お台場で東京五輪“無料”観戦!「トライアスロン」の魅力は身近で感じる選手の息遣い
チケットがなくても無料で観戦できる五輪競技の一つ“トライアスロン”。
東京五輪の中心地であるベイエリアのお台場が舞台というアクセスのよさと、スイム・バイク・ランのコースがコンパクトにまとまって、周回する選手たちの息づかいや表情が至近距離で感じられるのが大きな魅力。無料で五輪を満喫するには絶好の競技といえる。
8月15日からテストイベントも開催されるこの競技について、日本トライアスロン連合・中山俊行氏に、コースの特徴や競技の見どころについて話を聞いた。
(文=茂木宏子、写真=©︎Satoshi TAKASAKI/JTU、トップ写真=Getty Images)
およそ2時間で決着がつくトライアスロンの魅力とは?
56年ぶりに東京で開催されるオリンピックに胸を躍らせ、大枚をはたく覚悟でチケット購入を申し込んだものの、1枚も当たらずガックリ……という人、結構多いのではないだろうか。しかし、あきらめるのはまだ早い。マラソン、自転車のロードレース、トライアスロン……チケットがなくても観戦できる競技はある。
そのなかの一つトライアスロンでは、この夏1年後に迫った本番に向けて、8月15日~18日の4日間、世界各国の強豪選手が一堂に会するテストイベント(正式名称はITUワールドトライアスロンオリンピッククオリフィケーションイベント)が開催される。
真夏の東京はライバルと戦う以前に酷暑と戦わなくてはならないため、この大会はその対策や戦略を練るためのデータ収集に重要な意味を持つ。好成績を収めた選手は、即代表に内定する国もあり、真剣勝負で挑む選手たちのスピードや迫力を間近に実感できるまたとない機会となっている。
トライアスロンと聞くと過酷な鉄人レースのイメージを抱く人も多いだろう。だが、陸上競技に長距離や短距離があるのと同様に、トライアスロンにもひたすら持久力を競う長距離もあれば、スピード重視の短距離もある。
オリンピックで行われるトライアスロンは、スイム1.5㎞、バイク40㎞、ラン10㎞の合計51.5㎞で競うスタンダード・ディスタンスと呼ばれるもので、およそ2時間で決着がつく。泳ぐ・漕ぐ・走るという運動特性の異なる3種目を連続して行うところに競技の特徴があり、得意種目を生かしつつ苦手種目の克服を図り、選手はバランスのよい競技力を身につける。その過程に選手それぞれの個性や考えが垣間見えるところが面白い。
レース会場となるお台場は、国内トライアスリートの頂点を決める日本選手権の舞台だが、埋め立て地特有のコースは起伏がなく極めてフラット。バイクでの実力差が出にくいため、五輪用に高速かつテクニカルなコースを新たに設定し直した。日本選手権が行われる10月とは違い、環境的にも真夏の8月という過酷な“変数”が加わって、地元の日本選手も経験したことがない未知のコースに仕上がっている。
そこで、日本トライアスロン連合でオリンピック対策チームリーダーを務める中山俊行氏に、コースの特徴を解説してもらい、来年の本番に向けたレースの見どころを聞いてみた。
高水温スイムでは深部体温のコントロールがカギになる
「スイムコースは日本選手権と同じですが、砂浜から走って海に入るビーチスタートではなく、ポンツーンと呼ばれるスタート台から飛び込む方式になります。ビーチスタートが苦手な日本選手にとって有利な展開が期待できます。泳ぐ方向が日本選手権と反対なので見える景色は異なりますが、1周750mのコースを2周回するフォーマットはいつもと同じ。特別なことはありません」
しかし、スイムに関して心配なのはコースではなく水温。中山氏は次のように指摘する。
「一番の特徴は高水温でのスイムということです。トップ選手たちが世界各地を転戦して競うITU世界トライアスロンシリーズ(WTS)も、近年は低水温の海や湖、川でレースをすることが多く、高水温はほとんど経験がありません。高水温の海を泳いだあとに、灼熱の舗装路をバイクとランで疾走し深部体温が上昇すれば、体力を消耗しパフォーマンスが低下することは必至。体を適度に冷やしつついかに全力で戦うかが選手たちの共通の課題です」
