阪神・岩崎優、「真のセットアッパー」へ極秘トレ! 向かった先は、話題の美術館?
プロ野球選手にとって、長く険しいシーズンを戦い抜くため、この時期に決して欠かすことのできないのが、“自主トレ”だ。走り込みやウェイトトレーニングで体をつくり、キャッチボールやバッティングを行う……。
だが、そんな一般的な自主トレのイメージとはかけ離れた場所、「美術館」へ向かう選手がいる。阪神タイガース、岩崎優だ。
一体何のために? そこには、貪欲なまでに進化を目指す28歳の向上心があった――。
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
芸術鑑賞が、思わぬひらめきにつながる?
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ゴッホ、フェルメール……世界の名だたる画家たちの遺した作品が教科書をめくるように次々と目に飛び込んでくる。阪神タイガースの6年目左腕・岩崎優は12月某日、徳島県にいた。本拠地の甲子園球場から150km以上離れた場所に一体、なぜ……。鳴門市にある大塚国際美術館は、陶板複製画を中心に1000点以上の展示数を誇る国内最大級のアートミュージアムだ。
観光で足を運んだわけでないことは、眼差しの強さと真剣な表情を見ればすぐに分かる。愛車のハンドルを握り、鳴門名物の「渦潮」には目もくれず、約2時間かけてたどり着くと、こう言った。
「こういうことはオフにしかできないことなんで。自分ではこういう時間が野球にもつながると思っていますから」
真意を聞けば「ひらめき」や「直感」をつかさどる右脳を刺激するための真剣なトレーニングだという。
球団の管轄から離れるオフシーズンは「自主トレ」という括りで各選手が2月のキャンプインまで逆算しながら調整に励む。もちろん、長く厳しいシーズンを戦い抜くための体力強化、プロ野球選手としてさらなる進化を目指して取り組む技術的、肉体的鍛錬がメインとなることは言うまでもない。ただ、限られた時間の中でシーズン中は踏み入れることができない「異世界」で学びや刺激を求めることも岩崎にとっては、選択肢の一つ。事実、美術鑑賞も今回が初めてではなかった。
「(芸術鑑賞で)右脳を鍛えるというか、ピンチの場面でのひらめきにつながる可能性だってあるかもしれないので」
明確な目的と効果を口にして、美術館の扉を開けた。
地下3階から2階まで全長4kmにも及ぶ展示ルートを丁寧にたどりながら、1000点以上の作品すべてに目を通すと、時計の長針はゆうに2周していた。タブレット端末を手にした美術系学校の学生や、多くの外国人客にも交じって鑑賞。一昨年の紅白歌合戦で米津玄師がテレビ初の生歌唱を披露した舞台となって話題となった「システィーナ・ホール」も見上げた。
「昔の人はどうやってこんな絵を描いていたんですかね」
古代壁画への素朴な疑問もつぶやくなど、インプット、アウトプットを繰り返しながら、右脳をフル回転させていた。
感銘を受けた1枚の絵に、自分自身を重ね合わせる
プロ野球選手が美術館で何を真剣に……と冷たい視線を送られそうだが、この“芸術トレ”も、貪欲に進化を目指す28歳の向上心の表れに感じる。6年目の2019年シーズンは中継ぎに専念し48試合登板で防御率1.01と驚異的な数字をマーク。球速は140km台ながら、下半身の粘りを生かした独特のフォームから繰り出される強烈なバックスピンのかかった直球を武器に打者をなで斬り、今やブルペンに欠かせぬ存在にまで上り詰めた。プロ1年目で開幕ローテ入りするなど、先発の経験もあり、過去はキャンプ中に先発調整しながらシーズン中は中継ぎ起用される「ユーティリティー」としての強みも兼備していたなかで、一昨年までは2年連続60試合以上登板と中継ぎ専任で一気にポテンシャルが開花した。
チーム内でも一定のポジションを築き、来季目指すのは本人の言葉を借りれば「真のセットアッパー」。今季はシーズン中盤からリードした展開の7回に起用される、いわゆる「勝ちパターン」の一員に名を連ねたものの、対峙する相手打者によっては8回を担っていたピアース・ジョンソンが前倒しで登板することが何度かあった。
「ジョンソンと打順の兼ね合いで自分が下位(打線)とかを任されることもあって、真のセットアッパーになっていないと思う。中軸でも安心して任されるようになりたい」
アスリートの共通意識ともいえるが、岩崎も「現状維持」を良しとしない。たとえ、防御率1点台と最高の1年を送っても「今年と同じぐらいの数字を残すと言っても、成長はないので。ポジションはもちろん数字も向上させていけないといけない」と言い切る。ジョンソンの退団が決まり空席となった「8回の男」を狙うのは当然で、成績もキャリアハイを見据えている。
だからこそ、日々のトレーニングで培う技術面とは別次元の話で、今まで表出していない“第六感”のような力を発揮する可能性を「絵」に求めたのだろう。
「厳しい場面でも信頼されて送り出されて、そこで抑えられるような投手になっていかないといけない」
