“選手による窃盗”はなぜ起きる? フランスサッカー界で問題化する事件の真相と対策

Opinion
2019.10.30

フランスサッカー界から驚きのニュースが次々と届き、日本のメディアも騒がしている。

ロッカールームでの窃盗事件だ。

数多のライバルとの競争に勝ち抜き、成功者であるはずの選手、人格者であるべき立場である監督、彼らがなぜ“窃盗”という決して許されない行為を、ともに戦う仲間が集う場所である“ロッカールーム”で犯してしまうのか。その真相を追った。

(文=結城麻里、写真=Getty Images)

不明の犯人「X」を告訴という事態

フランスでロッカールーム窃盗が次々と発覚し、波紋を呼んでいる。

最初に噂が流れたのはOGCニース。この夏アヤックスから華々しくニース入りしたデンマーク人キャスパー・ドルベアの腕時計が、9月16日に忽然と消えたからだ。7万ユーロ(約850万円)近くする高級腕時計で、ドルベアとクラブはニース警察署に被害届を出し、不明の犯人「X」を告訴。噂が噂を呼んだ。

やがて犯人が判明し、衝撃が走った。犯人はユースからプロに合流したばかりのラミンヌ・ディアビ=ファディガ(18歳)だったのだ。U-18フランス代表歴もある有望選手である。

ディアビ=ファディガは犯行を認め、クラブ幹部、監督のパトリック・ヴィエラ、キャプテンのダンテらが同席して行われた内部会議で釈明し、謝罪した。すでに手放してしまっていた腕時計の時価に相当する金額も、9月末にはドルベアに返済。これでドルベアもクラブも告訴を取り下げることになった。

ただ「このような行動を受容するわけにはいかない」として、クラブはディアビ・ファディガがニースのユニフォームを纏うことを拒否、双方の合意にもとづく契約破棄の措置をとった。

ディアビ・ファディガも、直ちに切り替えて新天地を探した。好タレントを移籍金ゼロで入手できるとあって、複数クラブが名乗りを上げ、ほどなくリーグドゥ(2部)のパリFCと契約を結ぶことができた。リバウンドチャンスを与えられ、ひとまず安堵した格好である。

十字架を背負って自分と戦わねばならない「これから」

だがいったいなぜ彼は盗みを働いたのか――。当人はこんなふうに告白している。

「カネ目当てからじゃなくて、いまいましさ、フラストレーション、認めてもらっていないという気持ちからだった」

「キャスパーを被害者にしたのも理由があったわけじゃなくて、たぶんちょっとしたジェラシーから」

ジェラシー……。ディアビ=ファディガは、目立つ容貌で注目のアヤックスから乗り込んできたドルベアを、やっかんでしまったのだ。

こういうときはだいたい、相手ではなく自分自身の心に問題があるのだが、一部の者はそれが自分では分析できなくなってしまう。そして魔が差すのだ。盗みの前日には、ニースU-19の試合で退場処分になり、イライラが募っていたようだ。ドルベアが腕時計を失って落ち込むのを見て、「ざまみろ」と憂さ晴らししたかったのだろう。

彼は怖い罠に落ちた。やっかみという、小さいようで恐ろしい感情を自己分析できなかったせいで、キャリアや人生が台無しになるかもしれない罠である。今回は幸い別クラブが救ってくれたが、成人したばかりの若者はこれから、十字架を背負って自分と戦わねばならなくなった。

広がる窃盗問題。ディジョンで起きた悲しき事件

ところが選手だけではなかった。監督の窃盗歴まで明るみに出てしまったのである。現ディジョンFCO監督のステファン・ジョバールだ。ジョバールは現役時代にディジョンでプレーし、次いで育成コーチ、トップチームのアシスタントコーチなどを歴任したクラブのアイコン。事件はアシスタントコーチ時代に起きた。

当時気の合った選手とスタッフは、試合から遠い週の半ばになると、仕事のあとにポーカーゲームをしていた。皆で金を賭け、ワイワイ楽しんでいたらしい。強かったのはキネ(理学療法士)のニコラ・ディドリーで、よく大勝ちして一晩に1000ユーロ(約12万円)近く儲けていたという。この金は週明けの月曜日に皆から回収する習慣で、彼は細心の注意を払ってロッカーに一旦しまい、それからトレーニングに参加して、一日が終わったら金と一緒に帰宅していた。

ところがある日、確かに数えてロッカーにしまった金額が、減るようになった。誰かがこっそり盗んでいるのは明らかだった。そこでディドリーはセキュリティー責任者に打ち明け、後者がビデオを仕掛けて犯人捜しをする羽目になった。

そして――。ビデオには何と、ジョバールが映っていたのである。

事態の重大さを悟ったディジョン会長のオリヴィエ・デルクールは告訴せず、内部示談でジョバールがクラブを出て行けるようはからった。だが選手たちは大きな衝撃を受けてしまったという。なにしろディジョンの元キャプテンで、クラブのエムブレム的存在となり、当時も監督と選手の間をつなぐ調整役だったからたまらない。選手たちは裏切られたという感情を強め、被害者であるキネを支援したという。