確かに、前回のリオデジャネイロ五輪は南半球が冬の8月に開催されたので、暑さを心配する必要はなかった。前々回のロンドン五輪も会場となったハイドパークの池の水温は低く、ウェットスーツ着用のレースだった。2008年の北京五輪は暑かったが、会場となった人造湖の水温に問題はなく、暑さとの戦いはバイクとランに限定されたものだった。30℃に近い水温が予想される今回は、トップレベルの国際大会では前代未聞の事態なのだ。
「国際トライアスロン連合(ITU)の規定では、水温が32℃以上になった場合はスイムを中止してデュアスロン(ラン・バイク・ラン)に変更することになっています。まさかそこまで上昇するとは思いませんが、その懸念を完全には払拭できないでいるんです」
と、中山氏をはじめ各国のコーチや選手も不安を抱えている。戦略的には、スイムを得意とする選手であっても体温上昇を考えてあえて抑え気味に泳ぐとか、逆に全力で飛び出して差を広げたあとにバイクで休んで体温調整を図るなどの作戦が必要になるだろう。物理的には、バイクのハンドルバーにアイスノンのような冷却素材を貼りつけるといった工夫も必要かもしれない。どうしたら効果的に体を冷やせるかを考え、各国ともルールの範囲内で試行錯誤しているのが実情だ。
「最近はヨーロッパの夏も暑いといわれますが、湿度は低いです。日本の湿気を伴った暑さとはレベルと質が違います。欧米の有力選手がこの暑さの中でどこまでレースできるのか。好成績を収めた選手は“私はこの暑さに耐えられた”と自信を持って五輪本番に臨めることは間違いありません」
リオ五輪女子金メダルであるアメリカのグウェン・ジョーゲンセンが、前年のテストイベントで優勝していたことを考えると、今回の結果が選手のメンタル面に及ぼす影響は少なくないと思われる。
コーナー数の多さでは前代未聞のバイクコース
レースを展望するうえでもう一つのカギになりそうなのが、五輪用に新たにデザインされたバイクコースだ。前述した通り、起伏はなくフラットだが、人工的に造られたアップダウンと1周5kmの周回コースにコーナーとUターンが約20カ所も設けられ、ブレーキかけてダッシュ、ブレーキかけてダッシュの繰り返しになるという。
「コーナー数の多さという点では、ITUが主催する過去の大会でも例を見ないほど。高度なコーナリングテクニックが求められる難しいコースです。しかも、コースの一部になっているシンボルプロムナード公園の路面は、タイル張りの遊歩道。
一見するとヨーロッパにある石畳のようにも見ますが、表面に凸凹はなくキレイに整っていて“雨で濡れたら滑りそう”という見た目の恐怖感があります。晴れていれば大丈夫だと思いますが、素材や張り方が微妙に違うタイルが複数組み合わされているので、実際にレースで走ってみないとわからないというのが本音です」
と、中山氏は言う。コーナーでの転倒に巻き込まれるリスクを回避するためにも、バイクの集団走行では常に前方に位置することが勝利への必須条件となりそうだ。
「第3種目のランは、ほぼフラットなコース。今はトライアスロンもスピードランニングが求められているので、実力がはっきり出る起伏のないコースを設定するのが世界の潮流です。ただ、ランの実力があったとしても、スイムで深部体温が上がりすぎたり、バイクのコーナリングで消耗した選手は、思うように走れないかもしれません。ランの結果はスイムとバイクの影響が50%ぐらい出るかもしれません」
トライアスロンのランは、単独競技のそれとは違い、スイムとバイクの疲労の蓄積を抱えての戦い。今回は高水温と難度の高いバイクコースを克服し、いかに“足を残せるか”がランの課題となる。
長期離脱の女王ダフィの完全復活なるか!?
