
マラソン札幌開催は「当然」の決定だ。スポーツの本質を踏み躙る「商業主義」は終わりにしよう
2020年東京オリンピックの男女マラソンと競歩のコースを札幌に移す案が国際オリンピック委員会(IOC)から提案され、その動向が注目されている。IOCのトーマス・バッハ会長の意向が強く、札幌開催が決定的とも報じられているが、報道当初は「東京オリンピックなのだから東京で開催すべき」との声も多く上がった。作家・スポーツライターの小林信也氏は、札幌移転開催支持、そしてこの動きがオリンピックがスポーツの本質を取り戻すきっかけになる可能性があると指摘する。
(文=小林信也)
「温暖で理想的な気候」という”ウソ“から始まった開催地変更問題
東京オリンピックのマラソンと競歩の開催地が急遽、札幌に変更されそうだ。 IOCのトーマス・バッハ会長が「決定だ」とコメントしたから、その意志は固く、札幌で開催する方向で新たな準備が進められるだろう。
突然の報道を受けて、国内では賛否両論が渦巻いている。「東京で見たかった」「マラソンはオリンピックの華だから、これでは東京オリンピックとは言えない!」「暑いレースに備えてきた選手がかわいそう」等々、私の予想に反して、各種調査でも「札幌移転反対」を唱える意見が多く聞かれる。
私は、このニュースが流れた直後から、「ホッとした」「ぜひそうすべき」と、一貫して歓迎の姿勢で、「さまざまな難問や苦労はあるだろうが、実現してほしい」と主張している。それは、東京オリンピック招致に一貫して反対してきた立場と通じる。
本来なら、東京オリンピックは開催すべきではないと考えていた。理由は主に次のとおり。
1 東日本大震災の復興を優先すべきだ。東京五輪のお祭り騒ぎに予算もマンパワーも奪われるべきではない。
2 スポーツ界の不祥事が頻発している。旧態依然の指導法や悪しき支配関係が常態化し、選手に主体性のあるスポーツ環境が確保されていない。本来のスポーツの意義や約束事を日本社会は共有できていない。勝てば官軍、勝利者ばかりが礼賛される。それなのにまた政財界がスポーツを利用しようと目論むのは言語道断。
3 1984年のロサンゼルスオリンピックから導入された商業主義はオリンピックを巨大なビジネスに変貌させた。しかし、30年を経て、限界と弊害が明らかだ。それなのに、2020年も同じビジネスモデルで甘い汁を吸おうという考えは愚かだ。必ずひずみが生じ、破綻が起きる。日本が次のビジネスモデルを提案・創出できるなら意義はある。
さらに、招致活動を通じて、「この時期は温暖でアスリートに理想的な気候」、福島の原発事故についても「the situation is under control.(状況はコントロール下にある)」などと、世界に公然とウソをついた。
いまも一部に返上論はある。が、いくらウソをついたとはいえ、日本が国際的にした契約だ。対外的に、そして何より世界のアスリートとの約束は遂行する責任がある。そんな中、パワハラ告発などが続発し、日本のスポーツが見直される機運が高まった。そして今回のマラソンと競歩の札幌移転。
オリンピックが夏に開催される理由と酷暑のマラソン
私がマラソンと競歩の札幌開催に賛成する理由は大きく2つだ。
一つは、猛暑対策への賛同。暑さの中でマラソンや競歩をするべきではない。いまさらではあるが、その愚行が回避され、強行すれば起こったかもしれない大きな事故(選手や観客、スタッフの重篤な健康被害)が未然に防止された。夏の札幌も決して涼しいとはいえないが、東京に比べたら安全性は遥かに高くなる。これを反対する理由はない。
もう一つは、この決断がIOCの「オリンピック帝国主義」に自らブレーキをかけることに通じる、という期待だ。
私はニュースが流れた直後(10月17日放送)のテレビ番組『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)に出演し、「これはIOCのバッハ会長が半分、白旗を揚げたようなものだ」と言った。
