雪不足、酷暑…今世紀末にはスポーツが消滅する? 気候変動危機にJリーグ×日本財団が示した道筋

PR
2025.06.05

5月9日、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)は、60年以上にわたり社会課題解決に取り組んできた日本財団と『サステナビリティ領域における連携協定』を締結し、都内で記者会見を開いた。この連携は、日本財団の海洋、国際、子ども、災害、障害、社会など広範な活動領域と、Jリーグが進めるサステナビリティ推進事業の3つのテーマ「気候アクション」「インクルーシブ社会の実現」「地域コミュニティの醸成」の共通項について、中長期的な視点で継続的に協力していくことを目的としている。

協定の第一弾として取り組まれるのが、「PLANET/気候アクション」の領域だ。雪不足による大会のキャンセル、酷暑によるパフォーマンスの低下や熱中症などのリスク、ゲリラ豪雨や水害など、気候変動は、もはや遠い未来や他国の問題ではなく、日本のスポーツ界に直接的な打撃を与えている。今世紀末の2100年には、世界の平均気温が産業革命前との比較で4度上昇するという試算もある中、日本でも年間数百日が暑くてスポーツどころではない環境になるとされている。

「夏の甲子園」や「インターハイ」などは“暑さの中でこそ意味がある”という声も根強いが、近年の気候変動はすでに選手たちの生命を脅かすレベルに達しつつある。スポーツそのもの、そしてそれを支える社会を持続可能なものとして未来につないでいくために、いまスポーツ界が果たすべき役割とは何か。その問いへの解答の一つになるかもしれない、Jリーグと日本財団の連携について詳しく見ていく。

(文=大塚一樹、撮影=松岡健三郎)

アスリートたちが肌で感じる気候変動の危機

「雪がないと競技自体ができないので」

『サステナビリティ領域における連携協定』締結の会見後に行われたパネルディスカッションでは、トップ選手として世界を舞台に戦う髙梨沙羅が、そもそもの競技環境を自然に委ねるスノースポーツの窮状を訴えた。今シーズンのように地域によっては大雪のシーズンもあるが、スキージャンプの本場、北欧でも雪不足は深刻だという。

同じくパネルディスカッションに参加したJリーグ特任理事を務める元日本代表MFの中村憲剛は、「命にかかわるレベル」と、近年の気温上昇に警鐘を鳴らした。2020年に現役を退いた中村憲剛は、当時からすでに「選手生命を削ってトレーニングや試合をしていた」と語っているが、指導者として子どものサッカーに関わる際などには、自分が体感したことのない暑さ、危険を感じると話す。

元ラグビー日本代表の五郎丸歩も、「十分なケア体制がない子どもたちのスポーツ環境はよりいっそう過酷」と、警鐘を鳴らし、「このままでは親が子どもにスポーツをさせない選択をする可能性もある」と、気候変動が間接的にあらゆるスポーツの競技人口の大幅減につながる危機についても示唆した。

日本財団とJリーグの連携は何をもたらすのか?

競技の最前線で戦ってきたトップアスリートたちが、肌で感じる気候変動の「危機」を生々しく語る「待ったなし」の状況に対し、スポーツ界は何ができるのか?

発足から「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」を掲げ、各クラブの地域におけるサステナビリティ領域での取り組み、活動を推進してきたJリーグが、60年以上にわたりNPOなどへの資金助成や社会課題解決を実践してきた知見とネットワークを持つ日本財団と連携することで、サステナブルな社会づくりを推進していくのが今回の『サステナビリティ領域における連携協定』締結の意義だ。

Jリーグがこの協定を受けて最初に取り組むのが、気候アクション領域の取り組み。締結会見に臨んだ野々村芳和Jリーグチェアマンは、「気候がサッカーのプレーに与える影響の深刻さ」について触れ、「根本的に気候変動を食い止めるために何ができるか、サッカー界として本気で取り組む」「今回の日本財団との連携は、その本気度を示す大きな一歩」と力強く語った。

Jリーグでは2023年から年間約1200試合の電力由来CO2排出量を実質ゼロにする「Jリーグ気候アクション」に取り組んでいる。今回の協定締結では、さらにこれを進めて、サッカークラブの気候変動対策の取り組みを数値化・可視化する国際的なイニシアチブ「Sport Positive Leagues(SPL)」へ参画する。

