。みんなも「え?」「風花が2トップだね」という空気にはなっていました(笑)。
――「複数ポジションができる」ことを求めるニールセン監督らしい抜擢だったのですね。オーストラリア戦では、高い位置からのファーストシュートが田中選手の先制点につながりました。
長野:シュートはダフってしまったんですが、美南さんがうまく反応して決めてくれたのでホッとしました。ちふれASエルフェン埼玉時代(現WEリーグ/2019年から2シーズン所属)の1年目にインサイドハーフでプレーした経験は大きかったですし、他にも映像を見たりして参考にしました。ただ、以前は前のポジションをやった時に戸惑うこともありました。今回も、試合が始まる前は正直「やばい、できるかな……」と不安もあったんです。でも、いざピッチに入ったら迷いなくプレーできました。
縁の下でチームを支える10番「誰よりもハードワークできる選手でいたい」
――3試合を通じて、中盤で長野選手と長谷川唯選手が中盤でプレスバックしてボールを奪うシーンも目につきましたが、個人的に印象に残る場面は?
長野:守備では、2トップで(田中)美南さんと一緒に前からプレッシャーをかけていくところは、結構良かったんじゃないかな?と思います。アメリカの10番のリンジー・ヒープス選手は以前にも対戦していますが、今回も中盤でマッチアップして「やっぱり強いな」と思いました。ただ、ボールを奪えなくてもプレーを制限できる部分はあったので、もっとその力強さや、相手のプレーについていく力は磨きたいと思いましたね。
――アメリカ戦は13年ぶりの歴史的勝利を挙げました。
長野:これまでの歴史を見ても、アメリカに勝てたことは本当に少ない(*)中で、自分たちのサッカーをしっかりと表現して勝てた喜びは格別でした。ただ、オーストラリア戦、コロンビア戦と違って、やっぱりアメリカは強烈だなと改めて思わされる試合でもありました。パリ五輪の時と比べて、アメリカはベストなメンバーではなく、それでもゴールに向かってくる鋭さや個々のスキルを改めて見せつけられたので、私もさらに成長しないといけないなと思わされました。
(*)過去40回の対戦で勝利は2012年以来2度目
――池田太前監督の時からつけてきた背番号10を、ニールセン監督新体制の初陣となったシービリーブスカップでもつけました。この背番号を受け取った時の気持ちや、思いの変化があれば教えてください。
長野:ニールセン監督から何かを言われたわけではなく、今回も10番をつけさせてもらうことになりました。これから先のことはまだわからないですが、10番の重みはいつも感じながらプレーしています。これまでも、その重みについては、自分なりにこれまでも試行錯誤してきました。「頑張る」のは当たり前ですが、ピッチ上で一番戦えて、ハードワークできる10番でいたいですね。私は派手なプレーをするわけではないですし、「誰よりも頑張る」部分を取ったら何も残らなくなってしまうと思います。だからこそ、いつも強い気持ちを持ってプレーしているし、泥臭くてもどんな形でもチームの勝利に貢献するプレーをし続けたいなと今大会では改めて思いました。
【連載中編】なでしこJにニールセン新監督が授けた自信。「ミスをしないのは、チャレンジしていないということ」長野風花が語る変化
【連載後編】リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
<了>
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[PROFILE]
長野風花(ながの・ふうか)
1999年3月9日生まれ、東京都出身。女子サッカーのイングランド1部(女子スーパーリーグ)・リバプール・ウィメン所属。三菱重工浦和レッズレディースのジュニアユース、ユースを経て、2014年にトップチームに昇格。豊富な運動量と的確なポジショニング、広い視野を持ち柔らかいタッチから繰り出される決定的なパスで味方を生かす。2014年FIFA U-17女子ワールドカップ優勝、16年の同大会で準優勝(大会MVP受賞)、18年FIFA U-20女子ワールドカップ優勝などの実績を持ち、19歳でなでしこジャパンに初選出された。韓国の仁川現代製鉄、アメリカのノースカロライナ・カレッジ、そしてイングランドのリバプールと海外挑戦を続けながら成長し、23年FIFA女子ワールドカップと24年パリ五輪では10番を背負った。24年末に就任したニルス・ニールセン新監督の下で臨んだ今年2月のシービリーブスカップでも同背番号を背負い、優勝に貢献した。
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