多くの番組や新聞等で語られているとおり、オリンピック開催期間が7月から8月に限定されたのは、IOCの莫大な収入の約8割を占めるのが『テレビ放映権料』であり、現在はその半分以上がアメリカNBCとの契約料に依存しているからだといわれる。アメリカの視聴者がオリンピックに関心を持ってくれるだろう最適な季節がこの時期だ。秋になれば、アメリカンフットボールのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)やバスケットボールのNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)が開幕する。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)はポストシーズンで熱を帯びる。ヨーロッパはサッカーのシーズンだ。
かつてマラソンは冬のスポーツだったが、オリンピックが暑い季節に行われるようになって、暑さに強いマラソン・ランナーが台頭した。
私の記憶ではその先駆けは1984年のロサンゼルスオリンピックだった。男子はカルロス・ロペス(ポルトガル)、初開催の女子はジョーン・ベノイト(アメリカ)が優勝したが、スイスのガブリエラ・アンデルセンがフラフラでゴールするアクシデントもあった。当時、福岡、東京、ボストンなどのマラソンで5連続優勝を続け日本期待の星だった瀬古利彦は33キロ付近で先頭集団から遅れ、14位に終わった。暑さが通常の実力と違うダメージをもたらす現実を目の当たりにした。夏マラソンの歴史はそれほど浅いのだ。
スポーツの本質からかけ離れた“オリンピック帝国主義”の終焉?
私が『オリンピック帝国主義』と呼ぶのは、オリンピックがまるで世界のスポーツを司る総本山のような権威を持ち、『オリンピック基準』でスポーツのルールや本質を平気で変え続けいるからだ。IF(International Federationの略。国際競技連盟)と呼ばれる各競技団体もこの流れに追従している。
ラグビーは15人制でなく7人制が採用されている。バスケットボールも5人制とは別に3人制の3X3が正式採用された。トライアスロンは草創期、ハワイ・アイアンマンレースに象徴される鉄人レース(ロング・ディスタンス)が人気を集めたが、やがて『オリンピック・ディスタンス』と呼ばれる計51.5kmの種目が普及していく。2時間以内に競技が終わることが「オリンピック採用の基準」になっているからだ。野球がオリンピック種目として再び採用されることがあっても、その時は9回でなく7回制になっている可能性が高い。柔道着は、「テレビで見やすい」という理由で一方が青に変更された。その決定には、「なぜもともと白なのか」への理解も敬意もない。
スポーツ文化は踏みにじられ、五輪ビジネスだけが優先されてきた。それで失うものの大きさにこれまでIOCも日本オリンピック委員会(JOC)も、日本のメディアもスポーツファンも目を向けずにきた。
今回の東京オリンピック、マラソン&競歩の札幌移転は、こうした一方的なオリンピック帝国主義に大きな転換期が訪れたこと、それを強行し続ける困難さをIOCのバッハ会長自らが表明したとも感じられる。だからこそ、「なんで今になって」と言いたい気持ちもあろうが、グッと言葉をのんで、「オリンピックの歴史的転換を後押ししよう!」と呼びかけるのだ。
本当なら、放映権に依存するビジネスモデルからの大転換を求め、代案を提示したいところだが、最初はマイナーチェンジでもいい。
例えば、マラソンや競歩など、本来は低温の気象で行う競技は冬季五輪の時期に、相応しい地域で行う。
また各IFも、オリンピック依存から転換し、ゴルフの全英オープン、テニスのウィンブルドン、サッカーのワールドカップ、そして日本の大相撲のように(いまはその信頼度は怪しいが)、オリンピック以外に「これぞこのスポーツの最高峰」「スポーツ文化と歴史の体現」と誇れるような大会を構築し主催するのがそれぞれの競技を愛する者たち、スポーツビジネスに携わる人たちの使命ではないだろうか。
オリンピックは大切な『平和の祭典』だ。今後も発展と成熟を重ねてほしい。だが、巨額ビジネスの威光で世界のスポーツを牛耳るような存在感は、およそ『平和の祭典』には相応しくない。その見直しがいよいよ始まったと感じている。
<了>
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