
野球にキャプテンは不要? 宮本慎也が胸の内明かす「勝たなきゃいけないのはみんなわかってる」
プロ野球選手として長く活躍し、アテネ、北京の両オリンピックで野球日本代表のキャプテンを務めた宮本慎也。東芝ブレイブルーパスでキャプテンとして日本一を経験し、ラグビー日本代表でもキャプテンとしてチームをまとめた廣瀬俊朗。同じ大阪府吹田市出身で、ともに誰もが認めるチームリーダーという共通点を持つ2人。そこで今回は彼らの特別対談が収録された書籍『キャプテンの言葉』の抜粋を通して、チームスポーツにおけるリーダー論、両競技の課題と可能性についてひも解く。今回は野球におけるキャプテン不要論について。
(文=宮本慎也、廣瀬俊朗 写真=アフロスポーツ)
2023年に生まれたキャプテン不在の「一つの理想系」
宮本:プロ野球のことで話せば、最近、よく「誰々がキャプテンです」とか、チームで役職みたいに決めてやっていますけど、僕はあれ、じつはあんまり好きじゃないですよ。
廣瀬:へぇー。それはどういう理由で?
宮本:キャプテンなんてつくる必要はまったくないと思ってます。だって、プロなんですから。単純に言うと、同じポジションの選手が活躍したときに、もし自分がキャプテンをしていたら、喜ばなくちゃいけないでしょう。でも、そこで喜んでいたら、そいつにレギュラー獲られて、自分はあと2、3年でクビになっていくわけですよ。これはプロとしたらどうなんだろう? という疑問があるんです。
そうやって考えると、僕は「プロという世界にはキャプテンは必要ない」という考え方になりますね。個の力を結集して、その中で常時試合に出ているヤツがうまく取りまとめるぐらいのやり方で十分なんじゃないかな。極論したら、もう選手は好き勝手にやっていて、監督がまとめる、同じ方向に向けるというくらいでいい、と。
廣瀬:だけど宮本さんは、ヤクルトでキャプテンをやられたんですよね?
宮本:やってましたよ。古田監督のときに「野球観が同じだから」という理由だったと思いますけど、そしたら断るのも変な話じゃないですか(笑)。ユニフォームにキャプテンマークを付ける話もありましたが、それは拒否して付けませんでした。なんかそういうところもちょっと面白くないなぁと思ってました。優勝したWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の第1回大会でも、僕、キャプテンはやってないですからね。
廣瀬:えっ? そうなんですね。そしたら、どなたがやられていたんですか?
宮本:あのときはキャプテンを置かなかったんですよ。あのチームは王(貞治)さんが監督をされたのですが、確か監督の意向だったはずです。僕がチームの中でわりと歳が上だったから、インタビューとかいろいろ表に出て行くことが多かったというだけで、キャプテンではないんですよ。
WBCは2023年(第5回大会)の優勝チームもキャプテンはつくっていませんよね。栗山監督は「全員がチームを引っ張るつもりで」とかコメントされてましたけど、実際、それでいいと思うんですよ。「勝たなきゃいけない」というのは、いちいち言わなくても、もう選手はみんなわかっているんですから。だから、みんなの気持ちをそっち側に向けられたら、「あとは自由にやっていいですよ」というスタンスを取って、それでああいう結果になりました。一つの理想形だと思います。
プロは一人ひとりが「個人事業主」
廣瀬:栗山監督は初めからそういった考え方でチームをつくられていたのですか?