SPLは、2019年にイングランド・プレミアリーグのクラブを対象に始まった試みで、試合会場や施設のエネルギー効率、再生可能エネルギーの利用、リサイクルや廃棄物削減、ファンや選手の移動に伴うCO2排出量の管理、ホームタウンとの連携、選手などへの環境教育の推進など、気候変動対策にとって重要な12項目の取り組み状況を評価対象とする「サッカーのプレー、勝ち点ではない社会貢献度を測る試み」として大きな注目を集めている。現在ではプレミアの下部リーグであるEFLだけでなく、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグ・アンなど、欧州の主要リーグに拡大している。

Jリーグでは、日本財団からの助成金を元に、2025年度は各クラブ向けに上限400万円の助成金新設、気候アクション計画の策定や具体的な活動に活用し、その効果を可視化していく。

相対評価で競い合うことが目的ではないが、取り組みがポイントで可視化されることで、先進的な取り組み、気候変動に寄与する地道な施策にスポットライトが当たり、スポーツクラブの「勝敗以外のクラブの価値」にも注目が集まるのは、画期的な試みといえる。

「被害者」であると同時に「加害者」でもあるスポーツ界の責任

会見には、気候科学者である東京大学未来ビジョン研究センターの江守正多教授も登壇し、気候変動の科学的根拠や将来予測について解説した。地球温暖化予測研究の第一人者である江守教授は、「気候変動の解説のおじさん」と自称し、さまざまな機会で気候変動の危機について広く知らせる活動を行っている。

気候変動問題や環境問題における取り組みは、経済格差や発展の段階などに加え、アメリカの政権交代による方針転換、世界の足並みが揃っているとは言いがたい状況だが、江守教授は「人間の影響による世界的な温暖化は『疑う余地がない』 というのが現在の科学の結論。今後の気温上昇によるスポーツへの影響。例えば、降雪地帯の減少や少雪、酷暑や大雨などはさらに深刻度を増すと警鐘を鳴らす。

さらに江守教授は、環境の変化という面では、スポーツは気候変動の “被害者”と言えるが、同時に「加害者の側面もある」と指摘した。

何らかの経済活動が行われれば、エネルギーが使われるのは当たり前。スタジアムに人が集まれば、それだけ多くのエネルギーを消費することになるし、選手、ファン・サポーターの移動など、スポーツ活動が行われれば、環境に負荷をかけることになる。

気候変動の“被害者”としてでなく、“加害者 ”、もっといえば “当事者”として、解決策を探り、その当事者意識を、アスリートやクラブだけでなく、ファンやサポーター、スポーツに関わるすべての人に広げていくことが大切だと江守教授は語った。

中村、髙梨、五郎丸が語るサステナブルな取り組みへの意義と期待

3人のアスリートを迎えたパネルディスカッションでは、アスリートたちが自身の活動や今回の連携への期待を具体的に語る場面も見られた。

Jリーグの一員として、またとりわけ地域社会活動に熱心に取り組んできた川崎フロンターレの一員として、ピッチ外での活動の重要性を実感してきた中村は、自身の活動が自然にSDGsになり、サステナブルな取り組みと言われるようになった経験を語った。

「初めは社会貢献とも思っていなかったし、SDGsという言葉もなかった。試合を見てもらうため、クラブに注目してもらうため、地域とつながるための活動が、いつからかJリーグの社会連携活動(シャレン!Jリーグ社会連携)や今回の連携協定、SPL参画に自然につながっていった気がする」

行動を起こすきっかけはそれぞれ違っても、「誰かが声をあげないと何も動かない」ことを実感してきた中村は、Jリーグが主導して行う今回の取り組みに大きな期待を寄せているという。

自らが向き合う競技ができなくなるかもしれない。

そんな切実な不安に直面している髙梨も、「環境問題を自分ごとにしてできることから始めることが大切」と、雪山や自然環境を守るため、自らが発起人となって「JUMP for The Earth PROJECT」を立ち上げ、自然保護に取り組んでいる。

日本財団が主催し、アスリートが中心になって社会問題解決を推進するHEROs事業において、2024年3月に立ち上がったスポーツ界横断のプロジェクト『HEROs PLEDGE』では、髙梨も気候変動をはじめとするサステナブル文脈の社会問題とその解決施策、さまざまな取り組みについて学ぶ機会を得ている。

「大会の会場などでも日本では、自販機でペットボトルを買うのが当たり前ですが、マイボトルを持っていってウォーターサーバーから給水できるようになればプラスチックゴミを減らすことができます。そういう取り組みを、HEROs PLEDGEなどを通じて学びながらやっています」

