チェルシー来日は「苦労の連続だった」横浜ゴム担当者が明かすスポンサー秘話
近年、欧州のトップレベルのサッカーチームのユニフォームに、日系企業の名前が刻まれる事例が増えてきた。直近のビッグディールでいうと2017年5月に締結したFCバルセロナと楽天、同年7月に発表されたユベントスとサイゲームスのパターンだろうか。「Rakuten」は胸に、「Cygames」は背中に企業名が印字されている。
これらの事例を機に、欧州のトップクラブは次から次へと日系企業に目を向けるようになってきているという。ただ実はそれらの事例より少し前に、ビッグクラブとの胸スポンサー契約を実現している企業がある。
それが自動車用タイヤの製造、販売などを主力事業としている「横浜ゴム」だ。今回はスポンサーとしての課題や苦労、そしてあえて日本国内向けのイベントに力を入れる理由について、チェルシータスクでリーダーを務める関口和義さんにお話をうかがった。
(インタビュー・構成=内藤秀明、インタビュー撮影=宮島紳、写真=Getty Images)
【前編はこちら】「チェルシーは6億人のファンがいる」胸スポンサー“ヨコハマタイヤ”の価値とは?
課題も抱えながら、それでもスポンサーになる意義
ここまで成功している部分を中心にお話をうかがいましたが、逆に課題などはありますでしょうか。
関口:クラブの結果によって、特に消費者ベースでさまざまな感情が飛び交うことですかね。大きなクラブなので必ずアンチも存在します。そういう意味ではライバルチームを応援するファンの方は「一生我々の商品を買ってくれないのでは?」と心配になることもあります。ライバル関係は特にイギリスでは強いので難しいところです。まあこれは初めからわかっていたことなので、今とやかく言ってもしょうがないですね。成績に連動した広告露出の波があることを考えると、複数のクラブの胸スポンサーになることで、さまざまなリスクを分散できればいいのでしょうが、さすがにそこまでの資金力は弊社にはありませんし……。
確かにそうですよね。他によく聞く難しい部分でいうと、スポンサーシップの場合、認知度調査などはできたとしても、より具体的にどれだけ売り上げに貢献したかを可視化しにくいので、投資対効果も示しにくいですよね。関口:確かに売り上げ面での効果を実証しにくいので、社内でスポンサーシップの効果を知ってもらうのが一番難しいです。例えばメディアバリューを数字で表して、「CMを打つのと同等以上の効果がある」と説明しても理解を得られないこともあります。認知度が上がっても、売り上げに直結しないという考えもありますからね。売り上げはいろいろな要素が絡んで成り立つわけで、認知度向上がいかに売り上げに貢献したかを数字で示すのは本当に難しいです。
答えにくいかもしれませんが、もし会社の売り上げが悪くなったりすれば、やり玉にあがったりしませんか。
関口:売り上げが好調の時は指摘は少ないですが、タイヤの売り上げ不振が起こったり、原材料の高騰などのコスト面の問題が発生すると、スポンサーシップにお金をかける優先度についてネガティブな指摘を受けることは正直あります。
メディア効果も大きいとはいえ、さまざまな課題もあります。そんな中であえてスポンサーシップというマーケティング施策を行う意義とは何なのでしょうか?
関口:今の時代はSNSが隆盛を誇っており、その中では「共感」が重要な要素になっています。例えば選手と同じものを身に着けるということは、ファンであれば多くの人の心に刺さることなのではないでしょうか。だからこそスポーツのスポンサーとして、ユニフォームやトレーニングキットにロゴが付くというのは価値が高いと思います。
共感してもらえたり、身近に感じてもらえたりしますから。スーパースターが企業ロゴ入りのユニフォームを身に着けるとより価値が出るのでしょうね。彼らがインスタに投稿すると数百万人が“いいね”するので、多くの共感が集められます。
そういう意味では、スポンサー側の目線だとやはり、エデン・アザール選手が移籍してしまったのは残念ですね……。ただスーパーレジェンドのフランク・ランパード氏が監督になったので、それはありがたく感じています。
実は監督の権限が強く、スポンサーの要望を拒否できる
逆にいえば、これまでの失敗というか、実現したかったにもかかわらず夢半ばで終わったことなどあるのでしょうか。
関口:実は2017年の会社の100周年のタイミングでチェルシー来日を企画していました。ただしコンテ監督のこだわりが強く断念せざるを得ませんでしたね。コンテ監督からは「隣接する2面の天然芝の練習場を用意できないのであれば行かない」と告げられました。正直にいうと東京近辺では難しい条件です。ただ会社の上層部からの「必ずチェルシーに来てほしい」という強い要望があったこともあり、チェルシーの練習場まで行ってコンテ監督を出待ちして直談判したこともあります。
わざわざ、そこまでされたんですね! コンテ監督は強情な性格と聞いていますがどうでしたか?
関口:思慮深くゆっくりとしたイタリア語訛りの英語で、「私にとってプレシーズンも練習の一部なんだ。だから、隣接する天然芝2面が無ければ日本には行けない」と言われてしまいました……。
スポーツクラブとしては、現場の意見が強いというのは健全なことですが、胸スポンサーの強い意向をも跳ね返せるというのは、正直驚きです。チェルシーでは監督の権限ってそこまで強いんですね。
関口:スポンサーは重要でしょうが、試合に勝つことが最優先ですからね。最終的にそれがスポンサーにも還元されるので、残念ですがこればかりは仕方ないです。
今年のチェルシー来日の経緯と目標
一度、チェルシーの来日を断念した過去がある中、どのような経緯があって、今回は実現したのでしょうか。
関口:実はそもそも、2017年の100周年の際に「バースデープレゼントとして来日する」というのはチェルシーの上層部からは言われていました。しかしさきほど説明した通り、コンテ監督の意向で頓挫してしまいました。ただチェルシーはこの約束を覚えていてくれて、契約最終年ということもあり、今年の来日が決まりました。
いつ頃に決定していたのでしょうか?
