
星稜・奥川恭伸(ヤクルト)が併せ持つ、高校生離れの技術、クレバーさと、「忘れたくない」純粋さ
8月6日に開幕する夏の甲子園。石川県勢として初優勝の期待もかかる星稜には、同世代でも屈指の投手がいる。奥川恭伸だ。
この夏の地方大会では強豪校が次々と姿を消し、今秋のドラフトでも注目株の筆頭ともいえる選手たちも夢半ばにして敗れ去っていった。
そんな中で、エースとしてチームを勝利へ導き、自身4度目となる甲子園の舞台にたどり着いた奥川は、高校生離れした能力と、高校生らしい純粋さを併せ持っている。
世代最強の右腕はこの夏、どんな進化を見せてくれるのだろうか――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
高校野球の歴史で指折りの能力、ポテンシャルを持つ
なぜ、もっと騒がれないのだろう――。
8月6日に開幕する第101回全国高等学校野球選手権大会。石川県代表として7日に初戦を迎える星稜高校のエース・奥川恭伸に対する、率直な思いだ。
もちろん、奥川が大会最注目の投手であることは間違いない。2018年春のセンバツから4季連続出場の星稜を「優勝候補」に挙げる声も多く、決して注目度が低いわけでもない。むしろ、「大会ナンバーワン投手」の評価は不動といっていいだろう。
それでも「なぜ、もっと――」と感じてしまうのは、奥川が高校野球の歴史を振り返っても指折りの能力、ポテンシャルを持っているからに他ならない。
今年の高校野球界は「投手豊作の年」といわれている。その代表格といわれているのが奥川、佐々木朗希(大船渡)、西純矢(創志学園)、及川雅貴(横浜)の4人だ。最速163kmを誇る佐々木が全国的な注目を集めたのはもちろん、それ以外の3投手も秋のドラフトでは上位指名が有力視されている。
しかし、その4投手のうち夏の甲子園に歩を進めたのは奥川擁する星稜のみ。日本の高校野球界のレベルの高さをあらためて実感するとともに、大会前から注目を集めた高校、選手が勝ち上がるのがいかに難しいかを物語る結果となった。
岩手大会決勝で登板を回避し、結果として登板しないままに甲子園出場を逃した佐々木の能力が破格なのは間違いない。実力、話題性ともに佐々木に注目が集まるのも理解できる。
ただ、奥川の持つ能力は佐々木と比較しても遜色ない、むしろ現時点では「上」と見てもいい。筆者は、そう考えている。
昨秋の神宮大会、今春のセンバツで見せた圧巻の投球
彼の投球を初めて生で見たのは昨秋行われた明治神宮大会。奥川自身は宇ノ気中学時代に全国制覇を果たし、名門・星稜に進学。1年からベンチ入りを果たし、2年春夏には主戦として甲子園に連続出場。同年にはU-18日本代表にも選出されアジア選手権を戦うなど、すでに高校野球界では名の知れた存在だった。
その実力を高く評価されていた奥川は、最上級生となった新チームでエースとなると、覚醒の時期を迎える。石川県代表として戦った秋季北信越大会。準々決勝・松本一との試合では初回先頭から10連続三振を奪うなど、大会を通じて自責点ゼロの快投。北信越大会を見事に制し、神宮への出場を決めていた。
話題の奥川は、どんな投球を見せるのだろう――。
そんな期待を胸に試合を見たのだが、初戦の広陵戦での投球に度肝を抜かれた。先に結果を言ってしまうと、9対0の7回コールド勝ち。奥川は先発し、被安打3、11奪三振で完封勝利をあげた。全国屈指の強豪・広陵相手にこの結果というだけでも素晴らしいの一言に尽きるが、その内容はまさに圧巻だった。直球、スライダー、フォーク……、投げるボールすべてが一級品。球質、制球力ともにほぼ完璧といっていい。少なくとも「高校2年の秋」ということを考えると、その完成度の高さは過去をさかのぼっても類を見ないレベルだった。この大会、星稜は決勝で札幌第一に敗れて準優勝に終わるが、奥川自身は3試合で15回1/3を投げて自責点ゼロの26奪三振。秋の北信越大会、神宮大会を通じて防御率0.00という数字を残して、翌春行われるセンバツ出場を確実にした。
ただ、神宮大会での圧巻の投球を目にして、その将来に大きな可能性を感じた一方、こんな思いもよぎった。
奥川の「ベスト」は、この秋かもしれない。
高校野球の世界では、圧倒的なパフォーマンスを見せながらその後伸び悩む選手も多い。自身の好調時期がちょうど大会と重なり、その後、過去の自分を追いかけてしまう。神宮大会で見せた投球があまりにも見事だっただけに、「この投球クオリティーを今後も続けるのは難しいかもしれない」と感じてしまったのだ。