宮本:僕はそう思っています。まあ現実的な話、プロ野球という世界は、一つのチームの中に今日にも二軍に落ちそうな選手もいれば、バリバリのレギュラー選手もいるわけで、これはもう誰がキャプテンをやっても難しいですよ。置かれている立場がそれぞれまったく違うわけですから。
キャプテンが「みんな、チームのためにやろうぜ」と言ってみたところで、一軍と二軍を行ったり来たりしてるような選手からしたら、ピンとこないじゃないですか。彼らの本音は、それどころじゃない。「いやいや、そんなこと考えているくらいなら、俺はなんとしてでも自分が活躍して一軍に残りたいんだ」と。プロは一人ひとりが個人事業主である以上、そっちのほうが重要ですからね。
廣瀬:「個人事業主」かぁ。うまい表現だな(笑)
宮本:本当にそうなんですよ。だから、「プロとアマチュアと何が違うんですか?」と聞かれることがあるじゃないですか。そしたら僕がいつも言うのは、「お金を払ってやってるのと、お金をもらってやってるのとの違いです」ってこと。これは「プロとアマ」というよりも、「学生と社会人」という線引きにしてもいいのかな。
廣瀬:はい。ラグビーなら、そういう線引きになりますね。
宮本:野球の場合は、プロと社会人ではサラリーの桁がちょっと違ってくるし、社会人野球の選手は活躍に応じて給料が上がったり下がったりするというわけではないから、やっぱりプロと同じカテゴリーにはしにくくて、「プロとアマ」という線引きにしているんですけど。
で、何が言いたいかというと、お金をもらってやるということは、イコール、自分に力がなくなったらやめないといけないんです。使う側からしたら、それだけのお金を払う価値がないということですからね。
アマチュアの場合は、お金を払ってやってるものですから、自分が「やめる」と言わない限りは、いつまででもできるんですよ。たとえば大学生だったら、ベンチに入れないからといって「お前はもうやめろ」とは言われませんからね。部費なのか学費なのか、とにかくお金を払っていますから、本人が「俺はスタンドの応援でもいいんだ」と思ったら、4年間やれるわけです。ここの差は、結構大きいと思いますね。報酬があるかないかというところ。
「俺、こんなにヤクルトファンだったっけ?」
廣瀬:そしたら、野球の方たちって、どれくらい自分のチームのことを好きなんですか?
宮本:プロ野球で言うと、何年もそこにいると好きにはなりますけど……。
廣瀬:あぁー。なりますか。
宮本:でも、フリーエージェントの権利が取得できるくらいになると、「俺の評価って本当はどれぐらいなんだろう?」と聞きたくなる選手が多いと思います。これはね、不満とかとは違うんですよ。僕も最終的にヤクルト1球団で終わりましたけど、やっぱりすごく気になって、球団に聞きましたから。「どんなもんですか?」って。
廣瀬:「俺は大好きやけど、あんたは俺のことどれくらい好きなんや?」みたいな感じですか?
宮本:そうそう(笑)。で、僕なんて、現役を引退してから、コーチになってヤクルトに戻ったじゃないですか。当たり前なんですけど、コーチって、自分が打ったり投げたりするわけじゃない。プレーは何もできない。だからずっと選手を見ているんですけど、面白いもので、「ここで打ってくれ」とか「ここで抑えてくれ」という気持ちがすごく強くなるんです。シーズンが始まってすぐに、「俺、こんなにヤクルトファンだったっけ?」と思いましたもん(笑)。コーチってそれくらい応援しているんですよ。もちろん選手にやってもらわないと困るし。
だから、チームへの愛情というのは、結構ほとんどの選手が持つとは思います。ただそこで、プロ野球選手なので、評価として「どうなんだ?」となったときに、「こっちのほうが評価が高いからそこに行く」というのも、これはもう全然ありなんです。それでも、みんなすごく愛情はあるとは思います。
廣瀬:ほぉほぉ。それは面白いですね。
宮本:みんな好き勝手なこと言って、「俺はこんなチームどうでもいいわ」みたいな感じは、あんまりないですね。
チームか個人か。プロ野球の難しさ
廣瀬:やっぱりなんだかんだ言っても好きなんですね、みんな。そりゃそうだよなぁ。
宮本:でも、それがプレーに表れるかといったら、これはまたちょっと……。
廣瀬:違うんですか? へぇー。それも面白い。
宮本:極端な話、チームが最下位でも、ホームラン王の個人タイトルを獲れたら給料は上がる。首位打者を獲れば給料が上がるんです。そしたらそっち側に、とくにシーズン終盤の、もう優勝の可能性がなくなったなと思ったら、チームの勝ち負けよりも自分の成績に走る選手は結構出てきます。まあプロなんで、これは仕方ないですけどね。そういう選手をどうコントロールしていくのかというのが、たぶん監督が一番大変なところなんだと思います。
