
ラグビーW杯と関係があった、ジーコJAPANのドイツW杯“悪夢”の大逆転負け
ラグビーワールドカップ2019・日本大会2日目、優勝候補の一角ワラビーズ(オーストラリア代表)が登場し、フィジーを相手に逆転勝利を収めた。「サッカーファンこそラグビーワールドカップを一番エンジョイできる!」と声を大にして言うラグビージャーナリストの永田洋光氏は、この試合を見て、2006年のサッカーワールドカップを思い起こしたという。
サッカーファンなら決して忘れることのできない、日本代表がオーストラリアに1対3で大逆転負けを喫したあの“悪夢”は、「ワラビーズ」の成功と決して無関係ではなかった――。
(文=永田洋光、写真=Getty Images)
オーストラリアが見せた大逆転勝利
オーストラリアは強かった!
20日に開幕したラグビーワールドカップ2019・日本大会第2日、この日の一番早い試合に、前回大会準優勝のオーストラリアが登場。7月27日に、日本に21対34と敗れたフィジーと対戦した。
結果は、オーストラリアが39対21で勝った。
――が、これ、スコアほどのワンサイドゲームではなかった。
前半立ち上がりから、金星を狙うフィジーがフルスロットルでオーストラリアに挑み、前半7分のトライで8対0。オーストラリアも反撃して2トライを返したが、前半を終えて14対12とフィジーがリード。後半立ち上がりの43分には、フィジーの13番ワイセア・ナヤザレブがオーストラリアのパスミスを拾って約50mを独走。このトライで21対12と差を広げた。
刺激的でスピーディーな展開に、これはオーストラリアが負けるのでは……といった予感も漂い、海外に配信される英語実況では、アナウンサーが「このままいくと、Great upset in Sapporoが起こるぞ」とまで言い始めた。
56分にはオーストラリアが反撃に出てトライを奪ったが、それでもスコアは21対20だ。
そして、残りはあと20分――。
ここでオーストラリアはギアを上げた。
「途中から交代で入ったメンバーが、的確なメッセージを伝えてくれて、僕たちは基本に立ち返ることができた」と、オーストラリアのキャプテン、マイケル・フーパーは振り返ったが、確かに51分に代表106キャップのスクラムハーフ、ウィル・ゲニアが入った時点から、スコアはリードされながらも少しずつ加速を強めていた。そして、一気にトップスピードに乗ったのだ。
結果は、最後の20分間に3トライをたたみかけて、冒頭のスコアで試合を終えた。
格下の“アンダードッグ”から何度も金星を狙われ、苦しい接戦を挑まれながらも跳ね返してきた強豪は、リードされても動じることなく、黙々と原点に立ち返って勝利したのだった。
「ワラビーズ」がW杯にすべてをかけて戦うわけ
ラグビーのオーストラリア代表の愛称は「ワラビーズ」だ。
オーストラリア大陸に生息するカンガルー科の愛らしい小型動物ワラビーの複数形で、名物のカンガルーの名前は、13人制のラグビーリーグの代表が「カンガルーズ」として使っている。
オーストラリアでは、実は15人制のラグビー(現地ではラグビーユニオンと呼ばれている)やサッカーは、長い間マイナースポーツに甘んじていた。防具をつけないアメリカンフットボールみたいなルールのラグビーリーグや、プロレスみたいなタックルが特徴的な、「オージーボール」の呼び名で知られるオーストラリアンフットボールが、人気で凌駕していたのだ。
そんな流れを変えたのが、1991年の第2回ラグビーワールドカップでのワラビーズの優勝だった。しかも、場所がロンドンの「ラグビーの聖地」トゥイッケナム・スタジアム、エリザベス女王の目の前でイングランドを破ったのだから、オーストラリア国民は熱狂した。
さらに8年後の第4回大会でも、やはり女王臨席のもと、ほぼパーフェクトなディフェンスでフランスを倒して2度目の「世界一」となった。
この間、オーストラリアラグビー協会は少数精鋭のプロフェッショナルな組織となり、ワラビーズのチームマネジメントもどんどん洗練されて、ラグビーユニオンは一躍メジャースポーツに躍り出た。
連覇を狙った2003年の自国開催のワールドカップでは、決勝戦でイングランドに、延長戦の末に“返り討ち”されたが、決勝前日には「ゴールドフライデー」と銘打って、首相以下、国民は代表ジャージと同じゴールドの服を着るように呼びかけて、シドニーの街は本当に“真っ黄色”になった(まあ、英語の「yellow」はネガティブなイメージが強いので、彼らは「gold 」と呼ぶわけです)。
そうしたワラビーズのサクセスストーリーを見つめ、“オレたちもいつかはああいうふうにメジャースポーツの座を勝ち取るぞ!”と、ひそかに闘志を燃やしていたのがサッカー代表だった。
サッカー日本代表が大逆転負けを喫したあのW杯は、「ワラビーズ」に倣った?
