元ガンバ戦士が、たった7年で上場できた秘訣は「手放す」生き方? 嵜本晋輔の思考術
遠藤保仁、二川孝広ら実力者とのレギュラー争いに敗れてガンバ大阪を去った14年後、クラブのビジネスパートナーとして凱旋を果たした元Jリーガー嵜本晋輔。マザーズ上場まで実現した、元Jリーガーの経営者。彼がアスリートにこそ必要だと考える「デュアルキャリア」という考え方とは?
(インタビュー・構成・撮影=宇都宮徹壱)
「3.11」の年に会社を立ち上げ、コロナで大変な時期に「第二の創業」
新型コロナウイルスの感染拡大により、世界同時株安のニュースが続く今日この頃。経営者の誰もが、この状況に少なからぬ危機感を抱いていることだろう。日本のスポーツ界が相次いで延期や無観客試合を決め、最初の「スポーツのない週末」となった3月1日。とある企業が社名を変更して、この日を「第二の創業」とすることを宣言した。株式会社SOU改め、バリュエンスホールディングス株式会社。その代表取締役社長は、元Jリーガーというユニークな肩書でも知られる、嵜本晋輔氏である。
「実はSOUを立ち上げたのも、東日本大震災が起こった2011年でした。そして今回、社名をバリュエンスホールディングスに変えたのが、コロナでとんでもないことになっているタイミング。これだけ世の中が大変な時期に、あえて新社名でスタートするということは、厳しいスタートであることに変わりはないですが、試練は成長の機会であると私は捉えています」
そう語る嵜本氏は、1982年生まれの大阪府出身。現役引退後、父親が経営していたリサイクルショップで経営を学び、2007年にはブランド買取専門店『なんぼや』をオープンさせる。そして4年後の2011年にはSOUを設立して代表取締役に就任すると、全国規模のビジネスを展開させながら、オークション運営や骨董・美術品の分野にも進出。2018年3月には東証マザーズへの株式上場を果たして話題になった。
「私たちの会社はこれまで、ブランド品のリユースと美術品の買い取り販売をしていました。そこに『デジタルマーケティング×リアルマーケティング』という、他社にはない先見性を武器にしてきたからこそ、今の成長があると自己評価しています。ただし、そのアドバンテージというものは、すでに詰まってきているとも感じています。ですからSOUという会社、あるいは既存事業にいつまでもしがみつくべきではない。自分がサッカーを手放したように、会社もこれまでやってきたことを自ら手放す必要があると思っています」
ガンバ大阪のレギュラー争いに敗れ、22歳の若さで現役を引退
嵜本氏は2001年、関西大学第一高校からガンバ大阪に入団。ポジションはMFだった。Jリーグデビューを果たしたのは、2001年9月22日のコンサドーレ札幌戦。延長後半での出場だった(当時はリーグ戦でも延長戦があった)。この試合の記録を見ると、G大阪の中盤は二川孝広、山口智、橋本英郎、そして遠藤保仁というそうそうたる顔ぶれが並んでいる。この分厚い壁を打ち破ることができなかった嵜本氏は、2003年に当時の西野朗監督から来季の契約を結ばないことを通告された。
「サッカー選手としては、小中高と順風満帆に成長できて、自分の夢であったJリーガーにもなることができました。そこで満足してしまったのか、プロになってからは何ら成長できなかったんでんですよね。ガンバをクビになって佐川(急便)大阪(SC)に行くんですけど、そこでも通用しているのか怪しい状況になってしまって。今にして思えば、努力に欠けていた部分は間違いなくあったし、うまくいかないことを誰かのせいにもしていました。そこで初めて、自分のことを客観視できるようになりましたね」
2004年、嵜本氏はプレーの場を求めて、当時JFLに所属していた佐川急便大阪SCに移籍。20試合に出場して1得点を挙げている。この年のJFLは30試合だったから、そこからの巻き返しを考えてもおかしくなかった(実際、そういうキャリアの変遷をたどってJリーガーに返り咲いた選手は何人もいる)。しかしこの年のオフ、彼はあっさりと現役引退を決意。まだ22歳の若さだった。
「今後の未来を考えた時に、私には2つの選択肢がありました。サッカー選手として、今の状況から這い上がって成長を目指すのか。それともサッカーというものを手放して、何の保証もない次のステージに可能性を見出すのか。ただ前者の場合、自分の才能や実力がJリーグというマーケットに通用しにくいと思ったんです。ならば心機一転、前向きな撤退をすることで新たにチャレンジするべきだろうと。それで父親の会社で、まずは経営を学ぶというところからスタートすることにしました。当時の自分にとっては、人生で最大の決断でしたね」
「戦力外からこれほどの学びを得られる選手はいない」
それまで脇目も振らず、ずっと打ち込んできたサッカー。当人にとって「サッカーを手放す」という決断は、決して並大抵のことではなかったはずだ。しかし、その決断があったからこそ、嵜本氏はビジネスの世界で成功を収めることとなった。それだけではない。2017年には、古巣のG大阪とゴールドパートナー契約を締結。トレーニングウェアに「SOU」のロゴが入ることになった(2020シーズンからはバリュエンスホールディングスのロゴ)。クラブを去ってから14年後に、今度はパートナーとして凱旋する。なかなかできることではない快挙である。
