
八村、渡邊、ファジーカスだけじゃない バスケ日本代表“史上最強”の理由
8月31日から中国でFIBAバスケットボールワールドカップ2019が開幕する。「史上最強」と称される男子日本代表は今年、13年ぶりにその出場権を獲得した。しかし13年前の大会が開催国枠での出場だったことを考えると、アジア予選を突破しての出場は1998年のアテネ大会以来、実に21年ぶりとなる。
彼らが「史上最強」と言われる要因は“ビッグスリー”と呼ばれる3人のNBA経験者(渡邊雄太、八村塁、ニック・ファジーカス)の存在だけではない。当事者たちの発言をもとに、直近の国際試合でも結果を残し、13年ぶりに世界に挑む日本代表の強さの理由を探る。
(文=三上太、写真=Getty Images)
“ビッグスリー”の加入で一気にステップアップ
現在世界ランキング48位の日本はワールドカップでは予選グループE組に属し、そこで2位以内に入れば2次ラウンドに進むことができる。しかし同じ組には世界ランキング1位のアメリカ、同17位のトルコ、同24位のチェコがいる。13年ぶりのワールドカップは厳しい戦いを強いられそうだ。
しかしこの日本代表は今、「史上最強」と言われている。チームの司令塔であり、キャプテンでもある篠山竜青は「それはあくまでもメディアがバスケットを盛り上げるために言ってくれていることで、自分たちから史上最強を名乗るつもりはない」と言う。それでも「NBA選手が2人もいて、さらに国内リーグでもずっとトップスコアラーとして活躍している、NBA経験のある帰化選手もフロントラインにそろったことで、今までの日本にない高さが出たことはこれまでの代表にはないもの」と自信ものぞかせている。
2人のNBA選手とは、昨シーズンにメンフィス・グリズリーズと2ウェイ契約を結び、15試合でそのコートに立った渡邊雄太であり、今シーズンのNBAドラフトで日本人初となる9位でワシントン・ウィザーズに指名された八村塁である。さらにNBA経験のある帰化選手とは、現在の日本代表で最も身長の高い211センチのニック・ファジーカスである。
彼はダラス・マーベリックやロサンゼルス・クリッパーズでプレーした経験を持っている。そうした世界最高峰のNBAでプレーした、もしくはこれからプレーする選手が一気に3人も現れたことは過去に一度もない。それがこのチームをして「史上最強」と言わしめる理由でもある。
13年前のワールドカップに大学生として出場し、今なお日本代表の中心にいる竹内譲次は彼ら3人の加入は大きいと認めつつ、一方でそれが「チームが強くなったきっかけなんですけど、一つのきっかけでここまで変わるとは思ってもいませんでした」と驚きも隠さない。それだけ強烈なインパクトと実績を彼らはチームにもたらしているわけだ。
ワールドカップ直前に国内で行われた、「JAPAN MADNESS(ジャパン・マッドネス)」と称した国際試合でも彼らは圧倒的な存在感を放っていた。世界ランキング38位のニュージーランドとは2戦し、1勝1敗。勝ったゲームでは、渡邊こそ足首の故障でベンチ入りしなかったが、八村が35得点、ファジーカスが21得点をあげている。世界ランキング5位のアルゼンチンには敗れたものの、同22位のドイツには86-83で逆転勝利。このときは八村が31得点、渡邊が20得点。総得点の約60%を2人で決めている。
高さ(208センチの渡邊、203センチの八村、211センチのファジーカス)だけでなく、大学以降、バスケットボールの本場・アメリカでスキルも、フィジカルも鍛えてきた“ビッグスリー”と呼ばれる彼ら3人の加入が今の日本代表の大きな柱になっていることは間違いない。
プロ化と、“ビッグスリー”だけではない気概と
しかし当然のことながら、彼ら3人だけで世界の扉をこじ開けたわけではない。ワールドカップ本戦も彼らだけで世界の強豪国と互角に戦うことはできない。竹内の言葉どおり、彼らの加入をきっかけに男子日本代表そのものが、文字どおり「心技体」から変わってきたことが「史上最強」と言われる一番の理由である。
アジア予選の1次ラウンド5戦目、それまでの4連敗でワールドカップ出場に後がない状況だった日本は世界ランキング11位のオーストラリアに1点差で勝っている。それがその後の8連勝につながるはじめの一歩だった。篠山はその勝利がターニングポイントになったと振り返る。
