
ダルビッシュ有を支える仮説と検証。「1日に5個、6個の仮説を立てて試します」
日本球界の至宝にして、唯一無二のアスリート、ダルビッシュ有。全4回にわたる『REAL SPORTS』独占インタビューも今回で第3回を迎える。
全4回にわたる独占インタビューの第1回では「気持ちの悪かった」という今シーズンを振り返り、第2回では夏頃から頻繁に動画を投稿し話題となったYouTubeについて語った。今回は、ダルビッシュの進化と成長を支える、常識にとらわれない思考術に迫った。
(インタビュー・構成=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、撮影=浦正弘)
[第1回はこちら]ダルビッシュ有が「悪い霊が憑いてるんじゃ」とすら思った不調から立ち直れた方法とは?
[第2回はこちら]ダルビッシュ有が「YouTuber」を始めた理由とは?「野球でもYouTubeでも、成功の原理は応用できる」
「僕はトライすることを恐れない。むしろ、トライすることが一番大事」
続いて、コントロールについてお聞きします。コントロールの改善に力を入れたのは、前回のインタビュー(2019年5月上旬)の後でしたよね。あの頃は「コントロールさえ直せば良くなるから、自分の課題はそれだけ」という話をされていました。そのために、ブルペンの時とキャッチボールの時に2つのフォームを使い分けるというやり方を思いついたのはどういうきっかけだったんですか?
ダルビッシュ:うーん……それは覚えていないですね。覚えていないんですけど、日々いろいろなことを考え、毎日毎日仮説を立てて、それを試してダメならまた次の仮説を立てるという生活を送っています。普通の人の場合だと、たぶん1日に1個の仮説を試すかどうかというところでしょうが、特にアスリートの場合はそういった仮説を立てることがすごく大事で、自分の場合は1日に5個、6個の仮説を立てて試します。それをずっとやっているので、どこで思いついたのかは全く覚えていないんですよね。
キャッチボールの時、日本ではみんな肩が出来上がるのが遅いんですよ。だから最初はゆっくり投げるんですね。一方で、アメリカでは最初からバンバン投げるんです。しかもキャッチボールに掛ける時間が短いということで、僕も同じようにバンバン投げる。だから、近い距離でゆっくり投げるということがあまり上手ではなくなってきたんです。それに気づいた時に、最初はふわっとした緩いボールを投げるところから始めて、それができるようになってきたところで、そのフォームが元のフォームとうまく融合して、指先の感覚がすごく鋭くなっていったのかなとは思います。
常に2つのフォームを併用することで刺激を与えるというのは、他のスポーツにも応用できますよね。再現性が必要な競技にはすべて当てはまるのではないかと思いました。
ダルビッシュ:自分の中で今思っていることがあって、再現性を高めるための練習法って反復だと思うじゃないですか? でも、その反復で再現性が高められる人って、メジャーリーグを見ても1%いるかいないかという世界だと思うんですよ。日本でもそうだと思うんですが、だからそれができる人って、たぶんそういう脳の形というか、機能を持っているんですよね。再現性を高められる機能。それ以外の人は、脳がどんどん新しい動きを作り出して変化していってしまうから、常にフォームの面で苦しんでいるんじゃないかと思いました。
ということは、どうやってその脳を安定させるかとなった時に、2つの脳が動き、指令を出すことで、それぞれ全く違う指令になるわけじゃないですか? だから刺激を交互に与えることでお互いが安定するんじゃないかという仮説を立てたということですね。
それって、誰にでも当てはまるわけではなく、自分の中でハマったものがその人にとってのベストなんでしょうね。
ダルビッシュ:そうなんです。だから、これもあくまで僕の体に対してこうなんじゃないかと思っているだけの話で、それが合う人もいれば、全く合わない人もいるだろうと思います。
コントロールが良くなったことに加え、変化球の調子もそれに比例するかのように上がっていきました。また、シーズン途中に変化球の種類を増やしたじゃないですか? そういうことができるのは、ダルビッシュ選手の大きな特徴なのではないかと思うんです。すぐに変化球を増やせるというか、新しいボールを体得するのに時間が掛からない。
ダルビッシュ:まあ、時間が掛からないところは自分の才能の一つかなと思いますけど、他の人と違うなと思うところは、僕はトライすることを恐れないところじゃないかと。むしろ、トライするということが一番大事だと思っています。気になったらすぐに試合で使うし、だからこそ習得が早い。
