なぜダルビッシュ有は復活を遂げたのか?「お股ニキ」が分析する“さらなる進化”

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2019.09.16

シーズン後半戦に入り、ダルビッシュ有の活躍が目覚ましい。MLB史上で初めて5先発登板連続で無四球&8奪三振以上を記録し、チームも首位争いを演じている。その存在感はますます増し、本人も今が人生で一番いい状態と話す。
なぜダルビッシュはこれほどまでに復活と進化を遂げることができたのか。Twitter上でダルビッシュ選手と親交を持ち、その分析に多くの選手や専門家からの支持を集めるお股ニキさんにアナライジングしてもらった。

(文=お股ニキ、写真=Getty Images)

シーズン前半、ストレートの質と制球の乱れの原因

一体ダルビッシュはどうなってしまったんだと思ったファンの方も多かったことだろう。

5月半ばまでは信じられないことにあのダルビッシュが制球に苦しみ、まずストライクを取ることに四苦八苦していた。以前から細かいコントロール(コマンド)はそこまでではないにしても、ストライクをとることに苦労するような投手ではない。それが、初回から先頭打者にストレートを引っ掛けて叩きつけたり、投手に対してもボールが浮いてしまうなど精神面も含めて制球に苦しんで、5月の途中までリーグワーストの四球を与えていた。ストレートはスピードも出ておらず、ストライクゾーンに置きにいったボールは痛打されていた。

今思えば、これは昨年終盤の9月にシーズン絶望となり受けた右肘の骨棘除去手術の影響が大きかったのだろうと思う。簡単なクリーニング手術ではあったとはいえ、昨年はシカゴ・カブスに大型契約で移籍してきた1年目で結果を残したいという気持ちが焦りにつながったり、チームとのコミュニケーションがうまくいかなかったのだろう。肘の痛みに耐えながら実戦復帰を目指す中で、ストレートを投げる際に痛みの出ないフォームで投げていくうちに変な癖がついてしまったのだという。この癖と手術によるブランクからフォームを取り戻すことに苦心したのが、序盤戦のストレートの質の低下と制球難による不振の主な原因だろう。

いつもはTwitterで私を含む一般のファンの釈迦に説法的なアドバイスにも耳を傾けてくれるダルビッシュだが、こうした声に対し珍しく、“中4日の間でブルペンに入るのは1回だけ、平地とブルペンでも違うしフォームを変えるのは簡単ではない”とツイートしており、さすがのダルビッシュでもなかなか難しいのかな?、ストレスを感じているのかな?と心配していた。

そんな不振の時期でも唯一安定していたボールがカットボールである。私がよくスラッターと表現する縦に落ちるカットボール(ソフト)は制球も良く、打者から高い空振り率とゴロ率、ストライク率、低被打率を記録していた。この制球のいい曲がりの大きなカットボールを増やすことでとりあえずストライクを稼ぎカウントをつくれるようになった。

そうした応急処置をしていくうちに徐々にストレートの質や制球が戻り始め、5月16日のシンシナティ・レッズ戦ではカッターを中心に6回途中11三振の好投を見せて、この頃から少しずつ明るい兆しが見え始めた。もっともこれ一辺倒だと2回り目くらいまでは完璧に抑えても3回り目に捉えられてしまいやすくなる。5回まで抑えこみ、エース・ダルビッシュ復活かと思われた直後の6回に捕まったフィラデルフィア・フィリーズ戦などがあった。

特に良かった時期にメインに据えていたボールは?

フォームが崩れたために、リリースポイントが低下していたこと問題にあった。ロサンゼルス・ドジャース移籍後からフォーム改造でリリースポイントをやや下げたが、昨年はさらに下がっていた。今シーズンに入っても同様に下がっており、上半身が前傾姿勢となったこの低いアームアングルから強引にまっスラ軌道をつくる4シームはスピードが出ず、また引っ掛けや抜けを連発、大きな横のスライダーも横の変化が大きく、空振りを奪うことがなかなかできなかった。

4月27日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でも初回からこうした投球で大荒れだったが途中からスプリットを解禁すると見違えるような投球を披露した。スプリットを上から叩く意識が芽生えたのかリリースポイントが上がり、鋭くボールが落下し、カット・スラットも程よく落ちた。私はこの試合が完全にヒントとなり、この試合の形を模索することが今後の活躍に繋がると考えコラムを書かせていただいたこともあった。ダルビッシュのスプリットは威力があり、また使うことでリリースポイントを上げることができる。メジャーのバッターはスプリットのような落ちる球には弱く、カッターと縦のスライダーの中間くらいの質ともいえるスラッターと組み合わせれば左右に曲がり落ちる効果的なボールになるだけでなく、リリースポイントが上がり制球も良くなるのではないかと考えていた(いわゆる私が言うところのスラット・スプリット型投球)。

カブスのデータ部門のマイク・ボーゼロ戦略コーチも往年の大投手ロジャー・クレメンスのスプリットとも遜色ないレベルであることから投げることを提案していたらしい。私もスプリットは4年前から推奨してきていた。ダルビッシュ本人は、左打者のスイング率が低いことやチェンジアップの調子が上がってきたことなどを理由に消してしまおうかと考えている風に見受けられたが、私はスプリットは投げたほうがいいのではと考えていた。スプリットはカットボールが得意な投手は少し中指でトップスピンを与えるような感覚を出すとよりジャイロスピンに近づいて打者が振ってくれる軌道になる印象がある(ソフトバンクの森唯斗など)。ダルビッシュもこうしてスプリットの質もメジャー最高クラスまで高めていった。