廣瀬:それはそうでしょうね。
宮本:正しいし、間違っていないけど、でも間違ってるんじゃないの? みたいな微妙な感じがありますよね。
ファンの人の見方としても、「応援しているチームの勝利が見たい。ヤクルトが勝つところを見たい」と思ってる人もいれば、「どうせ負けなんやから、村上のホームランが見たい」という人もいる。そこがプロスポーツとして、プロ野球のすごく難しいところです。
廣瀬:「戦う意味」みたいなところですよね。とくにプロ野球というのはエンターテインメント性が高いですもんね。見る人によって楽しみ方が違うというのも理解はできます。
宮本:だからシーズン最後の『クライマックスシリーズ』とかになると、個人の成績は関係なくなって、チームが勝つことだけに目的が集中するでしょう。そしたら送りバントのサインが出ても、「俺は打率上げたいから打ちたいねん」とはならない。そういうのの最たるものが、日の丸を背負って戦う『オリンピック』とか『WBC』になってくるわけです。もう勝つことがすべてですからね。
(本記事は東洋館出版社刊の書籍『キャプテンの言葉』から一部転載)
【第1回連載】当時のPL学園野球部はケンカの強いヤツがキャプテン!? 宮本慎也、廣瀬俊朗が語るチームリーダー論
【第2回連載】「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
【第4回連載】ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
【第5回連載】プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
<了>
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[PROFILE]
宮本慎也(みやもと・しんや)
1970年生まれ、大阪府出身。PL学園高校、同志社大学を経て、社会人野球のプリンスホテルに入社。1995年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。1997年からレギュラーに定着し、1997年、2001年の日本一に貢献。アテネオリンピック野球日本代表(2004年)、北京オリンピック野球日本代表(2008年)ではキャプテンを務めた。2006年WBCではチームのまとめ役として優勝に貢献。2012年に2000本安打と400犠打を達成。ゴールデングラブ賞10回、オールスター出場8度。2013年に43歳で引退。現役引退後は野球解説者として活動。2018年シーズンからは東京ヤクルトスワローズの1軍ヘッドコーチに就任。2019年辞任。その後、NHK解説者、日刊スポーツ評論家の傍ら、学生野球資格を回復し、学生への指導や臨時コーチなどを務める。「解体慎書【宮本慎也公式YouTubeチャンネル】」も随時更新中。著書に『歩 -私の生き方・考え方-』(小学館)、『洞察力――弱者が強者に勝つ70の極意』(ダイヤモンド社)、『意識力』(PHP研究所)などがある。
[PROFILE]
廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)
1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳からラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスでプレー。東芝ではキャプテンとして日本一を達成した。2007年には日本代表選手に選出され、2012年から2年間はキャプテンを務めた。現役引退後、MBAを取得。ラグビーW杯2019では国歌・アンセムを歌い各国の選手とファンをおもてなしする「Scrum Unison」や、TVドラマへの出演など、幅広い活動で大会を盛り上げた。同2019年、株式会社HiRAKU設立。現在は、スポーツの普及だけでなく、教育・食・健康に関する活動や、国内外の地域との共創に重点をおいたプロジェクトにも取り組み、全ての人にひらけた学びや挑戦を支援する場づくりを目指している。2023年2月、神奈川県鎌倉市に発酵食品を取り入れたカフェ『CAFE STAND BLOSSOM~KAMAKURA~』をオープン。著書に『ラグビー知的観戦のすすめ』(KADOKAWA)、『相談される力 誰もに居場所をつくる55の考え』(光文社)、『なんのために勝つのか。ラグビー日本代表を結束させたリーダーシップ論』(小社)などがある。
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