では、この大事な一戦で活躍が期待される選手は誰か? 女子の優勝候補筆頭はフローラ・ダフィー(バミューダ諸島)だろう。リオ五輪を制したジョーゲンセンがマラソンに転向したあと、2016、2017年のWTS年間チャンピオンに輝き、女王の座を不動のものにした実力者。しかし、昨年5月のWTS横浜大会での優勝後はケガを理由にレースに出ておらず、今回久しぶりにスタートリストに名を連ねた。彼女の復調ぶりに世界中の注目が集まる。
「もし本調子なら、ダフィー中心のレースになるのは間違いありません。難関のバイクコースも、パワーとテクニックに優れた彼女なら、技量の低い選手と集団走行するより“一人で走ったほうが速い”と独壇場になる可能性も……。ランでは飛び抜けた力があるわけではありませんが、自分のペースで走れれば問題ないでしょう」
バイクで単独走行になっても後続を突き放せる圧倒的な実力を持つだけに、完全復活で臨むなら優勝の可能性は非常に高い。
「ダフィが本調子でなければ、優勝争いの中心は現在世界ランキング1位のケイティ・ザフィアエス、同4位のテイラー・スパイビーらのアメリカ勢になると思います。これに対抗するのが、ジェシカ・リアマンス、ジョージア・テイラー=ブラウン、ヴィッキー・ホーランドのイギリス勢でしょう。ランが強いフランスのカッサンドル・ボーグランやオーストラリアのアシュリー・ジェントルもどう絡むかが見ものです」
迎え撃つ日本は、高橋侑子(富士通)、佐藤優香(トーシンパートナーズ、NTT東日本・NTT西日本、チームケンズ)、井出樹里(スポーツクラブNAS)の4選手がエントリー(出場予定だった上田藍[ペリエ・グリーンタワー・ブリヂストン・稲毛インター]は8月7日に欠場を発表)。なかでも世界ランキング13位の高橋に期待がかかる。
「今、一番安定感があるのは高橋選手です。バイクで先頭集団につけて世界の強豪と対等に走れるようになり“協力し合って走れる仲間”として信頼も得ています。こうした選手同士の目に見えない信頼関係を事前に積み上げておくことがバイクでは重要で、五輪のときだけ集団前方で有利にレースしようとしても後方に追いやられてしまうんですよ」
高橋は、2017年から練習拠点をアメリカ西海岸に移し、スパイビーら強豪選手と一緒に日々トレーニングすることで力をつけてきた。今年5月のWTS横浜大会で4位入賞したときの粘りのランが再現できれば、表彰台も夢ではない。
戦国時代の男子を制するのは誰か?
一方、男子の優勝争いは混沌としている。リオ五輪後、WTS年間チャンピオンの座を3年間守ってきたスペインのマリオ・モーラが、今年は苦手なスイムでの出遅れをバイクとランで取り戻せず、下位に沈むケースが増えている。復調の兆しは見えるものの、ライバルたちのレベルアップも著しく、WTSの優勝者はレースごとに顔ぶれが変わる戦国時代の様相だ。
「テストイベントにはモーラをはじめ、ロンドン五輪銀メダルのハビエル・ゴメス・ノヤら有力スペイン勢が参戦しないので、スイムの速い選手が揃うフランス勢(ヴァンサン・ルイ、ドリアン・コナン、レオ・ベルジェール、ピエール・ルコー)が出だしからペースを上げて、レースの主導権を握ると予想されます。
実力ではロンドン五輪銅メダル、リオ五輪銀メダルのイギリスのジョナサン・ブラウンリーが頭一つ抜けていると思いますが、年齢的に絶頂期を過ぎているのでその点が気になります。
むしろ来年のホープとして注目したいのは、弱冠21歳、イギリスのアレックス・イーですね。陸上1万m出身の彼はWTSに初参戦した今年のアブダビ大会で軽快な走りを見せ、優勝したモーラを最後まで苦しめました。枯れ木のように細くてまだ体ができていませんが、来年の東京五輪では大いに期待できると思いますよ」
日本からは、古谷純平(三井住友海上)、北條巧(博慈会、NTT東日本・NTT西日本)、小田倉真(三井住友海上)、ニナー・ケンジ(NTT東日本・NTT西日本)、石塚祥吾(日本食研)の5選手がエントリー。課題とするバイクとランで世界のトップにどこまで食い下がれるか。積極果敢な走りでぜひともチャレンジしてほしい。
新種目のミックスリレーにも注目
ところで、来年の東京五輪からミックスリレーが新種目として加わることになった。男女各2選手で構成される1国1チームが出場し、スイム300m、バイク7.4㎞、ラン2㎞の短い距離を女子→男子→女子→男子の順番でつなぐ。選手も種目も次々と入れ替わり、スピーディーかつスリリングな展開が見どころだ。
「特にバイクは男女の個人戦よりスピードが3~4㎞/hは上がりますから、選手は難しく感じると思います。リレーで勝つための絶対条件は、とにかく1走が先頭集団で帰ってくることです。そこで流れをつくれれば、2走、3走も波に乗って4走の勝負に持ち込むことができますから」
有力はフランスやオーストラリア、イギリスだが、選手の不調やトラブルが発生すればたちまち順位が入れ替わるため、日本チームにも勝機は十分にある。
来年の五輪本番に備え、今年のお盆休みはお台場でトライアスロン観戦をしてみてはいかがだろうか?
ITU World Triathlon OLYMPIC QUALIFICATION EVENT
<了>
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