「競技だけだともったいない」東京五輪・金メダル候補 原田海 新世代アスリートのSNSとの付き合い方

Opinion
2020.04.23

スポーツクライミングの東京五輪の代表有力候補として期待されるのが、21歳のプロフリークライマー、原田海。2018年に世界王者にも輝いた日本スポーツの未来を担う若きアスリートは、競技以外の活動や情報発信についてどのような考えを持っているのか。『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』(マイナビ出版)の著者である五勝出拳一氏が、Z世代アスリートの原田に聞いた。
(編集部注:Z世代とは、1996年~2012年の間に生まれた世代。生まれた時からあらゆるデジタル機器やネットサービスに囲まれた「デジタルネイティブ」でもある。)

(インタビュー・構成=五勝出拳一、写真=kai)

「競技だけだともったいない」

アスリートの生き方やロールモデルが多様化し始めている中、アスリートは競技だけやっていればいいという考え方について、原田選手はどう思いますか?

原田:人それぞれだと思いますけど、競技だけだともったいないかなと。実際、競技をやっている時間は人生の中でもすごく短い時間だと思うし、競技が続けられる期間もあと10年くらいで、その後の人生のほうが長いから。逆にその短い間は競技だけやって、終わってから別のことをやるという考えも悪くはないと思うんですけど、競技生活を送っていても結構時間はあるので、その時間を活用すること自体はいいことじゃないかなと思います。

原田選手はメディア出演や、YouTubeをはじめとしたSNS活用も積極的に行っていると思うのですが、競技以外のことに取り組むことによって、競技へ良い影響があったり還元できる部分はありますか?

原田:直接的に関係しているかはまだ分からないですけど、例えばYouTubeでクライミングのコツを教える時には、言葉にして分かりやすく伝えなければいけないので、自分で理解していないと言語化できないと思うし、自分がしっかり理解できているのか確認できている部分はありますね。復習じゃないですけど、競技の基本的な部分や動き方について他人に説明したことはなかったので。

言語化して、伝えるということですよね。

原田:そうですね。

これまで原田選手は、あまり指導者をつけない状況で競技に取り組んできたと思うのですが、感覚でやっていた部分をあらためて言語化できると、競技にも良い影響がありそうですね。

原田:基本的には頭の中で考えたことをそのまま自分の中で昇華してきたので、言葉にして相手に理解してもらう作業はしたことがありませんでした。言語化の部分は、YouTubeを始めたことで得られた良い変化じゃないかなと思います。

これまでクライミングに取り組んできて、周りから競技以外のことについて何か言われた経験はありますか?

原田:クライミングはプロスポーツとして発展しきっていないから、上の世代はクライミングに対して「競技」「アスリート」という意識の人がほとんどいなかったので、あんまりそういう意見は聞いてこなかったですね。みんな好きでクライミングをやっていて、プロとして競技だけやってる人も全然いなかったので、仕事の傍らで大会に参加しているような人がほとんどでした。

現在活躍しているトップ選手はクライミングが五輪種目、プロスポーツになる前から競技に取り組んできた選手たちだと思うのですが、そういう意味では競技以外で何かに取り組むことは、ある種当たり前のことなのでしょうか。

原田:そんなこともないと思います。これまでは競技以外で何か仕事をしていないとクライミング一本では生活できない環境で、仕方なく競技外のこともやっている人が多かったので。自分から積極的に情報発信したり、何かアクションしている選手はまだ少ないのかなと感じています。引退した後のことを考えて、何かやっている選手もあんまり聞かないですね。

プロのクライミング選手が出てきたのも、最近のことですよね。

原田:そうですね。これまでのトップレベルの選手は、それこそ引退したら自分のクライミングジムをオープンする流れが多かったように思います。逆に、それ以外のケースは今のところあまり聞いたことがないです。

なるほど。クライミング選手はSNSで情報発信している選手があまり多くないと感じていたのですが、原田選手はどう思いますか?

原田:上の世代で情報発信をしている人があまりいなかったことが、一番大きな要因なのかなと。どうやって発信すればいいか分からない選手も多いと思うので。

そんな中、原田選手はどういった考えでInstagramを中心に、これまで情報発信をされてきましたか?

