「正直であること」を選んだ名門の一年。明治大ラグビー部、7年ぶりの日本一と29年ぶりの完遂

Opinion
2026.01.13

明治大学ラグビー部は1月11日、全国大学ラグビーフットボール選手権大会の決勝で早稲田大学を22―10で下し、7年ぶり14度目の大学日本一に輝いた。5年ぶりに制した関東大学対抗戦と2つを制覇したのは、1996年度以来、29年ぶりだった。だが、その頂点への道は決して平坦ではなかった。夏には未成年飲酒という不祥事が起き、なかなか調子の上がらないチームに内部から不満も生まれた。それでも彼らは「完遂」を掲げ、正直であることから逃げなかった。本稿は、名門・明治大学ラグビー部が“日本一に至るまでの一年”をありのままに描いた記録である。

(文=向風見也、写真=つのだよしお/アフロ)

「途中、途中で失敗はあった」それでも目指した大学日本一

正直に困難と向き合ってきた一年だった。

明治大学ラグビー部は1月11日、東京・国立競技場にいた。全国大学ラグビー選手権の決勝戦でライバルの早稲田大学を22―10で下した。7年ぶり14度目の大学日本一である。

3トライを奪った一方で、際立っていたのは防御だった。抜かれても、ミスがあっても、懸命にピンチをしのいだ。今季のスローガンは「完遂」。就任5年目の神鳥裕之監督はしみじみと述べた。

「完璧に遂行するという意味においては、ラグビーにおいても、オフフィールドにおいても、途中、途中で失敗やうまくいかないこともあったのですけど、完遂に向かって必死に努力する姿勢が大事だと思っていました」

簡単に勝ち上がったわけではなかった。

チームに明確な試練が訪れたのは夏の終わりだった。長野・菅平での合宿が終わる8月25日、学校所有の宿泊施設内で未成年部員が飲酒した。

チーム全体の打ち上げが終わった後、それぞれが自室へ戻ったあとの出来事だ。同じ部屋にいた、各学年1名ずつを含む計5人が、1カ月ほどの謹慎処分を受けた。

9月に公の場に出た神鳥監督は、この調子であった。

「まず、この度の不祥事でいろいろな方にご心配、ご迷惑をおかけしたことはしっかり謝罪したいです。チームとして深く反省して前へ進みたいと思っています。(部員には)私自身に幹部として大きな責任があると伝えました。そのうえで、『ラグビー漬けの合宿の最終日という環境のなかだった。たまたま今回は5人がそうなっただけで、他の人間にも一瞬の気の緩みはあったのではないか。全体の問題として受け止めるように』というメッセージを出しました。こういうことで、それまでの努力、積み上げが失われることもあるんだ、とも。やるべきことはやり、一つ一つ信頼を取り返していくしかない」

不祥事を隠さなかった理由。風通しのよさが示す名門の現在地

事態は内部で処理するだけではなく、リリースで公開した。以前であれば、大目に見られていた出来事かもしれない。事案と関係のない主力選手が「生きづらい……」とこぼすのに、同情する大人も少なくはないだろう。ただし、未成年の飲酒はこの国の法律で禁じられているのも事実だ。

指揮官は言葉を選んだ。

「支援してくださる身近な方には、温かいというか、寛容なお言葉をいただいたのですけど……。われわれもここに至るまでの間にコンプライアンス研修を通し、いまの時代の状況を(学生に)伝えてきました。言い訳にならないと思っています」

平翔太主将は、もともと私生活の引き締めを目指していただけにショックだった。

「今年は寮則を明確にしていたのですが……。少し、甘えてしまったことが、最悪な事態を起こした。全員がこのことを受け入れないといけない」

ちなみにこの件のリリースには、「本件に関して飲酒の強要等のハラスメント行為がなかったことを確認しており」との文言がある。下級生に無理に酒を勧めた上級生がいないことを示していた。大昔のこのクラブにあった厳罰的な上下関係は、2015年あたりから本格的に消え去っていた。

2023年に創部100周年を迎えたいまの紫紺の名門からは、風通しのよさと正直さがにじむ。

広く報道されるこの件でチームの活動が止まらなかったのも、物事を包み隠さない気風のおかげだったのかもしれない。

処分を受けた若者たちは、指導者の目の届かない場所で酒席を楽しんでいた。しかし、別室にいながらその様子に気づいた楠田知己副将が、すぐに監督のもとへ走った。後輩の様子を見て、自分たちだけで何とかしようとしてはいけないと判断したのだ。

報告するのは、怖かった。「その後のこと」がどうなるのか、不安だったからだ。ただ……。

「まずは安全第一。隠すという選択肢はなかったです」

その決断があったから、神鳥監督が翌朝に大学当局、加盟する関東ラグビーフットボール協会に申告し、残ったメンバーが秋の関東大学対抗戦Aグループに出られることとなった。

もう一人の副将である利川桐生は、家族の事情などで少し早めにキャンプを抜けていた。事の顛末は後になって知った。発生してしまった出来事それ自体についてはよくなかったとしながら、同級生を慮った。

