湘南ベルマーレは立ち上がる。未来へ踏み出すための闘いに求められる「自覚と誇り」
10月8日、湘南ベルマーレと曺貴裁前監督の8年にわたる旅路は終焉を迎えた。昨シーズン、YBCルヴァンカップを手にするまでに昇華した「湘南スタイル」は、ピッチの上で魅力的なサッカーを展開し、選手とファン・サポーターの思いを一つにした。だが現在、チームは苛烈な残留争いの渦中に身を置いている。もう一度、誇りを取り戻し、「これがベルマーレだ」と胸を張れる未来のために。彼らは前だけを見つめて走り続ける――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
選手とファン・サポーターが思いを共有する手段「湘南スタイル」
「湘南スタイル」とは何を意味するのだろうか。いつしか湘南ベルマーレのアイデンティティーとして、スタッフや選手だけでなく、サポーターの間でも共有されるようになった言葉の歴史をさかのぼっていくと、曺貴裁(チョウキジェ)前監督が就任した2012シーズンに行き着く。
当時のベルマーレはJ2を戦っていた。あるリーグ戦後の公式会見で、曺前監督が「我々の湘南スタイルで――」と言及したのが始まりとされている。J1に挑んだ2013シーズン、再び舞台を戻したJ2を無双の強さで制した2014シーズンを介して、「湘南スタイル」は市民権を得ていく。
攻撃から守備、守備から攻撃へ常にスピーディーに切り替える。攻守両面で常に数的優位な状況をつくり出す。積極的に縦パスを入れる。ピッチ上の特徴のうち、高い位置でボールを奪ってからの、次から次へと選手が湧き出てくるようなショートカウンターが「湘南スタイル」の象徴と化した。
クラブ史上初のJ1残留を決めた2015年10月17日のFC東京戦。55分に発動されたショートカウンターから決勝ゴールが決まった瞬間、相手ゴール前にはクラブの歴史を変えたMF菊池大介(現・柏レイソル)を含めて、実に8人ものベルマーレの選手が攻め上がっていた。
もっとも、曺前監督は「湘南スタイル」の定義を戦術的な特徴に求めていなかった。ピッチ上の選手たちとスタンドを埋めたファン・サポーターが思いを共有し、スタジアム全体に「これがベルマーレのサッカーだ」と胸を張れる瞬間を生み出すための手段を「湘南スタイル」と位置づけていた。
ショートカウンターはあくまでも手段の一つであり、2015シーズンに在籍した選手たちが最も体現しやすい攻撃の形でもあった。監督や選手が変われば、当然ながら手段も変わる。キャッチーな響きを持つ「湘南スタイル」に、曺前監督は未来を見据えながらこう語ったことがある。
「この先、僕がベルマーレからいなくなっても、前へ進むための羅針盤として『湘南スタイル』を合言葉にしてもらえれば」
チーム最年長、梅崎司の言葉「振り回されている僕たちが弱い」
シーズンが終盤戦に差しかかった今月8日をもって、曺前監督はベルマーレを退団した。パワーハラスメント行為疑惑が一部スポーツ紙で報じられたのが8月12日。翌日から活動を自粛してきたなかで、今月4日にJリーグの調査でパワーハラスメント行為が認定され、責任を取って辞任した。
ヘッドコーチから監督に昇格して8シーズン目。アカデミー組織の再建を託され、ベルマーレ入りしてからは15シーズン目を迎えていた。トップチームを3度のJ1昇格と2度のJ1残留に導き、昨シーズンのYBCルヴァンカップを制して、湘南ベルマーレとしての初タイトルも手にした。
パワーハラスメント行為は決して許されることではない。だからといって、2012シーズン以降のすべての軌跡が否定されるわけでもない。2000年代のほとんどをJ2で戦ってきた小さなクラブが、「湘南スタイル」を介してようやく手にしたアイデンティティーは、未来へ受け継がれていかなければいけない。実際、曺前監督はこんな言葉も残している。
「監督が代われば、サッカーのやり方も変わるだろう。しかし、それはあくまでもピッチ上に限定されたこと。見ている側もプレーしている側も面白いと感じられるサッカーを共有していく姿勢だけは、ベルマーレの独自のテーゼとして貫いてほしい」
曺前監督が活動を自粛してからは、高橋健二コーチが指揮を執った。結果は2分4敗。0対6で敗れた9月29日の清水エスパルス戦、そして0対5で敗れた今月6日の川崎フロンターレ戦は、曺前監督が言及した「見ている側もプレーしている側も面白いと感じられるサッカー」とはかけ離れていた。
8月の間は逆境を力に変えてやろう、というエネルギーがピッチ上に満ちあふれていた。終了間際の失点で敗れたものの、サガン鳥栖戦では2点のビハインドを一時は追いつき、ベガルタ仙台戦と浦和レッズ戦でも失点を挽回するかたちで続けてドローに持ち込んでいた。
選手たちとしては、リーグ戦が中断する9月の国際Aマッチウィーク中に何らかの結論が出ると思っていたのだろう。しかし、Jリーグに動きがあったのは今月に入ってからだった。しかも、パワーハラスメント行為が認定されても、すぐには曺前監督の去就は発表されないままフロンターレ戦を迎えた。
ともにホームのShonan BMWスタジアム平塚で大敗を喫したエスパルス戦とフロンターレ戦は、先制点を奪われた段階で下を向き、ズルズルと失点を重ねていった展開でまったく同じだった。選手たちのメンタルが限界に達していたことは、チーム最年長の32歳、MF梅崎司の言葉からも伝わってくる。
「僕たち選手に与えている影響がゼロなのかと言えば、正直、それは嘘になる。それでも、これまで何を学んできたのか、ということを選手一人ひとりが自覚して、ピッチの上で発信していかないといけない。周りはちょっと騒がしいけど、それに振り回されている僕たちが弱い」