原田:実際、SNSの影響はすごく感じますし、若い世代を中心に今の時代は情報源がテレビよりYouTubeとかのほうが圧倒的に広がりも早い。やっぱりみんな見ているので。だからクライミングを広めるためには、単純に効率がいいかなと。

YouTubeでもおっしゃっていましたが「クライミングを広める」ことが、原田選手のテーマの一つになっていると感じます。

原田:そうですね。競技人口が増えて悪いことは何もないし、クライミング自体すごく楽しいスポーツなので、もっといろいろな人に体験してほしいなと考えています。

最近はテレビに出演する機会も増えていると思うのですが、世間からの反響や変化はありますか?

原田:やっぱり、SNSのフォロワーは急増しますね。『24時間テレビ』(日本テレビ系列)に出演した時は、一気に1000人以上はInstagramのフォロワーが増えました。決して僕だけではないですが、クライミングの選手がテレビに出演することによって、競技を広く知ってもらえるようになったとは思います。

テレビや雑誌、その他媒体も含めてさまざまなメディアで知ってもらう機会を持つことが重要ですよね。露出が増えて、選手個人の認知や人気が向上した結果、その受け皿としてSNSを活用できていたらフォロワーが選手個人の資産として残るのでいいと思います。

競技よりも、生き方の部分を伝えたい

新しいことにチャレンジすることに対して、怖さや抵抗感はありますか?

原田:ないです。

気持ちいいくらいの即答(笑)!

原田:性格上、現状維持がすごく嫌いで、良くも悪くも絶対に変化していたいから。例えば、良い状態をキープできているとして、それを維持するのか、さらに良い方向に進むか悪い方向に進むかは分からないけど変化を選ぶとしたら、間違いなく後者を選びます。もちろん、最初から悪いほうに変化しようとは思わないですけど。じゃないとそれ以上の成長はないですし、つまらないので。

現在進行形で、チャレンジしていることはありますか?

原田:競技に関しては毎日練習メニューが違いますし、取り組む内容もその場で決めて日々チャレンジしています。競技外だと、アンテナを張りながら新しくやれることがないかを探しているような状態です。それこそ最近だと、YouTubeを始めたりとか。常に変化し続けていきたいなと思って行動しています。

理想のアスリート像はありますか? 競技を通じて表現したいこと、伝えたいことなどあれば聞かせてください。

原田:競技の技術だけを伝えることはあまり重要視していなくて、それよりも僕の生き方や感じ方を見てもらうことで、良い影響を与えていけたらとは考えています。例えば、野球を詳しく知らない人でもイチローさんのすごさは知ってるじゃないですか。もちろん競技者としてトップの人だからこそ注目してもらえる部分もありますが、人生観や人柄を支持してもらえるような形が理想です。

とてもいいですね。原田選手が表現したいこと、伝えたいことをもう少し具体的にいうと?

原田:繰り返しにはなりますが、現状に満足せずにチャレンジし続けることです。失敗するかどうかはやってみないことには誰にも分からないし、だからこそ積極的にチャレンジし続けたい。常に、頭の中では次のことを考えています。

その生き方を表現するために競技に取り組んでいるし、今はYouTube含めいろいろなことにチャレンジしているということですよね。

原田:はい。そうですね。

今、競技がなくなったら原田選手には何が残ると思いますか?

原田:正直何もないと思います、今は! なので、これから何か残していけるように活動していこうと思っているところですね。

21歳の原田選手に聞くのもやぼですが、引退後のプランはありますか?

原田:クライミングは競技スポーツだけでなく外岩を登るロッククライミングもあるので、競技を現役引退したとしても、外岩のほうで活動していけたらいいとは考えています。従来だと、現役引退した選手が自身でクライミングジムを作って経営する流れがありましたが、僕はジムを作りたいとは現状思っていません。

それはなぜですか?

