岡田武史がFC今治で見せる独自の組織論とは?“経営者”としての信念と、未来への挑戦

Business
2019.09.28

岡田武史がオーナーを務めるFC今治はいま、Jリーグ昇格、そしてJFL優勝をかけた戦いに挑んでいる。日本代表監督として2度のワールドカップを戦った男のクラブ経営への転身は、日本中を驚かせた。あれから5年。決して平坦な道のりではなかった。これまでの日々を振り返りながら、FC今治の現在、未来、そして、“経営者”岡田武史の信念をひも解きたい――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

クラブの全社員に向けて送られた、1通のメール

危機感を募らせながら、全社員へ向けて緊急のメールを送った。頭のなかで「バカ野郎、いい位置じゃねえんだよ」と叫びながら、JFL(実質4部)を戦うFC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツの代表取締役会長を務める、元日本代表監督の岡田武史は、メールの文面にこんな言葉をつづっている。

「絶対に優勝だ。まだ3位なんだ。表現を変えるように」

年間30試合を戦うJFL戦線が、折り返しを迎えようとしていた6月下旬だった。キックオフ前の時点で、勝ち点20で並んでいたホンダロックSCから3対2の逆転勝利をゲット。順位を3位に上げたことを受けて、クラブが発行しているメールマガジンに目を通したことがきっかけだった。

「メルマガには『いい位置につけています。これからもっと――』と書かれていた。4位以内に入ればJ3に上がれる、という考えが社員の頭のなかにはある。これはまずいと思って、メールを打ちました」

JFLからJ3へ参入するためには、さまざまな案件を満たすことが求められる。成績面ではJFLで4位以内に入り、なおかつ百年構想クラブに認定されている今治、東京武蔵野シティFC、テゲバジャーロ宮崎、奈良クラブ、ラインメール青森のなかで上位2クラブに入らなければならない。

聞き慣れない百年構想クラブとは、運営法人の経営体制や常時練習が可能な環境の確保、普及活動の継続的な実施などがJリーグに評価されて初めて認定される。今治の場合は地域リーグの四国リーグ(実質5部)を戦っていた2016年2月の段階で認定され、2017シーズンからは戦いの場をJFLへ移している。

そして、財務面で年間事業収入が1億5000万円以上であることが、観客動員面ではホームにおける1試合の平均観客動員数が2000人を超え、3000人に到達させようとする努力の跡が認められなければならない。そのうえで前出の成績面の条件をクリアすることで、ようやくJリーグの理事会に諮られる。

今治は岡田のネームバリューの高さと、コンビを組む東京大学卒で世界最大級の投資銀行、ゴールドマン・サックス証券株式会社で10年間らつ腕を振るった、愛媛県出身の矢野将文代表取締役社長の舵取りで、財務面と観客動員面とで課されたハードルを2017シーズンからクリアし続けている。

あとは成績面という状況で、JFLで2017シーズンは6位、昨シーズンは5位に終わった。3度目の正直にかける思いがクラブ全体にみなぎっているからこそ3位に浮上し、百年構想クラブのなかでも最上位にいる状況が、メールマガジン上で「いい位置に――」と表現されたのだろう。

「監督が目標は優勝だと言ったんだから。優勝してJ3に上がる、と言ったんだからね。その目標を信じて全員が向かっていったら、本当にものすごいパワーを持つ。でも、ちょっとでも『まあこれくらいでもいいや』と思った瞬間に、パワーが90や80ではなくゼロになっちゃうんだよ」

危機感を込めてメールを送った理由を、独特の組織論を介して岡田はこう説明する。日本代表監督として初めてワールドカップの舞台に挑んだ1998年のフランス大会。コーチとして自身を支えた小野剛氏を、今シーズンを戦う監督に据えた。もっとも、優勝という目標は小野監督が追認したものだ。

駒野友一が語る、JFL優勝への想い

新シーズンが始動した直後のこと。ミーティングの終盤になって、小野監督は「選手たちでシーズンの目標を決めてほしい」と告げ、コーチ陣とともに部屋を出た。異例に映る指示の狙いを「自分たちで決めた目標ならば、どんな状況になっても貫くことができるので」と小野監督は打ち明ける。

ミーティングの音頭を取り、目標としてJFL優勝を選手全員で共有させたのは、今シーズンから加入した元日本代表DF駒野友一だった。岡田が2度目の指揮をとった2010年の南アフリカ大会を含めて、ワールドカップの舞台で2度戦った38歳の大ベテランは、頂点を意識させた狙いをこう明かす。