ただ、そんな思いは杞憂に終わる。
冬を越え、甲子園に戻ってきた奥川はセンバツ初戦で神宮大会のそれを超える投球を見せたのだ。
対戦相手はこれまた全国屈指の強豪・履正社。1回戦屈指の好カードを奥川は9回完封、17奪三振という投球で、神宮大会での活躍がフロックではないことを証明してみせた。
この試合で、筆者の奥川に対する評価は確固たるものとなった。
単なる好投手の域ではなく、高校野球の歴史に残るレベルの投手である、と。
インタビューで語った高校生らしからぬクレバーさ
センバツ終了後、夏の大会を直前に控えた6月。雑誌の取材で星稜を訪れる機会に恵まれた。ライターとしてではなく編集者としての取材同行だったが、奥川本人を単独で取材するのはこれが初めて。インタビュアーとの会話の中で感じたのは、奥川が現在の野球界のトレンドにマッチした投手であるということだった。
理想の投手像について問われた奥川は、こう答えている。
「投球のすべてで高いレベルを目指したいです。何かが突出しているのではなく、球速、キレ、制球力……そのすべてです」
打者の技術革新が目覚ましい現代の野球界では、例えば160kmの速球を投げられるだけ、切れ味鋭い変化球を投げられるだけ、緻密な制球力を持つだけ、では相手を抑えることはできなくなってきている。
本格派、技巧派といった投手のタイプを示す言葉も、死語に近いといっていい。150kmを超える速球を投げ、切れ味鋭い変化球を投げ、なおかつそれをしっかりとコントロールできる――。現代野球では、そんな高次元の投球が求められる。奥川が目指す投手像は、まさにそれだ。
また、昨今高校野球界をにぎわせた投手の酷使、球数問題についても、高校生らしからぬ考え方を持っていることが分かる。
「もちろん、自分が投げられればそれが一番ですが、例えば疲労がたまったりして『自分以外の投手が投げた方がいい』と思うことはあります。そんな時は、『もう代えてください』と自分から言います」
高校野球のエース、しかも世代屈指の投手から「自分以外の投手が投げた方がいい」「もう代えてくださいと言う」という言葉が出たのは驚きだった。もちろんその背景には星稜というチームに奥川以外にも優秀な投手が控えていること、林和成監督を筆頭に選手が投手の状態をしっかりと言葉にできる環境があるのは間違いない。
ただそれでもやはり「投げたい」と思うのが投手の本能。そこを冷静に考えて自己判断できるクレバーさが、18歳の投手に備わっている。
「野球を楽しむ、純粋な部分を忘れたくない」
その一方で、奥川の発した言葉の中から一つだけ、現在のトレンドとはやや相違する言葉も見られた。それが、「投手の一番の評価は、やはり『勝つこと』だと思うんです。だから、チームが勝つことにどれだけ貢献できるかを考えていきたい」という一言だ。
最新の野球理論では、投手の能力の高さと「勝敗」は、実は相関関係が低いことが分かっている。なぜなら勝敗には味方打線の得点や守備力など、投手の能力以外の影響が大きいからだ。そのため、メジャーリーグや日本球界では現在、勝敗数よりも奪三振数やクオリティスタート(QS/6回以上を投げて自責点3以内)といった数値の方が重視される傾向にある。
それでも奥川が「勝ち」にこだわる姿勢を見せたのはやはり、高校野球が「負けたら終わり」の世界だからだろう。いくら相手打線を抑えても、負けてしまっては次がない。だからこそ、どんな場面でもチームに勝ちをもたらす投球を見せる。そのためにベストを尽くし、時には自分が「投げない」という決断も下す。
投手としての技術の高さはもちろん、精神面でも高校生「らしくない」一面を持つ奥川。最後の夏に向けても、笑顔を見せながらこう答えてくれた。
「あまり、甲子園、甲子園と意識しすぎないようにしています。目の前の試合を一試合ずつこなして、野球を楽しむ、そういう純粋な部分を忘れたくないです」
最先端の考え方を持ちながら「純粋な部分を忘れたくない」とも語る奥川。高い理想を追い求め続けながら、最後の夏、甲子園に挑む。
奥川の野球人生にとっておそらく、この夏は通過点に過ぎない。ただ、もしかしたら「純粋な部分」を持ちながらプレーできるという意味では最後の夏になるかもしれない。
8月7日、星稜は北北海道代表の旭川大と初戦を迎える。世代最強エース・奥川恭伸は、4度目の甲子園でどんな進化を見せるのか――。楽しみでならない。
<了>
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