
“リアル弱虫ペダル”16歳・篠原輝利の決意 日本人初のツール・ド・フランス優勝へ
日本人初のツール・ド・フランス総合優勝を目指す高校生、篠原輝利を皆さんはご存知だろうか?
小学4年生で初めて自転車に乗れるようになった少年は、そこから自転車にのめり込み、小学校6年の時にロードバイクと出会うことで人生の転機を迎える。
12歳になるまでスポーツに打ち込んだことすらなかったという彼は、なぜそこから世界を目指し、いかにして成長して今に至るのか?
現在フランスの地に拠点を移して奮闘する16歳の知られざるサクセスストーリーを追った。
(文=佐藤拓也、撮影=及川隆史)
「買ってもらうからにはプロを目指そうと思った」
6月に開催された第23回全日本選手権個人タイム・トライアル・ロード・レース大会「男子U17+U15」カテゴリーで優勝したのは16歳の篠原輝利だった。スタートから盤石な走りを見せて先頭でゴールに入った高校2年生は「うれしかった」と大会を振り返りながらも、「喜ぶことはありませんでした」とはっきりした口調で口にした。
「全日本選手権とはいえ、僕の最終目標に対してのプロセスの一部だったので、当然の結果と捉えました。もちろんうれしかったですけど、今はもう先を見ています」。最終目標とは日本人初の「ツール・ド・フランス優勝」であり、そのために中学卒業と同時に日本を飛び出し、フランスに拠点を移して活動している。
10代において海外で活躍している選手の多くが幼少期から英才教育を受けている。しかし、篠原は「特別なことは何もしてこなかった」という。唯一の趣味は父親とたまに行く釣りぐらいで、スポーツに熱中したことはなかった。自転車との出会いも小学校4年時と遅かった。
それまで自転車に乗ることすらできなかった篠原だが、練習して乗れるようになった時の喜びが大きく、そこから自転車にのめりこんでいった。最初は友達とのツーリングを楽しんでいた程度だったものの、小学校6年の時にロードバイクと出会ったことが篠原の人生を変えた。ついに夢中となれるものと出会えたのだった。
そして、父親にその思いを伝えると、ロードバイクを購入してもらえた。価格は約3万円。競技用のロードバイクとしては安価なものである。しかし、「僕にとってはすごく高価なもの。買ってもらうからにはプロを目指そうと思った」と篠原は決意を固めて、自転車にまたがった。
事実はフィクションよりも奇なり
天賦の才はすぐに発揮された。ロードバイク購入直後に出場した大会でいきなり優勝を果たし、次に参加した大会でも優勝という結果を残した。まさに篠原本人も愛読者であるという「弱虫ペダル」のような物語だ。その後、「『自分は最強』だと天狗になってしまい、あまり練習しなくなってしまった」ことにより結果を出せなくなる時期もあったが、「やっぱり練習をしないと勝つことはできない」と気づいた篠原はそれ以降、真摯にトレーニングに励み、優勝を重ねていった。
中学に進学した篠原は「自転車一筋」にはならなかった。学校では水泳部に所属し、「毎日部活で4km以上泳いだあと、家に帰ってから1時間自転車のトレーニングをしていた」という。それにより、心肺機能と筋力を鍛えることができた。12歳までスポーツに打ち込んだことのなかったハンデを部活動との両立による努力で埋めたのだった。
また、「負けず嫌い」に育てられたことも成長に欠かすことのできない要素となった。「勝負にこだわることだけは徹底してきました」と父の浩一氏は語る。「僕は手を抜けない性格なので、相手が子どもだろうと手加減をしませんでした」。トランプでも釣りでも息子に対して手を抜くことなく勝負を挑み、負けて悔しい思いをしても勝つまで諦めない執着心を培わせた。「それが生きている」と篠原は言う。
「自転車を始めるまでスポーツをしてこなかったので、自主トレーニングすることが苦手だったんです。なので、最初はさぼることがあったのですが、やはりさぼると負けてしまうんです。それを理解するようになってから、自らを追い込めるようになりました。負けると悔しいですからね。『変態』と呼ばれるほどきつい練習が好きになりました(笑)」
篠原にとって転機となったのは14歳の時に出場した三重県四日市市で開催されたレースだった。一緒に走った「ボンシャンス」に所属している選手から「練習に来てみたら」と声をかけられた。「ボンシャンス」は長野県飯田市を拠点に活動している自転車ロードレースチームで、かつてヨーロッパで活躍した福島康司氏と福島晋一氏の兄弟が指導を行っている。そして練習参加した際、康司氏から「ぜひ入ってほしい」と誘いを受けた。「このチャンスを逃すことはできない」と二つ返事で快諾。今まで父親と二人三脚でトレーニングをしてきた篠原は本格的な指導を受けることができるようになり、さらに才能を伸ばしていった。
「ボンシャンス」はフランスにも拠点があり、所属したことにより、フランスの大会に出場できるようになったことも篠原にとって大きかった。2017年3月にはじめて渡仏し、2週間で3つのレースに参戦。最初のレースでは2位に2周差をつける圧倒的な力を見せてゴールするものの、わずかにギア比を間違えたため(ジュニアの競技者は故障のリスク回避のため最大ギア比を制限する規定がある)敢闘賞という結果に終わった。しかし、2つ目のレースでは3位入賞を果たし、最後のレースでは優勝を飾った。フランスの大会で結果を出し、「世界で戦う自信がついた」と語る篠原。その視線は世界に向けられた。
ツール・ド・フランスへの“最短距離”
中学3年の篠原には高校の進路の決断が迫られたが、世界を見据える篠原に日本に居続ける理由はなかった。「フランスの大会に出場して、自転車をやるからには世界で戦ってこそ意味があると思うようになりました。日本で高校に入って自転車を続けても、目標は高校総体になってしまう。それだと、ツール・ド・フランスは遠ざかってしまう。あくまで目標は世界最高峰の舞台ツール・ド・フランスでの優勝なので、そこに到達するために何をすべきかを考えてフランスに行くことを決めました」
中学卒業後すぐにフランスに渡り、以前から誘いのあったフランスの名門チーム「USSA パヴィリー バロンタン」に所属。日本の通信高校のカリキュラムを受講しながら自転車に打ち込む日々を過ごしている。移住後、言葉の壁にぶつかることはあったが、「1カ月ぐらいで耳が慣れていき、今では相手の言っていることは大体理解できるようになりました」という。来年には現地で語学学校に通う予定とのことで、「高校在学中にフランス語を完璧にするという目標があるので、ここからさらに勉強したいと思っています」と意気揚々と口にした。また、現在は観光ビザで渡仏しているため、3カ月ごとに日本とフランスを行き来する生活が続いている。しかし、語学学校に通えば学生ビザを取得できるようになり、長期滞在が認められるようになる。「そうすれば、今まで以上に成長できると思っています」と目を輝かせる。
「フランスに来てから着実にステップアップしている実感があります。来年が一番楽しみです。カテゴリーがU-19に上がると一気にレベルも上がるので、まず1勝することが来年の目標となります。あと、来年になれば、アジア選手権や世界選手権も視野に入る。そこを意識しながらも、楽しみながら自転車に乗り続けたいと思います。個人的には言葉の壁も乗り越え、やっと世界で戦うためのスタートラインに立てたところだと思っています。ウォーミングアップが終わった状態で、もうそろそろスターティングブロックに足を置けるという状況。ここからが勝負ですね」
そして、「ツール・ド・フランス優勝は近づいているか?」という質問に対して、篠原は力強くうなずいた。
日本人初の快挙へ、16歳の少年はフランスの地で奮闘し続ける。
<了>
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