「やりたくないことをしないのはサボるとは違う」東京五輪期待のクライマー・原田海「自分を貫く生き方」

Opinion
2020.04.22

東京五輪から追加種目となったスポーツクライミング。“ニュースポーツ”として人気が高まる中、若手選手の活躍にも注目が寄せられている。新型コロナウイルスの影響により東京五輪の開催は延期となったが、代表有力候補として期待されるのが、21歳のプロフリークライマー、原田海。2018年のIFSC世界選手権ボルダリング種目で、男女通じて日本史上2人目となる金メダルを獲得した原田は、どのような思考でクライミング界のトップへと導かれてきたのか。ポジティブな姿勢や、周りに流されない独自スタイルを貫く背景を語ってくれた。

(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、写真=kai)

「人に言われてやることが苦手」

原田選手がクライミングを始めたきっかけは?

原田:当時住んでいた大阪の実家のすぐ近くにクライミングジムがあるのをたまたま見つけて。その時、ちょうど他の習い事をやっていなかったので、気軽な感じで体験しに行ってみたのがきっかけですね。

最初は軽い気持ちでやってみたという中で、クライミングを続けてきた理由は何だと思いますか?

原田:あまり意識したことはなくて。クライミングを始めた小学生や中学生の時もそうですけど、本当にただ楽しいから続けてたっていう感じでした。クライミングを始めたのが小学5年生なんですけど、中学では陸上部に入ったんですね。その時は陸上のほうが楽しくなって、あまり(クライミングの練習に)行かなくなった時期もありますし。でも、1年くらいで陸上があまり楽しく感じなくなってきて、やめてまたクライミングに戻っていきました。

陸上では何の種目をやっていたのですか?

原田:短距離です。100mをやっていました。

じゃあ、走るのが速いんですね。

原田:そこそこだと思います。

やっぱりスポーツを続けていく上では、楽しさであったり、気持ちの部分というのが一番大きいんですかね。それで気づいたら、世界で戦うレベルに上り詰めていたと。

原田:そうですね。中学生の時はあまり考えていなかったので、ほぼ気持ちでした。

すごいですね! 他の競技をやってきたことが、今のクライミングに生きているなと感じることはありますか?

原田:競技力の面で生きていると感じることは、ほとんどないです。ただ、他のスポーツって、やっぱりコーチのもとで指導されながらやるというのがほとんどだと思うんですけど、クライミングは自分自身でやる競技。僕は昔から、人に言われてやるよりも自分自身でやりたいスタンスだったので、そういう面で今思えば、他の競技よりも自分には合っていたのかなと思いますね。

なるほど。クライミングの選手は、筋トレをメニューに取り入れてパワー強化するようなトレーニングを行ったりする方が多い中、原田選手はトレーナーもつけず、ルーティンも決めずに独自のトレーニング方法でやっているそうですね。そういったやり方に至った理由というのは?

原田:(IFSC)世界選手権(2018)で優勝する前とかは、JISS(国立スポーツ科学センター)でトレーナーさんに見てもらったりしながらトレーニングをしていた時期もありましたし。自分でトレーニングメニューを考えて、がっつり筋トレをほぼ毎日やっていた時期もあったんですけど。そういった経験を踏まえて、その時々の自分に合わせたやり方でやっていくスタイルになりました。

そうだったのですね。クライマーに向いている素質というのはあるんですか?

原田:そうですね、他人に言われてやるのがすごく苦手だったり、怒られたりしてやる気がなくなっちゃうような人は、けっこう向いているかなと思います。

そういう人のほうが向いているんですね。

原田:やっぱり僕自身コーチをつけていない理由も、他人に言われたことをうのみにすることが絶対できない性格だからで。それよりも、自分の意見を押し通したい人なので、そういう性格の人には向いていると思います。

チームプレータイプよりも、自我を持っている人が向いていると。

原田:はい。だから僕、サッカーやバスケもちょっとやってたんですけど、やっぱりチームスポーツは向いてないなって思いましたね。

それは、プレーに自我が出てしまうからですか?

原田:そうですね。やっぱり、周りに合わせるというのがすごく嫌いで。常に周りと違うことをしていたいタイプなので、クライミングに向いてるというよりは、個人競技をやる人は、そういう思考なのかなとは思います。

なるほど。他のクライマーの選手もそういう人が多いのですか?

原田:みんなそれぞれ、けっこう個性は強いと思いますね。

“意味”を考えながら「とりあえずやってみる」

原田選手が、自分自身が楽しいと感じることや、自分のやり方を貫くような考えに至ったのはなぜですか?