「いままではJ3への昇格だけを目標にやっていたみたいですけど、実際に戦うのであれば優勝争いをして、優勝して昇格する方が次につながると思ったんです。目的が昇格だけでは今シーズンだけで終わってしまうので、しっかりと将来的なことを考えて、チームが一つ上のステージに行ったときにいい戦いができるように、と考えているので」

2年半所属したアビスパ福岡から、契約を更新しないと告げられた昨年11月下旬。すぐに駒野のもとへ連絡を入れてオファーを送ったのが岡田であり、年代別の代表、そしてサンフレッチェ広島で指導した縁をもつ小野監督だった。駒野を必要とした理由を、岡田の思いを代弁するように小野監督が明かす。

「若い選手を育てられるチームをつくっていくなかで、経験のある選手が、それも若い選手のロールモデルになれる選手がほんの数人でもいれば、彼らの背中を見ながら大切なことを発見して、戦える選手へと伸びていく。駒野は技術があるし、戦術眼も高いけれども、何よりも選手として絶対にやらなきゃいけないこと、当たり前のプレーの基準がものすごく高い。なかなか見えにくいところで、絶対にさぼらない。だからこそ、日本代表にまで上り詰めたんです」

当初は「カテゴリーで考えると、やっぱりJリーグで続けてプレーしたいという思いはあった」と考えた駒野も、最終的には岡田と小野監督の熱意に胸を打たれる。ワールドカップ経験者では他にDF茂庭照幸(FCマルヤス岡崎)しかいない、JFLでのプレーを決めた経緯をこう説明する。

「家族と話し合って、いままで僕のサッカー人生に関わってくれた監督の方々に対して、奥さんも『恩返しをするタイミングじゃないかな』と言ってくれた。確かに今シーズンはJFLを戦っていますけど、これを来年につなげるというか、来年にJ3へ昇格すればいいことだと思えたので」

監督時代とはまったく異なる、“経営者”としての重圧

駒野だけではない。大阪府立天王寺高校の後輩で、ガンバ大阪やヴィッセル神戸などで活躍した元日本代表のMF橋本英郎。北海道コンサドーレ札幌で長くプレーしたFW内村圭宏といったベテランたちが加入した今シーズン。指導者時代とはまったく異なるプレッシャーを、岡田は日々感じている。

「代表監督というのは名前の肩書きに、そしてプレッシャーの塊に『この野郎!』と思って耐えていればいいし、嫌になったら投げればいい。もうやめた、と言えるんだけど、経営者は違う。60人近い社員へ給料を払うのに、毎月5000万円以上のキャッシュフローが必要になる。そういうことをきちんとやっていかないと、3カ月後には給料を払えなくなるかもしれない。じわじわと真綿で首を絞められるような、社員や社員の家族のみんなを食わせなきゃいけない、というプレッシャーは代表監督のときとはまったく違う。もうやめた、なんて絶対に言えないし、何よりも社員たちが生き生きとした表情でウチに働きにきてくれる姿を見ると、やりがいしかないですよね」

1976年に大西サッカークラブとして創設された歴史を持つ今治を運営する、株式会社今治.夢スポーツの株式を、岡田が51%取得したのは2014年11月。長く抱いてきた「日本のサッカーは現状のままでいいのか」という疑問に対する答えを求めたいという思いが、岡田を指導者から経営者へと変えた。

「サッカーの型をつくって、16歳までに教え込もうと思って始めた。まず型を教えてから、16歳、高校生ぐらいからチーム戦術を落とし込んでいく。そういうトライがしたかった。そうすれば主体的で、自分で判断できる選手を育成できるんじゃないか、と」

剣道や茶道などの修業でよく言われる「守破離」を、サッカーに持ち込んだ。師匠や流派の技や教えを確実に身につける「守」から、他の流派にも触れて心技を発展させる「破」を経て、独自の新しいものを生み出していく「離」へ。既存のJクラブではなく小さなクラブならば挑戦できるのでは、と考えていたところへ、大学時代の先輩がオーナーを務めていたFC今治からオファーが届いた。

「もともとはサッカーをやろうと思っていただけだけど、実際に今治に行ったら、土地はあっても商店街に誰もいないというか。このままならチームが強くなっても、応援してくれる人がいないというか。少子高齢化の限界都市のようになっていたので、そこを何とか街と一緒に元気になる方法がないだろうか、と思って地域や地方の創生もやろう、と」

