
湘南ベルマーレは未曽有の危機を乗り越え、何を得たのか? 生え抜きが見据える未来とレガシー
長く苦しい激動のシーズンを終えた、湘南ベルマーレ。降格への渦に飲み込まれながら、だが最後の最後までその運命に抗い続け、J1残留を手繰り寄せた。このチームが未曽有の危機を乗り越えた末に手にしたものは、決してJ1残留の歓喜だけではない。未来に残るレガシーが、確かにあるはずだ――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
「バラバラになりかけていた」
波乱万丈に富み、いたるところに自分を含めたチームメイトの、スタッフの、フロントの、そしてファンやサポーターの喜怒哀楽が刻まれてきた、まるでジェットコースターに乗り込んだような1年間をふと振り返ってみた。そう言えばと、湘南ベルマーレのボランチ齊藤未月は思わず苦笑する。
「ワールドカップを戦ったことなんて、忘れてしまっていました」
キャプテンだけでなく「10番」をも託されて、ポーランドで開催されたFIFA U-20ワールドカップに挑んだのは今年の5月下旬。グループリーグを勝ち抜き、決勝トーナメント1回戦で最終的に準優勝したU-20韓国代表に惜敗するまでの日々が、遠い昔のように齊藤には感じられた。
「今シーズンはめちゃくちゃ長かったですね。ワールドカップから帰った後にも正直、本当にいろいろなことがあったので」
小学生年代からベルマーレ一筋で育ち、17歳だった2016年5月に飛び級でプロ契約。年代別の日本代表に名前を連ねてきたホープをして「いろいろなこと」と言わしめた出来事の象徴が、パワーハラスメント行為が認定されたチョウキジェ前監督が退任するまでの2カ月間となる。
一部スポーツ紙で疑惑が報じられた直後の8月13日から、チョウ前監督は活動を自粛。この時点で11位につけ、さらに上位をうかがう勢いを見せていたベルマーレは一気に失速。11月30日のサンフレッチェ広島戦まで、3分7敗とリーグ戦で10試合にわたって白星を挙げられない泥沼に陥った。
特に6連敗を喫していた間の9月29日の清水エスパルス戦で0-6、10月6日の川崎フロンターレ戦では0-5と、ともにホームのShonan BMWスタジアム平塚で無残な大敗を喫した。当時のチーム状況を、齊藤をはじめとする選手たちは異口同音に「バラバラになりかけていた」と振り返る。
「自立してプレーできる選手がいなかった」
練習の指導および試合の指揮を暫定的に高橋健二コーチが執ったベルマーレは、騒動が表面化した直後こそ反発心で踏ん張ることができた。しかし、人間である以上は、張り詰めた状態で戦えるのは限度がある。高橋コーチも認めたように、時間の経過とともに心身の特に「心」がすり減っていく。
加えて、日本サッカー協会が設置している「暴力等根絶相談窓口」に、チョウ前監督によるパワハラ被害を匿名で通報した人物がチーム内にいるのでは、という憶測が選手たちを疑心暗鬼にさせた。チーム内の人間関係が崩壊しかけていたのか。FW山崎凌吾はこんな言葉で当時を振り返っている。
「なかなか経験できないことというか、正直、サッカーに集中できない時期も多かった」
ベルマーレが文字通り激震に見舞われた時期で、齊藤は自らの無力さを何度も味わわされた。大敗を喫した2試合を含めて、けがで4試合続けてベンチ入りメンバーから外れただけではない。チョウ前監督が活動を自粛した直後に、愛弟子でもある齊藤はこんな言葉を残していた。
「昔からチョウさんに依存している、と言われてきた部分もあったなかで、それでも試合は必ずやってくると考えれば、僕たちにできることはサッカーしかない。サッカーをちゃんとすることが僕たちの仕事。その意味では、何も恐れることはない」
いまだから打ち明けられるが、実は精いっぱいの虚勢を張っていた。不安が占める割合がどんどん増してくる胸中を、鼓舞する思いも働いていたのだろう。サガン鳥栖に競り負け、ベガルタ仙台と浦和レッズに引き分け、泥沼にはまり込んでいった渦中のチーム全員の思いを齊藤はこう代弁する。
「そうした状況でも自立してプレーできる選手が大勢いればよかったけど、そこまでの成長度合いというか、実力が僕たちにはまだありませんでした」
ありませんでしたと過去形で、前を見据えながら語れる状況に齊藤は感謝する。指揮を執って8年目になるチョウ前監督が10月8日に退任。アカデミーダイレクター兼U-18監督から昇格する形で、急きょトップチームを率いた浮嶋敏監督のもと、ベルマーレはピッチの内外で向けるべきベクトルを取り戻す。
歯を食いしばり、一回りタフになった選手たち
勝てば残留を決められた、12月7日の松本山雅FCとのJ1最終節。85分に奪った値千金の先制ゴールは、試合終了間際に喫した悪夢の失点で相殺された。16位でレギュラーシーズンを終え、J1参入プレーオフへ回ることが決まったロッカールームは、しかし、ポジティブな思いに満ちていたという。
「1週間なんて(8月以降の苦しみに比べれば)本当に短かったし、逆にJ1へ残れるチャンスが僕たちにはまだある、という状況がすごくうれしかった。あのときは正直、諦めるというよりは、ちょっと厳しいんじゃないか、という雰囲気がチームのなかに漂っていたので」
齊藤が言及した「あのとき」とは、言うまでもなく屈辱的な大敗を立て続けに食らった時期を指す。出口が見えない、長く、暗いトンネルでさまよいながらも、最後の一線で何くそと歯を食いしばったからこそ、視界が良好になったベルマーレの選手たちは精神的に一回りタフになっていた。