原田:例えば筋トレでいうと、やっている理由が分からないけど、とりあえずやっていた、という時も以前はけっこうあって。

用意されていたからやる、みたいな。

原田:「(筋トレをやることが)良い」っていうふうに、自分で決めつけてやってた部分もありました。しかも、自分がやりたくないって思うことって絶対続かないので。

確かに。

原田:だから、「やりたくないことはやらない」っていうとサボってるみたいに捉えられちゃうかもしれないんですけど。その中で自分なりの区別があって。何というか、本当にやりたくないって思うことはやらないけど、面倒くさいなって思うことは大事なことなので、やるようにしています。その区別も、自分次第だと思うんです。

なるほど。なかなかそういう判断ができないという人も多いと思います。

原田:そうですね。僕は分からなければ「とりあえずやってみる」というふうに考えています。

そういうスタンスを持っているからこそ、自分のスタイルを貫いて結果を出してこられたのだと思います。とはいえ、一般論として「合う合わないは分からないから、まずは我慢して続けなさい」みたいな考え方がまだまだありますよね。

原田:そうやって言われてやったとしても、結局、自分が納得していなかったら身にならないと思うので。人に言われてやるなら、自分自身で一度切り替えて、ちゃんと意味があると思ってやってみたほうがいいかなと思います。やっぱり、意味がないと思いながらなんとなく続けるよりも、(考えながらやれば)もし仮にやってみて本当に意味がなかったとしても、ちゃんと「意味なかったな」と分かってしっかり次につなげられるので。やるモチベーションというか、姿勢が重要だと。

確かに。好きなのかどうかも、やっている意味も分からず何となくやっているうちに競技が嫌いになってしまったりしたら、もったいないですしね。

原田:そうですね。

原田選手は、もともとそういう自分の意思をしっかり持っているタイプだったのですか?

原田:周りに流されないとか、そういう自分の意思をはっきり持つようになったのはもともとではないです。日本代表に入った直後とかは、やっぱり周りにすごい選手がいて、そういう人たちに流されがちでした。

原田選手にも、そういう時期があったのですね。

原田:はい。「このすごい選手が、こうしているから」というふうに流されることがすごく多くて。結果的に、そういう時って流されたとしても、結局自分の考えに戻ってくるということが何度もありました。やっぱり人それぞれ違うんだなっていうのを、そこで経験したので、自分の考えを第一に考えるようになりましたね。

なるほど。いろいろな経験を積む中で、少しずつ今の考え方になっていったのですね。

原田:はい。

原田選手は今21歳とのことですが、お話を聞いていてすごく経験値が高いというか、イメージと比べて考え方がすごく成熟していると感じました。

原田:それはよく言われます(笑)。

例えば、どういう感じで言われますか?

原田:初対面の人と話すと、「21(歳)じゃないみたい」って毎回言われますね(笑)。クライミングを始めた実家の近所のジムでも、小学生だった当初からずっと同年代と接することがほぼなくて。20~30代とか、それこそお父さんぐらいの年齢の人とかの中で一緒にやっていたことが、ほぼ毎日だったので。そういう環境も影響しているかなと思います。

それは、すごく影響ありそうですね。

原田:そうですね。何をするにも責任は自分でとれ、ということは、自然と身についたというか。そういう環境だったからこそ、こういう考え方になったというのはあると思いますね。

当時は競技の認知度もまだ全然低かったので、同年代でクライミングをやっていた子がまわりにいなくて。大人に混ざってやるしかなかったですが、周りの人たちもすごく優しくて、小学生だった僕の面倒をすごく見てくれたので、自然と大人の中にいるほうが楽しくなりました。だから、高校生ぐらいになると、やっぱり同級生の友達といても話が合わないなとか、結構ズレは感じましたね。

そうだったんですね。兄弟はいるのですか?

原田:いないです。

なるほど、だから大人といる時間のほうが多かったのですね。

原田:そうですね。

失敗も、より良い方向に向かうための一つのステップ

競技のお話も伺いたいのですが、今年2月に行われたスポーツクライミング第15回ボルダリングジャパンカップでは初優勝、第2回スピードジャパンカップでは惜しくも予選敗退という結果を、今あらためて振り返ってみていかがですか?

原田:まず、ボルダリングジャパンカップで優勝できたというのは、自分自身の成長をすごく感じたというか。冬とか、昨シーズンの終盤はあまり良くない終わり方だったので。そこから、いい感じに成長できたっていう確認ができたのはすごくよかったです。その試合が始まる前からずっと「優勝する」と言ってきたので、有言実行できたというのが一番よかったと思ってます。

逆に、掲げていた目標がかなわなかった場合の気持ちの切り替えは、どのようにされていますか?

