
阿部慎之助はなぜこれほど愛されたのか? その偉大な功績を元選手の言葉と共に振り返る
19年間の現役生活に別れを告げた、読売ジャイアンツの阿部慎之助。球界に残る名捕手は、なぜこれほどまでに愛される存在となったのだろうか? 捕手としてWBCベストナインにも選ばれた実績を持つ里崎智也氏、コーチとして阿部と共に巨人のユニフォームを着た川口和久氏の言葉とともに、その偉大な功績を振り返る――。
(文=花田雪)
阿部を語るうえで避けて通れない「打てる捕手」のキーワード
2019年10月23日。
東京ドームで行われた日本シリーズ第4戦はソフトバンクが巨人に4対3で勝利。4連勝の“スイープ”で3年連続の日本一を達成した。
同時にそれは、19年間の長きにわたって読売ジャイアンツのユニフォームを着続けた阿部慎之助の「現役引退」を告げる瞬間でもあった。
優勝セレモニー終了後には、つい数十分前まで日本一をかけて戦った“敵”であるソフトバンクナインが阿部を胴上げ。選手たちの輪の中心にいざなわれ、戸惑いながらも背番号と同じ10度、宙を舞った。
これが、異例の光景なのは間違いない。
しかし、阿部慎之助の残した功績を振り返れば、この光景も納得できる。
中央大学からドラフト1位で巨人に入団。プロ1年目の2001年、いきなり開幕スタメンに抜擢された。同年は127試合に出場し、打率.225、13本塁打を記録。新人捕手によるシーズン2ケタ本塁打は、NPBでは田淵幸一以来2人目の快挙だった。
以降は巨人不動の正捕手としてチームを牽引し続け、19年間の現役生活で2282試合に出場、2132安打、406本塁打、1285打点を記録している。
今さら“記録”を引き合いに出して阿部慎之助を語るのは、ナンセンスかもしれない。ただ、やはりプロ野球は“結果の世界”。残した功績は“数字”でしっかりと伝える必要がある。
阿部の通算成績が球史に残るのは当然だが、特筆すべきはやはり“捕手”としてこれだけの数字を残したことだろう。
2019年終了時点で通算2000本安打を達成した選手は52人、400本塁打を達成した選手は20人いる。しかし、ポジションを“捕手”に絞ると、2000本安打は4人、400本塁打は3人しかいない。さらに言えば「2000本安打、400本塁打」の両方を達成しているのは、プロ野球の歴史を振り返っても野村克也と阿部の2人だけだ。
打てる捕手――。
やはり阿部を語るうえで、このキーワードは避けて通れない。
阿部が事実上、一塁にコンバートされた2015年からの数年間、球界から“打てる捕手”が枯渇した時期がある。
昨季は広島の會澤翼が規定打席不足ながら打率3割を記録、今季は西武の森友哉が首位打者を獲得するなど、球界の“打てる捕手不足”は徐々に解消されつつあるが、それでもやはり、毎試合マスクを被り、投手をリードし、相手打線の攻略に頭を悩ませながら打席でも結果を残すことは並大抵のことではない。
里崎智也氏が語る「名捕手の条件」とは
一方でプロ野球界には、こんな考え方がある。
「とはいえ捕手は、まず守れなければならない」
もちろん、それを否定はできない。阿部自身、2006年、2010年には盗塁阻止率でリーグ1位を記録した経験があるが、例えば古田敦也、谷繁元信といった歴代の名捕手と比較すると、決して“守備”のイメージは強くない。
捕手にとってのプライオリティが守備、打撃どちらなのかは議論の余地があるが、元ロッテでワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ベストナインにも輝いた里崎智也氏は以前、“名捕手の条件”について筆者にこんなことを語ってくれた。
「良い捕手は、打てる捕手ですよ。守備がどうとかいう人もいるけど、例えば盗塁阻止は投手との共同作業だし、リードや配球は結果論で語られることが多い。そもそも、捕手の要求通りのボールを投手が投げてくれることなんてほとんどない。もちろん守れることは重要ですが、そこではっきりと優劣をつけることはできない。となると、結局は他の野手と同じように『打てるかどうか』が名捕手の条件になります」
捕手経験者の里崎氏からこの言葉が出てきたことはやや驚きだったが、いざ聞いてみると妙に納得してしまった。
「プロ野球を代表する名捕手って誰?と言われたときに名前があがる人は、みんな『打てる』人です。野村さんはもちろん、古田(敦也)さん、谷繁(元信)さんだって2000本安打を記録しています。『守備』のイメージが強い伊東勤さんだって、かなり打っているんです(シーズン2ケタ本塁打を7度記録し、通算1738安打)」
打てる捕手こそ、名捕手――。
そう考えると、阿部の残した功績により一層すごみを感じる。
里崎氏は、さらにこう付け加えた。
「あとは、チームが勝つことですね。捕手は打撃と守備、双方でチームに貢献することができる。もちろん他の野手も守備での貢献はありますが、正捕手はほぼ毎試合マスクを被って投手陣をリードする。攻守において勝敗の責任が最も高いポジションです。だからこそチームを勝たせることができる捕手は、名捕手と呼べるのではないでしょうか」
チームを勝利へと導く――。まさに阿部慎之助そのものではないか。
今季も含め、現役19年間でリーグ優勝8度、2007~2009年、2012~2014年には2度のリーグ3連覇に貢献している。
一塁にコンバートした2015年から昨季までの4年間、巨人が優勝を逃し続けたという事実もまた、阿部の存在感を証明している。
貴重な打てる捕手で、なおかつチームを勝たせることができる。
原辰徳監督をして「巨人は慎之助のチーム」と言わしめた
さらに言えば、阿部が現役19年間を過ごしたチームが、巨人という特殊な球団だったことも付け加えたい。
広島・巨人でプレーし、コーチとして阿部と同時期に巨人のユニフォームを着た川口和久氏が、こんなことを語ってくれたことがある。
「同じチームにいたということもあるけど、阿部は歴代最高の捕手と言っていい。打撃はもちろん、やはり巨人というチームで、正捕手、主将、4番としてチームを支え続けた。これは並大抵のことではない。原(辰徳)監督をして『巨人は慎之助のチーム』と言わしめるんだからたいしたものです」
一時期ほどではないが、巨人というチームが日本で最も知名度が高く、人気があり、勝利を宿命づけられている球団なのは間違いない。
なにしろ、たった4年間優勝を逃しただけで「球団ワースト記録」と騒がれてしまうのだ。
そんなチームで、正捕手、主将、4番という重責を担い、チームとしても個人としても結果を残し続けた。
巨人の球団史を紐解いても、1人の選手がこれほどチームの勝敗を背負ったケースはない。
だからこそ、巨人の選手はもちろん、他球団の選手も阿部のことをリスペクトする。それが、冒頭の日本シリーズ後、“敵チーム”による異例の胴上げにつながったのだ。
日本シリーズが終了した直後には、阿部慎之助の来季2軍監督就任が報道された。
当然だろう。彼ほどの実績とリーダーシップを兼ね備えた選手は、プロ野球の歴史を振り返ってもそうはいない。そんな人材を巨人が手放すはずはないからだ。
2016年、巨人は原辰徳監督が辞任し、高橋由伸が新監督に就任。指揮官の世代交代を図った。しかし、今季の原監督再就任でそれは一時的に“ふりだし”に戻ってしまった。
現時点で原監督の後任候補筆頭は、間違いなく阿部だろう。現役を引退したばかりでそんな話は気が早いかもしれない。
しかし、彼の持つ素質、実績を考えると、“その日”が来るのは意外と早く訪れるのかもしれない。
<了>
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