
緩みきったE-1日韓戦の憂鬱。戦後最悪の今こそ「ヒリヒリしたガチンコ勝負が見たい」
東アジア王者を決めるEAFF E-1サッカー選手権は韓国の優勝で幕を閉じた。
「戦後最悪」と言われるほど冷え込んだ日韓関係の中、韓国・釜山で開催された日韓戦。警戒しながら訪れたスタジアムに広がっていたのは、これまで経験してきた日韓戦とは明らかに異なる予想外の風景だった。
(文・写真=宇都宮徹壱)2019年を「日韓戦」で締めくくる理由
2019年の最後の海外観戦は、かなり早い段階から釜山での日韓戦と決めていた。
かつては東アジアサッカー選手権、そしてEAFF東アジアカップと呼ばれ、現在の名称はEAFF E-1サッカー選手権。2003年のスタート以来、大会名や開催時期に変更はあったものの、今は奇数年の12月に日中韓の3カ国の持ち回りで開催されるスタイルが定着した。ただし、この時期は国際Aマッチデーではないため、ヨーロッパでプレーする選手は招集できない。よって近年のE-1は「国内組の力試しの場」という位置づけとなっている。
もっとも、だからといってE-1で「負けてもいい」試合など、一つもない。それが日韓戦となれば、なおさらである。2年前、東京で行われたE-1の日韓戦で、日本は1-4という歴史的大敗を喫した(3点差以上で日本が韓国に敗れたのは、1982年3月の釜山での日韓定期戦以来)。この結果が、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督(当時)の解任に少なからずつながったと見ている。また2010年2月、同じく東京で開催された日韓戦でも1-3で敗れ、4カ月後に迫った2010 FIFワールドカップ・南アフリカ大会に向けて悲観論が支配的となった。
テンションが高くなること必至の日韓戦。加えて今年は、日韓関係が「戦後最悪」と言われるほど冷え込んだ。今年の夏にピークを迎えた反日と嫌韓のせめぎ合いは、その後はやや小康状態となり、E-1開催中には日韓両政府の局長級の対話も再開された。しかしながら、スタジアムで唐突に政治的な影を差すのが日韓戦。ソウルで行われた6年前の大会では、韓国のスタンドから安重根の肖像画と「歴史を忘れる民族に未来はない」という横断幕が、そして日本のスタンドからは(一瞬だけだが)旭日旗が掲出されている。
こじれにこじれた両国関係を思うとき、この1年を締めくくる意味でも日韓戦を現地で見ておく必要性を感じていた。ただし今回は記者という立場ではなく、日本からふらりとやって来た旅行者という体(てい)で、スタンド観戦を決め込むことにした。試合内容もさることながら、韓国の人々が今回の日韓戦をどう受け止めるのかについても、個人的に興味があったからだ。かくして12月18日、カテゴリー2のチケットを3万ウォン(約2700円)で購入して、釜山アジアド競技場のバックスタンドに向かった。
かわいらしさと緩さに満ち溢れた日韓戦の風景
その日は16時15分から香港対中国が、そして19時30分から韓国対日本のゲームが行われていることになっていた。この日の2試合に関して、主催者側はむしろ第1試合のほうを警戒していた。半年以上も続く市民デモの影響で、香港の人々は政府の背後にいる中国への不信感と敵愾心(てきがいしん)を募らせていたからだ。韓国の地元紙は「警察機動隊を3倍の240人に増やし、私設警護員640人も配置する」という、大韓サッカー協会関係者の談話を紹介。逆に日韓戦に関しては、それほど心配していない様子がうかがえる。
キックオフ1時間前、スタジアムに入場。ほどなくして、これまで経験してきた日韓戦とは明らかに異なる空気が、そこかしこに横溢(おういつ)していることに気がつく。まず、客層がやたらと若い。しかも、赤い代表のレプリカユニフォームを着ているファンは、ゴール裏を除けばごく少数派。その代わり、赤く点滅するツノ型のティアラや、太極旗をモチーフにしたリボンを着けた女子サポをよく見かける。赤いツノは、韓国のサポーターグループ『レッドデビルズ』に由来し、女の子だけでなく中年男性も着けていた。
まなじりを決して臨んだ、アウェイの日韓戦。その現場は、殺伐感とは対局のかわいらしさと緩さに満ち溢れていて、思わず脱力した。屈託のない笑顔で自撮りをしたり、フライドチキンをつまんだりしながら、キックオフを待つ若者たち。彼らにとっての日韓戦は、単なるエンタメの一つでしかないのだろう。1954年のワールドカップ予選で日韓が初めて激突した時、時の李承晩大統領が選手団に「日本に負けるようなことがあったら玄界灘に身を投げろ」と命じた逸話など、まったく知らないのかもしれない。
この緊張感の希薄さの原因は、E-1という大会そのものにも求められよう。試合前、日本語が堪能な韓国人男性と話をする機会があった。向こうもサッカー好きだったので「今日のE-1はご覧になりますか?」と水を向けると、怪訝(けげん)な表情で「それは国家代表の試合なんですか?」と返してきた。ある程度サッカーに関心がある人でも、この程度の認識なのだ。スタンドに空席が目立つのも当然だし、ここに来ている若者たちが、実は数合わせの動員という可能性も否定できない。