原田:その時は、「この経験は次のいい経験をするためにある」というふうに、ポジティブに考えています。それこそ、去年の(IFSCクライミング)ワールドカップでは、優勝できるチャンスがあったけれど逃してしまって。その時と、ボルダリング・ジャパンカップ決勝での試合運びというか、展開がまったく同じで。だからこそ、その場で前大会での経験を「これは今生かす時だな」と思えたので。そういう経験をしっかり生かせたのはよかったかなと思います。

その先に生きる経験だと捉えると、“失敗”ではないということですね。

原田:そうですね。正直、いいことばかりなんて絶対ずっとは続かないので。だから失敗も、よりいい方向に向かうための一つのステップというふうに捉えてます。

なるほど。次のステップとなる東京五輪の開催が延期となってしまいましたが、今の率直な気持ちを教えていただけますか?

原田:こればかりは誰が悪いというわけでもないですし、仕方のないことなので。正直なところ、あまり気にしてないです。いくら嘆いたって何も変わらないので。

コロナウイルスの感染拡大防止で外出自粛中という状況で、練習もできない中、トレーニングなどはどうしているのですか?

原田:今はまだ、先のことが分からない状況なのでやっていないですね。逆にこのタイミングをオフとして休もうかなと。この期間も、これからやって来るきついシーズンに備えた休暇なんだな、という考えです。

いつでもそこに向かって準備できるように今は休もう、という考えなのですね。

原田:はい。

“トップレベル”ではなく“トップ”の人と話してみたい

スポーツクライミングが東京五輪から追加種目になったことで、どんな変化がありましたか?

原田:SNSのフォロワーが増えたり、単純に注目度がすごく変わりました。僕が競技を始めた頃とかは、「クライミングって何?」という人がほとんど。それが今では、クライミングといえば「あの壁を登るやつね」っていうふうに、ほとんどの人が知っているという時代になってきたので。競技の知名度の変化もすごく感じますね。

やっぱり、自分がやってきた競技の注目度が高まってくるのは、うれしいことですよね。

原田:そうですね。自分自身がどうこうよりも、やっぱりクライミング自体が広まって、そのクライミングの楽しさというのをみんなが分かってくれるのは、すごくうれしいです。

原田選手が、今後やってみたいことはありますか?

原田:僕、(メディアの記事やYouTubeなどで)他のスポーツ選手と対談したことってないんですよね。やっぱり、育った環境なども全然違うし、新しい刺激をすごく受けられそうだなと思って。

対談してみたい選手はいますか?

原田:えー。だとしたらもう、イチローさんとかになってきます。

やっぱり、同世代の選手とかではないんですね。

原田:そうですね。何かにおいて“トップレベル”じゃなくて“トップ”の人と話したいです。

たしかに、トップレベルの人は何人かいても、各界のトップになる人はごくわずかですものね。

原田:そうなんですよ。トップレベルとトップって、やっぱりすごく差があるので。トップでいるために考えていることとか、興味があります。好きなアスリートは、イチローさんや柔道の野村(忠宏)さんとかですね。もう引退しちゃってますけど。あと、体操の内村航平選手とか。そういう、本当にトップの人が好きです。

では最後に、原田選手自身の今後の展望を聞かせてください。

原田:これからも自分のスタンスは変えずにいこうと思っているので。チャレンジし続ける姿勢とか、僕のスタンスっていうのを見てほしいなと思います。

<了>

野口啓代、“引退宣言”の覚悟とは スポーツクライミング絶対女王が目指す“現役最後の1日”

楢崎智亜が世界王者になっても「一番強い」と言えない理由 世界最強を証明する挑戦の物語

「競技だけに集中しろ」は間違い? アスリートが今こそ積極的にSNSをやるべき3つの理由

[アスリート収入ランキング]トップは驚愕の137億円! 日本人唯一のランクインは?

「マイナスさえもはや成功なのかな」 野中生萌が世界トップへ駆け上がった“一流の哲学

PROFILE
原田海(はらだ・かい)
1999年3月10日生まれ、大阪府出身のプロフリークライマー。2018年のIFSCクライミング世界選手権 ボルダリング種目で日本史上2人目となる金メダルを獲得。2019年の第2回コンバインドジャパンカップ2位、IFSCクライミング・ワールドカップ(B,S)呉江大会で2位に輝くなど、国内外で数々の好成績を残している。東京五輪の代表有力候補として活躍が期待される選手の一人。

この記事をシェア

KEYWORD

#INTERVIEW

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事