「子供に野球好きになってほしい」西武黄金期を支えた石井丈裕、野球界の裾野を支える挑戦
昨季リーグ連覇を果たした埼玉西武ライオンズは今季、1990~92年以来28年ぶりとなる3連覇に挑むことになる。その黄金期を支えた沢村賞右腕の石井丈裕は今、現場とは異なる闘いにその身を投じている。近年声高に叫ばれている、子どもの野球離れ。野球の普及・振興活動の一環で西武が2012年に開校したライオンズアカデミーで、石井は子どもたちの未来を創り出している――。
(インタビュー・文=氏原英明、撮影=高須力、写真提供=埼玉西武ライオンズ)
「中間よりちょっと下くらいのレベルに合わせる」
野球界の窮状を危惧する考えはここ数年で活発になってきている。
例を挙げると、今年からタンパベイ・レイズに移籍した筒香嘉智の行動力は誰もが知るところだろう。出身地の和歌山や中学時代を過ごしたボーイズリーグのある大阪で野球界の変わらぬ体質を訴え多くの野球ファンのみならず、野球界全体への大きな波及効果となった。
あるいは、岩手県出身の菊池雄星(シアトル・マリナーズ)は地元・盛岡で毎年のように、野球教室と参加者の子どもを対象にした肩肘検診を実施し、野球選手をつくることと守ることを重視した活動を行っている。また、早稲田大学野球部OB有志でつくるグループは、野球人口復活のため未就学児への野球遊びの場所提供などを手掛けている。
少子化、スポーツの多様化が進んでいく中、競技人口への取り組みはどの競技団体においても緊喫の課題となっているが、これまで立ち遅れていた野球界もその様子が変わりつつある。
そんな中で、その立ち位置が問われるのがプロ野球球団の存在だ。
プロの球団が業界のトップとしてリーダーシップをどう発揮していくかは非常に重要になってくるが、12球団の中でその役を担いつつあるのが埼玉西武ライオンズだ。
独自戦略として地域への野球の普及・振興活動を活発に行い、球団が創設したアカデミーを含めたその取り組みは他球団からも評価されるなど一手先を行く活動を見せている。
「中間よりちょっと下くらいのレベルに合わせて、アカデミーの指導はしています」
ライオンズアカデミーの方向性をそう語るのは、現役時代に沢村賞を獲得するなど輝かしい実績を誇る石井丈裕コーチだ。
石井コーチは現役引退後に1、2軍コーチを歴任したのち、2012年にアカデミーコーチに就任、一度は現場に戻ったものの、2015年に現職に復帰、今はアカデミーを引っ張る中心的存在として指導にあたっている。
「アカデミーはいくつかのクラスに分かれていて、それぞれにレベルの違いはあるんですけど、我々としては一番上のレベルではなくて、下のレベルにいる子どもに合わせています。(地元で)チームに入っているけど、試合に使ってもらえないとか、練習をさせてもらえないなど、アカデミーはそういう子たちの経験の場にしてあげたいなと」
野球がうまくない子にも楽しんでもらう。野球界の裾野を支える存在に
アカデミーといっても、生徒は大会の優勝を目指してやっているわけではない。すでに野球チームに入っているアカデミー生もいるが、所属なしの選手も少なくはなく、野球の入り口のようなクラスもある。いわば、学習塾に近い形といった方がわかりやすいかもしれない。
野球の楽しさを知る小学1、2年生クラスから、小学3、4年と少しずつ楽しさの理解度が上がっていき、そこから順々に高いレベルを目指すカテゴリーが存在するのだ。
石井コーチは言う。
「僕は野球が大好きでやってきたので、子どもたちにもより好きになってもらいたい。チームに入ったけど、試合に出してもらえないとか、練習でやらせてもらえないのはかわいそう。それで野球をやめちゃいますからね。アドバンスクラス以外の選手はみな平均、同じレベルくらいの選手なので、みんな同じことをやって、楽しんでもらっています」
野球人口減少の問題で一番ポイントにしなければいけないのは、中レベル以下の競技者や野球未経験者だ。言葉は悪いが、トップオブトップの存在は、競技人口の多寡にかかわらず、自然発生的に生まれるだろう。