その象徴がルーキーの鈴木冬一(長崎総科大附卒)となる。累積警告による出場停止で松本山雅戦のピッチに立てなかった19歳は、J2の4位から勝ち上がってきた徳島ヴォルティスをホームに迎えた、14日のJ1参入プレーオフ決定戦の試合前に水谷尚人代表取締役社長を仰天させている。
「アイツ、試合前のアップのときに笑いながらピッチに入場してきたんですよ」
90分間を終えれば、天国と地獄とが残酷なまでに分け隔てられる運命の大一番を前にして笑える。ルーキーながら22試合、1405分間にわたってプレーしてきた今シーズンを介して強心臓ぶりを際立たせた鈴木は、64分にFW松田天馬が決めた値千金の同点ゴールの起点にもなっている。
「サンフレッチェとのホーム最終戦もそうでしたけど、いままでは大事な試合になると高ぶって空回りすることが多かったので、この1週間は試合のことを考えすぎずに、平常心を保つことだけを意識してきた。こんなにもいろいろな経験するのかと思うほど、驚くことや苦しいこと、楽しいことが数多くあった。1年目でこれらを味わえたことは、今後のサッカー人生に生かされると思う」
対照的に21歳の金子大毅は、ヴォルティスと1-1で引き分け、レギュレーションによってJ1残留を決めた直後からピッチに突っ伏し、人目をはばかることなく号泣していた。チームメイトたちに肩を抱かれ、何度もなだめられても込みあげてくる熱い涙をこらえることはできなかった。
「松本山雅戦で最後に失点したときのマーク役が自分でした。プレーオフに回ってしまった責任を感じていたので、ホッとしてああいう感じになって。負けて泣くことはありましたけど、うれしくて涙が出ることはいままでで一度もなかった。あんなにも涙が出てくるものなのか、と思っていました」
試合終了のホイッスルが鳴り響くではなく、鳴り終わるまで一瞬たりとも気を抜いてはいけない。2年生に進む直前に神奈川大学を中退し、ベルマーレへ加入して2年目。ボール奪取術と前への推進力に長けるボランチは涙とともに、勝負は細部に宿る、という鉄則を心の奥底に刻み込んだ。
鈴木の縦パスを受けて左サイドを抜け出し、松田の同点ゴールをアシストした山崎は万感の思いを募らせていた。昨夏まで2年半在籍し、苦楽をともにした古巣ヴォルティスが流した無念の涙を力に変えただけではない。どんな状況でもブーイングを浴びせることなく、大声援で背中を押ししてくれたベルマーレのファンやサポーターの存在もまた、身長187cm体重80kgの大型フォワードに前を向かせた。
「今日も含めて、チームがつらいときでも常にたくさんの応援を送っていただいたファンやサポーターには、本当にパワーをもらいました。来シーズンはもっと、もっと上の順位でハラハラ、ドキドキさせられるようなサッカーをしたいので、また力を貸してほしいと思っています」
「同じ言葉を繰り返すことももう通用しない」
ベルマーレ平塚から湘南ベルマーレとなったのが2000シーズン。存続の危機に直面したこともあるクラブは、9市11町まで拡大させたホームタウンに支えられ、湘南として初めて3シーズン連続でJ1を戦う。ファンやサポーターにささげる感謝の思いもまた、苦難から抜け出す軌跡のなかで増幅された。
残留を決めた瞬間に両拳を天へ突き上げ、雄叫びをあげた齊藤は、1年前ほど前にチョウ前監督から投げかけられた言葉を幾度となく思い出してきた。最終節でJ1残留を決めた昨シーズン。小学生時代から切磋琢磨してきた同じ年の幼なじみ、石原広教ともにクラブハウス内の監督室に呼び出された。
「お前たちには自覚が足りない。お前たちならもっと、もっとできる」
ベルマーレの歴史を誰よりも知る生え抜きの選手だからこそ、苦境に陥ったときこそ存在感を発揮してほしいとチョウ前監督は檄を飛ばした。残念ながら昨シーズンは、ベルマーレへ力を与えられなかった。いまこそ期待に応えるときだと感じたのだろう。今シーズンはJ2のアビスパ福岡に期限付き移籍している石原は、敵地で行われた松本山雅戦、そしてヴォルティスとの大一番へ駆けつけた。
「今シーズンは自分がチームを引っ張らなければいけない、という覚悟はできていた。なので、けが明けの自分が戻ったときに何をすればいいのか、という答えも見つけていた。応援に来てくれた広教の思いもくみ取りながらプレーして、J1に残留できたことは本当によかった」
ヴォルティス戦後にはロッカールーム前で石原と長く話し込んだ齊藤は、誰にも負けないと自負する球際の強さと、獰猛という言葉が似合うボール奪取術で愛するチームに貢献できたと胸を張る。そして、自分自身のプレーに加えて、チーム全体に言及することも忘れなかった。
「正直、最後はこれまでのベースだけで戦っていたけど、来シーズンにさらに上へ行くには、ベースにプラスした上積みが必要になる。ただ、自分たちのベースを忘れずに今シーズンを終えられ、なおかつ残留という一番の好材料を得られたのはよかった。それでも、シーズンを通してあれだけ失点してしまったこともそうだけど、あれだけチャンスをつくったのに決定力が足りなかった、と同じ言葉を繰り返すことももう通用しない。僕も含めて、チャンスで決め切れる能力をもっと高めていきたい」
残留決定直後に続投が発表された、浮嶋監督のもとで臨む来シーズンへ。艱難辛苦を味わわされた危機を乗り越え、執念で残留を決めるまでに募らせたさまざまな思いを、さらなる進化を遂げるための未来へのレガシーへと変えながら、ベルマーレの選手たちはつかの間のオフで次なる戦いへの鋭気を養っていく。
<了>
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