「日本人は楽しそうにプレーしていない」 16歳・篠原輝利が驚愕した自転車の本場フランスの指導とは
「ツール・ド・フランス総合優勝」を目指し、単身フランスの地で武者修行中の高校生ロードレーサー篠原輝利。
中学卒業後にフランスに渡った彼は、海外と日本のトレーニングに対する考え方の違いに驚いたという。もっと練習したいという選手に対して休めと言い、「今強くなりたいのか、将来強くなりたいのか」と問いかけるフランスの指導とは?
今後世界の舞台で活躍することが期待される若きアスリートの一人である篠原の率直な言葉の数々には、日本のスポーツ界が一歩前進するためのヒントが隠されているように感じてならない。
(インタビュー・構成=佐藤拓也、撮影=及川隆史)
「今強くなりたいのか、将来強くなりたいのか」
昨年からフランスに拠点を置いて活動されていますが、日本と違いを感じることは?
篠原:フランスに行くと、日本はスポーツ先進国ではないなと感じます。古い根性論的な考えがまだ残っている。フランスだけでなく、ヨーロッパ全体に科学的見地に基づいた指導が行われています。日本がその域に達するのはまだ時間がかかると思います。
トレーニングの内容が違うということですか?
篠原:フランスでは科学的に考えてトレーニングをします。日本だと、回数など量を重視しますし、食事もただ量を食べることを強要されることが多いと思います。それが正しいかどうかはわかりませんが、フランスの場合だと年齢ごとにどのぐらいの距離を乗らないといけないのかがちゃんと定められているんです。段階を踏んでトレーニングしていくことを重視していますね。やみくもに距離を乗るだけではダメなんだと確認できました。
科学的なデータに基づいているということですね?
篠原:それもありますし、過去のデータも参考にしながらトレーニングを組んでいます。蓄積されているデータの量が多いので、そりゃ強くなるなと。練習時間も違いますね。僕は日本にいる間、かなり長い時間練習していました。それこそ、4時間、5時間練習してきました。フランスでは、4時間乗ったら次の日は乗せてもらえないんです。「休め」と言われます。4時間乗った次の日も「乗りたい」と言ったことがあるのですが、コーチから「今強くなりたいのか、将来強くなりたいのか」と問われました。そう聞かれたら、「休みます」と言うしかないですよね(笑)。
休むこともトレーニングですよね。日本人は練習しすぎという話はよく耳にします。
篠原:フランスでは10月後半でレースシーズンが終わるのですが、そこから12月後半まで自転車に乗らせてもらえません。最初、それを聞かされた時は「そんなの無理!」と思いましたが、やっぱり休んでいる間にできることってあるんですよね。筋トレをしたり、体を大きくするために必要なことをしています。
大切なのは目標のために逆算してプロセスを組むこと
フランスに行ってから変化を感じますか?
篠原:考える時間が多くなりました。その結果、以前のようにやみくもに乗るのではなく、自分に何が足りないのかが明確にわかるようになりました。この練習にはこういう理由があって、ここを伸ばすための練習だということを整理して取り組むことができていますし、次のレースはここにあるので、どのタイミングでこの練習をしようということを自分で考えられるようになりました。考える力がついたことによって、将来の目標が近づいた実感があります。
考えることは大事ですよね。日本の場合は指導者から指示されたことをやることが一般的です。
篠原:日本にいる時、ある高校の練習に参加していた時があったのですが、かなり長い距離を乗らされたことがあって疑問を抱いていたんです。なので、部員の人に「今、この練習って何の意味があるの?」と聞いたら、「わからない」って答えたんですよ。これじゃ、強くならないなと感じました。目標のために逆算してプロセスを組むことができる人とできない人とで成長の速度が違うと思います。僕はツール・ド・フランスで総合優勝するという目標があります。そのためにどのチームに所属するべきなのか、どの大会で勝たないといけないのか、その大会で勝つためにはどういう力が必要なのかといったふうに逆算しています。目標を持つことによって、今自分が何をすべきかがわかるんですよ。まずは目標をしっかり定めていくことが大事だと思います。
休みすぎず、やりすぎずのバランス
日本のスポーツは練習がつらくて、やらされている感が強い。だから、高校でやめたくなる選手が多いんだと思います。「楽しさ」があまりないような気がします。
篠原:「練習をやらなきゃ」という使命感を勝手に作っている。その練習をして何が強くなったのかというと自己満足のところが強いんですよ。そのきつい練習をやったことの達成感だけなんです。休む時はしっかり休むことが大事だと思います。
練習以外にもいろんなことに触れてリフレッシュすることも重要ですよね?
