
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2024年12月10日。スポーツ庁と文化庁の有識者会議にて、部活動の「地域移行」が「地域展開」と名称を変更することが発表された。これにより、これまでの「部活動を完全に地域に移す」という形ではなく「従来の学校をベースにして、地域の力も連携して借りていく」といった方向に舵を切ることになる。全国の都道府県で各地域の特色に見合った準備が進むなか、では、教員側から見たこの「地域展開」はどのように映っているのだろうか。北海道中学卓球を代表する監督、あいの里東中学校の久保村泰輔教諭が語る「地域展開の行方」とは。
(文=本島修司、写真提供=久保村泰輔)
卓球専門雑誌にも登場する名将の視点
フレーズが「地域移行」でも「地域展開」でも、スポーツ庁と文化庁が取り組む公立中学校の部活動と地域との連携を高めようという一連の動きには、「教員の負担を減らす」という意味が込められていた。
多くの教員が部活動の顧問を担当することを「負担である」と感じている一方で、部活に教員生活のやりがいを見出している者も多い。
そんな熱い思いを持った教員の一人、北海道あいの里東中学校の久保村泰輔教諭。顧問として率いる卓球部を中学校から卓球を始めた選手のみで3度の全国大会出場へ導いた実績を持ち、卓球専門雑誌『卓球王国』でも取り上げられているこの人物も「部活の顧問であること」に魅了され続けている監督だ。 地域展開が求められる今、久保村教諭は未来の部活動をどんな視点で見つめているのか。
部活は単なる『スポーツ』ではなく『教育』の一環
まず、「地域移行」から「地域展開」に呼称が変更された中学校の部活動の行方について、久保村教諭に率直な思いをうかがった。
すると、「あくまで一人の公立中学校の教諭という立場でとなります」と前置きした上で、躊躇なく「部活はスポーツを学ぶだけではなく、スポーツを通して人生を学ぶ教育の一環だと思っています」という答えが返ってきた。
これは今まさに、全国の中学生の子を持つ親たちが最も気にしているところ。誰だかわからない大人にスポーツを習う不安に比べると、「学校で」「教員が」というこれまでの部活には絶対的な安心感があった。その上でこうも語ってくれた。
「私はスポーツクラブやスクールは好きなほうです。そこで卓球を習うことも肯定しています。ただし、これまでに長い歴史の中で日本の教育文化として部活動が担ってきた役割をスポーツクラブやスクールですべて担うことは難しいと考えています」と熱を込めて話す。
まさにその通りだろう。日本の義務教育に根づいてきた「部活動」というものは、一朝一夕に土台から作り直せるものではない。
競技人口が減る。そんな心配も口にする。
「もし、ある一校の部活動をまるまる一つ、地域のどこかのクラブやスクールへ丸投げで移行すると、『移動』や『費用』の面もあるので、卓球をやる子は確実に減ると思います。」
そして、こう続けた。
「今、日本卓球協会に選手登録している競技人口は全国で約30万人です。そのうち約半分が中学生です。彼らの多くは、全国大会を目指す中学生ではありません。いわゆる「普通に部活動をしたい」という子です。その大部分を占める競技人口が減るはずと感じます。そのことは、近未来、ほんの数年後の卓球の競技人口を大きく減らすことになるはずです」
卓球という一競技だけを見ても、こうした問題点が浮かび上がってくる。
「熱量のある教員」と「負担になっている教員」を分けるべき
「部活をやりたい教員は今も意外といるんです。これから教員を志望する20代の方にもいます」と久保村教諭は言う。
その一方で、「部活が苦痛になっている教員もたくさんいます。彼らは救わなければいけない」と続ける。やはりこの現実も大きい。どこでつじつま合わせを行うべきか。
この点において久保村教諭は、最大のポイントとして「選択肢を多く作ること」を挙げた。
教員が「やる・やらない」を自分で選べる。親も子も「やる・やらない・どのくらいまでやる」を自分で選べる。それがベストだと言う。
そして「私は、いち早く『部活動をやめません宣言』をした熊本市の形がベストだと思います」とした。
2024年3月、熊本市は「地域移行」ではなく「地域連携」を行うと決めた。具体的には、部活の指導は希望する教員のみが担当をする。希望しない教員はやらなくてもよい。
その上で足りない部分は地域に委託していく。この形を2027年開始予定とし、時給は1600円で検討されているという。極めてシンプルでわかりやすい。
この決定は、当然のように「部活は学校で」と決めたことになる。
ただ、一見当然のようでも、当初は地域にすべてを委ねようとしていた国の方針とは逆の方向性であり、例えば「部活全面廃止」を決めた神戸市などとは真逆の方針と言える。