原田:単純に、生活が苦しそうだなと思って。もしクライミングジムを作るなら、今までにないようなジムを作りたいですし、かなり余裕があれば……という感じです。

外岩での活動について、もう少し聞かせてください。

原田:外岩は世界各地の岩場をツアーで巡って、自分が登りたいルートを登ることで得られる功績を結果として持ち帰ることになります。

そのツアーに対してスポンサーを募る形ですか?

原田:そうですね。今取り組んでいる競技スポーツとしてのクライミングと比べると、だいぶ趣味・アクティビティ寄りになると思うんですけど、もともとのクライミングの形はどちらかといえばこちら側です。ツアーに行った様子をまとめた動画をSNSに投稿して、自分が使っている器具とか服、靴などの宣伝をすることでスポンサードしていただくイメージで、活動内容としてはスケートボードやサーフィンなどの種目と似ているのかなとは思います。

先輩クライマーで、そのような活動をしている方はいるのですか?

原田:日本人だと、ほとんどいないですね。岩場のツアーだけでは生活できないので、アルバイトも並行してやっている人が多いとは思います。アメリカだと外岩の成績のほうが大会結果よりも大きく評価されるので、外岩の活動だけで生活している人もたくさんいますね。

Z世代アスリートはSNSとどう付き合う?

新型コロナウイルスの影響で大会の延期・中止が相次いでいる今、SNSを通じてアスリートがトレーニング動画やメッセージを届けることで、ファンや世の中に対してスポーツの話題を提供しようとしています。これについて原田選手はどのように感じていますか?

原田:積極的にやったほうがいいとは思いますね。今、アスリートにとって時間はたくさんあるので、ファンが喜んでくれるなら有効活用したほうがいいと思います。

少し話が変わりますが、原田選手は何歳からスマートフォンを持っていましたか?

原田:小学5~6年生でガラケーを使うようになって、中学2年生ではスマートフォンを持っていました。

小学生の時のガラケーは親との連絡用ですよね?

原田:いや、普通に友達とメールのやり取りもしてました。

早いなぁ(笑)。SNSに初めて触れたのはいつですか?

原田:中学2年生の時にスマートフォンを持ち出してからで、最初はTwitterだったと思います。

SNSに対して、抵抗感ってありますか? 気づけば当たり前に使っていたような感覚ですか?

原田:そうですね。周りの友達がやっていて、僕も始めたと思います。Twitterは中学2年生の時に作ったアカウントを今もそのまま使っています(笑)。

クライミング界では、トップレベルの選手の年齢は20代後半の選手が多いですか?

原田:そうですね。20代後半〜30歳くらいですかね。

SNSに関する捉え方や感覚について、上の世代の選手たちとギャップを感じることはありますか?

原田:やっぱり、僕らくらいの世代は気軽にSNSで発信する感覚なんですけど、上の世代の選手たちは一つの投稿に対する責任感を感じますね。SNSを投稿することに対する重みというか、じっくり考えて投稿をする選手が多いと思います。

確かに、そうですね。原田選手はキャリア重ねるにつれて、SNSとの向き合い方に変化はありましたか?

原田:結構変わったと思います。Twitterとか昔はどうでもいいことを呟いていたけど、競技で成績を残すことでフォロワーが増えて、見られている意識が芽生えてからはそういう投稿はしなくなりましたね。誰が見ているのかも分からないし、どこで炎上するかも分からないので、極力どうでもいいことは投稿しないようにしていますね。実際、以前はSNSの使い方でお叱りを受けたこともあったので(笑)。

これまで、スポンサー(日新火災)や協会と自身のSNSの関係性についてはどうでしたか?

原田:クライミングが東京五輪の競技種目に内定した直後は協会側もSNSに敏感になっていた時期がありました。僕もまだ代表に入り始めたころだったので、変な投稿をして指摘されることが何回かありました(笑)。

変な投稿ってどんな投稿ですか(笑)?

原田:代表のユニフォームを着た選手4人のプライベートシーンを投稿したらすぐに指摘されました(笑)。今考えたらそりゃダメだろって分かるんですけど、当時はそんなことも分からない時期だったので。

そういう時期を経て、SNSへの意識が変わってきた?

