「プロでも赤字は100万単位」ウインドサーフィン“稼げない”現実を変える、22歳の若きプロの挑戦

Career
2025.05.29

高校時代は線の細い少年だった。そこから18キロの増量を経て、得意のコーナリングを武器にプロの世界へ。22歳のプロウインドサーファー金上颯大は、自身の競技力と環境を整える一方で、未来の世代に希望を届ける“モデルケース”となるべく、誰も歩んでこなかった「デュアルキャリア」の道を切り拓こうとしている。競技人口の減少、道具代や遠征費の高騰、賞金ゼロの大会――「プロでも赤字100万単位」という現実の中でもがきながら、夢を諦めずに挑み続ける挑戦に迫った。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=金上颯大)

18キロ増量の裏側。トップ選手に求められる肉体改造

――ウィンドサーフィンのトップアスリートに求められるのはどのような資質ですか?

金上:まず身体面で言うと、全身の筋肉が必要です。僕は高校時代はフィジカルが弱かったのですが、大学時代に全身を鍛え、体重を18キロ増やしました。特に腹筋は、いくらあっても困りません。脂肪も含めて増量しているので、腹筋がバキバキに割れているわけではないですが、芯はすごく硬く、パワフルな動きができます。

――体重は重いほうが有利なんですか?

金上: スラロームなどのレース種目では、体重が重いほうが有利と言われています。僕は80キロですが、それでも軽いほうですね。

――筋肉と脂肪を含めて18キロも、どうやって増やしたんですか?

金上:最初は脂肪中心で増やしたんですが、動きが鈍くなってしまって「これはマズい」と思いました。ウインドサーフィンは道具が多く、準備や片づけも大変なんです。その脂肪だらけの体で試合前の準備をすると、それだけで汗だくになって疲れてしまい、試合どころじゃなかったんです(苦笑)。そこで大学3年生の時に、食事に気を遣いながらトレーニングし直して、体重はそのままに脂肪だけを落としました。サポートしていただいているファンズアスリートクラブ様との縁もあり、フィジカルトレーニングの拠点は川崎に置いています。そこで専属のトレーナーさんに鍛え方や食べ方などを聞きながら、トライアンドエラーを重ねて今の体重に落ち着いています。

――体を変えようと思ったきっかけは?

金上:プロ1年目、スピード勝負で勝てなかった時に「この体じゃダメだ」と気づきました。僕の強みは「ジャイブ」というコーナリングです。逆に、スピード勝負は苦手です。ウインドサーフィン業界の方にも「ジャイブが一番の強み」と評価されることが多く、僕はジャイブ1本でプロになったと言っても過言ではないくらいです。でも、プロの世界ではそれだけでは通用しないと痛感して、プロ2年目から肉体改造を始めました。

道具代だけで赤字? 年間100万円超の現実と苦悩

――プロとして、どうやって生計を立てているのですか?

金上:「プロ」というとウインドサーフィンだけで生活しているの?とよく聞かれるのですが、残念ながらそうではありません。ウインドサーフィンの「プロ」は確かに一流の実力を持っていますが、それをお金に変えることができていないのが現状です。僕自身は柔道などの「黒帯」のような感覚で捉えています。

そのため、大会の参加費や海外遠征費は基本的に自費です。世界選手権に出たくても、資金の面が大きなハードルになります。道具も高価で、たとえばセイル1枚が約25万円します。僕はメーカーとスポンサー契約をしているので、一部提供していただいたり、割引価格で購入できていますが、それでも1枚12〜13万円はかかります。しかも競技となると、種目ごとに複数セットが必要です。フィンスラロームでは4〜5枚、フォイルスラロームでは5枚のセイルが必要で、全部揃えようとすると、9〜10枚を毎年更新する必要があります。

――合計すると……?

金上:100万円近い資金が必要になります。しかもこれはセイルに限った話です。他にも、水に沈めて使うフォイルは性能の差が大きくて、どんなに素晴らしい選手でも、性能の悪いフォイルでは勝てません。そして、道具の進化がものすごく早いので、昨年敵なしだったフォイルも今年は時代遅れ、なんてこともあります。最新鋭のフォイルを買うには150万近い出費を伴います。現状ではとてもついていけません。

――プロ選手として勝てる道具を揃えるには、初期投資だけで数百万円かかるのですね。

金上:そうです。中にはすべて支給されている選手もいますし、プロといっても人それぞれです。ただ、僕はプロ4年目で道具もそれなりに揃っていますが、それでも1年ごとの更新でこれだけ費用がかかります。昨年は3種目に出場するために国内でも遠征費がかなりかかりました。

――ボードやセイルの輸送も大変ですよね。

金上:飛行機だとオーバーチャージがすごいことになりますし、電車では運べないので、車に積んで行きます。長距離だと高速代も高くつきますし、船で運ぶ場合も費用が高く、結局赤字になってしまいます。

――賞金やスポンサーフィーではカバーできないのでしょうか?

金上:いくつかの企業にスポンサードしていただいているおかげで続けられていますが、黒字には届きません。現在は日本ウインドサーフィン協会自体が資金難で、基本的にプロの大会では賞金が出ないんです。

若手が続けられる環境づくりへ。模索する「アスリート社員」への道

――趣味ならまだしも、プロとしては夢を持ちにくい環境ですね。ほかの選手はどうやって競技に集中できる環境をつくっているのですか?