同じくHEROs PLEDGEの活動に参加する五郎丸は、子どもたちのプレー環境に目を向けると同時に、気候変動への問題意識、知識や理解を深めることでの行動変容の重要性も痛感しているという。

「パリにも視察に行かせてもらいましたが、IOC(国際オリンピック委員会)やIPC(国際パラリンピック委員会)、各競技団体やリーグ全体での大規模な取り組みや仕組みづくりの重要性を感じました。そうした大きい部分を変えていくためにも、子どもたちに社会問題を“自分ごと”としてとらえてもらう場が必要だと感じています」

2021年の現役引退後は、静岡県磐田市を拠点に、EXILEのAKIRA氏と共同で、地域振興を目的とした一般社団法人「Future Innovation Lab」を設立、11月に開催を予定している「Iwata Seaside DREAM Fes 2025」では、スポーツと音楽を軸にしながら、環境問題のインプットについてのセクションを用意している。

「スポーツとか音楽、今回取り組むダンスは、子どもたちにとっても入っていきやすいと思うんです。でも環境問題とか気候変動と言われると、やはり一度聞いただけではなかなかわからない。そこで、イベントなどで、インプットの場を設けたり、協賛企業さんの協力を受けて、さまざまな機会をつくって子どもたちが学び、学んだことをアウトプットできるチャンスを提供しようと準備しているところです」

それぞれに独自の取り組みをしている3人だが、JリーグがSPLのような指標を取り入れ、リーグとして明確に気候変動アクションを起こすことを決めたのは、今後、他競技、リーグへの横展開も含めて、画期的な試みだと声を揃える。

「より良い世界」をつくるためにスポーツができること

江守教授によると、2025年現在でも、1カ月の平均気温が産業革命前に比べて1.5度上昇している月もあり、対策を積極的に推進しなければ今世紀末の2100年には、全世界で4度気温が上昇する可能性があると言う。

たかが4度と思うかもしれないが、4度気温が上昇すれば、これまでの通り作物を育てることも困難になり、水資源も深刻な影響を受ける。干ばつや水不足、熱波によって人命が失われる地域やケースも急増し、熱中症や感染症のリスクも高まる。海面上昇によって沿岸部の都市が浸水し、数百万人単位での気候難民が生まれる可能性も指摘されている。

コロナ禍で、あらゆるスポーツ活動が停止したとき、「スポーツどころではない」と、地球上からほんの一瞬、スポーツが消滅した期間があったが、気候が変動すれば、スポーツは命がけで行うもの、子どもたちにとっては過剰で不必要なものになりかねない。

“被害者”であり“加害者”、絶対的“当事者”として、スポーツ界に何ができるか?

Jリーグと日本財団の取り組みは、全国に60あるすべてのクラブで始められる。各クラブ、そこに所属する選手たちが、普段応援してくれる、支えてくれる地域を巻き込み、正しい知識、理解の促進、行動変容を起こせたとしたら? 今回のパネルディスカッションに参加した3人のように、気候変動を“自分ごと”として一歩踏み出すアクションを起こす、影響力を持ったアスリートが増えたら?

Jリーグと日本財団の『サステナビリティ領域における連携協定』は、スポーツ界のサステナビリティ領域へのアプローチのロールモデルとなれるか? 2100年、現在のように、スポーツを観て、プレーして楽しめる未来をつくるための転換点は“いま”かもしれない。

<了>

■HEROs Sportsmanship for the future
“HEROs Sportsmanship for the future”は、アスリート達の社会貢献活動を推進することで、スポーツでつながる多くの人の関心や行動を生み出し、社会課題解決の輪を広げるための日本財団の事業です。共感と行動の輪を広げ、社会課題解決に取り組む人を増やし、社会貢献活動を行うことが世の中の当たり前になっていくことを目指すプラットフォームです。24年3月には、海洋ごみ問題や気候変動といった地球規模の環境問題の一因である使い捨てプラスチックごみの削減にスポーツ界が一体となって取り組む「HEROs PLEDGE」を始動し、主要なスポーツの興行における使い捨てプラスチックごみ半減を目標に活動しています。

→HEROs HPは【こちら】 https://sportsmanship-heros.jp
→HEROs PLEDGE HPは【こちら】 https://www.heros-pledge.jp

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事