来季、チームの窮地でマウンドに送り込まれた時に今までにない発想、ひらめきが生まれ“ビッグアウト”を奪うことはあるのだろうか――。たとえ無かったとしても、真のセットアッパーとして、時に実力以上のものをプラスしないと乗り切れないようなしびれる勝負のシチュエーションを想定していることがうかがえた。
「モナリザ」や「最後の晩餐」など2時間超の鑑賞で目にした作品の数々で、特に印象に残ったものがあったという。米国人画家のトマス・コール作の「建築家の夢」。人間の想像を上回る大きさの建造物の建築を目指す男の様子が描かれており、壮大な世界観に感銘を受けた。
「あの絵は印象的でしたね。想像の範囲外の目標を持てということですね」
気づき、学び、ひらめき……球場では得がたい力を蓄えた貴重な時間を過ごした。「岩崎優」×「芸術」の化学反応の導く「答え」が来季のマウンドで見られるかもしれない。
<了>
阪神・及川雅貴(横浜)の素顔とは? 脆さも内包する「未完の大器」の進化の過程
阪神・横田慎太郎、「奇跡」の道標に。病魔と闘い、最後に辿り着いた一瞬の幸福
[プロ野球12球団格付けランキング]最も成功しているのはどの球団?
侍ジャパンに最も選手を輩出したプロ野球12球団はどこだ? 1位と2位は接戦で…
高校野球に巣食う時代遅れの「食トレ」。「とにかく食べろ」間違いだらけの現実と変化
阪神・近本光司の記録更新が注いだ光。長嶋茂雄の偉大さと「記録の神様」
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策
2024.12.20Education -
ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは
2024.12.19Education -
スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは
2024.12.18Education -
JリーグMVP・武藤嘉紀が語った「逃げ出したくなる経験」とは? 苦悩した26歳での挫折と、32歳の今に繋がる矜持
2024.12.13Career -
昌平、神村学園、帝京長岡…波乱続出。高校サッカー有数の強豪校は、なぜ選手権に辿り着けなかったのか?
2024.12.13Opinion -
なぜNTTデータ関西がスポーツビジネスに参入するのか? 社会課題解決に向けて新規事業「GOATUS」立ち上げに込めた想い
2024.12.10Business -
青山敏弘がサンフレッチェ広島の未来に紡ぎ託したもの。逆転優勝かけ運命の最終戦へ「最終章を書き直せるぐらいのドラマを」
2024.12.06Career -
三笘薫も「質が素晴らしい」と語る“スター候補”が躍動。なぜブライトンには優秀な若手選手が集まるのか?
2024.12.05Opinion -
ラグビー欧州組が日本代表にもたらすものとは? 齋藤直人が示す「主導権を握る」ロールモデル
2024.12.04Opinion -
卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
2024.12.03Opinion -
非エリート街道から世界トップ100へ。18年のプロテニス選手生活に終止符、伊藤竜馬が刻んだ開拓者魂
2024.12.02Career -
なぜ“史上最強”積水化学は負けたのか。新谷仁美が話すクイーンズ駅伝の敗因と、支える側の意思
2024.11.29Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
指導者育成に新たに導入された「コーチデベロッパー」の役割。スイスで実践されるコーチに寄り添う存在
2024.10.16Training -
海外ビッグクラブを目指す10代に求められる“備え”とは? バルサへ逸材輩出した羽毛勇斗監督が語る「世界で戦えるマインド」
2024.10.09Training -
バルサのカンテラ加入・西山芯太を育てたFC PORTAの育成哲学。学校で教えられない「楽しさ」の本質と世界基準
2024.10.07Training -
佐伯夕利子がビジャレアルの指導改革で気づいた“自分を疑う力”。選手が「何を感じ、何を求めているのか」
2024.10.04Training -
高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法
2024.09.27Training -
「サイコロジスト」は何をする人? 欧州スポーツ界で重要性増し、ビジャレアルが10人採用する指導改革の要的存在の役割
2024.09.20Training -
サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
2024.09.13Training -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
ポステコグルーの進化に不可欠だった、日本サッカーが果たした役割。「望んでいたのは、一番であること」
2024.07.05Training