原田:そうですね。2018年に(IFSCクライミング)世界選手権(ボルダリング種目)で優勝した時には、中学生時代の闇投稿を全部一気に消しました(笑)。

SNSに対するリスク管理は誰から教えてもらったのですか?

田:自分で気づいた部分もありますし、JOC(日本オリンピック委員会)の研修でも厳しく言われていたので。

逆に、SNSに関してスポンサーや協会から期待されていることはありますか。

原田:あんまり感じないですけど、YoutTubeを始めると伝えた時は「いいじゃん、いいじゃん」と前向きなリアクションでした。他の競技と比べると比較的自由だとは思います。

スポンサーとSNSの関係性についてはどうですか?

原田:ロゴについて気をつけるぐらいです。所属先の日新火災のロゴが貼ってあるかどうかとか、契約しているウェアを着るとか。細かい部分のコントロールは、マネジメントのスタッフの方にお任せしています。SNSに商品を投稿する機会も増えてきてはいますね。

アスリートを広告として起用するだけでなく、SNSを通じてアスリートが発する口コミがファンや消費者に伝わりやすいことを、企業側も理解し始めているのだと思います。最近YouTubeを始めて、率直にどうですか?原田:1本目の動画を3月28日に公開してからまだ10日程度(編集部注:インタビューを行ったのは4月8日)しか経っていないので、反響に関しては実感ないですけど、Instagramのコメントで「YouTubeやってほしかったです!」とか「クライミングを知る機会になるのでうれしいです」などの声が届いているので、始めてよかったかなとは思っています。皆さん、チャンネル登録お願いします(笑)!

反対に、YouTubeで大変な部分はありますか?

原田:今のところは特にないですね。コロナウイルスの影響で撮影がしづらい部分はあるので、自宅で撮影できる内容を検討しています。

他のSNSとYouTubeで、何か違いを感じる部分はありますか?

原田:やっぱり動画なので、よりテレビに近いSNSっていう感じなのかな。文章じゃ伝わりづらい部分も、動画なら分かりやすく伝えられることが多いので。スポーツは必ず動きが伴うので、動画向きだとは思います。

InstagramやTwitterはどのような意識で活用していますか?

原田:変な投稿はしないように、というくらいです。ストーリーとか気軽に投稿できてしまうので、投稿する前に問題ないかどうかを確認するようにはしています。情報発信はInstagramをメインに使っていて、Twitterは情報を見るほうが多いです。

これまでInstagramのフォロワーが増えたタイミングってありましたか?

原田:世界選手権で優勝した日に、数千人フォロワーが増えましたね。一気にフォローされすぎて、Instagramのアプリが開かなくなりました(笑)。フォロワーの内訳を見ると、ほとんどが外国の方でした。現在もフォロワーの半分以上が海外アカウントですし、YouTubeのコメントでも英語字幕を希望する声が多いです。

原田選手のSNSを通じて国内のファンだけでなく、外国の方にも情報を届けられることはいいですね。

<了>

「やりたくないことをしないのはサボるとは違う」東京五輪期待のクライマー・原田海「自分を貫く生き方」

「競技だけに集中しろ」は間違い? アスリートが今こそ積極的にSNSをやるべき3つの理由

野口啓代、“引退宣言”の覚悟とは スポーツクライミング絶対女王が目指す“現役最後の1日”

楢崎智亜が世界王者になっても「一番強い」と言えない理由 世界最強を証明する挑戦の物語

[アスリート収入ランキング]トップは驚愕の137億円! 日本人唯一のランクインは?

PROFILE
原田海(はらだ・かい)
1999年3月10日生まれ、大阪府出身のプロフリークライマー。2018年のIFSCクライミング世界選手権 ボルダリング種目で日本史上2人目となる金メダルを獲得。2019年の第2回コンバインドジャパンカップ2位、IFSCクライミング・ワールドカップ(B,S)呉江大会で2位に輝くなど、国内外で数々の好成績を残している。東京五輪の代表有力候補として活躍が期待される選手の一人。

この記事をシェア

KEYWORD

#INTERVIEW

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事