フットサルがサッカーの育成に有効な3つの理由 イタリア代表監督が語る「意外な価値」とは?
イタリアサッカー界において、育成年代におけるサッカーとフットサルの融合が進んでいる。「セリエAに所属するアカデミーのU-13フットサルリーグの構想」もあるという。確かに、サッカーのベースとなる技術や戦術を身につけるためにフットサルが有効だという話はよく耳にする。実際にブラジルやアルゼンチンなどはこの方法で数々の名選手を生み出してきている。では具体的にフットサルをすることで何が身につくのか? フットサルイタリア代表監督を務めるアレッシオ・ムスティ氏は3つの理由を挙げた。
(文=鈴木智之、写真=Getty Images、取材協力=ユーロプラスインターナショナル)
サッカーの育成年代にフットサルが有効な3つの理由
カルチョ(イタリア語でサッカーの意)の復権を目指し、イタリアサッカー界が新たな取り組みを開始した。それが、育成年代におけるサッカーとフットサルの融合だ。フットサルイタリア代表監督を務める、アレッシオ・ムスティ氏によると「ミランやユベントス、ボローニャなどが、アカデミーのトレーニングにフットサルを取り入れていて、セリエAに所属するアカデミーのU-13フットサルリーグの構想もあります」と言う。
サッカーのベースを身につける育成年代において、フットサルが有効だという言説はよく聞く。フットサルをすることで、具体的に何が身につくのか? ムスティ氏は次の3つを挙げる。それが、「個人技術の向上」、1対1を含む「対人プレー能力の向上」、そして「個人戦術、チーム戦術の理解力が高まる」ことだ。
「現代サッカーはどのポジションの選手であっても、攻撃も守備も、さまざまなことができなければいけません。つまり、オールラウンドプレイヤーでなくてはいけないのです。ボールコントロールの技術は当然のこと、『いつ動き出すのか』というタイミング、スペースの認知なども必要で、それらは狭いスペースで対人プレーを繰り返すフットサルをすることで、身につけることができます」
フットサルとサッカーを融合させ、トップレベルの選手を生み出している国がある。それが、ブラジルやアルゼンチンといった南米の強国だ。ムスティ氏はユベントスのタレントを例に挙げる。
「(ゴンサロ・)イグアイン(元アルゼンチン代表)は、フットサルの技術をサッカーに取り入れて、多くのゴールを決めています。例えば、足裏トラップでボールをなめるようにコントロールし、トーキックでシュートを打つというプレー。パウロ・ディバラ(アルゼンチン代表)も、ゴール前でスペースがない状況でも慌てずに、小さな足の振りでシュートを打って得点を決めることがよくあります」
足裏コントロールとトーキックは、フットサルの代表的な技術だ。トーキックといえば、2002年のFIFAワールドカップ日韓大会の準決勝トルコ戦で、ブラジル代表のロナウドが決めたゴールは語り草である。2004-05シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ、ラウンド16の2ndレグ・チェルシー対バルセロナ戦では、ロナウジーニョがサンバステップでフェイントをかけ、トーキックでゴールを決めた。鮮烈なプレーであり、印象に残っている人も多いだろう。ムスティ氏は言う。
「足の裏を使うことで、走る動作を止めずにボールをコントロールし、相手の態勢が整う前にシュートを打つことができます。南米の選手にとって、トーキックは他のキックと同じクオリティで使うことができる技術です」
ネイマールとマルセロの“パラレラの動き”
フットサルで身につくのは、個人の技術だけにとどまらない。チームメートと連動してスペースを作り、使う動きなど、現代サッカーでは必須のプレーも、フットサルで学ぶことができる。ムスティ氏はブラジル代表の試合を引き合いに出し、「ネイマールとマルセロは左サイドでパラレラの動きで相手を崩し、何度も決定的なチャンスを作り出しています」と分析する。
パラレラとは、タッチラインに対して平行にパスを送り、縦のスペースに味方を走らせて守備を突破するプレーだが、ブラジルの左サイドは2人の名手がパラレラを繰り出すことで、相手の守備を混乱に陥れていく。
「マークを外す動きは、サッカー、フットサルともに重要です。フットサルは狭いスペースでプレーしなければいけないので、ベストのタイミングで動き出すことがポイントになります。例えば、サイドから中へ入る動きをして相手DFを引きつけて、裏のスペースへ抜けて行くなど、ボールを持っている選手の状況を見て、動きを変える判断、タイミングが磨かれます」
フットサルのフィールドプレーヤーは4人。サッカーの試合をよく見ると、局面で4対4の状況は多発する。つまりサッカーの中に、フットサルのシチュエーションが生まれているのだ。ムスティ氏は言う。