多くの人はブルペンで投げて、納得してから試合で投げます。ただ、ラプソード(トラッキングデータを取得できるシステム。球速などの基本的なものから、ボールの回転数、回転軸、変化量などの詳細なデータまで幅広く取得できる)で回転数とか変化量とかを見たり、1カ月以上掛けてこれならいけるんじゃないかというレベルまで仕上げて試合で試しても、必ずしもバッターにとって嫌なボールになるとは限らないんですよね。
例えば、自分とマックス・シャーザー選手(ワシントン・ナショナルズ)が、同じ変化移動のスライダーを投げたとします。球速タイムも同じ、回転も同じなのに、被打率が全然違うということもあるわけですよ。やっぱり、ボールの見え方とかいろいろな要素があるので。僕はそういう手順が無駄だと思うので、それであれば時間を掛けて仕込んでから投げるのではなく、最初から投げてしまう。そうすれば、すぐにバッターからのフィードバックがあるわけじゃないですか? 自分では良くないと思っていても、意外と良い球だったりする時もありますからね。
「俺はこのまま自分のやり方を貫こう」と思った高校時代の経験
プロ初登板となった2005年6月15日の広島カープとの交流戦、初登板のマウンドにもかかわらず、シュート気味のボールをぶっつけ本番でいきなり試していますよね? デビュー戦でそれをやるのはものすごい度胸だなと思ったんですが、結局、あの時はそのボールが効果を発揮しました。そういう成功体験からトライすることの重要性を学んだんですか?
ダルビッシュ:いや、高校時代もやってましたね。甲子園の時も1試合の中でいろいろなフォームで投げていました。それについてよく覚えているのが、甲子園のような大きな大会にはPT(理学療法士)の人が集まって、大会前や試合後にいろいろ研修のようなことをやっているんですよ。そのうちの一人が試合後に僕のところに来て、「君、フォームが安定していないね。試合を見てもいろいろなフォームで投げているようだけど、あれ、やめたほうがいいよ」と言ってきたんです。その時に、「俺はこのまま自分のやり方を貫こう」と思ったんですよね。なぜかと言うと、その人は野球経験者っぽいんですが、恐らく野球界で成功を収めたとか実績を残したというわけではない。だから、PTをやられていたんだと思うんです。つまり、その人はその人の価値観で生きてきたから、野球選手としては成功しなかったんじゃないかと思ったんです。同時に、ということは「俺が今やっていることって、みんなが想像つかないようなことだから、このままやり続けていいんじゃないか?」と思ったんですよね。だから、その次の試合ではサイドスローでいきなり投げてみたりしました。そういった感性というか発想というか、そういうものがずっと自分を支えていますね。
子どもの頃からそういう考え方をしていたんですか?
ダルビッシュ:そうだと思います。
話を聞かせてもらうようになってから、ダルビッシュ選手は常識みたいなものにとらわれない人だなといつも思っていたんですが、やっぱり子どもの頃からそうだったんですね。お父さんの教育も影響しているんですか?
ダルビッシュ:いやいや、それは全然違います。父は完全に僕とは反対の人で、とても社交的で、コミュニケーションもみんなに対してソフトで、いろいろなことに対して石橋を叩いて渡っていくタイプ。頭もすごく良いし、人格者です。本当に真逆ですね。だから、今でも父は僕の考えていることが理解できないし、僕も父の考えていることを理解できない。
母は普通の大阪のおばちゃんです(笑)。弟たちと比べて今でも言われるのが、「あんたは小さな頃からとにかく変わっていた」と。だから、その変わっていたという部分が、今の自分に通じているのかもしれないですね。
言ってしまえば、常識にとらわれない人って、どう考えても他の人とは違いますからね。
ダルビッシュ:そうだと思いますね。
日本だと、それが「おかしい」ということになって、ネガティブにとらえられることもあります。
ダルビッシュ:常識に従うという意味が自分にはよくわからないんですよね。高校生の時なんか、みんな監督の言うことに従って、「はい」って返事をして言われたとおりの練習をするじゃないですか? でも自分は何一つ従ってこなかったし、もうずっと寝てましたからね、練習せずに。
<第4回へ続く>
[第4回]ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」
[第1回]ダルビッシュ有が「悪い霊が憑いてるんじゃ」とすら思った不調から立ち直れた方法とは?