<縦の美学第三章> 求められるは「これがベルマーレだ」と胸を張れる戦い
バトンを託されたのは湘南ベルマーレU-18監督を兼任していた、浮嶋敏アカデミーダイレクターだった。曺前監督の1年目をコーチとして支え、2013シーズンからはアカデミーを統括してきた52歳の新監督は「1年くらいに長く感じられた」と、ベルマーレが激震に見舞われた2カ月間を振り返る。
「肉体的なものではなく、精神的なところで選手がかなり疲労を溜めてしまったのかな、と」
ただ、時間は待ってくれない。フロンターレ戦を終えた段階で、ベルマーレは15位にまで順位を下げている。J1参入プレーオフに回る16位のサガン鳥栖に勝ち点で並ばれ、得失点差で何とか上回った。自動降格圏となる17位の松本山雅FCにも、勝ち点で3ポイント差にまで肉迫された。
それでも、エスパルス戦に続いてフロンターレ戦でも、ホームのスタンドを埋めたサポーターは大敗を喫した選手たちへブーイングを浴びせなかった。フロンターレ戦を終えたゴール裏に掲げられた横断幕には、こんな言葉が綴られていた。
<クラブと曺さんは事実を真摯に受け止め、謝罪猛省し、再発防止に努めなければならない。その上でベルマーレを愛する者で手を取り、厳しい声を受けながら共に歩んでいこう>
そして、浮嶋新監督の初陣となった19日の横浜F・マリノス戦では、敵地・ニッパツ三ツ沢球技場のゴール裏にこんな横断幕が登場。雑音やプレッシャーから解放された選手たちを鼓舞した。
<縦の美学第三章のスタート。一人一人がベルマーレの一員として自覚と誇りを持って最後まで戦え。>
「第三章」とは2009シーズンからベルマーレを率い、10年ぶりのJ1昇格を果たした反町康治元監督(現・松本山雅監督)、曺前監督に続く戦いを意味する。美学の二文字は「湘南スタイル」の定義でもある、「これがベルマーレのサッカーだ」と胸を張れる戦いを求めていたはずだ。
結論から先に言えば、マリノスにも1対3で苦杯をなめさせられたベルマーレは4連敗を喫した。サガンと入れ替わって16位となり、松本山雅との勝ち点差も2ポイントに縮まった。しかし、結果は同じ黒星でも、内容は一矢も報いることなく大敗した2試合とは明らかに変わっていた。
39分に喫した先制点は、マリノスのFW仲川輝人の卓越した個人技に翻弄されたものだった。52分はFWマテウスに芸術的な直接FKを、68分にはMFマルコス・ジュニオールにPKを決められたが、ベルマーレの選手たちは決して下を向かなかった。浮嶋監督が振り返る。
「それまでの数試合であれば、そのままもう1点、2点と失っていたところだったと思う。最後まで自分たちらしさを出して、波状攻撃を仕掛けた意味では、選手たちはよくやってくれたと思う」
失点の連鎖を断ち切っただけではない。3点のビハインドで迎えた後半アディショナルタイムの2分。ペナルティーエリアの右を攻め上がったMF古林将太が、倒されながらも執念でボールをキープ。歯を食いしばって耐える古林のフォローに入ってきたのが、センターバックの坂圭祐だった。
ボールを拾った坂がゴールラインぎりぎりから上げたクロスは、ブロックした相手選手の足に当たって軌道を山なりに変えた。捕球体勢に入ろうとしたマリノスの守護神、GK朴一圭の眼前に飛び込み、必死に伸ばした利き足の左足に当てたボールをゴールに押し込んだのがFW山崎凌吾だった。
「負けているので、いいゴールかと言えばそうではないかもしれない。ただ、これから先は得失点差も大事になってくるので、しっかりと次につなげていかなければならない」
チームとして3試合ぶりにあげたゴールを、今夏に届いたセレッソ大阪からのオファーを断った、身長187cm体重80kgの大型ストライカーはこう位置づけた。ゴールが決まった裏側で声をからしていた、敵地をチームカラーの緑と青に染めたサポーターへ感謝することも、もちろん忘れなかった。
「大敗した前節を含めて、どんなときも後押ししてくれている。今日も試合前から想いを感じていた」
「みんなのために戦い、みんなのために足を止めることなく走るのがベルマーレ」
残り5試合のなかにはセレッソ大阪、サンフレッチェ広島、そして優勝を争うFC東京と上位陣との戦いが続き、12月7日の最終節には敵地で、おそらく痺れる大一番となる松本山雅戦が待つ。残留へ後がなくなったからこそ、フロンターレ戦後に梅崎が残した言葉がすべてを握ってくる。
「言い方はちょっとあれですけど、下手くそな選手でも一人ひとりがつながって、みんなのために戦い、みんなのために足を止めることなく走るのがベルマーレ。粘り強い守備からボールを奪い、チャンスにつなげられるエネルギーを出していく共通認識を、もう一度高め合っていきたい」
運命は自分たちの力で変えられる。梅崎の決意は2019シーズン版の「湘南スタイル」を介して具現化される、短期的なベルマーレの姿と重なる。いまはひたすら愚直に、泥臭く勝利を目指していく姿勢が「見ている側もプレーしている側も面白いと感じられるサッカー」となる。
来シーズン以降も続く戦いでも、前だけを見つめて全力で突っ走っていくしかない。その先に「これがベルマーレのサッカーだ」とサポーターとともに胸を張れる、新たな「湘南スタイル」が発現される光景が訪れると信じながら、ホームにガンバ大阪を迎える11月3日の次節へ向けて準備を積み重ねていく。
<了>
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