「こういう事は大人に相談することが難しく、学生間で片づけがちなのですが、責任感の強い彼(楠田)が勇気を出してスタッフに知らせてくれた」

内部に噴き出した不満。崩れかかったチームの日々

謹慎を受けた5人がいない間も、さらには戻ってきてからも、明大は受難の時期にあった。

まずは、筑波大学との対抗戦初戦を24―28で落とした。利川は潔かった。

「いまの明大に足りないことって、私生活のことです。遅刻(時間厳守)などがルーズになって、ゲームでの規律のないプレー(につながる)」

その後も白星こそ重ねたものの、前年度の下位チームを相手に不満足な出来のゲームを繰り返していた。

ターニングポイントは11月2日。その午後の慶應義塾大学戦は24―22と辛勝もエラーが多く、ラストワンプレーで逆転されかねない内容だった。

明大には、全国の高校シーンで活躍した俊英がスポーツ推薦で集まっている。だからこそ80名超の選手には、下級生のうちにレギュラーとなりながら、激しい競争でその座を追われる者も少なくない。

しかも試合が近づけば、出場選手以外は、精神的にも簡単ではない立場に追い込まれる。練習で相手役を模倣したり、「ルビコン」と呼ばれる3軍以下のグループに回りレギュラーと違う時間帯に汗を流したり。

だからこそ、公式戦に出る「Aチーム」には、よいパフォーマンスを示す責任が生まれるのだ。

「Aチーム、何やってるんだよ!」

 

慶大戦の後は、応援に回っていた部員が怒っていた。利川は、針の筵(むしろ)に座らされるような状況で、厳しい現実を受け止めるしかなかった。

「カチンとくる部分もありましたけど、言われた内容は正しかったので。そういう思いを持っている人がいると認識して、試合に臨むべきです」

言い換えれば、今季最大級のピンチを迎えた季節にこそ、明大の学生たちは正直だった。組織にくすぶる不満を放置しなかった。

レギュラーチームはまず、ゲームプランの立て方を変えた。

それまで一部のアタックリーダーの考えで動いていたのをやめ、試合に絡む全メンバーの意見を反映させて戦い方を定めた。

視点を増やすことで、ゲームプランそのものを変えることになった。

伝統的な身体の大きさと激しさを活かすべく、ひたすらキックを蹴ってエリアを取り、鋭いタックルを打ち込んで我慢比べに持ち込むことを目指した。

対抗戦と選手権を制覇「準備してきたことを発揮した結果」

まとまりさえすれば底力を発揮できる。その後は、選手権4連覇中の帝京大学、日本代表の矢崎由高らを擁する早大など、厳しい相手との試合を順番に制していった。

ちょうどその折、国内リーグワンのリクルーターの一人が練習場に訪れた。実戦形式のセッションのさなか、見学する立場の選手を見て呟いた。

「ああいう子たちが練習を見る姿勢が、以前僕が来た時と全然、違います。余計な話をしていないで、集中している」

利川は「いつ、誰がメンバーに入るかわからないですし、ここからのミスは命取りになる。その状況が、私語がなくなることにつながっているのかなと」と頷き、楠田も「準備に確信を持ってやれている。自分がいままで見たことのないメイジだと感じます」と応じる。

平はこうだ。

「(一時は)正直、誰のために戦っているのか(の思い)が薄れていたところがありました。ただ、下のチームの選手や後輩が言って(叱って)くれたことでそれを再確認できました。チームのまとまりが深くなった。いま、雰囲気的には、よくなってきているのかなと」

対抗戦では首位に立ち、選手権でもそれまで同様の準備と戦法を貫いた。早大との再戦も制したその日、平、利川、楠田はそれぞれ12番、8番、20番をつけてピッチに立った。

3人と同級生で9番を背負った柴田竜成は、端的に言う。

「筑波大戦、慶大戦で苦戦していなければ、帝京大戦、早大戦には勝てていなかったと思います。ミーティングを重ねたことで共通認識が持てて、自信にもつながる。準備してきたことを発揮した結果です」

凡事徹底でつかんだ頂点。神鳥裕之監督、初めての胴上げ

神鳥監督は明大OBだ。母校の指導者になってこれが3度目のファイナルであり、初めて頂点に立った。

その間は、自身が掲げた「凡事徹底」との標語を、自身が言い飽きそうになっても繰り返した。

授業優先とする学校側の方針を踏まえ、通常のトレーニングは早朝から始めている。明け方に都内の自宅から車で世田谷区の活動拠点へ出勤しては、2グループに分かれたチームのトレーニングを指導してきた。

グラウンド外では、成績不振者と強化担当者との話し合いの場を設けることもある。学部の教授によい印象を与えていない中心選手がいるとわかれば、本人を手招きして注目されていることへの自覚を促しもする。もともとイメージしていた監督業にはなかったタスクにも、時間を割いてきた。

その末に、栄冠を手にした。

「いろいろな方にご迷惑、ご心配をおかけするような形でスタートしたのですけれども、皆さんの寛大なお気持ちやご支援のおかげでこの舞台に立てた。すべての方々に感謝したうえで、学生たち全員を本当に誇りに思います。主役は学生という思いです。関わっている以上は勝ちたい一心でやってきましたが、喜びの種類としては一歩引いた感じでいたのが率直なところです。ただ、いままでにない経験をさせてもらえて、喜びでいっぱいです」

現役時代に大学日本一に輝いたこともあるが、胴上げをされたことがなかった。今回、人生で初めて宙に舞った。

感想は「怖かったですね」。本格的なラグビー選手に担ぎ上げられると、想像以上に高く跳べてしまう。同じ感想は平からも漏れた。

「……めちゃくちゃ、怖かったです」

ちょうど隣同士で座っていた神鳥監督は、改めて「怖かったよな」。劇的な結末は、美しく、どこか微笑ましいものでもあった。

<了>

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