[第2回]ダルビッシュ有が「YouTuber」を始めた理由とは?「野球でもYouTubeでも、成功の原理は応用できる」
[5月独占インタビュー①]ダルビッシュ有が明かす、メディアへの本音「一番求めたいのは、嘘をつかないこと」
[5月独占インタビュー②]ダルビッシュ有が考える、日本野球界の問題「時代遅れの人たちを一掃してからじゃないと、絶対に変わらない」
[5月独占インタビュー③]ダルビッシュ有は、なぜTwitterで議論するのか「賛否両論あるということは、自分らしく生きられてる証拠」
[5月独占インタビュー④]ダルビッシュ有はなぜゲームにハマったのか?「そこまでやりたくない時でも、今はやるようにしてます」
なぜダルビッシュ有は復活を遂げたのか?「お股ニキ」が分析する“さらなる進化”
PROFILE
ダルビッシュ有(ダルビッシュ・ゆう)
1986年生まれ、大阪府出身。MLBシカゴ・カブス所属。東北高校で甲子園に4度出場し、卒業後の2005年に北海道日本ハムファイターズに加入。2006年日本シリーズ優勝、07、09年リーグ優勝に貢献。MVP(07、09年)、沢村賞(07年)、最優秀投手(09年)、ゴールデン・グラブ賞(07、08年)などの個人タイトル受賞。2012年よりMLBに挑戦、13年にシーズン最多奪三振を記録。テキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・ドジャースを経て、現在シカゴ・カブスに所属している。
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
高校ラグビー最強チーム“2006年の仰星”の舞台裏。「有言実行の優勝」を山中亮平が振り返る
2025.02.14Career -
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
「やるかやらんか」2027年への決意。ラグビー山中亮平が経験した、まさかの落選、まさかの追加招集
2025.02.07Career -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion -
前人未到の高校女子サッカー3連覇、藤枝順心高校・中村翔監督が明かす“常勝”の真髄
2025.02.06Opinion -
一流選手に求められるパーソナリティとは? ドイツサッカー界の専門家が語る「実行に移せる能力」の高め方
2025.02.03Opinion -
柿谷曜一朗が抱き続けた“セレッソ愛”。遅刻癖、背番号8、J1復帰、戦術重視への嫌悪感…稀代のファンタジスタの光と影
2025.02.03Career -
「アスリートを応援する新たな仕組みをつくる」NTTデータ関西が変える地域とスポーツの未来
2025.02.03Business -
卓球・17歳の新王者が見せた圧巻の「捻じ伏せる強さ」。松島輝空は世界一を目指せる逸材か?
2025.01.30Career -
最多観客数更新のJリーグ、欧米女子サッカービジネスに学ぶ集客策。WEリーグが描く青写真とは?
2025.01.28Business -
4大プロスポーツ支えるNCAAの試合演出。「ジェネラリストは不要」スポーツエンターテインメントはどう進化する?
2025.01.28Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion -
前人未到の高校女子サッカー3連覇、藤枝順心高校・中村翔監督が明かす“常勝”の真髄
2025.02.06Opinion -
一流選手に求められるパーソナリティとは? ドイツサッカー界の専門家が語る「実行に移せる能力」の高め方
2025.02.03Opinion -
高校サッカー選手権で再確認した“プレミアリーグを戦う意義”。前橋育英、流経大柏、東福岡が見せた強さの源泉
2025.01.20Opinion -
激戦必至の卓球・全日本選手権。勢力図を覆す、次世代“ゲームチェンジャー”の存在
2025.01.20Opinion -
なぜブンデスリーガはSDGs対策を義務づけるのか? グラスルーツにも浸透するサステナブルな未来への取り組み
2025.01.14Opinion -
フィジカルサッカーが猛威を振るう高校サッカー選手権。4強進出校に共通する今大会の“カラー”とは
2025.01.10Opinion -
なぜバドミントン日本代表は強くなったのか? 成果上げた朴柱奉ヘッドコーチの20年と新時代
2024.12.29Opinion -
「すべて計画通りに進んだ」J1連覇の神戸・吉田孝行監督が示した日本サッカー界へのアンチテーゼ
2024.12.24Opinion -
昌平、神村学園、帝京長岡…波乱続出。高校サッカー有数の強豪校は、なぜ選手権に辿り着けなかったのか?
2024.12.13Opinion