しかし、いきなりこの決定に踏み切った熊本市のやり方は、とても理に適っている。さすがは、2020年、初めてのコロナ禍の中、日本中の先陣を切ってオンライン授業の整備を行った熊本市教育委員会だ。
熊本市が独自に行った教員へのアンケートでは「部活動を指導したい」と答えた教員が42%いるという。これは、久保村教諭が言う「部活動をやりたい教員は今も意外といるんです」という言葉と噛み合う。
そして「部活は単なるスポーツではなく教育です」言葉とも噛み合う。
やはり、部活のベースとなるのは学校であるべきなのかもしれない。その上で、地域がそれを支えるような「選択肢」として存在するべきではないか。
では、受け皿となる“地域側”は、どんな「選択肢」として存在するべきなのか。
部活プラスアルファの名脇役“地域側”の試み
北海道の卓球競技では、その“地域側”も存在感がある。
道内各地の卓球スクールが独自のスタイルを打ち出し、部活に入らなかった子どもたちをも支えている。勝利至上主義や、スポーツの指導だけではない「教育の一環」として自覚ある活動が目立つ。
札幌から車で約1時間。空知地方初の卓球スクールとして2016年に誕生した「リバイバルスクール」の取り組みもその一つ。
この卓球スクールでは、大人のコーチは本業を必ず開示する。大学生コーチの多くは教員免許取得見込み者で固める。これにより、大学生は指導自体が「ガクチカ」となり、子どもたちは「教員のタマゴから卓球を教わる教育の場」となる仕組みが作られている。
札幌から車で5時間ほど、道東の北見市には「北見卓球スクール」がある。
ここは北海道初の卓球スクールとして2014年に誕生した。2023年には中体連に中学生がクラブ名義で参加できる制度を真っ先に活用した。当時の教え子が中学校の部活動に入らず、北見卓球スクールだけで練習を重ねて出場した。
桑島圭コーチは「当時、親御さんとは何度も丁寧に話し合いを重ねました。その上で部活に入らないことを決めて練習を組みました。向き合い方次第で部活に入らない生徒も育てられる。その先駆けである自負があります」と語る。
教え子は、その後名門の私立高校へ進学。2024年にはジュニアの部の北海道代表になり活躍している。心身ともに成長した姿が何よりの喜びだと言う。
これらのクラブやスクールが「部活に入っていない中学生」や「部活プラスアルファを求める中学生」の受け入れ先となること。これが地域側の「役目」であり「選択肢」になるはず。
「地域展開」という言葉がクローズアップされる以前から“受け皿”として機能してきたスポーツスクール。彼らはこれからも学校の部活を支える、縁の下の力持ちとなるだろう。
学校生活の充実のためにある部活。皆に選択肢を
地域展開の課題やポイントはやはり「皆に選択肢があること」ではないか。
常に上を目指してレベルの高い指導を求める中学生。趣味の延長線上で運動をしたい中学生。その両方を受け入れることができたのがこれまでの部活動だった。これからもそうであるべきだろう。
そして、久保村教諭が求めている「教員にも選択肢があるべき」という言葉。これは、労働時間に悩まされる全国の教員にとって放置すべきではない問題点だ。
熱意ある教員と、親御さんの安心を意識するスポーツスクールが、時には良い“接点”を模索してタッグを組んだり、時にはどちらかに合わなかった子どもの受け皿になれること。そうすれば、各地域に「教員側、親子側、どちらにも選択肢がある状況」ができる。
絶対的な正解はないなかで、これが「答えの一つ」のように思える。
もちろん全国的な教員不足の現状に加え、「費用」や「送迎」など、課題も多く残っている。
それでも、こうした「未来の部活」の実現に向けた取り組みが、北海道地方の一競技の例だけを見ても活発な動きを見せている。
その先にあるのは、子どもたちの笑顔でなければいけない。改革はまだ始まったばかりだ。
久保村教諭は、インタビューの最後にこんな言葉を残した。
「24歳から教師をやって、42歳になります。勝利至上主義は絶対にいけません。ですが、小さな目標でもいい、勝利を目指すなかにこそ学びがあるものです。常にそういう部活を目指してきました。卓球の目標も大切ですが、人生の目標も大切です。人の目標はみんな同じだと思っています。それは『幸せになること』です。出会ってきた選手たちが幸せな人生を送るために、ほんの少しでもお手伝いができれば……といつも思っています。そして、私はというと、素晴らしい選手と保護者に囲まれ、日本で一番幸せな監督です」
教員の矜持と、「部活の先生」である誇りが、この言葉の中で輝いている。
<了>
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