金上:自らメーカーを立ち上げたり、ウインドサーフィン関連の会社の社員として働きながら道具面で融通を利かせてプロ活動を続けている選手は多いです。インストラクターをしながら大会に出る選手もいます。僕がプロに憧れたのも、そういうインストラクターさんの影響でした。他にも、アルバイトで生活を支えながら試合に出ている人や、サラリーマンとして働きながら土日に練習・試合に出る選手もいます。大きく分けてその4パターンですね。

――金上さんが目指す「理想のプロ像」とは?

金上:僕が今模索しているのは、「一般企業のアスリート社員として競技を続けていく」という選択肢です。それを、先ほどの4つに加える5つ目のパターンにしたいと考えています。僕が所属するビーチスポーツコミュニティ「BAL BEACH」には働きながら競技を続けるという経験をされた方がいて、そういった背景から、ウインドサーフィンにもそれを持ち込めないかと考えました。

 ウインドサーフィンの歴史の中で、オリンピックセーリング種目以外でアスリート社員として活動している選手はいません。だからこそ、その第一人者になりたいと思い、自分で営業活動もしていますが、なかなかうまくいかず……。大学卒業から時間がかかってしまっているのが現状です。今も企業へのアプローチは続けているのでなんとか実現したいです。そして、仕事と競技を両立しながらトップレベルの成績を残せるウインドサーフィンのプロ選手のモデルを示していきたいです。

――普及という観点で、ご自身の活動や挑戦をどの層にどう伝え、アプローチしていきたいですか?

金上:現在、トップレベルで活躍している選手の多くは、ショップのオーナーかプロ選手の親を持っています。僕のように一般家庭出身で、コネもない選手が「デュアルキャリア」の道を確立できれば、他のジュニアやユースの選手も「自分にもできる」と夢を持てると思います。中高生や大学生がプロを目指すようになれば、大学卒業後にプロ資格を取る選手も増え、減少傾向にある競技人口も増えていくのではないかと思います。

――競技人口が減少している要因はどのようなところにあるのですか?

金上:日本のウインドサーフィン界は深刻な少子高齢化が起きています。長年ベテラン選手ばかりで若手がいないという問題がずっと指摘されていて、数年後には上の世代の選手たちの引退ラッシュで競技人口が激減する恐れがあります。だからこそ、まずは僕の周囲の同世代や下の世代をどんどん引っ張り上げて、大会での若手の割合を増やしていきたいです。その過程で、ウインドサーフィンに対するポジティブなイメージをどんどん発信していきたいですね。

――モデルケースとして、その先陣を切っていきたいという使命感も原動力になっているのでしょうか。

金上:そうですね。世界大会などで単発で活躍することは、選手個人の才能や努力次第でできることだと思います。でも、それだけではその選手が引退した後に何も残りません。だからこそ僕は自分が活躍するだけでなく、次世代の選手が自由に競技を続けて世界で活躍できるような環境を整えていきたい。続けやすいレースを作り、若手選手を増やしたいと思っています。

「勝利」と「継続」の両立へ

――今シーズンの目標を教えてください。

金上:「フィンスラローム」「フォイルスラローム」「フォイルフォーミュラ」の3種目すべてで、日本のプロランキングトップ3に入ることが目標です。もう一つは、成績を残しながら赤字を出さずに活動すること。そのためにスポンサーを獲得し、資金の運用や管理も行いながら、大会に出て結果を出す。そのサイクルを作りたいです。余裕が出てきたら、設備への投資や海外遠征にもチャレンジしたいです。そのためにも、スポンサー募集中です!

――世界大会で結果を残せば、よりハイレベルな大会にも出場できるようになりますね。

金上:もちろん、そこも目指しています。世界での経験を生かして、僕のモデルケースを目指す子どもたちを海外に連れて行きたいんです。

――指導者としてのビジョンも?

金上:将来的には「選手兼指導者」という形で続けていきたいです。僕が海外のレースに慣れていけば、海外を目指す子どもたちにも経験を伝えられると思いますから。僕が引退した後も、その子たちが次の世代を引っ張っていけるようなサイクルをつくれたらいいなと思っています。

 これまでウインドサーフィンのレースの世界には、そうしたサイクルがなかったので、将来を見据えた仕組みづくりにおいて、自分がその“歯車”になれたらと思っています。

【連載前編】最高時速103キロ“海上のF1”。ウインドサーフィン・金上颯大の鎌倉で始まった日々「その“音”を聞くためにやっている」

【連載中編】風を読み、海を制す。プロウインドサーファー・金上颯大が語る競技の魅力「70代を超えても楽しめる」

<了>

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[PROFILE]
金上颯大(かながみ・そうた)
2002年8月14日生まれ、神奈川県出身。プロウインドサーファー。セブンシーズ所属。両親の影響で5歳の頃に鎌倉でウインドサーフィンを始め、高校3年生でプロ資格を取得。2024年度JWAフォイルフォーミュラ・プロツアーで年間ランキング1位を獲得。国内大会で好成績を収めながら、ワールドカップでの好順位獲得を目指している。今年、明治学院大学を卒業。アスリート社員とプロウインドサーファーのデュアルキャリアを模索し、競技普及やジュニア・ユース世代の育成にも力を注いでいくことを目標に活動している。

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