だがそのとき、ジョバールのもとに救いの神が現れた。当時オランピック・ド・マルセイユ監督だったリュディ・ガルシアが、ディジョン時代に率いた教え子ジョバールをOMに呼び、監督修業をさせてやることにしたのである。ジョバールは直ちにガルシアに事情を明らかにし、ガルシアもジャック=アンリ・エロー会長に説明、状況を透明にしたらしい。

こうしてジョバールは1年間修業し、2019年5月には「BEPF」と呼ばれる最高レベルのプロ監督資格を取得。夏にはガルシアがOMを追われ、ジョバールもOMを去る。ところがディジョンも監督探しをしており、デルクール会長は過去を水に流して、再びジョバールをディジョンに呼んだ。今度はナンバー2ではなく、ナンバー1監督として――。

ジョバールがなぜ金を盗んでしまったのかは、本人のコメント拒否で明らかにされていない。エンブレム的存在でありながらアシスタントにとどまり、いまいましさ、フラストレーション、認めてもらっていないという気持ちを抱いていたのだろうか。それとも私生活の事情だろうか。いずれにせよ、魔が差した。

救ったリュディ・ガルシアは、「人生では誰でも第2のチャンスをもらう権利がある」と語り、呼び戻した会長のデルクールも、「ステファンはビッグ・プロフェッショナルで、歴史的存在でもある。状況からして(戻るのは)本人にとって極めて複雑だったが、クラブ愛が勝った。当事者(被害者のキネ)とも話し合い、当事者も彼を許した。人生では誰でもミスを犯す権利がある」と寛大だった。ジョバールも十字架を背負って戦うことになる。

「数百万ユーロの価値」の犯人

似たような事件は育成センターでも起きていた。2017年から2018年にかけて、オランピック・ド・マルセイユの育成センター寄宿舎にいた若い選手たちが、身に覚えのない買い物で口座から金が支出されているのを発見。買われたのはブランド服や携帯、ビデオゲームなどだった。

調べてみると、購入品の配達先住所があっさり出てきて、犯人が判明した。同じ寄宿舎に住むチームメイトのシモン・エンガパンドゥエンビュ、通称シモンだったのである。皆の銀行カードを「拝借して」買い物をしていたのだった。

被害選手たちの両親や代理人が圧力をかける中、育成センターはシモンを追放しようとした。だがアンドニ・スビサレッタSD(スポーツディレクター)が待ったをかける。元GKのスビサレッタは、若きGKシモンを注意深く追い、猫のような反射神経とパワフルなビルドアップ力を見て、「数百万ユーロの価値に達しているかもしれない!」と主張したのだった。

こうしてシモンは、これまで通りトレーニングにも試合にも参加。ただ、寄宿舎だけは追われ、父がスイスに出稼ぎに出ていたため、兄宅や友人宅を転々としながら踏ん張った。匿名の近親者が「レキップ」紙に語った証言によると、「シモンはすごく苦労していた。支援者もいなければ、契約も何もなく、スポーツ用品メーカーもついていなかった。育成センターの友人たちはすでにアディダスからサポートされていたから、シモンにスパイクや着用服を流してくれていた。盗んだ品だって仲間と分かち合っていた」そうである。どうやらこの例は、やっかみではなく、本当に困窮していた結果のようだ。

そしてシモンはついにアンドレ・ヴィアス・ボアス監督からも才能を見込まれ、この10月11日、たった16歳にしてOMとプロ契約。スティーブ・マンダンダ、ヨアン・プレ、アマドゥ・ディアに次ぐ第4GKとなった。珍しいハッピーエンドだった。

もしまた事件が起きてしまったら……

こうした窃盗には、クラブも頭を悩ませている。実は現場ではユニフォーム、ショーツ、靴下などの「小さな紛失」は日常茶飯事。各クラブとも、部外者については監視カメラや通行バッジなどで対策を講じているが、犯人が内部にいるとなると厄介だ。ロッカールームは家族の部屋のようなもの。そこに監視カメラを常備するわけにはいかない。家族を疑って家の中にカメラを設置するも同然だからだ。やはりきめ細やかな心理把握で予防し、事件が起きてしまったらケースバイケースで最善の措置を取るしかなさそうだ。第2のチャンスを与えることも重要だろう。

パリ・サンジェルマンでは過去に、ダヴィド・ルイスのスパイクとハビエル・パストーレの高級腕時計が盗まれ、セキュリティー要員が逮捕された。昨年は、トゥールーズFCでマックス・グラデルの黄金のロレックスが、OGCニースでクリストフ・ジャレの高級腕時計がそれぞれ盗まれ、この2件の犯人はまだ見つかっていないという。

選手による窃盗について言えば、一つだけ確かなことがある。やっかみやジェラシーが湧いたら、「逢魔(おうま)が時」と警戒し、自己研鑽したほうがいいということだ。他人と比較せず、自分を磨いて、実力で覆すしかない。

<了>

イタリアで深刻化する人種差別は“他人事ではない” クリバリ、ルカクの闘う決意

“16歳の宝石”カマヴィンガに見る「育成王国」フランスの移民融合と育成力 

レアル・マドリードが“育成”でバルセロナを逆転 関係者が語る「世界一」の哲学とは 

男女格差は差別か、正当か? 女子サッカー米国代表の訴訟問題が問い掛けるものとは 

小林祐希が複数の会社を経営する理由とは? 現役中のビジネスは「悪影響ない」

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事