「テーハミング!」と「ヘル朝鮮」の間に
定刻どおり、19時30分にキックオフ。幸い、両ゴール裏とも政治的なメッセージは掲出されず、君が代へのブーイングもなかった。序盤からペースを握ったのは韓国。前線からの激しいプレスとロングボールで日本の出鼻をくじくと、両サイドを使った効果的なアタックで日本を圧倒する。そして何度かの惜しいシュートののち、28分にファン・インボムのゴールで韓国が先制。ゴールの瞬間、周りにいた観客は立ち上がって喜びを爆発させた。苦虫を噛み潰した表情をしているのは、私一人である。
後半に入ると、さすがに韓国のプレスも緩み始め、大島僚太が途中出場してからは日本がボールを握る時間帯が増えてくる。すると、お馴染みの「テーハンミング(大韓民国)!」コールが、自然発生的に沸き起こった。私の周りにいる若者たちも、声を振り絞るように祖国の名を連呼し続ける。レッドデビルズが始めた「テーハンミング!」コールが、一般のファンに広まるきっかけとなったのは2002 FIFAワールドカップの日韓大会。早いもので、あれからすでに17年の歳月が流れた。
2002年の記憶を持たないであろう、韓国の若者たちによる「テーハンミング!」を聞いていて、ふと奇妙な違和感が頭をもたげた。というのも、この国の多くの若者は大韓民国という祖国に、深い絶望感を抱いていると聞いていたからだ。子ども時代は過酷な受験戦争に追われ、大学に入れば激烈な就職活動が待っている(有名企業に入るにはTOEIC800点以上が必須。他にも幾つもの資格が求められる)。望み通りの企業に就職できても、子どもの教育費の捻出に苦労した挙げ句、40歳を過ぎるとリストラの恐怖に怯えなければならない。
最近のハンギョレ新聞の調査によれば「韓国の19~34歳の若者たちは上の世代に比べて人生に不安を抱えて」おり、その8割近くが「祖国を離れたい」と考えているという衝撃的な結果が出た。過度の競争と理不尽な格差に翻弄され、日常的に疲弊した若者たちは、自嘲的に祖国を「ヘル(地獄)朝鮮」と呼ぶ。この会場に来ている若者たちも、その多くが同じ思いを抱いていることだろう。にもかかわらず、懸命に「テーハンミング!」と叫び続ける彼らの姿が、どうにも矛盾しているように感じられてならなかったのである。
こんな時代だからこそガチンコの日韓戦を
試合は、韓国が1点のリードを守りきって終了。3戦全勝の韓国は、3大会連続5回目の東アジア制覇を果たした。日本がアウェイで韓国に敗れたのは、2000年4月26日の国際親善試合以来だから、実に19年ぶりの屈辱。それも「完全アウェイ」からほど遠い、何とも緩みきった雰囲気の中での敗戦が、ただただ悔しかった。
その一方で、ずっと気になっていたのが、スタンドで目にした韓国の若者たちのことだ。「ヘル朝鮮」を生きる彼らは、どんな気持ちで祖国の名を連呼していたのだろうか。
たまたま現地で知り合った、ソウル女子大学で教鞭をとる上別府正信氏に、その疑問をぶつけてみた。「韓国の若者の多くが、鬱屈した日常を送っているのは事実です」とした上で、上別府氏は「けれども」と言葉を続けて指摘したのが、日本との類似性である。
「スタジアムで『テーハンミング!』と叫ぶことは、必ずしも国家観とリンクしているわけではないと思います。むしろ2002年ワールドカップでの誇らしい記憶を蘇らせ、国民的な一体感を共有するためだったんでしょう。日本の若者だって『失われた20年』の間、代表戦で『オー、ニッポン!』と叫んでいたじゃないですか。それと同じだと思いますよ」
かくして悔しさと物足りなさ、そして不思議な余韻を残しながら、釜山での旅は終わった。時代が変われば世代も変わり、応援のスタイルや日韓戦の捉え方も変容する。加えて言えば、実質「国内組のテスト」でありながら結果が求められる、E-1という大会の微妙な立ち位置についても考慮する必要があるだろう。しかしそれ以上に留意すべきは、日韓のヒリヒリした真剣勝負というものが、もうずいぶんと行われていないという事実である。公式戦での日韓のガチンコ勝負は、E-1を除けば2011年のアジアカップ準決勝が最後だ。
さらに、ワールドカップ予選に関していえば、1998年フランス大会が最後。その後は予選のなかった2002年日韓大会を挟み、5大会連続で最終予選での日韓戦は回避されてきた。確率的に考えれば、次の2022年大会は久々に日韓が同組になってもおかしくないだろう。22年前のヒリヒリした感覚を体感している、いちオールドファンとしては、むしろそうなってほしいと密かに願っている。反日でも嫌韓でもない、純粋にサッカーで両国が激突する熱量に久々に触れてみたい。こんな時代だからこそ、そう考える次第だ。
<了>
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