「ずば抜けてベストな主将」不在の夏、誰が船頭役に? ラグビー日本代表が求める“次の主将像”
「ずば抜けてベストな主将」――そう評されるリーチ マイケルが、今夏のパシフィック・ネーションズカップに不在となる。ラグビー日本代表を長年支えてきた偉大なキャプテンの穴は、誰が埋めるのか。エディー・ジョーンズHCはこの機を「絶好のチャンス」と語り、新たなリーダーの台頭を求める。リーチの偉大なキャプテンシー、その継承と進化の行方に迫る。
(文=向風見也、写真=アフロ)
「ずば抜けてベストな主将」不在のチャンス
ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は、「チャンス」と捉える。
8月下旬から国内外で開かれるパシフィック・ネーションズカップ(PNC)へは、7月の対ウェールズ代表2連戦で主将だったリーチ マイケルを連れていけないからだ。
「彼のリーダーシップがなくなった時、(その穴を)誰が埋めるか。それを強化する絶好のチャンスです」
今回は約9年ぶりに現職に戻って2季目のジョーンズにとって、身長189センチ、体重113キロで36歳のリーチは「ずば抜けてベストな主将」だ。
「勝ちにここまでコミットできる選手は見たことがない。日本ラグビーへのコミット、決意も素晴らしい」
フィジー人を母に持ち、15歳で母国のニュージーランドから来日。北海道の札幌山の手高校を経て東海大学2年時に日本代表でデビューを果たした。
現在所属する東芝ブレイブルーパス東京へ入った2011年以降は、通算4度のワールドカップに出場。そのうち2度、主将を務めている。
最初は2015年のイングランド大会時で、南アフリカ代表などから歴史的3勝を挙げた。フォワード第3列としてしなやかに走り、勤勉にタックルしたうえ、レフリーと首尾よく話してその内容を仲間に伝達。この人あたりのよいバイリンガルは、「日本代表の主将は、英語がわからないと苦労します」と日本語で訴えたものだ。
グラウンド外でも増す存在感「彼の言葉で…」
生来の気質はグラウンド外でも活かす。
2019年の日本大会時は、サモア、韓国をはじめ多彩なルーツを持った多国籍軍へ東日本大震災、第二次世界大戦といったこの国の史実をレクチャー。「潜在能力を高めたい」と戦う大義を高次で共有し、史上初の8強入りを果たした。
実績を重ねるほど存在感が増す。
今夏、キャンペーンの終盤に初めて追加招集された23歳の高本とむは、合流初日のミーティングで驚いた。輪を作る椅子の一つに座ると、小さい頃からテレビで見ていた主将のリーチが隣に着座。「よろしくね」と挨拶してもらい、緊張がほどけた。
その時々の強烈な性質を持った指揮官へ、プレーヤー側の意見を伝える仕事もリーチが担っている。
アスリートとしてのパフォーマンスも、一時の不調を脱するや最高潮を更新し続ける。専門サイトによると、先の連戦ではいずれも両軍最多のタックル数を記録した。
そのシリーズで給水係を務めた伊藤鐘史アシスタントコーチは、現役時代にともに代表で戦ったことのあるリーチの底なしの影響力を見た。
「トライを取った、もしくは取られた後、もしくはウォーターブレイクの時に(円陣へ)駆けつけたら、周りはマイケルの意見をしっかりと受け入れて聞いていますね。彼の言葉で落ち着くところが、(勝負にとっても)大きかったと思います。あのレベルのリーダーシップを作るには、それなりの経験を積まないと難しい」
国内出身の船頭役が生まれるべき?
この日本スポーツ史上有数と言えるキャプテンシーを有する逸材は、昨年に続いてPNCを欠場。個人的事情のためだ。27歳で主軸の齋藤直人も、欧州挑戦中のため召集外である。そもそも最近は2023年のフランス大会までリーダーシップを取った稲垣啓太、坂手淳史、姫野和樹らも辞退を重ねていた。そんな中、チームを支えるリーチのマルチタスクぶりに、集団は大助かりだった。
だからこそこの夏は、若いリーダー育成の「チャンス」なのだとジョーンズは説く。リーチがいなかった昨秋のキャンペーンで1勝3敗と苦しんだのを経て、2027年のワールドカップオーストラリア大会成功へ課題を指摘する。
「いまのラグビーを見てみると、選手がリーダーシップを発揮するチャンスが多くある。プレーが止まる機会が多いからです。(現代の)コーチの仕事には、戦術のプランを示すことのほか、選手の決断や判断を促すことがあります。選手には、もっとリードしてほしい」
大会中の主将が決まるのは、8月30日に仙台で行われる大会初戦の直前である。
23歳にして空中戦を引っ張るワーナー・ディアンズへは、伊藤が「時間、経験、本人の思いがあればリーチのようになっていくのでは」と太鼓判を押す。
一方でジョーンズは、将来的には国内出身の船頭役が生まれるべきだと言及する。正スタンドオフ候補である24歳の李承信、2024年からジャパンに定着した26歳の原田衛も主要候補となるか。
いずれにせよ、主軸への要求が厳しいジョーンズとの協働ぶりが注目される。
リーチが偉大なキャプテンになれた理由
リーチとブレイブルーパスで主将と副将の間柄だった原田は、英会話の勉強を重ねており、まもなく海外リーグへ参加予定だ。
ジャパンで重責を担う場合について聞かれ、こう展望する。
「厳しさは、リーチさんよりもあるかなと。僕のほうが心配性なので、チームにいろいろと口出しもできます。自分のアイデンティティみたいなものを、このチームに還元できると思います」
思えばリーチがグレートになったのは、リーチが誰にも似ていないキャラクターだったからだ。大役を任された人物が最初にすることは、前任者のシルエットをなぞらないことかもしれない。
<了>
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