「マンチェスター・シティの(ジョゼップ・)グアルディオラ監督も、スペインの新聞でフットサルの重要性を述べています。シティのビルドアップでいうと、最終ラインのセンターバックがボールを持って前を向いたときに、サイドバックは角度をつけたサポートをし、MFはパスを受けるために顔を出します。そしてサイドの選手は大外にポジションをとり、フリーでいます。片方のサイドに相手を集中させて、逆サイドに展開するわけです。ビルドアップの局面を見ると、4対4などフットサルの試合と同じ状況ができています」
選手の専門化を防ぐという意外な活用法
フットサルで学んだ動き方は、サッカーに応用が可能だ。ムスティ氏は「現代サッカーはオールラウンダーであることが求められている」と語ったが、攻守に高い強度で関わり続けることが求められるフットサルは、サッカーの基礎を学ぶジュニア、ジュニアユース年代において、うってつけである。
「フットサルは、ボール支配時と非支配時の両方において、すべてのポジションの選手が、高い運動強度でのプレー参加が要求されます。技術と戦術の要素が含まれているので、育成年代で問題となっている、選手の専門ポジション化を防ぐことができます。背が高いからFWやセンターバックにするのではなく、将来のオールラウンダーを目指して、さまざまなことができるようにするために、フットサルは役立ちます」
ユベントスでプレーする、ブラジル代表のドウグラス・コスタは、サイドバックからアタッカーまで、高いレベルでこなすオールラウンドプレーヤーだ。彼は10歳の時にフットサルを始め、「僕の成長に非常に重要な経験だった。フットサルは大好きだ」とイタリアメディアのインタビューで振り返っている。
ムスティ氏は言う。
「フットサルの技術や戦術は、イタリアサッカーに足りない部分を埋めるものになると確信しています。イタリアには、“カテナチオ”と呼ばれるように守備力は備わっています。それに加えて、現代サッカーで必要とされるスピーディさやテクニカルさを身につけるために、フットサルを有効活用していきたいと思います。それによってタレントを開花させることになり、再び世界トップに返り咲くことを願っています」
ムスティ氏は元サッカー日本代表監督のアルベルト・ザッケローニ氏や、元フットサル日本代表監督のミゲル・ロドリゴ氏と親交があるという。日本サッカーに対して、「日本の選手たちはテクニックに優れています。判断力や試合の流れを読む力をつけるために、フットサルを取り入れてみてはいかがでしょうか」とアドバイスを送る。
イタリアサッカーは現在、スペインやドイツの後塵を拝しているが、育成年代のフットサル導入がタレント輩出、ひいてはチーム力アップの起爆剤になるかもしれない。
<了>
なぜバイエルンはU-10以下のチームを持たないのか? 子供の健全な心身を蝕む3つの問題
「人間教育なくして成長はない」青森山田・黒田剛監督が語る“年間王者”急成長の理由
なぜドイツは「GK人気」高く日本では貧乏くじ? GK後進国の日本でノイアーを育てる方法
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
指導者育成に新たに導入された「コーチデベロッパー」の役割。スイスで実践されるコーチに寄り添う存在
2024.10.16Training -
海外ビッグクラブを目指す10代に求められる“備え”とは? バルサへ逸材輩出した羽毛勇斗監督が語る「世界で戦えるマインド」
2024.10.09Training -
バルサのカンテラ加入・西山芯太を育てたFC PORTAの育成哲学。学校で教えられない「楽しさ」の本質と世界基準
2024.10.07Training -
佐伯夕利子がビジャレアルの指導改革で気づいた“自分を疑う力”。選手が「何を感じ、何を求めているのか」
2024.10.04Training -
高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法
2024.09.27Training -
「サイコロジスト」は何をする人? 欧州スポーツ界で重要性増し、ビジャレアルが10人採用する指導改革の要的存在の役割
2024.09.20Training -
サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
2024.09.13Training -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
ポステコグルーの進化に不可欠だった、日本サッカーが果たした役割。「望んでいたのは、一番であること」
2024.07.05Training