2006年のFIFAワールドカップ・ドイツ大会の開幕が迫っていた頃、私は流通経済大学サッカー部の中野雄二監督と、来るべきワールドカップでジーコジャパンがどうなるかを話すトークイベントに出たことがあった。
当時のメディアは、オーストラリアに関しては勝って当然といった論調で、雑誌や新聞で見る記事は、いかにブラジルと戦うかであり、どうやってクロアチアを倒すかの一辺倒だった。そうした状況に、私は、ちょっとまずいのではないかと思い、そのトークイベントで中野監督に以下のような懸念を伝えた。
・サッカーのオーストラリア代表は、マイナースポーツからメジャースポーツに成り上がった、ワラビーズをお手本にしている。
・ワラビーズが成功したのは、国民が注目するワールドカップで結果を残したからだった。
・である以上、サッカー代表もまたワールドカップでのアピールを考えている。
・といって、ブラジルやクロアチアを倒すところまで実力がついていないのは、本人たちも自覚している。
・だから彼らは、国民が注目する初戦の日本戦にすべてをかけてくる。
・しかも、ティム・ケーヒルや、ジョシュア・ケネディのようなフィジカルの強い選手が多い。
・フィジカルに劣る日本は、後半に入ると少しずつ体力を削られるのではないか。
つまり、なめたらやられる――と。
私の専門はラグビーだし、サッカーのオーストラリア代表を詳しく知っていたわけではないが、「サッカルーズ」という愛称と、サポーターがゴールドのレプリカジャージをまとい、同色のマフラーを打ち振る姿がワラビーズにそっくりだったので、その道筋をたどるべく、日本戦に集中してくるだろうと考えたのである。
しかも、ラグビーを見ていれば、サッカーであれバスケットボールであれ、身体的な接触のある競技で、小柄な日本人が時間の経過につれて体力を削られることは容易に想像できる。後にサッカーやバスケットの元代表選手と話す機会があったときにそのことを尋ねると、異口同音に「そうなんですよ。後半の半ばを過ぎると足が動かなくなる」と話してくれた。
だから、後半が危ないと思ったのだ。
そのイベントでは、出席者全員に、ブックメーカーのマネをして、日本対オーストラリア戦の予想を書いてもらった。スコアは何対何で、どんな展開になるか。可能なら、予想される得点者も――という条件で。
で、私は書いた。
日本1―2オーストラリア
日本は前半にセットプレーから得点を挙げるが、後半に疲れたところで逆転される――と。
これ、断じて後付けで書いてるのではないし、話を盛っているわけでもない。
ラグビーでもそうだが、日本はセットプレー、つまり静止した状態から仕掛けた方が得点の形をつくりやすく、流れのなかで得点を重ねるのは、どちらかと言えば苦手にしている。さまざまなスポーツを子どもの頃に経験してきた海外の選手に比べると、一つの競技だけに専念しているのでスペースの感覚が鈍いから――というのが、私が取材を通してつかんだ結論だった。
そして、こういう当たってほしくない予想に限って、大筋で当たってしまったのだった。
ラグビーも、サッカーも、W杯での1勝に懸ける重みが面白い
札幌ドームで行われたラグビーワールドカップのオーストラリアの話から大きく逸脱したが、この会場には、やはり“黄色”をまとった人たちがはるばる海を越えてやってきていた。
キャプテンのマイケル・フーパーは、テレビインタビューの最後に、彼らに謝意を伝えることを忘れなかった。ラグビーが、ようやくつかんだメジャースポーツの地位を守り抜くために、ワールドカップで勝つことがいかに大切かを知り尽くしたようなコメントだった。
ワールドカップでの1勝の重さ。
それは、ラグビーでもサッカーでも変わらない。だからこそ、サッカーでその重みを知った人たちには、競技の垣根を越えて、今回のワールドカップを見てほしいのだ。
ボールが丸くても楕円形でも、一つの競技を見続けてきた人間には、ボールの形が変わっても、きっと「勝負の分かれ目」が見えるはずだ。