「パナソニックスタジアム吹田の席を用意していただけるので、年に5回くらいはガンバの試合を見に行きますね。その時はいつもの癖で、『どうしたらお客さんにもっと喜んでもらえるか』とか『自分がフロントだったらどういう手を打つだろうか』ということを考えてしまいます(苦笑)。良きパートナーとして、フロントの方々と意見交換していく中で、私のほうからもアイデアのご提案をさせていただくことはありますね」
一方で嵜本氏は昨年、『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』という著書を上梓している。推薦文を寄せたのは、かつて戦力外通告をした西野氏。そのコメントは「戦力外からこれほどの学びを得られる選手はいない」というものであった。また某有名スポーツ誌で、両者の対談企画も実現。これもまた「サッカーを手放した」からこそ得られた機会であろう。この対談を経て、嵜本氏は「経営者と監督は似ている」という思いに至ったという。
「僕は選手としての経験しかありませんが、経営者になってみると西野さんの気持ちがよくわかるようになりました(笑)。選手の良さを引き出すためにポジションを変えるとか、個性と個性をかけ合わせることで新たな強みをクリエイトするとか。経営者としての自分は、組織をいかに勝たせるかということにフォーカスしています。でも今にして思えば、特にコミュニケーションの部分で、西野さんからいろいろ学んでいたんだなって思いました」
セカンドキャリアではなく「デュアルキャリア」という考え方
かくして、ビジネスの成功者として古巣クラブへの凱旋を果たし、かつての指揮官とも笑顔で再会できることとなった嵜本氏。そんな彼に、最後にセカンドキャリアのあり方について尋ねてみた。すると「自分はセカンドキャリアではなく、デュアルキャリアという考え方ですね」という答えが返ってきた。
「デュアルというのは、『異なった』とか『それぞれの』とか『複数の』という意味があります。要するに、アスリートとしても100%、ビジネスでも100%という考え方ですね。わかりやすい例としては、本田圭佑選手。もちろん、あそこまでいってしまうと『自分には無理』と思われるかもしれない。けれども、現役時代からビジネスのことを意識する選手はいてもおかしくないし、むしろそうあるべきだと思っています」
嵜本氏は最近、現役Jリーガーからビジネスの相談を受けたり、引退した元Jリーガーの事業に投資したりしているそうだ。自身の現役時代、そうした発想がなかっただけに、今後はデュアルキャリアという考え方を後輩たちに伝えていきたいという。現役プレーヤーの副業については、今も否定的な意見は少なくないが、嵜本氏は真っ向から反論する。
「個々人が事業主であるのがJリーガーです。例えばファッション業界に関心があるJリーガーがいたとして、アスリート事業とファッション事業を並行してやっていくのは、私はOKだと思うんですよ。もちろん、両方とも100%であることが前提ですが。『現役のうちはサッカーに集中しろ!』という意見もあるかと思いますが、引退したら何の保証もないわけだし、一つのことに集中しすぎること自体、今はリスクになる時代ですからね」
試練を成長の機会と捉え、事業が順調な時こそ「手放す」という選択肢を持ち、リスクに備えて常にデュアルを意識する。ビジネスの世界では当たり前の話かもしれないが、こうした発想がサッカーの世界から「逆輸入」されつつある構図が、サッカー側の人間からすると興味深い。嵜本氏のビジネスは今後、さらにフットボールの領域にコミットしていくように感じられる。初めてマザーズ上場を果たした、元Jリーガーの次の一手に注目したい。
<了>
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PROFILE
嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)
1982年4月14日生まれ、大阪府出身。バリュエンスホールディングス株式会社 代表取締役社長。関西大学第一高校卒業後、2001年にJリーグ・ガンバ大阪に入団。同時に関西大学に進学。2003年のシーズン後にガンバ大阪を退団。2004年にJFL・佐川急便大阪SCで1シーズンプレーしたのち現役引退を表明。2007年に実兄2人と共にブランド品に特化したリユース事業「MKSコーポレーション」を立ち上げる。同年にブランド買取専門店「なんぼや」をオープン。2人の実兄が洋菓子店事業に進出したため、2011年株式会社SOU(2020年3月1日より「バリュエンスホールディングス株式会社」に商号変更)を設立。2018年に東証マザーズ新規上場。著書に『戦力外Jリーガー経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』(KADOKAWA)がある。
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