
ラグビー・リーグワン2連覇はいかにして成し遂げられたのか? 東芝ブレイブルーパス東京、戴冠の裏にある成長の物語
6月1日に行われたジャパンラグビー リーグワン2024-25プレーオフトーナメント決勝。18-13でクボタスピアーズ船橋・東京ベイを退けた東芝ブレイブルーパス東京がリーグワン初の2連覇を達成した。ではその勝利の背景にはどのような要因があったのだろうか?
(文=向風見也、写真=千葉 格/アフロ)
モウンガが語るチーム愛「東芝が好き。チーム全体で…」
勝ち続けるには理由がある。
ジャパンラグビー リーグワン発足から4季目で初の連覇を達成したのは東芝ブレイブルーパス東京。旧トップリーグ時代に5度優勝の古豪である。責任企業の経営不振が報じられ人材確保が難しくなった時期を乗り越え、新たな絶頂期を味わっている。
「お祝いです。まったく、寝ていません!」
6月2日、都内ホテルでこう微笑むのはリッチー・モウンガ。ニュージーランド代表56キャップで加入2年目である。この午後はリーグ主催のアワードに参加し、2季連続のMVPを受賞していた。
前日は東京・国立競技場でのプレーオフ決勝戦を制し、祝杯をあげただけに、「ここ(会場)までどうやって来たかも覚えていない」。ファイナルでは準決勝で右手を骨折しながらの強行出場で、超ド級のランで自らのフィニッシュを含む2トライを演出している。それでもなお、自分の手柄ばかりを誇るわけではない。
以下は、ゲーム直後の談話である。
「東芝が好き。派手なチームではありませんが、謙虚でハードワークする。スタッフ全員が協力し合って、チーム全体で勝っています」
確かにブレイブルーパスは十分な戦力を擁する。日本代表としてワールドカップ4度出場のリーチ マイケルが主将を張り、モウンガ、シャノン・フリゼルといった、来日する2023年までずっとニュージーランド代表にいた面子も並ぶ。
もっともいまの日本ラグビー界は、人をかき集めるだけで勝てるほど簡単な舞台ではない。安心して暮らせるこの国の治安、安定したサラリー、ハイスピードな試合展開が好まれ、強豪国代表の大物たちが日本でプレーすることを求め、各クラブに散っているのだ。
各クラブのトップ中のトップの選手の実力やキャリアに差がつきにくくなっているのだから、戦力を最適化する戦術、若手を含めた選手が前向きに育つ文化的土壌にこそアドバンテージが請われる。モウンガが「チーム全体で勝っています」と訴えるのは自然だ。
「謙虚でハードワーク」の風土が生む新たな成長
ブレイブルーパスの「謙虚でハードワーク」の風土は、低迷期にも保たれていた。
決勝戦でフル出場を果たした眞野泰地も学生時代の体験練習で出会った先輩たちの向上心に触れ加入を決めている。もともとは報道で触れた親会社の事情を鑑み、「東芝だけはやめておこう」と思ったにもかかわらずだ。
この生来のよさにスマートさを付与したのが、2019年発足のトッド・ブラックアダー現ヘッドコーチ体制である。
週初めのミーティングは音楽とダンス、ジョークで切り出し、作戦面のレクチャーに入れば顔つきを変える。
元ニュージーランド代表主将のブラックアダーが大らかに人を束ねるなか、ジョー・マドック元アシスタントコーチ、森田佳寿コーチングコーディネーターといった歴代の攻撃担当コーチは意図的に質的優位、数的優位を生むアタックシステムのアイデアを示す。
ポジションを問わず多彩なパスが求められるようになったのもあってか、個人練習にいそしむ選手が増えた。あるベテランによると、「ウェイトトレーニングをたくさんする選手は以前からたくさんいたが、いまはグラウンドでのスキル練習をする選手も多い」。明確な枠組みのもと、頑張り方の質が変わった。
折しも前採用の望月雄太氏が地道なロビー活動の末、眞野、現日本代表の原田衛ら、有望な若手が集まっていた。原石と、原石を磨く土壌の両方が整ったわけだ。
控え組「K9」が支えるチームの底力
最近では、「K9」と呼ばれる控え組の献身も目立つ。
毎週末のゲームのメンバーがそのウィークの頭に決まる中、それ以外の面子が「K9」を編成。対戦相手の動きを覚え、実戦練習で表現する。
そこに「時間を割く割合が多い」と、コベルコ神戸スティーラーズから移籍1年目の池永玄太郎は強調する。
「K9」の育成、分析に、担当コーチを2人もつける力の入れようだ。その役目を担う水間良武アシスタントフォワードコーチ、藤田貴大アシスタントコーチは今季、その「K9」の活力を高めるべく「K9」だけのミーティングを選手主導で行わせるようにした。
その場で、実質のリーダーである「ドライバー」という役目を託されることの多かった池永は、シーズン中の専門誌の取材でブレイブルーパスの醸す雰囲気について語る。
「『不貞腐れ』がない。『今週メンバーに入られへんからどうでもいいわ』じゃなく、『メンバー入られへんかったけどやろうぜ』です。気持ちの切り替えはうまいし、選手同士で『もっとこうじゃない? ああじゃない?』と話し合っているし、同じ方向性を見られている。だから(K9の)誰かが試合に出たらすごく応援できるし、出られなくても勝ったらすごくうれしい」
リーグワン4強入りを逃したのは、5位に終わった2シーズン目のみ。特に優勝し続ける昨今は、主将のリーチら主力組が口々に「練習でのK9のプレッシャーに助けられた」と証言する。創部史上初の外国人ヘッドコーチでもあるブラックアダーは、しきりに言う。
「彼ら(モウンガ、フリゼル)の貢献度は大きい。ただ、彼らが入ってくるのが3季前だったら、彼らはもっと多くの仕事をしなくてはならなかったでしょう」
勝ってなお伸び代を残すブレイブルーパスの現在地
まさにいまが成熟期。そのうえで興味深いのが、リーチが絶頂の只中にあって課題意識を語っている点だ。決勝戦後の会見でこう述べた。
「おそらく、95パーセントくらいの試合を同じメンバーでやっていた。もっと、若い選手をどうやって(試合に)出すか。ここがちょっと問題だと思います。東芝には若いいい選手がたくさんいる。でも、出番が少なく、日本代表になるチャンスもなく……。来年はもっと――」
ちょうど隣にいたブラックアダーを見やると、指揮官はサムズアップ。周りを笑わせた。
来季は原田、ワーナー・ディアンズといった日本代表にもなったレギュラーが海外に挑む。他にも主力格が退団する。今後は、個々の実戦経験の積み上げへさらに比重を置かなくてはなるまい。
勝ってなお伸び代を残すのが、ブレイブルーパスの現在地だ。
件のアワードにはリーチも参加し、ベストタックラー賞などをもらった。
メディアに囲まれ、タックル練習に付き合ってくれた1年目の原渕修人のエピソードなどを明かしていると、その人だかりにモウンガが混ざってきた。帰りを急かすそぶりを見せ、場を和ませるのだった。
<了>
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