しかし、それらを支える下の人口が少ないと全体の質・量ともに上がっていかない。ライオンズアカデミーはいわば、そこにメスを入れた存在というわけだ。
「バットに当たらなかった子がバットに当たるようになる。最初は緩いボールを打っていたのが、普通のボールを打てるようになって喜びを覚える。また、身体的なハンデなどもあってキャッチボールもできなかった子が、しっかりできるようになって、地元に帰って野球チームに入ったケースもあります。そういう選手が出てきたのはうれしいです」
野球がそれほど好きではなかった子に対して、場をつくり働きかけることで、少しずつ野球の楽しさを覚え、好きになっていく。最初はささいなところから次第にその思いが強くなっていき、子どもたちが変わっていくと石井コーチは言う。
「わー楽しい!というところから始まって、集まってやるのが楽しいと気持ちが変化していく。そして、そういう楽しみもいいんだけど、みんなで力を合わせて勝つのが楽しいことを知っていく。そして、勝つためには、より上を目指すためにどうしていかないといけないかというふうになっていく。そういうふうにして積み重なっていくのが理想じゃないですかね」
アカデミーを続けてきた、思わぬ副産物
野球がうまくなるため、もっといえば、勝つために、指導者が強制的に導いていくのではなく、子どもたちの気持ちを大事にして、野球の楽しさを知る場として果たすライオンズアカデミーの役割は大きいといえるだろう。
すべてのクラスがある所沢校を皮切りにして、大宮校、狭山校、朝霞校、飯能校と徐々に校数を増やしてきた。これからもその動きは止めることはないという。
そうしてアカデミーが発展していく一方で、副産物も生まれた。アカデミーの生徒たちが、スタジアムに足を運んでくれるのだ。
石井コーチはうれしそうにその様子を語る。
「解説などで1軍の試合を放送席から見ていると、試合の合間にスタンドが映し出されてアカデミーの子たちが映ったりするんですよ。うれしいのか、アカデミーのウェアやキャップをかぶって見に来てくれている。ああいうのを見るとうれしいですよね」
アカデミーを運営していくことよる目に見える“得”はない。
Jリーグは全クラブにユースチームがあり、才能のある選手は順々に引き上げていって内部昇格させることができるが、ユースチームがないプロ野球においては、アカデミーを運営したところで大きなマージンが見えているわけではない。
しかし、野球に関わる大人たちが笑顔になる、この意識しなかった子どもたちからの副産物は、この活動をしていくことで生まれた野球界にとってポジティブな要素だ。
「まずは野球を好きになってもらうこと。そうなることで野球を続けたくなる。そして、続けていくと、人間って絶対に満足できない。続けることによって、うまくなりたいって意欲が出てくるので、そこで自分で考えて、工夫をしてきて、それで結果が出たら、また次、また次って、なってくるじゃないですか。そういうのを望んでいきたいです」
プロ野球の球団が野球界の底辺を支えて発展させていく。
ライオンズアカデミーは、そうして野球界への貢献を果たしている。
<了>
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PROLILE
石井丈裕(いしい・たけひろ)
1964年10月25日生まれ、東京都出身。早稲田実、法政大、社会人野球のプリンスホテルを経て、1988年ドラフト2位指名で西武ライオンズに入団。1990~94年のリーグ5連覇(日本シリーズ3連覇)に貢献するなど球団の黄金期を支えた。1992年には沢村賞、最高勝率の個人タイトルを受賞。日本ハムファイターズ、台湾の台北太陽(コーチ兼任)を経て2001年に現役引退。台北太陽の監督、ロッテ・ジャイアンツ(韓国)の投手コーチを経て。2004年に西武に復帰。1軍・2軍コーチを歴任し、2012年にライオンズアカデミーのコーチに就任。2014年に1軍コーチに復帰後、翌15年から再びライオンズアカデミーに復帰し、子どもたちへの野球普及・振興、地域密着活動に従事している。
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