ダルビッシュのことを研究するようになって、主観抜きに、客観的に、メジャーでトップだったといえる月が2カ月ある。2012年9月と2013年4月である。この2カ月はメジャーでもあらゆる指標がトップで、私が2012年に翌年のサイヤング賞争いに入ってくると感じた理由であり、実際に2013年はサイヤング賞投票で日本人最高の2位に入っている。このときにメインに据えていたボールがカッターとスプリットだったのである。ダルビッシュといえば大きなブーメランのようなスライダーが特徴的だが、実はこうした事実がある。トミージョン手術後はあまり操れていなかったこともあり、リリースポイントを上げるためにもスラット・スプリット型投球を推奨していた。

リリースポイントの高さと制球力を表す指標の推移

こうして見てみると、時間を追うごとにダルビッシュのリリースポイントは上がり、制球が良くなったことが見て取れる。因縁の古巣ドジャースとの試合で好投した前後にリリースポイントが上がり、制球が安定しだしたようだ。

フォームの修正は地道な努力や引き出しによるもの

口で言うのは簡単だが、こうしたフォームの修正はダルビッシュ本人の地道な努力や引き出しの積み重ねの結晶である。登板間のブルペンセッションではラプソードなどの機器で投球データを一球一球計測し、回転軸や変化量、速度を調整していたのだろう。練習ではメディシンボールを投げたり、代理人が同じで理論派でも知られるトレバー・バウアーとのやりとりから「ドライブライン」(※選手ごとに適切なフォームを身に付けることを目的に、トレーナーや動作分析のプロが常駐するトレーニング施設)で行われている、複数の重さのあるボールを投げるトレーニングなどもしていた。最近ではメンタルシャドウと呼ばれる、ドジャースのエースのクレイトン・カーショウが以前から実施している試合前日のボールは投げないが実際にボールを持ってキャッチャーからのサインを受けて実際の打者に一球一球投げるシミュレーションのような練習を入念に行っていた。こうしたストイックな姿勢と地道な努力で、球の速い変化球投手ダルビッシュの感覚が呼び起こされ、研ぎ澄まされて、制球や変化球の感覚を掴んだのではないかと推測する。平地でのキャッチボールでのフォームとマウンドの傾斜のフォームをわけたことも脳の刺激的にも良かったらしいと、試合後のSHOWROOMの配信で語ってくれていた。

シャドーピッチングを入念に行うダルビッシュ

こうしてボールの質や制球が改善し四球や制球の心配がなくなると、今度は序盤から悩まされていたホームランが最後の課題となる。特に対左打者の4シームの被OPSは一時1.400を超えるほどのめった打ちにあっており、配球を変更する必要性に迫られた。6月末の試合で対左打者に対しては違うピッチャーになるつもりで投げる必要性を理解して、変化球で入り緩急をつけるなどして追い込むようになっていった。そうして最後は決め球のスプリットやスラッターが真ん中から両側に曲がり落ちて決まっていった。このように落ちるボールを使いこなせるようになるとベース上で高ささえミスしなければ打者は振ってくれる質のボールになっていて制球が良く見えるようになる。

完全復活した「球の速い変化球投手」はさらなる進化を見せる

メジャー移籍当初から球種の多さには注目が集まっていたが、球の速い変化球投手ダルビッシュが完全に復活している。それどころかさらに進化しており、同僚のカブスのクローザー、クレイグ・キンブレルのナックルカーブをわずか1週間で習得してしまったらしい。もっともこの速いカーブがかつてスライダーと呼ばれた本来のダルビッシュの最大の武器であり、さまざまな経緯を経て復活したわけだ。メジャーリーグには決め球1種類で試合に出られて、2種類でレギュラーになれて、3種類でエース級になれて、4種類以上持つとピッチングが崩れるといったことわざがあるくらい、球種というのは難しく、ただやみくもに多ければ多いほど良いというものでもない。本当に使えるものを数種に絞って再現性や質を上げていくのが普通の考え方で、ただ投げられるにすぎないボールは試合の重要な場面では使えないから実際にはないに等しい。

ところが若い頃からボールの回転軸や変化球にこだわり変化球バイブルも出版するくらいの変化球マニアであるダルビッシュは例外である。その器用で繊細な感覚と経験、知識、それにデータやテクノロジーの発達で客観的な測定による確認を繰り返していくうちに全ての球種がハイレベルになり、制球よく操れるようになったのだろう。

カッター一辺倒ではなくなり、スプリットあり、カーブありと打者は落ちる球や緩急などあらゆる変化に対応しなければならない。そのカッターだけでも数種類を投げ分け、メジャー公式でも10種類の変化球を投げる投手はいまだかつていないと特集を組まれるほどである。私が言うところのスラット・カーブ型投球もスラット・スプリット型投球も両方が可能な上に、回転数はメジャー屈指のストレートも回転効率が向上し質が戻っている。

地道な練習でデータと感覚の融合をしながらあらゆる困難を克服し感覚を自分のものにしたダルビッシュは、現在球の速い変化球投手として復活しただけではなく、最盛期にいる。データ分析で相手が傾向を丸裸にしようにもこれだけ各球種の精度と制球が良くなると相手からしても絞りにくく、ダルビッシュが有利に対戦を進めていけることだろう。

一発に注意しながら相手を惑わす変幻自在の投球でチームをプレーオフに導き、ワールドシリーズの忘れ物を取り返す投球と変化球バイブル最新版に期待したい。ワイルドカードゲームでもサイヤング賞投手マックス・シャーザーとの互角以上の投げ合いが今から期待される。

<了>

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