そして、他競技の知見があるからこそ、プロパーの人間には見えないディテールが見えることもある。逆に、他競技を見たことで、好きな競技の奥深さをあらためて知ることもある。
そんな可能性があるからこそ、“フットボール”のワールドカップは、どちらも面白い。
決勝戦が行なわれる11月2日までの6週間、サッカー愛好者にこそ、日本で開催中のラグビーの祭典を、心から楽しんでほしいと願っている。
<了>
なぜラグビー日本代表に外国出身が多いのか? サッカーとの比較で見るラグビーW杯
ラグビー日本代表ジョセフHCは「ジーコ」と同じ? サッカー目線でラグビーの戦術を読み解く
なぜオールブラックスは強いのか?「キャプテン翼」高橋陽一先生との交流で見せた素顔
ラグビーW杯優勝を左右する最新テクノロジーとは? チーム力を高めるジャージ、ドローントレーニング
「サッカーファンこそラグビーW杯を楽しめ!」 両競技ジャーナリストが語る、知られざる逸話
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
2025.07.01Opinion -
なぜ札幌大学は“卓球エリートが目指す場所”になったのか? 名門復活に導いた文武両道の「大学卓球の理想形」
2025.07.01Education -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion -
スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験
2025.06.19Education -
なぜアメリカでは「稼げるスポーツ人材」が輩出され続けるのか? UCLA発・スポーツで人生を拓く“文武融合”の極意
2025.06.17Education -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
日本代表からブンデスリーガへ。キール分析官・佐藤孝大が語る欧州サッカーのリアル「すごい選手がゴロゴロといる」
2025.06.16Opinion -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
コツは「缶を潰して、鉄板アチッ」稀代の陸上コーチ横田真人が伝える“速く走る方法”と“走る楽しさ”
2025.05.23Training -
「週4でお酒を飲んでます」ボディメイクのプロ・鳥巣愛佳が明かす“我慢しない”減量メソッド
2025.04.21Training -
減量中も1日2500キロカロリー!? ボディメイクトレーナー・鳥巣愛佳が実践する“食べて痩せる”ダイエット法
2025.04.18Training -
痩せるために有酸素運動は非効率? 元競技エアロビック日本代表・鳥巣愛佳が語る逆転の体づくり
2025.04.16Training -
躍進する東京ヴェルディユース「5年計画」と「プロになる条件」。11年ぶりプレミア復帰の背景
2025.04.04Training -
育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
2025.04.04Training -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
Jクラブ最注目・筑波大を進化させる中西メソッドとは? 言語化、自動化、再現性…日本サッカーを強くするキーワード
2025.03.03Training -
久保建英の“ドライブ”を進化させた中西哲生のメソッド。FWからGKまで「全選手がうまくなれる」究極の論理の正体
2025.03.03Training -
三笘薫、プレースタイル変化させ手にした2つの武器。「結果を出すことで日本人の価値も上がる」
2025.02.21Training