経営者として描く目標を短期、中期、長期に分ければ、J3参入が短期に、J2以降の挑戦が中期に、縁あって赴いた今治市の街おこしが長期となるだろうか。2025年までにJ1で常時優勝争いをして、ACLで頂点に立ち、5人以上の日本代表選手を輩出するというビジョンも中・長期の目標に分類される。

「次のJ2のスタジアムをもう始めないと間に合わないので。1万人のスタジアムの計画や模型がすでにできていて、その資金調達をしないと。加計学園でたくさん使っちゃったから今治市にはお金がないので、土地は無償で貸してくれるけど、自分で建ててくれと言うから。50億円くらいだけど、自分で建てようかな、と。投資してもらえるような事業として、(サッカー以外の機能を持つ)複合型スタジアムができるので事業収入が入る。10年間のPL(損益計算書)ができて、だいたい承認が下りたので、最後、あと5億円くらいを何とか集めないといけない。それがいま一番の懸案かな」

2017年9月にこけら落としとなったありがとうサービス.夢スタジアム、通称・夢スタの収容人員は約5000人。J2のクラブライセンス申請には1万人、J1には1万5000人規模のスタジアムが必要となる。過去を振り返らずにいま現在を全力で駆け抜けながら、未来をも見つめていなかければいけない。

FC今治の挑戦は続く……

やるべき仕事が多岐にわたって目の前に山積している。毎日が刺激と興奮に満ちあふれ、心身が充実しているからこそ、日本代表監督を含めて、トップカテゴリーの監督を務めるために必要な公認S級コーチライセンスを更新せず、昨年3月末に日本サッカー協会(JFA)へ退会を申し出た理由も笑いながら語る。

「講習を受けないでいたら、(更新に必要な)リフレッシュポイントが足りなくなって。それでも(登録料として)お金だけ引き落とされると言われたので、退会届を出しました。経営の方が忙しくて、楽しくて、なかなか現場がイメージできなくなっているので」

63歳の岡田がいまと未来を大いに語ったのは、前日本代表監督でいま現在はタイ代表監督を務める1つ年上の西野朗氏、前なでしこジャパン監督の61歳の佐々木則夫氏とともに日本サッカー殿堂入りを果たし、東京・文京区のJFAハウス内で開催された掲額式典に出席した9月10日だった。

どのようなかたちで未来の日本サッカー界に貢献していくのか、と問われた岡田は「もう十分に貢献したでしょう。まだせえ、っちゅうの?」と苦笑しながら、すでに挑戦を開始させている「守破離」のもとで育てている子どもたちの未来を介して、こんな言葉を紡いでいる。

「10年後に答えは出ますけど、もし当たっていたら日本のサッカーに少しは貢献できるかな、と」

子どもたちが憧れるトップチームであるためにも、今シーズンこそJ3へと通じる扉をこじ開けなければいけない。掲額式典が行われた段階で、今治はさらに勝ち点を積み重ねて2位に浮上していた。成績面の条件はクリアするのでは、と問いかけた直後に「まだまだ」とくぎを刺された。

「何も決まっていない。そんな危ないこと言わないでよ。ダメだよ。全然まだダメだよ」

いまだに脈打つ勝負師の勘が、何かをひらめかせたのか。掲額式典から5日に行われた東京武蔵野シティ戦で快勝した今治は、直近のリーグ戦となる宮崎戦で苦杯をなめさせられる。百年構想クラブに名前を連ねながら、J3クラブライセンスが交付されなかった宮崎に、試合終了直前に決勝点を奪われた。

2位は変わらないが、史上初の4連覇を目指す首位Honda FCとの勝ち点差は8ポイントに広がった。そして、先の天皇杯4回戦で浦和レッズを下す番狂わせを演じ、自信と勢いをさらに増したHonda FCのホーム都田に乗り込む決戦が、台風の影響で延期になった末に10月5日に組み込まれている。

首位攻防戦を含めて残りは9試合。そのなかには勝ち点3ポイント差で3位に迫るソニー仙台戦、7差で4位につけるホンダロック戦が含まれる。百年構想クラブ勢で下位に沈む奈良、青森との対戦も残すなかで、メールや言葉を介して岡田からも檄を飛ばされた、優勝への可能性をつなぎ止める大一番に今治は心技体のすべてを集中させる。

(文中一部敬称略)

<了>

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