篠原:休む時にしっかり休んで「やりたい」という思いをよみがえらせて、練習を再開するほうが絶対に伸びると思うんですよ。その気持ちはすごく大事だと思います。ヨーロッパの人はその辺がすごく上手なんですよ。昨日はがっつり乗って疲れているから今日は乗らないっていう判断ができるんです。うまくバランスを取っているので、ずっと競技を続けられる。そういうスポーツとのつながりがかっこいいというか、尊敬しますね。
僕もつらいと思うことはあります。日本にいる間もフランス人コーチからメニューをもらって取り組むのですが、今日はインターバルのメニューで次の日は4時間乗るというメニューだった時、「4時間も乗るの!? 嫌だな」と思った時点でマイナス感情なんですよね。なので、コーチに「時間を減らしていいか」と聞きました。もちろん、「その分、強度を上げるから」という話もしました。そうしたら、コーチは受け入れてくれました。「やらなくちゃならない」と思ってしまうと、結局その積み重ねで燃え尽きてしまうところがあると思います。なので、燃え尽きないように自分でバランスを取ることが大事だと思っています。休みすぎず、やりすぎず。そのバランスが大事ですよね。
メンタルのバランスですね。
篠原:そこが一番大きいと思います。目先の小さなことからやっていくベビーステップも重要だと思っています。例えば、朝6時半に必ず起きるとか、寝る前の30分はスマホをいじらないとか、そういう小さなことをクリアしていくことで自信はついてくる。自分に自信を持って目標に対して投資していくことが大事だと思っています。そして、一番は楽しく続けること。高校野球の練習で楽しそうにプレーしている選手を見たことがないんですよ。つらそうだなと。もうちょっと休んでいいんじゃないかなと思いながら見ています。このつらさを知っておけば強くなれるということなのかもしれないのですが、そのつらさは必ず味わわなければならないものではないんじゃないかなと。そこはヨーロッパとの違いですね。無理してやった先には故障と燃え尽きしかないですから。例えば、言われた通りの練習を6時間やるのと、自分で意図を持って2時間を取り組むのとでは成果は違うと思います。ただ練習すればいいわけではないと思います。日本の高校生は食事や睡眠時間もあまり考えていない人が多いですよね。ただ量を食べればいいわけではないと思います。どのタイミングでどういう栄養を取らないといけないのか。僕と同じ年代の選手でそこまで考えている人と会ったことはまだないですね。
日本の常識、海外の非常識
現在は通信高校のカリキュラムを受講しているんですよね?
篠原:サッカーの久保建英くんと同じ通信高校なんですよ。スクーリングの時に一緒にご飯を食べました。やっぱり彼もいろいろ考えていますね。すごく刺激を受けました。あと、フィギュアスケートの紀平梨花さんと同じヤマハ発動機スポーツ振興財団から助成金をいただいている関係で彼女とも話をしたことがありますが、言っていることが違いましたね。世界で戦っている人たちは発言の一つひとつに重みがある。考えて言葉を出しているなと。競技で上を目指すなら、日本にとどまる必要はないと思います。
日本の常識が世界の非常識ということもたくさんありますからね。
篠原:本当にそうです。特にスポーツでは多いと思います。それを痛感しています。競技に対してどういう考え方をするのかというのはこれから先すごく大事になっていくと思います。
目標のツール・ド・フランス優勝に近づいている実感はありますか?
篠原:ありますね。見据える場所は「今」ではありません。フランスに来てから考えすぎて、自分で自分を責めてしまう自己嫌悪に陥ることがありました。でも、今は着実にステップアップしている実感があります。この生活ができるのも親のサポートがあるからこそ。そもそも僕をこの道に導いてくれたのは親なので、期待に応えたいというか、恩返しをしたいと思っています。
<了>
【前編】“リアル弱虫ペダル”16歳・篠原輝利の決意 日本人初のツール・ド・フランス優勝へ
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PROFILE
篠原輝利(しのはら・きり)
2003年4月1日生まれ、茨城県東茨城郡茨城町出身。小学4年生で自転車に乗り始め、6年生からロードレースの道へ。さまざまな大会で優勝し、脚光を浴びる。そして、中学卒業と同時にフランスに拠点を移して「ツール・ド・フランス優勝」を目標に活動中。
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