関口:去年の11月頃にはかなり具体的な話は出ていましたね。実はドログバ氏が来日した際には、チェルシーの上層部の方も来日していたのですが、我々のBtoBパートナー様をお呼びしたパーティーのスピーチでその上層部の方がチェルシーの来日に関して明言してしまったんですよね。少しびっくりしてしまいました。ニュースにもなってしまいましたし(笑)。
そういう「ポロリ」によって、フットボール関係のゴシップ情報が報道されるんですね。ちなみに今回の来日と連動してマーケティング的な施策などはあるのでしょうか。
関口:来日に関してテレビCMを打つ予定なのですが、このCMを見る前後でどのような感情の変化があるのか計測します。弊社のイメージでいうと「特徴のない、普通のメーカー」と言われることも多いです。横浜ゴムという名前もいい意味で身近で、悪い意味で普通に映るのかなと考えています。それがチェルシーを活用したCMでどのように変化するのかは気になるところですね。
なぜ日本国内でのイベントに力を入れるのか?
チェルシーファンに限らず、プレミアリーグのファンは、Jリーグやプロ野球と比べると人口がそこまで多くないのが現実です。そのため日系企業がプレミアリーグのスポンサーになった場合、チームを活用した日本でのマーケティング施策よりも、海外でイベントやマーケティング施策を重視している印象が強いです。私はプレミアリーグが好きな人間なので、感謝も込めて申し上げると、なぜそこまで日本でのイベントを企画してくださるのでしょうか?
関口:正直にいうと、当初は比較的認知度の高い日本のマーケットにチェルシーを活用しなくてもいいのではという考えもありました。ただしこの考えが変わったのは2年前のランパード氏の来日です。現役の選手ではなく、レジェンドでどの程度の集客効果やメディア露出があるのか、正直不安も大きかったのですが、平日にもかかわらず2000人程のお客様がイベント会場に来てくれました。そこで日本にも熱狂的なファンがたくさんいることを知り、考え方が大きく変わりましたね。日本でもマーケティング効果はあると確信しました。そこで翌年にもドログバ氏をお呼びして、今年もプレシーズンにチェルシーに来ていただくように交渉を進めました。
当時のランパード氏の来日はイベント集客により宣伝効果だけでなく、メディアの報道による露出効果も大きかったのでしょうか?
関口:そうですね。テレビをはじめさまざまなメディアに取材してもらいました。今でも覚えているのはサッカー番組でスーパースターがリフティングなどの技を披露するコーナーがあるのですが……。
こう言ってはなんですが、南米系の選手とは違い、イングランド人だと派手なリフティングのテクニックはないのではないでしょうか(笑)。
関口:私からはあえて何があったとは申しませんが、最終的にそのコーナーはなしになり、日本代表を応援するコメントを残すという企画に切り替わりました。急遽準備した企画でしたが、とてもいいお話をしてくれました。
IQ150超えのかなり頭の良い方だそうですもんね。しかもそんなランパード氏が、今回監督として来日するというのもまた運命的ですね。
関口:彼の監督就任は非常に朗報です。それに加えてペトロ・チェフ氏がフロントに加わり、ミヒャエル・バラック氏もフロント入りするという噂もあります。2000年代からチェルシーを応援しているファンからするとたまりませんね。
本当にそうですね。ちなみにそんなチェルシーファンの皆さんにスポンサーとしてお願いしたいことなどはありますでしょうか?関口:今まではタイヤとサッカーの繋がりが薄かったのですが、5年目になってやっと馴染めてきたと感じています。社員もみんなチェルシーを応援していますし、ファンの方はぜひ存分に来日を楽しんでほしいです。そして、もしできれば少しでも横浜ゴムのことも知っていただけたらうれしいですね。もし欲をいうのであれば、まずはお店に来てもらうことをお願いしたいです。買うとなるとなかなかハードルが高いと思います。そういう意味ではまずは横浜ゴムの製品を販売しているお店を知ってもらうところからかなと考えています。
さて最後に、契約延長についてどうお考えでしょうか。
関口:さすがに何かを明言することは難しいのですが、でもやっぱり「継続は力なり」なので、いち担当の感覚をお話すると5年の契約では足りないという思いはあります。ある程度長く取り組まなければ、次のスポンサーに上書きされて存在感が薄れてしまいます。続けることにより認知も高まっていきますしね。
チェルシーのスポンサーシップでは本当に大きな広告効果がありました。主にto C向けの施策を取り組んできましたが、ロンドンに10店舗の販売店を持っているチェルシーファンのオーナーさんが、以前まで他のメーカーのタイヤを扱っていましたが、弊社がスポンサー就任後に全てのお店でヨコハマタイヤの商品に切り替えてくれたという事例もあります。
このように販路拡大というto Bの面でも想定外のポジティブな効果も出ています。
ひとまずは残り約1年間で、チェルシーの皆さんと一緒に、ファンの皆さんにも楽しんでもらえるような企画を進めつつ、ヨコハマタイヤの売り上げ最大化を目指していきたいですね。
<了>
【前編はこちら】「チェルシーは6億人のファンがいる」胸スポンサー“ヨコハマタイヤ”の価値とは?
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