「正直に言って、負けが続いていたときは、感覚的な話になりますが、負け癖がなかなか取れずにいたんじゃないかなと感じます。競りはするんだけど、最後の勝負ところで足が止まってしまう。一人ひとりが誰で勝負するのか、誰で勝つのかというところで足が止まってしまうところがありました。でもオーストラリア戦の勝利が大きなターニングポイントになって、自分たちのディフェンス、自分たちのトランジション(素早い攻守の切り替え)をやれば、オーストラリアにも勝てるんだとマインドチェンジがされて、その後の練習にもつながりました」
アジア最強(オセアニアは2017年からアジアと統合された)と呼ばれるチームに勝ったことで、自分たちも世界で戦えるんだという自信を持ち、これまで以上に世界をはっきりと意識できるようになった。それがビッグスリー以外の選手たちのレベルアップにもつながったのだ。
“ビッグスリー”と呼ばれる3人の中で唯一、以前にも日本代表として戦った経験を持つ渡邊は、メンバーが異なるため単純な比較はできないものの、チームメイトの意識の向上を認めている。そして、そこにはBリーグの誕生が大きく寄与しているとも言う。
「Bリーグができたってことは一つ大きな要因かなと思っています。国内のリーグがプロ化されて、お客さんもたくさん試合に入ってくれている中で、選手一人ひとりが自分はプロだという自覚を持ち始めているのかなと感じるんです。(アジア予選1次ラウンドの)4連敗の苦しい時期を引っ張っていってくれていたのはBリーグで戦っていた選手ですし、彼らが腐らずにやっていてくれたおかげで僕やニック、塁が入ったときにプレーしやすい環境を作ってくれていたので、Bリーグの選手の皆さんに僕は本当に感謝しています。今、僕らは“ビッグスリー”という呼び方をされていますけど、彼らがいないとワールドカップ出場も絶対になかったと思います」
彼ら3人の加入は間違いなく大きな意味を持つが、それはあくまでもきっかけであり、今のチームの土台にすぎない。彼らをきっかけにして、または土台にして、そのうえでいかに他の選手が彼らに負けない意識でプレーできるか。引っ張られるだけではなく、ときに彼らを引っ張るかも大事になってくる。それができるようになってきたことも、やはり今の日本代表が「史上最強」と言われる所以でもある。
ドイツに勝った国際試合で逆転のフリースローを決めたのは“ビッグスリー”ではなく、NBAの登竜門と言われるサマーリーグに今年参戦した馬場雄大だったし、「決勝点」となった次の得点を決めたのは篠山だった。
自分のプレーを客観視できるようになり、冷静な判断ができるようになってきたと自負する馬場は、その要因をこう語っている。
「今年の夏、サマーリーグで世界レベルを体験したことが一番に挙げられます。やはりNBAが世界でトップのリーグなわけですし、その登竜門であるサマーリーグでプレーできたことで、そこにいる選手たちと戦うことが以前に比べて当たり前になったというか、倒していかなければいけない相手だと明確になったんです。それに対する自分の課題も本気で考えるようになって、それが日本代表にも還元できているかなと思います」
篠山もまた「勝負所でアタックする気持ちを忘れずに、ゲームをコントロールしながらも得点を取れるのが自分の目指しているポイントガード像です。得点を量産するようなポイントガードではないですけど、しっかりと自分が行けるときは行く、みんなが困っているときに自分がペイントエリア内にドリブルして入っていくことができればという思いは常に持っていたので、あそこでシュートを決められたことは自分にとってすごく自信になりましたし、試合を通していいゲームコントロールもできていたので続けていきたいです」と手応えを口にしている。
トルコ(9月1日)、チェコ(3日)、アメリカ(5日)――本気の世界は決して簡単な戦いではないが、篠山が国際試合の最終日、ファンに向けて発したように、今の日本代表ならば世界を驚かせることができるはずだ。
<了>
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